閻魔の三后とは?ヘーママーラー・スシーラー・ヴィジャヤー:冥界の王ヤマの妻たちを徹底解説

「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」——日本では誰もが知る恐ろしい裁き手、閻魔大王。
その起源はインド神話の死神ヤマ(Yama)に遡り、太陽神の子として生まれた彼は「人類で最初に死を経験した者」として冥界の王へと上り詰めた存在です。
しかし、その壮大な神話世界においてヤマには三人の妻が存在したことは、あまり知られていません。
ヘーママーラー(Hemamala)、スシーラー(Sushila)、ヴィジャヤー(Vijaya)——この三后を知ることで、死と裁きの神の意外な人間的側面が浮かび上がります。


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概要

項目内容
神格冥界の王・死と裁きの神
原語名ヤマ(Yama、サンスクリット語:यम)
日本語名閻魔(えんま)、閻魔大王、閻魔王
系譜太陽神ヴィヴァスヴァット(Vivasvat)と女神サラニュー(Saranyu)の子
三后の名前ヘーママーラー・スシーラー・ヴィジャヤー
主な出典『リグ・ヴェーダ』、プラーナ文献、バヴィシュヤ・プラーナ
宗教圏ヒンドゥー教→仏教→道教→日本仏教へと伝播

ヤマ(閻魔)とはどのような神か

閻魔(えんま)は、仏教の地獄・冥界の王であり、死者の生前の行いを裁く存在として日本文化に深く根付いています。
その正体はインド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』(Rig Veda)に登場する死の神ヤマ(Yama)にほかなりません。

名前の意味

「ヤマ(Yama)」というサンスクリット語は、もともと「双子(twin)」を意味します。
これは彼が双子の姉妹ヤミー(Yami)とともに生まれたことに由来しています。
後の文献では「縛るもの(binder)」「抑制するもの(restrainer)」の意味も持つようになり、罪人を捕縛する裁判官としての性格を反映しています。
日本語の「閻魔」は、このヤマの音をサンスクリット語から漢字で音写したものです。

誕生と冥界への就任

『リグ・ヴェーダ』第10巻によれば、ヤマは太陽神ヴィヴァスヴァット(Vivasvat)と女神サラニュー(Saranyu)の息子です。
彼は「人類で最初に死を経験した者」とされています。
自ら進んで死を受け入れることで冥界への道を切り開き、以後の死者たちが辿るべき道を示した存在として崇められました。
その功績によって冥界の主となり、死後の世界で亡者の生前の行いを公平に裁く「冥界の王」の地位に就いたとされています。

姿と属性

プラーナ文献(Puranas)ではヤマの容姿について詳しく記されています。
嵐雲のような暗い肌の色を持ち、四本の腕を持ちます。
炎の花輪に囲まれ、赤・黄・青の衣をまとい、右手に縄(ノーサー)、左手に棍棒または剣を持ちます。
乗り物は水牛(スイギュウ)で、二頭の四眼の猛犬が冥界への道を守護しています。


閻魔の三后(さんこう)とは

ヤマには複数の妻の存在が各文献に記されていますが、最も広く認知されているのが三后、すなわちヘーママーラー・スシーラー・ヴィジャヤーの三人です。
World History Encyclopediaをはじめとする複数の学術的情報源がこの三人を「ヤマの妻」として記録しています。


第一后:ヘーママーラー(Hemamala)

ヘーママーラー(サンスクリット語:Hemamala)という名前は、「黄金の花輪(golden garland)」を意味します。
「ヘーマ(hema)」は金、「マーラー(mala)」は花輪や首飾りを指すサンスクリット語です。
三后の中で最初に名が挙げられることが多く、冥界の王の妻にふさわしい輝かしい名前を持つ存在として知られています。
彼女の具体的な神話的エピソードは文献によって限定的ですが、その名の意味する「黄金の輝き」は死後の世界における光明や昇華を象徴するとも解釈されています。


第二后:スシーラー(Sushila)

スシーラー(サンスクリット語:Sushila)は「善良な者(good-natured one)」を意味する名前です。
「スー(su)」は良い・善いを意味する接頭辞で、「シーラー(shila)」は性格・品性を指します。
ヤマが死と裁きという厳格な職務を担う神であることを考えると、「善良さ」「穏やかさ」を体現するスシーラーの存在は、冥界の王の内に宿る慈悲の側面を象徴していると見ることができます。
冥界の王に善良な妻が寄り添うという構図は、死の神が単なる恐怖の存在ではなく、公正さと慈悲を兼ね備えた裁き手であることを示すとも読み取れます。


