「干ばつ」という言葉、実は中国神話の女神が由来だと知っていますか?
その名は「魃(ばつ)」。
もともとは中国神話の帝王・黄帝の娘として生まれた美しい女神でした。
ところが、ある戦いをきっかけに天に帰れなくなり、行く先々で日照りを引き起こす恐ろしい存在へと変わってしまったのです。
この記事では、神から妖怪へと姿を変えた魃の伝承をわかりやすく解説します。
魃の概要

魃は中国神話に登場する旱魃(かんばつ)の神です。
読み方は「ばつ」または「ひでりがみ」。
面白いのは、魃が「特定の一人の神」ではないこと。
各地の山や川には、それぞれ旱魃を起こす神がいて、姿も性質もバラバラだったんですね。
ただし最も有名なのは、黄帝の娘として『山海経』に記された女神の魃です。
彼女の伝承が、後の「旱魃」という言葉の語源にもなりました。
魃の姿
魃の姿は、時代によって大きく変化しています。
古い時代の魃
『山海経』では、魃は緑色の服を着た禿頭の女性として描かれています。
体内には太陽のような熱を蓄えており、彼女がいるだけで周囲の水分が蒸発してしまうという設定です。
後の時代の魃
時代が下ると、魃の姿はどんどん怪物じみてきます。
『神異経』や『本草綱目』によると、魃の身長は40〜60センチほど。
頭のてっぺんに目があり、裸で風のように走り回る小さな妖怪として描かれました。
さらに『三才図会』では「神魃」という名前で、手と足が一本ずつしかない人面獣身の獣として登場します。
つまり、美しい女神から醜い妖怪へ——魃のイメージは時代とともに「堕ちて」いったわけです。
名前に隠された意味
魃という字には、興味深い由来があります。
実は、もともとの名前は「妭(ばつ)」でした。
「妭」は「美女」を意味する字で、彼女が美しい天女だったことを示しています。
ところが、人間に災いをもたらすようになってから、部首の「女」が「鬼」に変えられてしまいました。
こうして「妭」は「魃」になったというわけです。
「旱魃」という言葉は、「旱(ひでり)」と「魃(日照りの神)」を組み合わせたもの。
つまり「干ばつ」という言葉そのものが、この女神の名前から生まれているんですね。
魃の伝承——黄帝と蚩尤の戦い
魃が有名になったきっかけは、中国神話最大の戦いに参加したことでした。
蚩尤との決戦
はるか昔、中国を治めていた黄帝は、獣の体に銅の頭を持つ怪物・蚩尤(しゆう)と戦争になりました。
蚩尤の陣営には、風伯(風の神)と雨師(雨の神)がいて、凄まじい暴風雨で黄帝軍を苦しめます。
追い詰められた黄帝は、娘の魃を呼び寄せました。
魃の体内には、太陽のような熱が蓄えられています。
彼女が戦場に降り立つと、たちまち嵐は消え去り、黄帝は勝利を収めることができました。
天に帰れなくなった女神
ところが、戦いで力を使いすぎた魃は、天界に帰れなくなってしまいます。
そして困ったことに、魃はそこにいるだけで周囲に旱魃をもたらしてしまう。
功労者である娘を処刑するわけにもいかず、黄帝は彼女を赤水河の北方にある係昆山へ幽閉しました。
しかし魃は、ときどき山を抜け出して中原にやってきます。
すると大地は干からび、川は涸れ、作物は枯れてしまう——。
人々は「神よ、北へ帰りたまえ」と祈って、なんとか魃を追い払おうとしたそうです。
魃の追い払い方
魃を追い払う方法は、地域によってさまざまでした。
祈りと水路整備
最も一般的だったのは、水路を掃除してから「女神よ、北へ帰ってください」と祈る方法です。
この習慣は、なんと1949年頃まで四川省や山東省などで実際に行われていました。
四川省では、男性が魃に扮し、4人の戦士役が彼女を追い払う芝居を何時間も続けたそうです。
厠に投げ込む
『神異経』には、かなり衝撃的な方法も記されています。
魃を捕まえて厠(便所)に投げ込むと死んでしまう、というものです。
一説には、男児の尿や黒犬の血をかけると魃は崩れ去るともいわれました。
この設定は、1980年代の映画『霊幻道士』にも取り入れられています。
死体を掘り起こす
さらに過激な風習もありました。
河南省北部では、日照りが続くと「埋葬された死者が魃になったせいだ」と考え、墓を暴いて死体を鞭打ったり、焼いたりすることがあったそうです。
日本への伝来——鳥山石燕の「ひでりがみ」

魃は日本にも伝わり、「ひでりがみ」として知られるようになりました。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』で紹介された後、妖怪絵師・鳥山石燕が『今昔画図続百鬼』(1779年)で絵にしています。
石燕は中国の複数の伝承を組み合わせ、人面獣身で手足が一本ずつの姿を描きました。
添えられた解説には「一名を旱母(かんぼ)という」「この神が現れると日照りになり雨が降らない」と書かれています。
石燕のこの絵が、日本における魃のイメージを決定づけたといえるでしょう。
キョンシーとの関係
意外かもしれませんが、魃は映画でおなじみのキョンシーとも深い関係があります。
姿の変化——女神から妖怪へ
明代中期以降、魃の姿は「小鬼」のようになり、やがてキョンシー(殭屍)の形へと変化していきました。
もともと美しい天女だった魃が、時代を経るにつれて醜い怪物になっていった——その行き着く先がキョンシーだったというわけです。
四大殭屍始祖
清代の民間伝承では、魃は「四大殭屍始祖」の一人に数えられています。
他の三人(贏勾、後卿、将臣)は清代中期以降に創作されたものですが、魃だけは『山海経』にまでさかのぼる古い起源を持っています。
つまり魃は、神から妖怪へ、そしてキョンシーの始祖へと、数千年かけて姿を変え続けた存在なんですね。
まとめ
魃についてのポイントをおさらいしましょう。
- 魃は中国神話に登場する旱魃(日照り)の神
- もともとは黄帝の娘である美しい女神だった
- 蚩尤との戦いで力を使いすぎ、天に帰れなくなった
- いるだけで周囲に旱魃をもたらすため、北方に幽閉された
- 「旱魃」という言葉の語源になっている
- 時代が下ると姿が醜くなり、キョンシーの始祖の一人とされた
- 日本では鳥山石燕が「ひでりがみ」として妖怪画に描いた
父のために戦い、功績を挙げたにもかかわらず、力が強すぎるために幽閉されてしまった魃。
人々から恐れられ、北へ追い払われ続けた数千年の孤独を思うと、なんとも切ない伝承です。
魃の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 魃(ばつ、ひでりがみ) |
| 別名 | 妭、女魃、旱魃、旱母、神魃 |
| 分類 | 旱魃の神 / 妖怪 |
| 出典 | 『山海経』大荒北経、『神異経』、『本草綱目』、『三才図会』など |
| 起源 | 中国神話 |
| 姿(古代) | 緑の服を着た禿頭の女性。体内に大量の熱を蓄えている |
| 姿(後世) | 身長40〜60cm、頭の上に目がある小人 / 手足が一本ずつの人面獣身 |
| 能力 | 存在するだけで周囲に旱魃をもたらす |
| 関連する神 | 黄帝(父)、応龍(戦友)、風伯・雨師(敵) |
| 日本での呼称 | ひでりがみ |


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