「アニメ」は今や日本を代表する文化として、世界中で愛されています。
しかし、その歴史が1世紀以上前にさかのぼることを知っている人は、意外と少ないかもしれません。
日本初のアニメが公開されたのは1917年(大正6年)のこと。
以来、戦争、技術革新、そしてインターネットの普及を経て、アニメは今日の「世界を席巻するエンターテインメント」へと成長しました。
この記事では、アニメの誕生から現代に至るまでの歴史を、時代ごとに丁寧に解説します。
概要
アニメは、1917年に下川凹天(しもかわおうてん)・幸内純一・北山清太郎の三人によって日本で初めて作られた映像表現です。
当初は短編映画として上映されていましたが、1963年に手塚治虫(てづかおさむ)が『鉄腕アトム』でテレビアニメの形式を確立し、一気に大衆文化の中心へと躍り出ました。
1970〜80年代には多様なジャンルが生まれ、海外輸出も始まります。
1990年代には『新世紀エヴァンゲリオン』など社会現象を巻き起こす作品が登場し、2000年代にはインターネット配信が普及。
現在、アニメ産業の市場規模は2023年に3兆3,465億円(日本動画協会調べ)を記録し、初めて海外市場が国内市場を上回りました。
アニメとは?言葉の語源
「アニメ」という言葉は、英語の「アニメーション(animation)」を短縮した和製英語です。
語源はラテン語の「アニマ(Anima)」で、「生命を与える」「生き返らせる」といった意味を持っています。
日本語で「アニメ」という場合、主に日本製のアニメーション作品を指します。
一方、英語圏では「Anime(アニメ)」という表記で、日本発祥のアニメーション全般を指す言葉として定着しています。
なお、アニメとマンガはしばしば混同されますが、両者は異なる表現形式です。
マンガは紙に描かれた漫画(コミック)であり、アニメはそれを映像化した動画作品を指します。
多くのアニメ作品がマンガやライトノベルを原作としている点が、日本のアニメ文化の大きな特徴のひとつです。
誕生期:1917年、日本アニメの夜明け
三人の「アニメの父」
日本で初めてアニメーションが制作されたのは、1917年(大正6年)のことです。
当時、フランスやアメリカで作られた短編アニメが日本の映画館でも上映されており、それに刺激を受けた漫画家や画家たちが自国作品の制作に挑み始めました。
最初に作品を発表したのは、下川凹天・幸内純一・北山清太郎の三人です。
それぞれが独立して制作に取り組み、ほぼ同時期に作品を発表したことから、三人は「アニメの父(日本語版Wikipedia)」と並び称されています。
| 日本語名 | 原語 | 代表作 | 制作方法 |
|---|---|---|---|
| 下川凹天 | Ōten Shimokawa | 『芋川椋三 玄関番の巻』(1917年) | 黒板にチョークで描いてコマ撮り |
| 幸内純一 | Jun’ichi Kōuchi | 『なまくら刀(塙凹内名刀之巻)』(1917年) | 紙に描いた線画 |
| 北山清太郎 | Seitarō Kitayama | 『猿蟹合戦』(1917年) | 紙の切り絵を使ったコマ撮り |
現在も映像が現存する最古の日本アニメは、幸内純一による『なまくら刀』(1917年6月30日公開)です。
2008年にアンティーク市場で再発見されたこの作品は、愚かな侍が役に立たない刀を買う喜劇を描いており、上映時間はわずか数分ほどです。
初期アニメの課題と特徴
初期のアニメは、海外から技術書が入手できるわけでも、専門家の指導を受けるわけでもなく、完全な手探り状態で制作されました(東京国立近代美術館フィルムセンター)。
作画には、黒板へのチョーク描き、紙への手描き、千代紙(ちよがみ)の切り貼りなど、さまざまな技法が用いられました。
上映時間は5分程度と非常に短く、カラー映像ではなくモノクロが当然の時代です。
映画館では「活弁士(かつべんし)」と呼ばれる説明役が横に立ち、無声映像に声とナレーションをつけて上映していました。
試練の時代:関東大震災から戦争へ(1923年〜1945年)
関東大震災の壊滅的打撃
1917年以降、少しずつ根付き始めた日本のアニメ産業に、1923年9月1日、突然の試練が訪れます。
関東大震災です。
この未曾有の大地震は東京周辺に壊滅的な被害をもたらし、多くのアニメスタジオや映画館、フィルムが失われました。
死者・行方不明者は10万人以上(英語版Wikipedia)にのぼり、特に北山清太郎のスタジオは設立直後に建物ごと倒壊しています。
それ以前に制作された日本のアニメのほとんどは、この震災によって失われたとされています。
それでも、制作者たちは諦めず、震災から1年も経たないうちに新たな作品制作を再開しました。