第三后:ヴィジャヤー(Vijaya)

ヴィジャヤー(サンスクリット語:Vijaya)は「勝利(victory)」を意味します。
三后の中で最も詳細な神話的エピソードが残されているのがこのヴィジャヤーです。

バヴィシュヤ・プラーナに記されたヴィジャヤーの物語

『バヴィシュヤ・プラーナ』(Bhavishya Purana)には、ヤマとヴィジャヤーの出会いにまつわる説話が記されています。
ヤマはあるとき、一人のブラーフマナ(バラモン)の娘であるヴィジャヤーに心を惹かれました。
しかし初めて彼女の前に現れたとき、ヴィジャヤーはその恐ろしい姿と、相手が冥界の王であると知って大いに怯えました。
ヤマはその恐れを丁寧に取り除き、彼女の兄の反対にも関わらず、ヴィジャヤーはついにヤマの妻になることを承諾します。

禁じられた南方の区域

ヤマの国に入ったヴィジャヤーに対し、ヤマは一つの警告を発しました。
「南方の区域には決して立ち入ってはならない」と。
しかし時が経つにつれ、ヴィジャヤーの好奇心は抑えられなくなりました。
「もしかして別の妻がいるのではないか」という思いも重なり、彼女はついに禁じられた南方の区域へと足を踏み入れます。
そこで目にしたものは——数え切れないほどの亡者が苦しむ地獄の光景でした。
そしてその中に、彼女は自らの亡き母の姿を見つけます。

救済の条件

ヴィジャヤーは夫のヤマに母の解放を懸命に求めました。
しかしヤマは冥界の法に従い、こう告げます。
「それは現世に生きる者が特定の供養の儀式を行い、その功徳を亡き者に回向しなければ叶わない」と。
ヴィジャヤーは困難を経ながらも、その供養を引き受けてくれる者をようやく見つけることができました。
その者が儀式を行い功徳を回向したことで、ヴィジャヤーの母はついに解放されたのです。

この物語は、冥界の法の厳格さとともに、供養や追善の行いが亡者を救う力を持つというヒンドゥー教・仏教共通の信仰を物語っています。
また、強大な冥界の王でさえ妻の哀願には深く心を動かされながらも法の原則を曲げることなく、あくまで第三者の供養行為によって救済が実現するという、神話的な人間ドラマとしても広く語り継がれてきました。


他の妻についての諸説

三后のほかにも、さまざまな文献でヤマの妻として言及される存在がいます。

ドゥモールナー(Dhumorna)

『マハーバーラタ』のウドヨーガ・パルヴァ(Udyoga Parva)、『ヴィシュヌ・プラーナ』(Vishnu Purana)および『ヴィシュヌダルモーッタラ』(Vishnudharmottara)に記されるヤマの妃がドゥモールナーです。
「ドゥモールナー(Dhumorna)」は「煙(smoke)」を意味するサンスクリット語に由来します。
ドゥモールナーはヤマとの間に息子カティラ(Katila)を産んだとされています。
なお、『ガルーダ・プラーナ』(Garuda Purana)ではヤマの妻の名前を「シャーマラー(Syamala)」と記している箇所もあり、こちらは別の伝承に基づくものと考えられます。

ウルミラー(Urmila)

一部の文献ではウルミラー(Urmila)という名前もヤマの妃として挙げられています。
Wikipediaをはじめとする複数の情報源では、ウルミラーはドゥモールナーの別名であるとされており、独立した別の妃というよりも、同一人物の異なるテキストにおける呼称と解釈されることが多いです。
ただし、ラーマーヤナに登場するラクシュマナの妻・ウルミラーとは別人物であることに注意が必要です。

ダクシャの娘たちとの婚姻

ヤマがダルマデーヴァ(Dharmadeva、法の神)と同一視される文脈では、創造神の一柱ダクシャ(Daksha)の10人または13人の娘たちとも婚姻関係を結んだとされています。
この場合のヤマはより宇宙的・哲学的な存在として描かれており、法(ダルマ)そのものの体現者として位置付けられています。


仏教・道教・日本における三后の変容

ヤマの神格は仏教がインドから各地に広まるとともに大きく変容し、三后の物語もその文化的文脈とともに変化していきました。

仏教への取り込み

仏教に取り入れられたヤマは、地獄の王として死者を裁く存在へと性格が変化しました。
初期仏教文献では、ヤマ自身も地獄の苦を受ける存在とされ、未来に仏法によって解脱することを誓ったと記されています。
この段階では、妻たちの物語はほとんど継承されませんでした。

