「植木屋さん、菜をおあがり」「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官」——この不思議なやり取り、一体何を意味しているのでしょうか?
これは江戸時代から伝わる落語「青菜」に登場する、とても粋な洒落言葉なんです。
上品な旦那様の真似をしようとした植木屋が、見事に失敗してしまうこの噺は、夏の寄席で人気の演目として親しまれてきました。
この記事では、古典落語の名作「青菜」について、あらすじから洒落言葉の意味、見どころまで分かりやすくご紹介します。
概要

「青菜(あおな)」は、江戸時代から語り継がれる古典落語の演目です。
もともとは上方落語(大阪・京都で発展した落語)として生まれ、3代目柳家小さんによって江戸落語に移植されました。かつては「弁慶」という別題で演じられたこともあります。
原話は安永7年(1778年)に刊行された『当世話(とうせいばなし)』という笑い話集に収録されており、240年以上の歴史を持つ噺なんですね。
この噺の面白さは、「鸚鵡返し(おうむがえし)の失敗」にあります。つまり、誰かの真似をしようとして見事にしくじる様子を笑いにしているわけです。
真夏の暑い日を舞台に、上流階級への憧れと庶民の滑稽さが織りなす、夏の定番演目として愛されています。
あらすじ
前半:旦那様の粋なもてなし
真夏のある暑い午後のこと。
植木屋の八五郎は、裕福な隠居の屋敷で植木の手入れをしていました。日陰で休憩していると、旦那様から「植木屋さん、ご精が出ますな」と声をかけられます。
旦那様は八五郎を縁側に招き、柳蔭(やなぎかげ)という冷えた酒をご馳走してくれました。さらに氷で冷やした鯉の洗いまで出てきて、八五郎は大感激。ただ、ワサビを直接口に入れてしまい、辛さに悶絶する一幕も。
それを見た旦那様が「口直しに青菜はお好きかね」と尋ねると、八五郎は「大好物です」と答えます。旦那様が手を叩いて「奥や」と呼ぶと、奥様が現れました。
ところが奥様は青菜を持ってこず、こう言ったのです。
「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)」
すると旦那様は「ああ、義経にしておこう」と返事をして、それでおしまい。
八五郎は何のことやらさっぱり分かりません。
洒落言葉の種明かし
不思議に思った八五郎が辞去しようとすると、旦那様が説明してくれました。
実はこれ、お客様に恥をかかせないための洒落言葉だったのです。
- 「菜も九郎(食らう)判官」=「青菜はもう食べてしまって、ない」
- 「義経(よしつね)」=「よし(ないならよそう=やめておこう)」
つまり「青菜がありません」と直接言うのは失礼なので、源義経にまつわる言葉遊びで伝えていたわけです。なんとも粋なやり取りですよね。
後半:植木屋の見事な失敗
さて、この上品なやり取りに感心した八五郎。家に帰るなり、さっそく女房に話して「俺たちもやってみよう」と持ちかけます。
女房は「そんなの私だってできるわよ」と乗り気になり、友人の大工・半公が来たら実演することに。しかし問題が一つ。
長屋には「次の間」なんてない。
奥から女房を呼び出す演出ができないため、苦肉の策で女房を押し入れに閉じ込めてしまいます。
やがて半公がやってきました。八五郎は張り切って旦那様の真似を始めます。
「植木屋さん、ご精が出ますな」
「植木屋はおめえだろ。俺は大工だ」
出だしからつまずきましたが、八五郎はめげません。「柳蔭」の代わりに生ぬるい濁り酒、「鯉の洗い」の代わりにイワシの塩焼きを出し、半公はあきれ顔。
そしていよいよ本番。「口直しに青菜は好きかね」と聞くと、半公は「俺は青菜なんか嫌いだ」と想定外の返答。
八五郎は泣きながら「そんなこと言わずに食うと言ってくれ」と頼み込み、しぶしぶ半公が「食う」と答えます。
ここぞとばかりに八五郎が手を叩いて「奥や!奥や!」と叫ぶと——
押し入れから女房が這い出してきました。
汗だく、埃まみれ、顔には蜘蛛の巣。半公は腰を抜かします。
しかも暑さでぐったりした女房は、段取りを無視して最後まで一気に言ってしまいました。
「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」
「義経」まで言われてしまい、返す言葉がなくなった八五郎。困り果てて絞り出した一言がこれです。
「弁慶にしておけ」
洒落言葉の仕組み

この噺の要となる洒落言葉を、もう少し詳しく見てみましょう。
旦那様と奥様のやり取り
| セリフ | 隠された意味 |
|---|---|
| 鞍馬から牛若丸が出でまして | (源義経の幼少期の話の導入) |
| 名も九郎判官 | 「菜も食らう」=青菜はもうない |
| 義経にしておこう | 「よし」=ないならやめておこう |
源義経の通称「九郎判官義経」を巧みに使った言葉遊びです。「判官」は義経の官職名で「ほうがん」と読みます。
サゲ(落ち)の意味
最後の「弁慶にしておけ」には、いくつかの解釈があります。
- 義経の家来である武蔵坊弁慶を持ち出して、苦し紛れにごまかした
- 「弁慶」を「べんけい(便計)=都合のいいようにしておけ」という意味で使った
どちらにしても、洒落言葉を理解していない植木屋の滑稽さが際立つ見事なサゲになっています。
見どころと魅力
この噺には、古典落語ならではの面白さがたっぷり詰まっています。
前半と後半の対比
前半:旦那様の落ち着いた話しぶり、上品なもてなし、粋な洒落言葉
後半:八五郎のあわてぶり、代用品の貧相さ、押し入れから出てくる女房
この対比が鮮やかであればあるほど、笑いが大きくなります。演者の腕の見せどころですね。
夏らしい情景描写
- 打ち水をした庭を渡る涼しい風
- 冷えた柳蔭(酒)
- 氷で冷やした鯉の洗い
真夏の暑さと、それを和らげる涼の演出が心地よく描かれています。
寄席で聴くと、本当に涼しくなったような気分になれる噺。
庶民の「上流志向」への風刺
落語には、上流階級に憧れて真似をしようとする庶民が失敗する噺が数多くあります。
「青菜」もその一つで、見栄を張ろうとして墓穴を掘る人間の滑稽さを、温かい目で描いています。
ただ、女房が汗だくで押し入れから出てきても付き合ってくれるあたり、この夫婦は「似合いの夫婦」なのかもしれません。
まとめ
「青菜」は、粋な洒落言葉と庶民の滑稽さが絶妙に絡み合った夏の名作落語です。
重要なポイント
- 元は上方落語で、3代目柳家小さんが江戸落語に移植した
- 原話は安永7年(1778年)の『当世話』に収録
- 「菜も九郎(食らう)判官」「義経(よし)」という洒落言葉がポイント
- 上品な旦那様の真似をした植木屋が見事に失敗する「鸚鵡返し」の噺
- 前半の上品さと後半の滑稽さの対比が見どころ
- 夏の寄席の定番演目として愛されている
もし寄席に行く機会があれば、ぜひ「青菜」を聴いてみてください。暑い夏に冷えた柳蔭を味わうような、爽やかな笑いを届けてくれるはずです。


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