映画やゲーム、ヨガ教室などで「カルマ」「輪廻」という言葉を聞いたことはありませんか?
これらはインドで生まれた仏教とヒンドゥー教に共通する考え方です。
でも、「この二つの宗教ってどう違うの?」「なぜ似ているところがあるの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
実は仏教の開祖であるお釈迦さま(釈迦)は、ヒンドゥー教の前身であるバラモン教の社会に生まれた人物でした。
つまり、二つの宗教は同じ土壌から生まれた「いとこ」のような存在なのです。
この記事では、仏教とヒンドゥー教の歴史的なつながり、共通点と違い、そして互いにどのような影響を与え合ってきたのかを、わかりやすく解説していきます。
仏教とヒンドゥー教の基本情報

仏教とは?
仏教は、紀元前5〜6世紀にインドで生まれた宗教です。
開祖はガウタマ・シッダールタ(のちの釈迦、仏陀)。
インドの王族として生まれた彼は、29歳のときに王宮を出て修行の旅に出ました。
そして35歳で「悟り」を開き、その教えを人々に広めたのが仏教の始まりです。
仏教の特徴をまとめると、以下のようになります。
- 開祖がいる:釈迦という明確な創始者が存在する
- 神を中心としない:特定の神様を崇拝するのではなく、「悟り」を目指す
- 世界宗教:インドからアジア全域、そして世界中に広まった
- 信者数:世界で約5億人以上
ヒンドゥー教とは?
ヒンドゥー教は、世界で3番目に信者数が多い宗教で、約11億人が信仰しています。
仏教と大きく違う点は、特定の開祖がいないこと。
ヒンドゥー教は、紀元前1500年頃にインドに移住してきたアーリア人の宗教(バラモン教)と、もともとインドにあった土着の信仰が長い時間をかけて融合してできた宗教なのです。
ヒンドゥー教の特徴をまとめると、以下のようになります。
- 開祖がいない:特定の創始者がいない
- 多神教:ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァなど多くの神々を信仰する
- 民族宗教:主にインド人を中心に信仰されている
- 信者数:世界で約11億人(インド人の約8割)
仏教とヒンドゥー教の歴史的関係
バラモン教から仏教が生まれた
仏教が生まれた当時のインド社会は、バラモン教という宗教が支配していました。
バラモン教には厳しいカースト制度(身分制度)がありました。
社会は4つの階級に分かれており、バラモン(司祭)が最も高い身分として特権を持っていたのです。
- バラモン(司祭階級):宗教儀式を行う
- クシャトリヤ(王族・武士階級):国を治める
- ヴァイシャ(商工業者):商売や農業を行う
- シュードラ(奴隷階級):他の階級に仕える
この制度の下では、生まれた階級によって人生が決まってしまいました。
釈迦はこうした不平等に疑問を持ち、「すべての人は平等である」という教えを説いたのです。
仏教の隆盛とヒンドゥー教の成立
仏教は、身分に関係なく誰でも救われるという教えで人気を集めました。
特に紀元前3世紀のマウリヤ朝のアショーカ王や、紀元後2世紀のクシャーナ朝のカニシカ王に保護され、大いに栄えました。
この時期、バラモン教は勢力を失っていきます。
しかし、バラモン教の司祭たちは生き残りをかけて、各地の民間信仰や神々を取り込んでいきました。
こうして4世紀のグプタ朝の時代に成立したのが、現在のヒンドゥー教です。
つまり、ヒンドゥー教は仏教への対抗として生まれた面もあるのです。
インドにおける仏教の衰退
興味深いことに、仏教は発祥の地であるインドではほぼ消滅してしまいました。
13世紀には、イスラム勢力の侵攻によって多くの仏教寺院が破壊されたことも大きな原因でした。
しかしそれ以前から、民衆の間ではカースト制度と結びついたヒンドゥー教の方が浸透していたのです。