トーキー・カラーへの対応と大藤信郎
1929年にトーキー(音声つき映画)の技術が普及し、1932年にはカラーフィルムが登場します。
しかし当時の日本のアニメスタジオはこれらの技術革新に対応するのが難しく、経営的な苦境が続きました。
そんな中で際立った存在感を示したのが、大藤信郎(おおふじのぶろう)です。
大藤は千代紙を切り貼りした独自の「千代紙アニメ」を開発し、日本の伝統的な美意識をアニメーションに取り込みました。
初の劇場公開作『馬具田城の盗賊(1926年)』は戦前アニメの先駆けとして高く評価されており、nippon.comは大藤を「日本のアニメを最初に世界に知らしめた最初の功労者」と評しています。
後年の代表作である『くじら(1952年)』はカンヌ映画祭短編部門で第2位を受賞し(Wikipedia「大藤信郎」)、日本のアニメが初めて国際映画祭で公式評価を受けた歴史的な瞬間となりました。
また、1933年には政岡憲三(まさおかけんぞう)が初の音声つきアニメ『力と女の世の中』を制作、1934年には同じく政岡による『茶釜音頭』が日本初の全編セル画アニメとなりました(英語版Wikipedia)。
戦時下のアニメ:プロパガンダとしての利用
1930年代後半になると、日本はしだいに戦時体制へと向かいます。
アニメも例外ではなく、政府や軍の宣伝ツールとして利用されるようになりました。
1945年には海軍の出資によって日本初の長編アニメ映画『桃太郎 海の神兵(74分)』が制作されています。
戦意高揚を目的にした作品でしたが、この制作を通じて長編映画を作る技術的な基盤が整ったことは、後世の日本アニメ発展に貢献しました。
一方で、同時期に政岡憲三が制作した『くもとちゅうりっぷ(1943年)』は、戦争とは無縁の美しい自然描写で知られ、現代の視聴者が見ても驚くほど完成度の高い作品として評価されています。
テレビアニメの誕生:東映動画と手塚治虫(1950年代〜1960年代)
「東洋のディズニー」を目指して:東映動画の設立
終戦後、1950年にディズニーの長編映画『白雪姫』が日本で一般公開されると大ヒットし、商業アニメの可能性が注目されるようになります。
これに刺激を受けた東映の大川博社長は、「東洋のディズニーを目指す」を掲げ、1956年に東映動画(現・東映アニメーション)を設立しました。
1958年に公開された東映動画の第1作『白蛇伝』は、日本初の全編カラー長編アニメーション映画となりました。
中国の古典「白娘子伝」を原作にしたこの作品を、受験勉強の合間に見た若き日の宮崎駿はその完成度に衝撃を受けたと伝えられています(nippon.com)。
東映動画では分業制を採用し、組織的なアニメ制作の体制を整えました。
後のスタジオジブリを代表する高畑勲(1959年入社)と宮崎駿(1963年入社)も、東映動画の出身者です。
革命:手塚治虫と『鉄腕アトム』
1963年1月1日、日本のアニメ史に革命をもたらす瞬間が訪れます。
「漫画の神様」と呼ばれた手塚治虫が設立した虫プロダクションによる、テレビアニメ『鉄腕アトム』のフジテレビでの放映開始です。
週1回・30分の連続テレビアニメという形式は、当時の世界でも前例のない試みでした(杉並アニメーションミュージアム)。
毎週1本のアニメを制作するには、通常1万5,000〜2万枚必要とされる作画枚数では間に合いません。
手塚は「リミテッドアニメ」と呼ばれる省力化技法を採用し、1話あたり1,500〜2,000枚ほどの作画枚数で制作できる独自の方法を確立しました。
口だけが動く、体は静止したまま視点が変わる——そうした省略技法は、「動かないアニメは本物のアニメではない」とする当時の常識を覆しました。
その代わりに、ストーリーの深みとセリフ・音楽を重視するというスタイルが確立され、これは今日の日本アニメの基本的なアプローチとして継承されています。
『鉄腕アトム』は瞬く間に人気作品となり、1964年には放映中のアニメとしては最高の視聴率40.3%を記録しました。
1960年代:テレビアニメの多様化
『鉄腕アトム』の成功を受けて、1960年代のテレビアニメは急速に多様化します。
1963年には世界初の巨大ロボットアニメ『鉄人28号』が放映開始。
1965年には日本初のカラーテレビアニメとして、手塚治虫原作の『ジャングル大帝』が登場しました。
1966年には『魔法使いサリー』が放映を開始し、魔法少女アニメという新たなジャンルの元祖となります。
1969年には長寿国民的アニメ『サザエさん』が放映を開始し、現在も放映中であり、ギネス世界記録に「最も長く放映されているアニメシリーズ」として認定されています。
