地底の暗闇で、何かがうごめく音が聞こえたことはありませんか?
それは岩が崩れる音でも、地下水が流れる音でもなく、永遠に自分の子供を産んでは喰らい続ける、恐ろしい存在の音かもしれません。
クトゥルフ神話に登場する邪神「アブホース」は、まさにそんな悍ましい存在として描かれているんです。
この記事では、「宇宙の不浄すべての父にして母」と呼ばれる邪神アブホースについて、その異形の姿や恐るべき生態、興味深い伝承をやさしく解説していきます。
概要

アブホース(Abhoth)は、クラーク・アシュトン・スミスが創造したクトゥルフ神話の邪神です。
作品『七つの呪い』で初めて登場したこの存在は、「宇宙の不浄すべての父にして母」という異名を持ち、地球上でも特に古い時代から存在する神格として知られています。
アブホースは外なる神や旧支配者として分類されることもありますが、その正確な立ち位置については諸説あるんですね。ただ、どの説でも共通しているのは、この存在が無数の生命を産み出す源泉であるということ。
地底深くの暗黒世界に潜み、延々と分裂して新たな生命体を生み出しては、それらを即座に捕食するという、想像を絶する生態を持っています。知性はあるものの、地上世界や人類にはまったく興味を示さない、徹底した無関心さも特徴的です。
系譜
アブホースの起源や他の神格との関係性は、クトゥルフ神話の中でも複雑な部分なんです。
ウボ=サスラとの関係
アブホースとよく比較されるのが、同じく生命の源とされるウボ=サスラという存在です。
両者には多くの共通点があります:
- どちらも無定形で、絶えず分裂して新たな生命を産む
- 地球の古代から存在している
- 多くの旧支配者たちの親とされる
ただし、決定的な違いもあるんです。ウボ=サスラには知性がありませんが、アブホースには明確な知性があり、テレパシーでコミュニケーションも可能です。
リン・カーターという作家の設定では、アブホースはウボ=サスラの子供とされることもあります。つまり、地球生まれの邪神たちの系譜は「ウボ=サスラ→アブホース→その他の神々」という流れになるわけですね。
地球生命体との関係
興味深いことに、アブホースから生まれた子供の中には、地球の生態系に影響を与えた存在もいるとされています。幻夢境(ドリームランド)という異世界では、アブホースの落とし子が独自の進化を遂げているという説もあるんです。
姿・見た目
アブホースの姿は、まさに悍ましさの極致といえる形態をしています。
基本形態
アブホースの姿は、文献によって若干の違いはありますが、おおむね次のように描写されます:
- 巨大な灰色の水溜まりのような外観
- 脈打つ粘液質の塊として存在
- 燐光を放つこともある
- 定まった形を持たない無定形の存在
地底の巨大な空洞全体を満たすほどの大きさで、その表面は常に波打ち、泡立ち、変化し続けているんです。まるで生きた沼地のような、あるいは巨大なアメーバのような姿を想像すると近いかもしれません。
触手と分裂体
アブホースの体からは無数の触手が伸びています。これらの触手は、後述する「子供たち」を捕まえるために使われるんですね。
表面からは絶えず新しい生命体が分裂して生まれており、その光景はまさに悪夢のような光景だと描写されています。
特徴

アブホースには、他の神格とは異なる独特の特徴があります。
永遠の産み落としと捕食
アブホースの最大の特徴は、絶え間なく子供を産み続け、それらを即座に喰らうという異常な生態です。
その過程は次のようなものです:
- アブホースの表面から、新たな生命体が分裂して誕生
- 生まれた瞬間から急速に成長を始める
- アブホースの触手がそれらを捕獲
- 本体に引き戻されて吸収される
この循環は永遠に続いており、まさに「不浄なるものの父にして母」という異名にふさわしい存在なんですね。
アブホースの子供たち
産み落とされる「子供」は、すべて奇形で異様な姿をしているとされます。
これらの特徴として:
- 一つとして同じ形のものはいない
- 親から離れると急激に成長する能力を持つ
- 必要に応じて感覚器官を作り出せる
- 独立した生命体として機能する
まれに触手から逃れて外界に出ていく個体もいて、それらは独自の進化を遂げることもあるそうです。
知性とコミュニケーション
アブホースは明確な知性を持っており、テレパシーで意思疎通が可能です。
ただし、その知性の使い方は独特で:
- 地上世界にはまったく興味がない
- 人類の存在をほとんど認識していない
- 自分の領域に侵入した者には警告を発する
- 基本的に無関心で、積極的な害意はない
この無関心さが、かえって恐ろしさを際立たせているんですね。
伝承
アブホースにまつわる伝承で最も有名なのが、クラーク・アシュトン・スミスの『七つの呪い』に描かれたエピソードです。
呪われた男の訪問
ある時、七重の呪いをかけられたコモリオムという都市の住人が、アブホースのもとに送り込まれました。
その男は、アトラク=ナクアという蜘蛛の神によって呪われ、最終的にアブホースの住処に転送されたんです。
アブホースの反応
最初、アブホースはこの訪問者を自分の子供だと勘違いしました。いつものように捕食しようと触手を伸ばしたんですね。
しかし、調べてみると全く自分の血族ではないことが判明。アブホースは困惑し、結局この男を追い返すことにしました。その際、呪いを解くための助言まで与えたというから、意外と話が分かる存在なのかもしれません。
住処の所在
アブホースの住処については、いくつかの説があります:
ハイパーボリア説
- 超古代大陸ハイパーボリアのヴーアミタドレス山の地下
- 最も一般的な説で、多くの文献がこれを支持
クン=ヤン説
- 地下都市クン=ヤンのさらに下層
- より深い暗黒世界に存在するという説
幻夢境説
- 夢の世界である幻夢境の地底世界ンカイ
- 現代の解釈ではこちらが主流になりつつある
どの説でも共通しているのは、人類が到達できないような深い地底に潜んでいるということですね。
現代への影響
興味深いことに、アブホースの落とし子の一部は現代にも影響を与えているとされます。
ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する幻獣「トーブ」も、実はアブホースの落とし子の一つだという説があるんです。これは、幻夢境からキャロルの夢に入り込んだアブホースの子供が、作品にインスピレーションを与えたというもの。
真偽のほどは分かりませんが、クトゥルフ神話の世界観らしい、現実と幻想が交錯する興味深い設定ですね。
まとめ
アブホースは、生命の創造と破壊を永遠に繰り返す、クトゥルフ神話でも特に異質な邪神です。
重要なポイント
- 「宇宙の不浄すべての父にして母」という異名を持つ
- 巨大な灰色の粘液質の塊として地底に潜む
- 絶えず奇形の子供を産み、即座に捕食する永遠の循環
- 知性はあるが人類には完全に無関心
- ハイパーボリアや幻夢境の地底世界に存在
- ウボ=サスラと並ぶ、地球最古の生命の源
アブホースという存在は、生命の根源的な恐怖を体現しているといえるでしょう。創造と破壊、誕生と死が一体となった、まさに宇宙的恐怖の象徴なんです。
もし地底から奇妙な音が聞こえてきたら、それはアブホースが今も変わらず、その恐ろしい営みを続けている証かもしれませんね。


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