現在、インドで仏教徒は人口の1%未満。
一方で仏教は中国、日本、東南アジアなどに広まり、世界宗教として今も多くの人に信仰されています。
仏教とヒンドゥー教の共通点
二つの宗教には、同じインドで生まれたこともあり、多くの共通点があります。
カルマ(業)の考え方
どちらの宗教もカルマ(業)という概念を持っています。
カルマとは、自分の行いが自分に返ってくるという「因果応報」の法則のこと。
善い行いをすれば善い結果が、悪い行いをすれば悪い結果が待っているという考え方です。
日本語でも「自業自得」という言葉がありますよね。
これはまさにカルマの考え方から来ています。
輪廻転生の思想
輪廻転生(りんねてんしょう)とは、死んでも魂は滅びず、別の存在として生まれ変わるという考え方です。
両宗教とも、この輪廻のサイクルから抜け出すこと(解脱)を目標としています。
ただし、解脱への道のりについては両者で考え方が異なります(これは後で説明します)。
瞑想とヨガの実践
どちらの宗教でも、瞑想は精神修行の重要な方法とされています。
また、ヨガ(ヨーガ)も両宗教に共通する実践法です。
日本でフィットネスとして人気のヨガは、もともとはヒンドゥー教の修行法でしたが、仏教でも取り入れられてきました。
共通する神格や概念
曼荼羅(まんだら)、ナーガ(龍神)、阿修羅(アスラ)など、両宗教に共通して登場する存在もたくさんあります。
特に大乗仏教では、ヒンドゥー教の神々が仏教の守護神として取り入れられました。
例えば、帝釈天(インドラ)や梵天(ブラフマー)は、もともとヒンドゥー教の神様です。
仏教とヒンドゥー教の違い
共通点が多い一方で、根本的な違いもあります。
魂(アートマン)についての考え方
最も大きな違いの一つが、魂の存在についてです。
ヒンドゥー教では、アートマン(永遠の魂)が存在すると考えます。
この魂は宇宙の根本原理であるブラフマンと本質的に同じものであり、解脱とは「魂がブラフマンと一体化すること」を意味するのです。
一方、仏教では無我(アナートマン)を説きます。
永遠不変の魂は存在せず、すべては移り変わるもの。
この考え方は、両宗教の決定的な違いといえるでしょう。
神についての考え方
ヒンドゥー教は多神教で、数千もの神々が信仰されています。
特に重要なのが、宇宙を創造したブラフマー、維持するヴィシュヌ、破壊するシヴァの三神です。
仏教は基本的に神を中心とした宗教ではありません。
釈迦は「神の力」ではなく、「自らの努力による悟り」を重視しました。
仏陀は神ではなく、悟りを開いた「先生」として敬われているのです。
カースト制度への態度
ヒンドゥー教は、カースト制度と深く結びついています。
カーストによって守るべき義務(ダルマ)が異なり、この制度は宗教の一部として機能してきました。
仏教は、カースト制度を否定しました。
釈迦は「すべての人は平等である」と説き、身分に関係なく誰でも悟りを開けると教えたのです。
これが仏教が広く支持された理由の一つでもあります。
解脱への道
解脱(輪廻から抜け出すこと)を目指す点は同じですが、その方法が異なります。
ヒンドゥー教では、主に3つの道があるとされています。
- ジュニャーナ・ヨーガ:知識による道
- カルマ・ヨーガ:行為による道
- バクティ・ヨーガ:神への献身による道
仏教では、八正道(はっしょうどう)という8つの正しい実践が説かれます。
正しい見方、正しい思考、正しい言葉、正しい行い…など、日常生活での実践を通じて悟りを目指すのです。
ヒンドゥー教における仏陀の位置づけ
興味深いことに、ヒンドゥー教では仏陀をヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)の一人として取り込んでいます。
ヴィシュヌ神には10の化身があるとされ、仏陀はその9番目とされることがあります。
