八部衆(はちぶしゅう)の筆頭に挙げられる「天(てん)」は、サンスクリット語でデーヴァ(Deva)と呼ばれる天界の神々の総称です。
梵天や帝釈天など、古代インドのバラモン教・ヒンドゥー教に起源を持つ神々が仏教に取り込まれて護法善神となった存在を指します。
この記事では、「天」とは何か、天部の世界観、そして奈良・興福寺の著名な八部衆像で「天」の役割を担う「五部浄(ごぶじょう)」について詳しく解説します。
「天」とは何か:定義と語源
「天(てん)」のサンスクリット語はデーヴァ(Deva)で、「神」あるいは「輝くもの」を意味します。
印欧祖語に由来し、ラテン語の「deus(神)」、ギリシャ神話の「Zeus(ゼウス)」と同じ語根を持つことはよく知られています。
漢訳仏典では「天」という一字で訳されました。
ただし漢訳によって「天界の住人(デーヴァ)」と「天界そのもの(デーヴァ・ローカ)」の両方を指すようになったため、漢字文化圏ではしばしば混同されてきたとされています。
インドでは本来この二つの概念は区別されていたものの、中国において「天」と訳された際に区別が明確でなくなり、両方の意味を兼ね備えるようになったとされています。
八部衆における「天」の位置づけ
『法華経(ほけきょう)』や『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』などによれば、八部衆は天衆・龍衆・夜叉衆・乾闥婆衆・阿修羅衆・迦楼羅衆・緊那羅衆・摩睺羅伽衆の8つの種族で構成されます。
このうち「天」が八部衆の筆頭に挙げられるのは、仏教の六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)において天が最上位の境地とされているためです。
天は輪廻の世界に属しながらも、長寿・光明・快楽を享受する高貴な存在として位置づけられています。
「天」の特徴:なぜ輪廻から逃れられないのか
天に生まれた存在(天人)は、善業の果報として天界に転生した存在です。
長寿を誇り、光明を放ち、苦しみのない環境に住まいますが、蓄えた業(カルマ)が尽きれば再び輪廻するとされています。
この死を前にして現れる現象を「天人五衰(てんにんのごすい)」と呼びます。
衣服が汚れる、頭の花飾りが萎れる、身体が汚れて悪臭を発する、腋から汗が出る、天の座に安住できなくなるといった衰えが起き、天人は死を迎えて再び輪廻するとされています。
仏教では、いかに高い境地に生まれ変わっても解脱を果たさない限り輪廻から逃れられないという観点から、天界でさえ「最終的な安らぎではない」と説かれています。
興福寺の八部衆像における「天」の代表:五部浄
五部浄とは
八部衆像として最も著名な奈良・興福寺(国宝館)の作例では、「天」に相当する像として「五部浄(ごぶじょう)」が伝わっています。
五部浄のサンスクリット語はシュッダーヴァーサ(Śuddhāvāsa)、「清浄な住処」を意味します。
これは色界(しきかい)の最上位にあたる「色界第四禅天」に存在する「浄居天(じょうごてん)」と呼ばれる聖者たちの住処を指します。
浄居天には、色究竟天(しきくきょうてん)・善見天(ぜんけんてん)・善現天(ぜんげんてん)・無熱天(むねつてん)・無煩天(むぼんてん)の五つがあり、それぞれに聖者が住んでいます。
五部浄は、自在天子・普華天子・遍音天子・光髪天子・意生天子という五尊の浄居天の聖者を合わせて一尊としたものを指します(出典:Wikipedia「八部衆」・興福寺公式)。
五部浄の仏教思想における位置づけ
ここで重要なのは、五部浄が他の八部衆メンバーとは出自が根本的に異なるという点です。
八部衆の他のメンバー(阿修羅・迦楼羅・龍など)は、もともとバラモン教やヒンドゥー教の神々や古代インドの精霊であり、釈迦の教えに帰依して護法善神となった「外来の神々」です。
