アーサー王伝説といえば、真っ先に思い浮かぶのはランスロットやガウェインといった華やかな騎士たちでしょう。
では、ボールスという名前を聞いたことはありますか?
実はこの騎士、物語の序盤から終盤までずっと活躍し続けた最古参のひとり。
しかも、聖杯に到達した3人の騎士のうち、唯一キャメロットに帰還できた人物なんです。
この記事では、そんな「縁の下の力持ち」ボールスの伝承や活躍についてわかりやすく解説していきます。
ボールスの基本情報

ボールス(Bors)は、アーサー王に仕えた円卓の騎士のひとりです。
フランス語では「ボゥホート(Bohort)」と呼ばれることもあります。
少しややこしいのですが、アーサー王伝説には「ボールス」という名前の人物が2人登場します。
- ボールス王(父):ガネス(ガリア)の王
- ボールス卿(息子):円卓の騎士
親子なのに同じ名前なんですね。
区別するために、息子の方は「ボールス・ド・ゲイネス」と呼ばれることもあります。
一般的に「ボールス」といえば、円卓の騎士である息子の方を指すことがほとんどです。
ボールスの家系
ボールスの家系は、アーサー王伝説の中でも重要な一族として描かれています。
【父方】
- 父:ボールス王(ガネスの王)
- 母:エヴェイン
- 弟:ライオネル(リオネル)
【親戚関係】
- 叔父:バン王(ベンウィックの王)
- 従兄弟:ランスロット、エクター・ド・マリス
そう、あの「湖の騎士」ランスロットとボールスは従兄弟同士なんです。
ふたりの父親が兄弟だったため、幼い頃から一緒に育ちました。
ボールスとライオネルの兄弟は、父王の死後に敵国の王クローダスに囚われてしまいます。
しかし「湖の乙女」の使いに救出され、従兄弟のランスロットとともに育てられました。
成長した3人は優秀な騎士となり、やがてキャメロットでアーサー王に仕えることになります。
【ボールスの息子】
ボールスには「白皙のエリアン」という息子がいます。
このエリアンは後にコンスタンティノープル皇帝になったとされており、ボールスの血統は大陸にまで広がったことになります。
ボールスの特徴
額の傷跡
ボールスには額に目立つ傷跡があり、これが彼のトレードマークでした。
物語の中では、この傷跡によって彼を見分けることができたとされています。
敬虔で貞潔な性格
ボールスは童貞を守る誓いを立てていた騎士でした。
ただし、一度だけこの誓いを破ってしまったことがあります。
ブランデゴリス王の娘がボールスに恋をしたとき、娘の乳母が魔法の指輪を使ってボールスを惑わせたのです。
その結果、ボールスは娘と一夜をともにしてしまい、息子エリアンが生まれました。
この出来事を深く悔いたボールスは、以後は厳格に貞潔を守り続けたといいます。
ランスロットの右腕
ボールスは従兄弟ランスロットの最も信頼する相談役でした。
- ランスロットが行方不明になれば、ボールスが探しに行く
- ランスロットが困れば、ボールスに相談が入る
- ランスロットが試合に出られなければ、ボールスが代理で出場する
グィネヴィア王妃もボールスを頼りにしており、ランスロット絡みで困ったことがあると彼に助けを求めていました。
いわば「困ったときのボールス頼み」だったわけです。
聖杯探索と3つの試練
ボールスの物語で最も有名なのが、聖杯探索のエピソードです。
聖杯とは、イエス・キリストが最後の晩餐で使ったとされる聖なる杯。
円卓の騎士たちはこの聖杯を求めて旅に出ますが、到達できたのはわずか3人だけでした。
- ガラハッド(ランスロットの息子)
- パーシヴァル
- ボールス
ガラハッドは完璧な処女騎士として描かれ、パーシヴァルも純粋な信仰心の持ち主でした。
一方のボールスは、過去に童貞を失った「前科」があります。
そのため、神は彼に特に厳しい試練を与えました。
試練①:黒騎士との戦い
最初の試練は、プリアダン・ザ・ブラックという騎士との戦いでした。
ボールスはこの騎士を打ち負かしましたが、殺しはしませんでした。
試練②:弟か乙女か
これがボールスにとって最も苦しい選択でした。
森を進んでいたボールスは、ふたつの光景を同時に目撃します。
- 一方では、弟ライオネルが悪漢たちに鞭打たれ、血まみれになっている
- もう一方では、若い娘が悪い騎士にさらわれようとしている
どちらかしか助けられない。
ボールスは苦悩の末、乙女を救うことを選びました。
弟のことは神に祈りを捧げ、その安全を委ねたのです。
後に弟ライオネルは生き延びていましたが、見捨てられたことを激怒していました。
彼はボールスに決闘を挑み、止めに入った隠者や別の騎士を殺してしまいます。
ボールスは肉親に剣を向けることを拒み続け、ついに神が介入して天から火柱が降り注ぎ、ライオネルを止めました。
試練③:自殺をちらつかせる女たち
ある城で、美しい貴婦人がボールスに言い寄りました。
「私と寝てくれなければ、私も侍女たちも城壁から身を投げます」
貴婦人と12人の侍女が次々と飛び降りようとしますが、ボールスは誘惑に屈しませんでした。
すると、彼女たちは悪魔の正体を現して消え去ったのです。
ボールスの慈悲深さにつけ込んで、罪を犯させようとした悪魔たちでした。
聖杯への到達と帰還
3つの試練を乗り越えたボールスは、ガラハッドとパーシヴァルと合流します。
3人は魔法の船に乗り、聖杯城コーベニックへ。
そこでアリマタヤのヨセフによる聖杯のミサに参列し、ついに聖杯の奇跡を目撃しました。
その後、3人は聖杯とともに神秘の島サラスへ渡ります。
しかし――
- ガラハッドは聖杯を抱いたまま天に召された
- パーシヴァルもサラスの地で亡くなった
ただひとり生き残ったのがボールスでした。
なぜ彼だけが生還できたのか?
