「右」と言えば「左」、「前」と言えば「後ろ」――もしあなたの周りに、何でもかんでも反対のことばかり言う人がいたら、どう思いますか?
実は日本の神話には、まさにそんな性格の女神が登場するんです。
その名は天逆毎(あまのさご)。天狗や天邪鬼の祖先ともいわれる、ちょっと変わった神様なんですよ。
この記事では、日本神話に登場する反抗の女神「天逆毎」について、その不思議な姿や性格、興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要

天逆毎(あまのさご)は、日本の古い文献に登場する反抗と混乱を司る女神です。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』や、妖怪画で有名な鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』にその名前が記されています。一部の文献では「天逆毎姫(あまのさごひめ)」という名前で紹介されることもあるんですね。
この女神の最大の特徴は、とにかく何でもあべこべにしないと気が済まないということ。「はい」と言うべきところで「いいえ」と言い、「上」と言えば「下」と答える――そんな、まさに天邪鬼(あまのじゃく)そのものの性格をしています。
実際、天逆毎は天狗や天邪鬼の元祖とされているんです。江戸時代の天狗研究書『天狗名義考』では、天狗の始まりはこの天逆毎だろうと書かれています。
姿・見た目
天逆毎の姿は、かなり奇妙で恐ろしいものでした。
天逆毎の外見的特徴
- 体は人間の姿をしている
- 首から上は獣のような形
- 鼻が高く、まるで天狗のよう
- 耳が長く垂れ下がっている
- 鋭い牙が口から突き出している
つまり、人間と獣を合わせたような、ちょっと不気味な姿をしていたんですね。特に高い鼻は、後の天狗の特徴につながるものかもしれません。
特徴
天逆毎の性格と能力は、まさに破壊的でした。
性格の特徴
- 自分の思い通りにならないとすぐに激怒する
- 何事も穏やかにすることができない
- 左にあるものを「右にある」と言い張る
- 前にあるものを「後ろにある」と主張する
恐るべき能力
- どんなに力の強い神様でも、千里の彼方まで投げ飛ばす
- 頑丈な刃物や矢でも、噛み砕いてボロボロにしてしまう
- 激しい怒りの力で、周囲を混乱させる
この凄まじい力と気性の荒さから、他の神々からも恐れられる存在だったようです。
伝承
天逆毎にまつわる伝承で最も重要なのは、その誕生の経緯と子孫の物語です。
スサノオから生まれた女神
天逆毎の誕生は、かなり特殊なものでした。
なんと、八岐大蛇(やまたのおろち)退治で有名な須佐之男命(スサノオノミコト)の体内から生まれたというんです。
『先代旧事本紀』という古い書物によると、こう書かれています。スサノオの胸や腹の中に溜まっていた「猛気(たけりけ)」――つまり荒々しい気持ちが、吐き出された息と一緒に外に出て、それが形を持って女神になったのが天逆毎だったと。
スサノオといえば、天照大神の弟で、とても激しい性格の神様として知られています。その荒ぶる神の「怒りのエネルギー」が形になったのが天逆毎だったわけですから、反抗的で激しい性格なのも納得できますね。
天魔雄神の誕生
さらに興味深いのは、天逆毎が一人で子供を産んだという話です。
その子供の名前は天魔雄神(あまのさくがみ、またはあまのさかおのかみ)。「魔」という字が入っていることからも分かるように、この神様もまた反抗的な存在でした。
天魔雄神の特徴
- 天の神々の命令に決して従わない
- 良いことを一切しようとしない
- 九天の王として、荒ぶる神々を統率した
- 人間の心に入り込んで混乱させる
母親の天逆毎と同じように、天魔雄神も秩序に逆らう存在だったんですね。
人間への影響
天逆毎と天魔雄神の親子は、人間の世界にも大きな影響を与えたとされています。
彼らは人の心の中に入り込んで、こんな悪さをするといわれていました。
- 賢い人を惑わせて、判断を誤らせる
- 愚かな人をさらに迷わせる
- 心を乱して、正しい道から外れさせる
今でいう「天邪鬼な気持ち」や「反抗心」の源は、もしかしたらこの親子の仕業かもしれませんね。
起源
天逆毎という存在は、どのように生まれた概念なのでしょうか。
古代からの伝承
天逆毎の名前が文献に現れるのは、主に江戸時代になってからです。
特に有名なのが、寺島良安が編集した百科事典『和漢三才図会』(1712年頃)と、妖怪絵師として知られる鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(1779年)です。
しかし、その起源はもっと古く、『先代旧事本紀』という平安時代の書物にまで遡ることができます。ここに、スサノオの猛気から生まれた女神の話が書かれているんです。
天狗・天邪鬼との関係
江戸時代の学者たちは、天逆毎を天狗の元祖として位置づけました。
確かに、共通点は多いんです。
天逆毎と天狗の共通点
- 高い鼻を持っている
- 人間を惑わせる
- 山や自然に関係が深い
- 超人的な力を持つ
一方で、性格的には天邪鬼の元祖といった方がぴったりくるかもしれません。何でも反対のことを言い、素直になれない天邪鬼の性格は、まさに天逆毎そのものですから。
神話における位置づけ
天逆毎は、日本神話の中でも特殊な位置にいます。
普通、神様といえば秩序を守り、世界を良い方向に導く存在ですよね。でも天逆毎は混沌と反抗を体現する神として、まったく逆の役割を持っています。
これは実は、神話の世界観において重要な意味があるんです。光があれば影があるように、秩序があれば混沌もある。天逆毎は、そんな世界のバランスを表す存在なのかもしれません。
まとめ
天逆毎は、日本神話に登場する反抗と混乱の女神です。
重要なポイント
- スサノオの猛気から生まれた特殊な女神
- 人身獣首の不気味な姿をしている
- 何でもあべこべにする天邪鬼な性格
- 天狗や天邪鬼の祖先とされる
- 息子の天魔雄神と共に、人の心を惑わせる
- 神話における混沌と反抗の象徴
私たちが日常で感じる「素直になれない気持ち」や「反抗したくなる心」――もしかしたら、それは天逆毎の影響かもしれませんね。
でも、そんな気持ちも時には必要なもの。何でも「はい」と言うだけでは、自分らしさを失ってしまいます。天逆毎は、そんな人間の複雑な心を象徴する存在として、今も私たちの心の中に生き続けているのかもしれません。


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