「私たちの食卓に並ぶ野菜やお米は、いつから栽培されるようになったんだろう?」
そんな疑問を持ったこと、ありませんか?
実は、人類が農業を始めたのは今からおよそ1万2000年前のこと。
それまでの何百万年もの間、私たちの祖先は狩りをしたり木の実を拾ったりして暮らしていました。
農業の誕生は、人類の生活を根本から変えた「革命」だったんです。
この記事では、農業がどのように始まり、どう発展してきたのかを時代ごとにたどっていきます。
農業の始まり——「新石器革命」とは
農業はいつ、どこで始まった?
農業が最初に始まったのは、今から約1万2000年前のことです。
場所は現在の中東地域、「肥沃な三日月地帯」と呼ばれるエリアでした。
この地域は、現在のトルコ東部からイラク、シリア、イスラエルにかけて広がる弧状の土地です。
野生のムギやマメが自生し、野生のヤギやヒツジが暮らしていたため、栽培や家畜化に適した環境が整っていました。
考古学者のV・ゴードン・チャイルドは、この農業の始まりを「新石器革命」と名付けました。
それまでの狩猟採集生活から、食料を自ら生産する生活への大転換だったからです。
なぜ農業が始まったのか
農業が始まった理由については、研究者の間でもさまざまな説があります。
有力な説の一つは「気候変動説」です。
約1万2000年前、最後の氷河期が終わり、地球は温暖化しました。
気温が上がり、野生の穀物が育ちやすくなったことで、人々は植物を栽培しようと考えるようになったというものです。
立命館大学の中川毅教授らの研究グループによると、農業が成功したのは単に温暖になったからではなく、「気候が安定した」ことが重要だったとされています。
気候の変動が激しいと、せっかく植えた種も収穫前にダメになってしまいますからね。
世界各地で独立して農業が始まった
面白いのは、農業が中東だけでなく、世界各地でほぼ同時期に独立して始まったことです。
| 地域 | 時期 | 主な作物・家畜 |
|---|---|---|
| 肥沃な三日月地帯(中東) | 約1万2000年前 | ムギ、マメ、ヒツジ、ヤギ |
| 中国(長江流域) | 約1万年前 | イネ |
| 中国(黄河流域) | 約8000年前 | アワ、キビ |
| メソアメリカ | 約7000年前 | トウモロコシ、カボチャ |
| アフリカ(サヘル地域) | 約7000年前 | モロコシ |
| ニューギニア | 約9000年前 | サトウキビ、タロイモ |
| 南米 | 約5000年前 | ジャガイモ、ワタ |
ロシアの農学者ニコライ・ヴァヴィロフは、栽培植物の起源地が地球上の11の地域に及ぶことを明らかにしました。
人類は各地で独自に「食料を育てる」というアイデアにたどり着いたんですね。
農業が人類にもたらした変化
定住生活の始まり
農業を始めると、人々は一か所に留まって暮らすようになりました。
種を蒔いたら、収穫まで畑の世話をしなければならないからです。
トルコ南部にある「チャタル・ヒュユク遺跡」は、約9500年前の集落跡です。
ここでは最大8000人もの人々が泥レンガの家に住んでいたと推定されています。
家々は隙間なく建てられ、屋根に開けた穴から出入りしていたそうです。
人口の爆発的増加
狩猟採集時代、人類の人口は全世界で500万人程度だったと考えられています。
しかし農業が始まると、安定した食料供給のおかげで人口は急激に増え始めました。
現在の世界人口は80億人を超えています。
農業なしには、これだけの人口を養うことは不可能だったでしょう。
文明の誕生
農業による食料の余剰は、社会を大きく変えました。
食料生産に携わらなくてよい人々が現れ、職人、商人、神官、王といった専門職が生まれます。
やがて文字が発明され、法律が作られ、都市国家が形成されていきました。
メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明——いわゆる「四大文明」は、すべて農業を基盤として発展したものです。
日本の農業の歴史
縄文時代——すでに農耕が始まっていた?