これに対して五部浄は、仏教の修行によって「阿那含(あなごん、anāgāmin)」の境地に達した聖者たちです。
阿那含とは仏教の修行の達成段階のひとつで、もはや欲界に戻ることなく、色界最上位の浄居天に住んでそのまま解脱に向かうとされる境地です。
仏像世界に詳しい宮澤やすみ氏の解説によれば、「五部浄は八部衆の中でリーダー格であり、他の面々が仏教以前の古代インドの神々を元にしているのに対し、五部浄だけは仏教側オリジンの聖者」とされています。
また梵天が住む初禅天よりもはるかに上位の「色界最上位」に住まうという点でも、その高位性が際立っています。
五部浄像の姿と現状(興福寺国宝館)
興福寺の五部浄像は、象頭(ぞうとう)の冠をかぶった姿が特徴です。
三十三間堂の二十八部衆にも五部浄居天像が含まれており、そちらも象頭の冠をかぶり、左手に刀を持つ武神像として表されています。
現存する像の状態については、以下のとおりです。
興福寺の五部浄像は像高50.0cm(上半身のみ)で、頭部と胸部を残すのみとなっています。
また本像の右腕部分は寺外に流出し、現在は東京国立博物館に所蔵されています(出典:Wikipedia「興福寺の仏像」)。
制作は他の八部衆像と同じく、天平6年(734年)、聖武天皇の皇后・光明皇后が亡母・橘三千代の菩提を弔うために建立した西金堂の本尊・釈迦如来像の眷属として制作されました。
技法は脱活乾漆造(だっかつかんしつぞう)で、まず心木に塑土で型を作り、その上に麻布を漆で貼り重ね、乾燥後に中の土を取り出すという手の込んだ製法が用いられています。
「天」としての代表的な神々
八部衆における「天」は個別の一柱の神を指すのではなく、天界に住む神々の総称です。
天部(てんぶ)として信仰される神々の中でも、特に以下の存在が八部衆の「天」を代表する神々として挙げられます。
梵天(ぼんてん / Brahmā)はヒンドゥー教の創造神ブラフマーが仏教に取り込まれた姿です。
釈迦が悟りを開いた後、その教えを説くことをためらっていたとき、梵天が訪れて説法を懇願したという「梵天勧請(ぼんてんかんじょう)」の逸話は仏教成立の根幹に関わるエピソードとして知られています。
色界の初禅天に住まう高位の存在とされています。
帝釈天(たいしゃくてん / Śakra)はヴェーダ神話の主神インドラが仏教に取り込まれた姿です。
忉利天(とうりてん / 三十三天)の王として仏法を守護し、梵天とともに「梵釈二天(ぼんしゃくにてん)」と並び称されて、釈迦如来の脇侍として祀られることが多い存在です。
四天王(してんのう)は须弥山の中腹に住み、東西南北の四方を守護する四天王です。
持国天(東方)・増長天(南方)・広目天(西方)・多聞天(北方)の四柱からなり、天部の中でも最も「守り神らしい」存在として寺院に広く祀られています。
なお増長天については別記事で詳しく解説しています。
天部の世界観:三界と天界の階層
仏教宇宙論において、天界は「三界(さんかい)」という枠組みの中に位置づけられています。
三界とは欲界(よっかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)の三つで、それぞれに天が設けられています。
欲界には六欲天(ろくよくてん)が含まれます。
下から順に四大王衆天(四天王の住む天)・三十三天(忉利天、帝釈天の天)・夜摩天・兜率天(弥勒菩薩の住む天)・化楽天・他化自在天の六つからなります。
色界は欲界の上にある清浄な物質の世界で、四禅天に対応した十八天が設けられています。
初禅天3天・二禅天3天・三禅天3天・四禅天9天の構成で、欲界の6天・無色界の4天とあわせた「三界二十八天」が日本仏教の主流的な宇宙観です。
