バフラム(Bahram)とは?ゾロアスター教の勝利の神・10の化身と信仰の歴史を徹底解説

ゾロアスター教の神々の中に、「障害を打ち破る者」として崇められた勝利の神がいます。
その名はバフラム(Bahram)——古代イランの戦士たちが戦場へ赴く前に祈りを捧げ、旅人たちが守護を求めた、ゾロアスター教における最も力強い神格の一柱です。
イランの王たちがその名を称号として受け継ぎ、仏教圏にまで影響を及ぼしたバフラムの信仰は、古代インド・イランの宗教世界の複雑な結びつきを今に伝えています。
この記事では、バフラムの起源から10の化身、歴史的変遷、そして現代に残るその痕跡まで、詳しく解説します。

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バフラムとは?概要

バフラム(Bahram)は、ゾロアスター教における勝利・武勝・障害克服の神です。
アヴェスター語での本来の名はヴェレスラグナ(Vərəθraγna)で、中期ペルシア語ではワラフラーム(Warahrām)、そこから現代ペルシア語のバフラム(Bahram)あるいはベフラム(Behram)となりました。

ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の讃歌集(ヤシュト)の中に、バフラムを称える「バフラム・ヤシュト」(ヤシュト14)が収められています。
この讃歌には、バフラムが10の異なる姿に変身して現れる物語が記されており、その多彩な化身は独特の神格を示しています。

バフラムはゾロアスター教の神々の序列においてヤザタ(Yazata)——崇拝に値する神聖な存在——に分類されます。
ミスラ(Mithra)神の主要な随行者として位置づけられており、ミスラを讃える「ミフル・ヤシュト」(10.70)にも登場します。
伝統的なゾロアスター教の信仰において、バフラムは「不死者たちの中で最も愛される存在」と称されてきました。

名前の意味と語源

バフラムの名は、古代インド・イラン語の宗教的伝統に深く根ざしています。
アヴェスター語の「Vərəθraγna」は、「障害(verethra)を打ち破る者」を意味します。
学者のベンヴェニストとルヌーによれば、この名の主要な意味は「障害を克服すること」であり、さらには「水の流れを妨げるものを取り除くこと」も含意しているとされています。

この語はサンスクリット語の「ヴリトラグナ(Vritraghna)」と同根であり、ヴェーダ神話においてインドラ神の別名として使われた言葉です。
ヴェーダ神話では「ヴリトラ(Vritra)」が水の流れを堰き止める悪魔・障害を意味し、それを打ち破るインドラが「ヴリトラグナ(ヴリトラを打ち倒す者)」と呼ばれました。

古代イランとインドで同じ宗教的概念が異なる方向へ発展していった証左として、この語源は研究者たちの関心を集め続けています。
学者のポール・ティームは、原インド・イラン語に「インドラ」という神格と「ヴリトラグナ」という概念が独立して存在していたと論じており、イランでは「インドラ」が悪魔化され、「ヴリトラグナ(バフラム)」が独立した神として発展したと考えています。

なお、バフラムという名は天体のひとつにも付けられており、古典ペルシア語では火星を「バフラム」と呼びました。
これは後述するサーサーン朝時代における、バフラムと軍神的性格を持つ惑星との結びつきを反映しています。

バフラムの10の化身

バフラム・ヤシュトの核心をなすのが、バフラムが10の異なる姿でゾロアスター教の聖人ザラスシュトラ(ゾロアスター)のもとへ現れるという描写です。
これらの化身はそれぞれ異なる力と象徴を持ち、バフラムの多面的な神格を表しています。

第1の化身:烈風

バフラムは最初、疾風のような激しい風の姿で現れます。
風は障害を薙ぎ払う力の象徴であり、勝利の神にふさわしい最初の顕現です。

第2の化身:黄金の角を持つ雄牛

次に、金色の角を備えた力強い雄牛の姿で現れます。
雄牛は古代イランにおいて男性的な力と豊穣の象徴であり、バフラムの持つ生命力を体現しています。

第3の化身:金色の耳と口輪を持つ白馬

白い馬、しかも金色の耳と口輪を持つという格調高い姿が第3の化身です。
馬は戦場の神にとって本質的な存在であり、純白と黄金の組み合わせは神聖さと高貴さを示しています。

第4の化身:発情した雄ラクダ

盛んな生命力にあふれたラクダの姿で現れます。
ラクダはシルクロードを往来する旅人・商人と関連深く、バフラムが旅人の守護神でもあったことを示唆しています。

第5の化身:猪

鋭い牙を持ち突進する猪の姿が第5の化身です。
猪はゾロアスター教の神話において特に重要な動物であり、バフラムと猪の結びつきはサーサーン朝の美術にも色濃く反映されることになります。

第6の化身:猛禽

「ヴェレグナ(veregna)」と呼ばれる猛禽の姿をとります。
この鳥はバフラムと最も深く結びついた象徴のひとつであり、後に「バフラムの鳥(バフラム鳥)」として知られるようになります。
ファルコンやハヤブサの一種と考えられており、ゾロアスター教の儀礼で用いられる羽根と関連しています。