皮肉なことに、ガラハッドやパーシヴァルが「完璧な聖人」だったからこそ天に召されたのに対し、過去に失敗を犯したボールスは「完璧ではなかった」からこそ地上に残れたとも解釈できます。
ボールスはキャメロットに戻り、アーサー王に聖杯探索のすべてを報告しました。
王は彼を「聖杯の記録者」に任命し、その体験を書き残すよう命じたのです。
アーサー王との対立
聖杯探索の後も、ボールスは円卓の騎士として活躍を続けます。
しかし、やがてランスロットと王妃グィネヴィアの不倫が発覚。
これをきっかけに、アーサー王とランスロットの間で内乱が勃発します。
ボールスは迷わずランスロット側につきました。
従兄弟を見捨てる選択肢など、彼にはなかったのでしょう。
驚くべきことに、この戦いでボールスはアーサー王を落馬させるという大金星を挙げています。
あと少しで王の命を取れる状況にまで追い詰めましたが、ランスロットの命令で渋々剣を収めました。
トマス・マロリーの『アーサー王の死』では、この戦争はアーサー王もランスロットも本心では望んでおらず、ガウェイン卿やボールス卿といった部下たちに突き動かされて仕方なく戦っていた、と描かれています。
ボールスの最期
アーサー王の死後、ボールスの運命は文献によって異なります。
【修道院で余生を過ごした説】
ランスロットが出家して修道士になると、ボールスも後を追って出家したとされています。
カンタベリー大司教やブレオベリス卿らとともに、静かに余生を送りました。
【十字軍で戦死した説】
別の伝承では、ボールスは故郷の南フランスに帰ってガネスの王となり、最後は十字軍に参加して聖地で戦死したとされています。
聖金曜日にこの世を去ったという記録もあります。
いずれにしても、聖杯探索を成し遂げた騎士にふさわしい、信仰に満ちた最期だったといえるでしょう。
現代作品でのボールス
ボールスは現代のポップカルチャーにもたびたび登場しています。
映画・コメディ
『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年) では、テリー・ギリアムがボールスを演じました。
ただし、彼は円卓の騎士として最初に「殺人ウサギ」の犠牲になるという、かなりコミカルな扱いでした。
『キング・アーサー』(2004年) では、レイ・ウィンストンが演じるボールスが登場。
こちらでは粗野で豪快なキャラクターとして描かれており、敬虔な騎士像とはかなり異なるアレンジがされています。
ゲーム
- 『King Arthur: The Role-Playing Wargame』(2009年):戦闘ユニットとして登場
- 『King Arthur: Knight’s Tale』(2022年):弓使いのヒーローとして仲間にできる
- 『Fate』シリーズ:名前は登場しますが、本人の出番は限定的
まとめ
ボールスについて、ポイントをおさらいしましょう。
- 円卓の騎士であり、ランスロットの従兄弟
- 父と同名のため「ボールス卿」「ボールス・ド・ゲイネス」と呼ばれる
- 一度だけ魔法の指輪で童貞を失ったが、以後は貞潔を守り通した
- 聖杯探索で3つの試練を乗り越え、聖杯に到達
- ガラハッド、パーシヴァルとともに聖杯を見届けた唯一の生還者
- アーサー王との戦いでは王を落馬させるほどの実力者
- 最期は修道院で没したか、十字軍で戦死したとされる
ボールスは決して主役級の華やかな騎士ではありません。
しかし、聖杯伝説の「目撃者」であり「記録者」として、物語を後世に伝える重要な役割を果たしました。
完璧ではなかったからこそ生き残り、伝説を語り継いだ男。
それがボールスという騎士の本当の姿なのかもしれません。


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