また同1968年には野球を題材にした熱血スポ根アニメ『巨人の星』が放映を開始し、スポーツアニメというジャンルを確立。
このスポ根ブームは1970年代へとつながる青年向けアニメブームの礎を築きました。
黄金時代の幕開け:多様なジャンルと海外進出(1970年代〜1980年代)
スポーツ・SF・日常系の確立
1970年代は、アニメのジャンルがさらに多様化した時代です。
前の時代に確立されたスポ根ブームを引き継ぎ、1974年には松本零士原作の宇宙SF大作『宇宙戦艦ヤマト』が放映されます。
当初の視聴率は低迷していましたが、再放送で爆発的な人気を獲得。
1977年の劇場版は社会現象を引き起こし、それまで子ども向けとされていたアニメが「大人も楽しめる文化」として認識されるきっかけとなりました。
1979年には富野由悠季(とみのよしゆき)監督の『機動戦士ガンダム』が放映開始。
「リアルロボットアニメ」という新概念を提示し、『ヤマト』と並ぶ青年向けアニメブームを牽引しました。
これらの作品のファン層がやがて「オタク」という自意識ある文化集団として形成され、アニメ専門誌『アニメージュ』(1978年創刊)や『ニュータイプ』といったメディアが誕生します。
スタジオジブリの設立と世界への羽ばたき
1985年、東映動画出身の宮崎駿と高畑勲がスタジオジブリを設立します。
1986年には『天空の城ラピュタ』、1988年には『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が公開され、ジブリは確固たるブランドを確立しました。
1986年には『ドラゴンボール』のアニメ放映も開始。
かめはめ波など独自の必殺技システムと、長大な修行・バトル描写が世界中の子どもたちを虜にし、日本アニメの国際普及に大きく貢献しました。
1988年には大友克洋(おおともかつひろ)監督のアニメ映画『AKIRA(アキラ)』が公開されます。
近未来の東京を舞台にしたサイバーパンクビジョンと圧倒的な作画クオリティは、海外のアーティストやクリエイターに多大な影響を与え、「ANIME」という言葉が世界に広まる先駆けとなりました。
革新と世界進出:エヴァンゲリオンとジブリ(1990年代〜2000年代)
「エヴァ」という社会現象
1995年10月、庵野秀明(あんのひであき)監督の『新世紀エヴァンゲリオン』の放映が始まります。
巨大ロボットアニメという外見のもとに、主人公の心理的葛藤や「自己と他者」をめぐる哲学的テーマが盛り込まれたこの作品は、若者を中心に熱狂的な議論を巻き起こしました。
テレビ放映終了後も劇場版・新劇場版として展開が続き、令和の現代においても根強い人気を持つシリーズとなっています。
同じ1990年代には、『美少女戦士セーラームーン』や『ドラゴンボールZ』『NARUTO -ナルト-』が欧米や東アジアに輸出され、アニメが「日本のカルチャー」として世界で認知され始めます。
ジブリの世界制覇
2001年、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が公開されました。
国内興行収入は歴代1位を記録し、2003年のテレビ初放映(1月24日・日本テレビ系金曜ロードショー)では、番組歴代最高視聴率となる46.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録しました。
2003年3月には米・アカデミー長編アニメーション映画賞(第75回アカデミー賞)を受賞し、日本アニメの国際的地位を不動のものにしました。
デジタル化とインターネット配信の夜明け
2000年代に入ると、アニメ制作のデジタル化が本格的に進みます。
1997年の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』あたりからCGとの融合が始まり、2000年代以降はほぼすべての工程がデジタル化されていきます。
また2001年にはインターネットでのアニメ配信が開始。
2008年には日本のアニメスタジオ・GONZOがクランチロール(Crunchyroll)と提携し、世界初のアニメ「同時配信(シミュルキャスト)」を実施しました(EAC LibGuides)。
これが、世界中の視聴者がリアルタイムで日本のアニメを楽しむ時代への扉を開いたのです。
現代のアニメ:世界市場の覇権(2010年代〜現在)
「鬼滅の刃」と記録の更新
2010年代以降、アニメの世界的人気はさらに加速します。
「異世界転生」ジャンルの急成長、Netflixなどの動画配信サービスへの参入、SNSでの拡散効果が重なり、アニメは今や世界最大級のエンターテインメントコンテンツのひとつとなりました。