これは、仏教の影響力が大きかった時代に、ヒンドゥー教が仏教徒を取り込もうとした戦略だという見方もあるのです。
ただし、この考え方に対して仏教徒は一般的に反発しています。
インド独立運動で活躍したB.R.アンベードカルは、カースト制度の最下層出身でしたが、ヒンドゥー教から仏教に改宗しました。
彼は「仏陀がヴィシュヌの化身であるという考えは認めない」と明確に否定したのです。
このように、両宗教の関係は単純な「親子関係」ではなく、複雑な歴史を持っています。
現代における両宗教の関係
東南アジアでの共存
タイやカンボジアでは、仏教とヒンドゥー教の影響が混在した文化が見られます。
例えば、カンボジアのアンコールワットはもともとヒンドゥー教寺院として建てられましたが、のちに仏教寺院に転用されました。
タイの寺院でも、仏陀とともにヒンドゥー教の神々が祀られていることがあります。
日本への影響
日本の仏教にも、ヒンドゥー教の影響は残っています。
- 帝釈天:ヒンドゥー教のインドラ神
- 梵天:ヒンドゥー教のブラフマー神
- 弁財天:ヒンドゥー教のサラスヴァティー女神
七福神の弁財天も、もとはヒンドゥー教の女神だったのです。
現代のインドでの仏教復興
1956年、アンベードカルは約50万人の不可触民とともに仏教に集団改宗しました。
これはカースト制度への抗議の意味もありました。
現在、インドでは少数派ながら仏教徒が存在し、仏教聖地への巡礼も盛んに行われています。
まとめ
仏教とヒンドゥー教の関係を振り返ってみましょう。
両宗教の関係のポイント
- 起源:どちらもインドで生まれた。仏教は紀元前5〜6世紀、ヒンドゥー教は紀元前300年頃に成立
- 共通点:カルマ(業)、輪廻転生、瞑想、ヨガなど多くの概念を共有
- 違い:魂の存在、神の位置づけ、カースト制度への態度が異なる
- 歴史的関係:競合しながらも互いに影響を与え合ってきた
- 現代:東南アジアや日本など、両宗教の要素が混在した文化が存在
仏教はバラモン教(ヒンドゥー教の前身)への挑戦として生まれましたが、その後ヒンドゥー教は仏教の要素を取り込みながら発展しました。
そして仏教は、ヒンドゥー教の神々を守護神として受け入れながら、アジア全域に広まりました。
このように、二つの宗教は対立しながらも互いに影響を与え合い、インド文明の豊かさを作り上げてきたのです。
よくある質問(FAQ)
Q1: 仏教とヒンドゥー教、どちらが古い?
ヒンドゥー教の前身であるバラモン教の方が古いです。
バラモン教は紀元前1500年頃に成立し、仏教は紀元前5〜6世紀に生まれました。
ただし、現在の形のヒンドゥー教は紀元前300年頃以降に成立したため、仏教の方が先に現在の形になったともいえます。
Q2: なぜインドでは仏教が衰退したの?
主な理由は以下のとおりです。
- ヒンドゥー教がカースト制度と結びついて民衆に浸透した
- 仏教が知識人向けの学問的な性格を強めた
- 13世紀にイスラム勢力によって寺院が破壊された
Q3: ヨガはどちらの宗教のもの?
ヨガはもともとヒンドゥー教の修行法ですが、仏教でも取り入れられてきました。
現代の日本で行われているフィットネスとしてのヨガは、宗教的な要素を薄めた形で普及しています。
Q4: 日本の仏教にヒンドゥー教の影響はある?
あります。帝釈天、梵天、弁財天など、多くの仏教の守護神はもともとヒンドゥー教の神々でした。
また、曼荼羅や護摩法要なども、ヒンドゥー教の影響を受けています。
Q5: カルマと因果応報は同じ意味?
ほぼ同じ意味で使われます。
カルマはサンスクリット語で「行為」を意味し、自分の行いが自分に返ってくるという法則を指します。
これは日本語の「因果応報」や「自業自得」とほぼ同じ考え方です。


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