かつて、日本で農業が始まったのは弥生時代からというのが常識でした。
しかし、近年の考古学研究により、縄文時代にはすでに農耕が営まれていたことが明らかになっています。
縄文人はクリやクルミを管理・栽培し、ヒエやアワなどの雑穀も育てていたと考えられています。
ただし、大規模な水田稲作ではなく、小規模な畑作が中心でした。
弥生時代——水田稲作の伝来
縄文時代晩期(約3000年前)、朝鮮半島から北九州に水田稲作が伝わりました。
弥生時代になると、この技術は本州・四国・九州へと広がっていきます。
水田稲作は高度な技術を必要としました。
田を作り、水を引き、苗を植え、雑草を取り、収穫する——この一連の作業には、多くの人手と協力が欠かせません。
その結果、人々は集落を形成し、やがて豪族が現れ、国家が形成されていきました。
弥生時代の水田稲作は、日本社会の根幹を作り上げたと言えるでしょう。
古代から中世——技術の発展
古墳時代には、朝鮮半島から牛馬が伝わり、農作業の効率が向上しました。
奈良時代の収量は10アールあたり約100kg程度だったとされています。
それが鎌倉時代には150kgを超え、江戸時代には約200kgにまで増加しました。
この増産を支えたのは、品種改良、灌漑技術の向上、肥料の工夫といった技術革新です。
戦国〜江戸時代——土木技術と農具の革新
戦国時代には、各地の大名が領土の生産力を高めるため、大規模な土木工事を行いました。
武田信玄の「信玄堤」や、豊臣秀吉による木曽川・淀川の改修などが有名です。
江戸時代になると、農具も大きく進化します。
| 時期 | 農具・技術 | 効果 |
|---|---|---|
| 17世紀後半 | 備中鍬(びっちゅうぐわ) | より深く耕せるようになった |
| 17世紀後半 | 千歯こき | 脱穀効率が従来の10倍以上に |
| 17世紀末 | 唐箕(とうみ) | 籾殻と藁くずを効率的に選別 |
| 江戸中期以降 | 干鰯・油粕などの金肥 | 購入肥料による増産 |
こうした技術革新により、新田開発も進み、耕地面積は大幅に拡大しました。
18世紀イギリスの農業革命
ノーフォーク農法の登場
18世紀のイギリスでは、産業革命と並行して「農業革命」と呼ばれる大変革が起こりました。
それまでヨーロッパで広く行われていたのは「三圃制」という農法です。
耕地を3つに分け、2つで作物を作り、1つは休ませる(休閑地にする)というやり方でした。
地力を回復させるために、畑の3分の1は常に使えなかったんですね。
これを変えたのが「ノーフォーク農法」(四輪作法)です。
小麦→カブ→大麦→クローバーを順番に栽培することで、休閑地なしで農業ができるようになりました。
カブは家畜の飼料になり、クローバーは土に窒素を固定して地力を回復させます。
つまり、畑作と牧畜が組み合わさった、非常に効率的なシステムだったのです。
社会構造の変化
ノーフォーク農法を導入するには、広い土地をまとめて管理する必要がありました。
そこで行われたのが「第2次囲い込み(エンクロージャー)」です。
議会の法律に基づいて、開放耕地や共有地が私有地化されました。
土地を持たない農民は賃金労働者となり、やがて都市へ流入して工場労働者となっていきます。
ただし、近年の研究では、農業革命期の農村人口は減少せず、むしろ増加していたことがわかっています。
農業生産性の向上が人口増加を支え、その人口増加分が都市に流れたという構図です。
20世紀の「緑の革命」
世界を救った品種改良
1960年代から1970年代にかけて、発展途上国で「緑の革命」と呼ばれる農業改革が行われました。
中心となったのは、高収量品種(HYV)の開発です。
ロックフェラー財団とフォード財団の支援を受け、フィリピンに国際稲研究所(IRRI)が設立されました。
ここで開発された「IR8」は「奇跡の米(ミラクル・ライス)」と呼ばれ、従来品種の2〜3倍もの収量を実現しました。
また、メキシコの国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)では、小麦の品種改良が進められました。
このセンターで働いていたノーマン・ボーローグ博士は、その功績により1970年にノーベル平和賞を受賞しています。
「歴史上最も多くの命を救った人物」とも称えられているんです。