チベット仏教での形象

チベット仏教では、ヤマは「シンジェ(gshin rje、死者の主)」と呼ばれます。
タントラ仏教の図像では「閻魔法王(gshin rje chos rgyal)」として水牛の上に立ち、その左側に明妃(みょうひ)のチャームンディー(Chamundi)が寄り添う姿で描かれます。
ここでは三后ではなく、単一の明妃との結合という図像が用いられています。

中国・日本への伝播

中国に仏教が伝わると、ヤマは道教の冥界思想と習合し、「十殿閻魔(じゅうでんえんま)」の一人として位置付けられました。
唐代末に撰述された偽経『預修十王生七経(よしゅうじゅうおうしょうしちきょう)』によって十王信仰が体系化され、日本へはこの形で閻魔大王の信仰が伝わりました。
日本では平安時代後期から鎌倉初期にかけて、さらなる偽経『地蔵菩薩発心因縁十王経』(略して『地蔵十王経』)が生み出され、閻魔大王の本地が地蔵菩薩とされる信仰が普及しました。
日本では閻魔は地蔵菩薩と同一視され、恐ろしい裁判官であると同時に衆生を救う存在としても信仰を集めました。
この過程で三后の神話は日本仏教の文脈にはほとんど継承されず、代わりに書記官の司録(しろく)・司命(しみょう)、門番の奪衣婆(だつえば)・懸衣翁(けんえおう)など、冥界の官僚体制を彩る別の存在たちが発達しました。


三后の名前が持つ象徴的意味

后の名前語源・意味象徴的意味
ヘーママーラー(Hemamala)黄金の花輪死後の世界の輝き・昇華
スシーラー(Sushila)善良な者慈悲・温情
ヴィジャヤー(Vijaya)勝利法(ダルマ)の最終的勝利

三后の名前はそれぞれ、ヤマの神格が持つ異なる側面を象徴していると解釈できます。
黄金の輝きは死後に訪れる光明を、善良さは法の慈悲の側面を、勝利は究極的に正義が悪を超克することを意味するとも読み取れます。


まとめ:冥界の王が持つ人間的側面

閻魔(ヤマ)は日本では「嘘をつくと舌を抜かれる」恐ろしい裁判官として知られています。
しかし、その起源であるインド神話のヤマは、三人の妻を持ち、妻が亡き母のために涙するのを前に苦悩する神でもありました。

ヘーママーラー(Hemamala)、スシーラー(Sushila)、ヴィジャヤー(Vijaya)という三后の存在は、死と裁きという厳粛な職務の裏に、輝き・善良さ・勝利という三つの豊かな価値観が共存していることを示しています。
そして特にヴィジャヤーにまつわる説話は、亡者の救済に供養の行いが重要であるという普遍的な信仰を伝える物語として、今も読み継がれています。

インド神話の豊穣な世界に目を向けるとき、私たちが知っている閻魔大王の姿は、長大な文化的変容の末にたどり着いた一つの姿に過ぎないことが分かります。


参考情報

一次資料

  • 『リグ・ヴェーダ』第10巻第10歌・第14歌・第135歌(ヤマについての賛歌)
  • 『バヴィシュヤ・プラーナ』(Bhavishya Purana):ヴィジャヤーとヤマの婚姻説話
    ※18の大プラーナのうちの一つ。複数の版が存在し成立年代・内容の真正性について学術的議論があるが、ヴィジャヤー説話はW.J.ウィルキンス訳『Hindu Mythology, Vedic and Puranic』(Sacred Texts Archive掲載)でも確認できる。
  • 『マハーバーラタ』ウドヨーガ・パルヴァ(Udyoga Parva):ドゥモールナーについての記述
  • 『ヴィシュヌ・プラーナ』(Vishnu Purana):ドゥモールナーについての記述

信頼できる二次資料・参考サイト

  • World History Encyclopedia「Yama」:https://www.worldhistory.org/Yama/
  • Wikipedia英語版「Yama」:https://en.wikipedia.org/wiki/Yama
    ※本記事のリグ・ヴェーダ歌番号は一次資料(Sacred Texts Archive)に基づき「第135歌」と正しく記載しているが、上記Wikipedia英語版「Yama」記事本文には「Three hymns (10, 14, and 35)」という誤記が存在する(2026年2月確認)。正しくは第10歌・第14歌・第135歌。参照の際は注意。
  • Wikipedia日本語版「閻魔」:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%BB%E9%AD%94

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