先述の五部浄(浄居天)が住む色界第四禅天は、この色界の最上位にあたります。
無色界は物質すら持たない純粋な精神の世界で、空無辺処天・識無辺処天・無所有処天・非想非非想処天の四天からなります。
まとめ
- 「天(てん)」はサンスクリット語のデーヴァ(Deva)を漢訳したもので、八部衆の筆頭を担う天界の神々の総称
- 八部衆の名称は『法華経』『金光明最勝王経』などに記される
- 奈良・興福寺の八部衆像(国宝、734年)では「天」に相当する像として「五部浄(ごぶじょう)」が伝わる
- 五部浄(Śuddhāvāsa)は色界第四禅天の浄居天に住む五尊の阿那含の聖者を合わせた一尊で、仏教オリジンの存在である点が他の八部衆と大きく異なる
- 五部浄像は象頭の冠をかぶり、現存するのは上半身のみ(右腕部分は東京国立博物館所蔵)
- 天人五衰という思想は、天界の高位の存在でも輪廻から逃れられないという仏教の無常観を体現している
参考情報
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この記事で参照した情報源
経典・一次資料
- 鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』序品(406年)- 八部衆(天龍八部)の名称を記す大乗経典
百科事典・辞典
- Wikipedia「八部衆」 – 五部浄像の詳細(像高・現存状況・右腕の所蔵先等)
- Wikipedia「天(仏教)」 – デーヴァの語源と天部の位置づけ
- Wikipedia「デーヴァ」 – サンスクリット語 deva の語源と各文化圏の対応語
寺院・博物館公式サイト
- 興福寺公式「五部浄像」 – 国宝・五部浄像の公式解説(「八部衆の天に相当する神」と明記)
- 奈良国立博物館「二十八部衆立像のうち 五部浄居天」
解説・研究サイト
- 仏像ワールド「五部浄と八部衆のひみつ②」 – 五部浄の仏教宇宙論における位置づけ(宮澤やすみ)
修正履歴(v7精査レポートに基づく)
修正箇所 修正前 修正後 根拠 天人五衰・第3項目(重大度:高) 身体の光が衰える 身体が汚れて悪臭を発する 大般涅槃経第19巻「身体臭穢(しんたいしゅうわい)」が正規の大五衰第3項目。「光が消える」は小五衰(身光忽滅)または一部経典の異説に相当する 光明皇后の称号(重大度:中) 聖武天皇の妃・光明皇后 聖武天皇の皇后・光明皇后 734年時点で光明皇后は天平元年(729年)に立后済み。「妃」は入内当初(716年)の身分。Wikipedia・コトバンク・奈良国立博物館等すべて「皇后」と明記 色界の天数(重大度:中) 四禅天に対応した十七天 四禅天に対応した十八天(三界二十八天の説明を追記) 十七天は倶舎論(説一切有部)の説。記事の宗教文脈(興福寺・法相宗)は大乗仏教であり、Wikipedia「天(仏教)」も「色界十八天」と明記。三界二十八天(6+18+4=28)との整合性も確保 右腕所蔵経緯(重大度:中) 明治時代に寄贈されたものとされています(出典:Wikipedia「八部衆」) 寺外に流出し、現在は東京国立博物館に所蔵されています(出典:Wikipedia「興福寺の仏像」) Wikipedia「興福寺の仏像」は「寺外に流出して民間の所蔵となっていた」と記述。「寄贈」の裏付けなし。出典記事名も誤り 高野山霊宝館の帰属(重大度:高→修正) 高野山霊宝館の解説によれば、インドでは本来〜 「高野山霊宝館の解説によれば」を削除、「とされています」に弱化 URLアクセスで当該ページが「天部」解説ではなく収蔵品一覧ページにリダイレクト。デーヴァとデーヴァ・ローカの区別に関する記述は確認不能

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