第7の化身:雄羊

力強い雄羊の姿で現れます。
羊は古代イランの牧畜文化において重要な意義を持つ動物であり、バフラムの農耕・牧畜社会との接点を示しています。

第8の化身:野生の山羊

山の岩場を駆ける野性的な山羊の姿が第8の化身です。
険しい地形を征服する山羊のイメージは、あらゆる障害を乗り越えるバフラムの本質と重なります。

第9の化身:15歳の若者

突然、動物から人間の姿へと変わります。
15歳という年齢は古代イランにおいて成人を意味する節目であり、戦士としての最盛期の若さを象徴しています。
美しく輝く青年の姿は、バフラムが勝利のみならず活力と生命の神でもあることを示しています。

第10の化身:黄金の剣を持つ武装した戦士

最後は、黄金の剣を帯びた完全武装の戦士として現れます。
これはバフラムの神格の完成形——敵をことごとく打ち破る勝利の神の真の姿です。
バフラム・ヤシュトでは、この化身こそが「最もよく武装された者」「力において最善の装備を持つ者」と称えられています。

バフラムの属性と力

バフラム・ヤシュトは、バフラムの持つ力を詳細に記述しています。

バフラムが与える恩恵として、まず「男性的な活力と性的な力」が挙げられます。
これは生命力そのものとしての勝利の神という性格を示しており、戦士の力だけでなく、生殖・豊穣ともバフラムが結びついていたことを示唆しています。

次に挙げられるのが「治癒の力」です。
バフラムは悪魔や敵対する力と絶えず戦うとともに、崇拝者たちに健康と保護をもたらす存在でもありました。

また、バフラム・ヤシュトには特徴的な護符の作り方が記されています。
ハオマ(Haoma)の茎を使った護符や、猛禽(バフラムの鳥)の羽根で体を撫でる儀礼が詳述されており、これらは古代インドの『アタルヴァヴェーダ』と共通する要素を持つとされています。
この一致は、これらの慣行が古代インド・イラン時代に遡ることを示唆しています。

バフラムはまた「パンス・ヤザド(Panth Yazad)」——道の神、旅の守護者——としても広く信仰を集めました。
これがラクダという化身と結びついていることは、シルクロードを行き交う商人たちにとってバフラムがいかに重要な神であったかを物語っています。

バフラム信仰の歴史的発展

起源:前ゾロアスター教的要素

バフラム・ヤシュトには、ゾロアスター教が成立する以前の古代インド・イラン宗教の痕跡が色濃く残っています。
学者たちはこれを「前ゾロアスター教的(pre-Zoroastrian)」な要素と呼んでおり、バフラムへの信仰がゾロアスター教よりはるか以前にさかのぼることを示しています。

前述のインドラとの関連も、この古代性を裏付ける証拠のひとつです。
インド神話のインドラ神が雷と嵐の戦神として発展したのに対し、イランではその本質的な側面が「ヴェレスラグナ/バフラム」という独立した神格として継承されました。

アケメネス朝時代(紀元前550年頃〜330年)

アケメネス朝ペルシア帝国の時代に、バフラムを祝う日がゾロアスター教の暦に制度化されました。
「シロザ(Siroza) 1.20」において、バフラムはゾロアスター教の月の第20日を冠する神として位置づけられています。

セレウコス朝・アルサケス朝時代(紀元前330年〜紀元後226年)

アレクサンドロス大王の征服後、ヘレニズム文化がイランに流入した時代に、バフラムはギリシャ神話のアレス(Ares)やヘラクレス(Heracles)と融合していきます。
この時代にバフラムはギリシャ語で「アルタグネス(Artagnes)」と呼ばれるようになりました。
コンマゲネ王国などの碑文には「アルタグネス-アレス-ヘラクレス」という複合神格が記録されており、いかに積極的に神々が同一視されたかを示しています。

サーサーン朝時代(224年〜651年)

バフラム信仰が最も華やかに花開いたのは、サーサーン朝の時代です。
火星のペルシア語名として「バフラム」が定着し、天文学と宗教が深く結びつきました。

この時代を象徴するのが「アーダシュ・バフラム(Atash Bahram)」——バフラムの聖なる火です。
これはゾロアスター教の三段階の聖火の中で最高位に位置づけられる火であり、その設置には数十年にわたる精製の儀礼が必要とされました。

サーサーン朝の工芸品においても、バフラムとの結びつきが随所に見られます。
猪の図像がシルクや漆喰装飾、銀器、コイン、印章など多様な媒体に表れ、それらが猪という化身を持つバフラムとの関連を示しています。
また王冠の翼や猛禽のモチーフも、バフラムの鳥との結びつきを反映しています。

ベヒストゥーン(Behistun)の岩刻彫刻にも、杯を手に持ち、棍棒を背後に立てかけるように置いて、ライオンの皮を下に敷いて横たわる人物像が描かれており、これがバフラムの姿であると解釈されています。