緑の革命の成果
緑の革命は、目覚ましい成果を上げました。
1960年から2000年までの40年間で、世界の穀物生産高は約3倍に増加。
アジア地域では、40%を超えていた栄養失調率が16%にまで低下したとされています。
インドやパキスタンなど、かつて深刻な食糧不足に悩まされていた国々が、食料の自給を達成することができました。
緑の革命の光と影
一方で、緑の革命には批判もあります。
高収量品種は、大量の化学肥料、農薬、灌漑用水を必要としました。
そのため、環境汚染や土壌劣化といった問題が発生したのです。
また、こうした資材を購入できる裕福な農家と、購入できない貧しい農家との間で格差が拡大しました。
伝統的な農村社会の崩壊を招いたという批判もあります。
緑の革命は人類の飢餓を救った一方で、新たな課題も生み出したと言えるでしょう。
現代の農業と未来への課題
農業の工業化と問題点
現代の農業は、かつてないほど効率化が進んでいます。
大型機械、化学肥料、農薬、遺伝子組み換え作物などの技術により、少ない人手で大量の食料を生産できるようになりました。
しかし同時に、次のような問題も浮上しています。
環境への影響
化学肥料や農薬の使用による土壌・水質汚染、大規模な単一栽培(モノカルチャー)による生物多様性の減少が懸念されています。
気候変動の影響
異常気象や温暖化により、従来の栽培方法が通用しなくなるリスクが高まっています。
農業従事者の減少
先進国では農業従事者の高齢化と後継者不足が深刻です。
日本でも、農業人口の減少と耕作放棄地の増加が大きな課題となっています。
持続可能な農業を目指して
こうした課題に対応するため、さまざまな取り組みが進められています。
有機農業・自然農法
化学肥料や農薬に頼らない栽培方法が見直されています。
スマート農業
AIやロボット、ドローンなどのテクノロジーを活用し、効率的で環境負荷の少ない農業を目指す動きです。
アグロエコロジー
生態系のバランスを考慮した農業システムの構築が提唱されています。
人類の歴史は、農業の歴史でもあります。
これからの農業がどう変わっていくかは、私たちの未来を左右する重要な問題なのです。
農業の歴史 一覧表
| 時代 | 時期 | 主な出来事 | 影響 |
|---|---|---|---|
| 新石器革命 | 約1万2000年前 | 肥沃な三日月地帯で農業が始まる | 定住生活、人口増加、文明の誕生 |
| 古代文明 | 約5000〜3000年前 | メソポタミア、エジプト、インダスなどで農業国家が発展 | 都市、文字、法律の誕生 |
| 中世ヨーロッパ | 5〜15世紀 | 三圃制農業の普及 | 封建制社会の基盤 |
| 日本・弥生時代 | 約3000年前 | 水田稲作の伝来 | 集落の形成、階層社会の誕生 |
| 18世紀イギリス | 18世紀 | ノーフォーク農法、囲い込み | 産業革命の基盤、資本主義的農業の成立 |
| 緑の革命 | 1960〜70年代 | 高収量品種、化学肥料の普及 | 途上国の食糧増産、環境問題の発生 |
| 現代 | 20世紀後半〜 | 機械化、IT化、遺伝子組み換え | 効率化と環境・持続可能性の課題 |
まとめ
農業の歴史を振り返ると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
- 農業は約1万2000年前に始まった——最後の氷河期が終わり、気候が安定したことが大きな要因とされる
- 世界各地で独立して農業が誕生した——中東だけでなく、中国、メソアメリカ、アフリカなど10カ所以上で
- 農業が文明を生んだ——定住、人口増加、余剰食料が都市国家や文明の基盤となった
- 技術革新が農業を発展させた——ノーフォーク農法、緑の革命など、各時代の革新が生産性を飛躍的に向上させた
- 現代は新たな転換点にある——環境問題、気候変動、持続可能性という課題に直面している
私たちが毎日当たり前のように食べているお米やパン、野菜。
それらはすべて、1万年以上にわたる農業の歴史の上に成り立っています。
食卓の向こうに、壮大な人類の物語があることを、ときどき思い出してみてください。


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