バフラムの名を持つサーサーン朝の王たち

「バフラム」という名がいかに尊ばれていたかは、この名を持つサーサーン朝の王たちの多さが物語っています。

王名在位期間備考
バフラム1世(Bahram I)271年〜274年シャープール1世の息子
バフラム2世(Bahram II)274年〜293年バフラム1世の息子
バフラム3世(Bahram III)293年短期間の治世
バフラム4世(Bahram IV)388年〜399年シャープール3世の息子
バフラム5世(Bahram V)420年〜438年ヤズデギルド1世の息子。ニザーミーの『ハフト・パイカル』の主人公
バフラム・チョービン(Bahram Chobin)590年〜591年将軍・僭称王

特にバフラム5世は「バフラム・グール(Bahram Gur)」——野ロバを狩る者——の異名で知られ、ペルシア文学の英雄的人物として後世に大きな影響を残しました。
12世紀の詩人ニザーミー・ガンジャヴィーは叙事詩『ハフト・パイカル(七つの美女)』においてバフラム5世を主人公として描いており、神話的な王のイメージはここで一層強化されました。

周辺文化への影響

バフラムの影響は、ゾロアスター教の境界をはるかに越えて広がっていきました。

アルメニア: アルメニア神話の戦神ヴァハグン(Vahagn)はバフラムと同根の神格であり、「ヴラム(Vṙam)」という名でも知られています。

仏教ソグド語: ゾロアスター教とシルクロード経由で接触した仏教文化圏のソグド語テキストにも「wšɣn」という形でバフラムの名が現れます。

マニ教パルティア語: マニ教の文書にも「ワフラーム(Wahrām)」としてバフラムが登場しており、異なる宗教伝統においても神の名が継承されたことがわかります。

クシャーナ朝バクトリア語: クシャーナ朝では「オルラグノ(Orlagno)」という名で呼ばれ、コインにその姿が刻まれています。

ゾロアスター教と仏教の接点については、「仏教とゾロアスター教の意外な関係」で詳しく解説しています。

ゾロアスター教の神学研究者たちは、バフラムをヴィシュヌ(Vishnu)、アダマス(Adamas)、ネルガル(Nergal)、ホルス(Horus)、アレス(Ares)、ヘラクレス(Heracles)といった他文化の神々と比較してきました。
これらの比較神話学的分析は、バフラムが持つ「勝利の神」という普遍的な神格が、どれだけ広い文明圏に共鳴していたかを示しています。

アーダシュ・バフラム:バフラムの名を冠する聖なる火

ゾロアスター教において「アーダシュ・バフラム(Atash Bahram)」——バフラムの火——は、最高位の聖なる火とされます。
「バフラムの火」とも「勝利の火」とも訳されるこの炎は、ゾロアスター教の三段階の聖火の頂点に位置します。

アーダシュ・バフラムを設置するためには、1000年以上の伝統では16種類の異なる職業の人が使う火を集め、長年にわたる精製の儀礼を経なければならないとされていました。
このように崇高な意義を持つ炎にバフラムの名が冠せられたことは、彼がいかに重要な神格であるかを示しています。

現在でもインドのムンバイやその周辺にあるパールシー(ゾロアスター教徒の子孫)のコミュニティには、アーダシュ・バフラムが維持されており、数百年にわたって絶やすことなく燃やされ続けています。

まとめ

バフラムは、ゾロアスター教が生み出した最も力強く多彩な神格のひとつです。

  • 「障害を打ち破る者」という名の通り、勝利・武勝・克服を司る神
  • 烈風から黄金の剣を持つ戦士まで10の化身で現れる
  • 古代インド・イラン宗教にルーツを持ち、インドラ神と同根
  • アケメネス朝からサーサーン朝にかけて、イランの王権と深く結びついた
  • 猪・猛禽・馬など多様なシンボルでサーサーン朝美術に表現された
  • アルメニア・仏教圏・マニ教など周辺文化にも影響を与えた
  • 「アーダシュ・バフラム(バフラムの火)」として今日も信仰が続く

インドのインドラと同じ語源を持ちながら、まったく異なる神格として発展したバフラムの歴史は、古代の宗教がいかに複雑に絡み合いながら独自の形を作り上げてきたかを示す好例です。
ゾロアスター教そのものへの理解を深めることで、バフラムの神格がより鮮明に見えてくるでしょう。


参考情報

関連記事

この記事で参照した情報源

一次資料

  • 『アヴェスター』バフラム・ヤシュト(Bahram Yasht, Yasht 14) — ゾロアスター教聖典の讃歌。バフラムの10の化身・属性・儀礼を記述した主要一次資料
  • 『アヴェスター』ミフル・ヤシュト(Mihr Yasht, Yasht 10) — バフラムがミスラの随行者として登場
  • 『アヴェスター』スィローザ(Siroza 1.20) — 月の第20日がバフラムの日であると記述

学術資料・参考サイト

参考になる外部サイト

  • Encyclopaedia Iranica — ゾロアスター教・古代イランに関する最も権威ある学術百科事典

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