2020年、吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)原作の『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』が公開されます。
公開から10日間で興行収入100億円を突破し、2001年以来19年間守られてきた『千と千尋の神隠し』の国内歴代最高興行収入記録を塗り替えました(英語版Wikipedia)。
2022年には、『進撃の巨人』が世界の「最も需要の高いテレビシリーズ」として、それまで英語圏の作品のみが保持していた称号を獲得。
非英語作品として初の快挙でした(英語版Wikipedia)。
市場規模の急成長
日本動画協会の「アニメ産業レポート2024」によると、2023年のアニメ産業市場規模は国内外合わせて3兆3,465億円を記録し、史上初めて3兆円の大台を突破しました。
特筆すべきは、海外市場が国内市場を初めて上回ったという点です。
| 区分 | 2023年市場規模 | 前年比 |
|---|---|---|
| 国内市場 | 1兆6,243億円 | +10.6% |
| 海外市場 | 1兆7,222億円 | +18.0% |
| 合計 | 3兆3,465億円 | +14.3% |
(出典:一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2024」)
また、2021年時点でアニメシリーズはアメリカにおける外国語テレビ番組の中で最も需要の高いジャンルとなっており、その市場シェアは30.5%に達しています(英語版Wikipedia)。
同年、Netflixの全世界会員の過半数がアニメを視聴したとも報告されています。
現代のアニメを彩る主要スタジオ
現代の日本アニメを牽引するスタジオは多数存在します。
| スタジオ名 | 代表作 | 特色 |
|---|---|---|
| スタジオジブリ | 千と千尋の神隠し、もののけ姫 | 劇場用長編の最高峰 |
| 京都アニメーション(京アニ) | 涼宮ハルヒの憂鬱、ヴァイオレット・エヴァーガーデン | 高品質な作画と繊細な描写 |
| ufotable | 鬼滅の刃、Fate/Zero | CGと手描きを融合した超高品質映像 |
| MAPPA | 呪術廻戦、進撃の巨人(最終章) | 近年の話題作を多数制作 |
| 東映アニメーション | ドラゴンボール、ワンピース | 日本最大規模のアニメスタジオ |
アニメ歴史年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1917年 | 下川凹天・幸内純一・北山清太郎が日本初のアニメを制作 |
| 1923年 | 関東大震災で多くのフィルムとスタジオが消滅 |
| 1933年 | 政岡憲三、日本初のトーキーアニメ『力と女の世の中』を制作 |
| 1934年 | 日本初の全編セル画アニメ『茶釜音頭』完成 |
| 1945年 | 日本初の長編アニメ映画『桃太郎 海の神兵』公開 |
| 1956年 | 東映動画(現・東映アニメーション)設立 |
| 1958年 | 日本初のカラー長編アニメ映画『白蛇伝』公開 |
| 1963年 | テレビアニメ『鉄腕アトム』放映開始(1月1日・フジテレビ) |
| 1969年 | 長寿アニメ『サザエさん』放映開始 |
| 1974年 | 『宇宙戦艦ヤマト』放映開始。再放送後に社会現象化 |
| 1985年 | スタジオジブリ設立 |
| 1988年 | アニメ映画『AKIRA』公開。海外に大きな衝撃 |
| 1995年 | 『新世紀エヴァンゲリオン』放映開始 |
| 2001年 | 『千と千尋の神隠し』公開、国内歴代興行収入1位に |
| 2003年 | 『千と千尋の神隠し』アカデミー長編アニメーション映画賞受賞(第75回授賞式、3月23日) |
| 2008年 | クランチロールによる世界初のアニメ同時配信 |
| 2020年 | 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が国内興行収入歴代1位に更新 |
| 2022年 | 『進撃の巨人』が非英語作品初の「世界最高需要TVシリーズ」に |
| 2023年 | アニメ産業市場が3兆3,465億円で史上最高。海外市場が初めて国内を上回る |
まとめ
アニメの歴史は、1917年の手探りの短編映画から始まりました。
関東大震災、第二次世界大戦という試練を乗り越え、手塚治虫のリミテッドアニメ革命を経て、テレビという大衆メディアに根付きました。
1970〜80年代には『ヤマト』や『ガンダム』が青年文化を変え、90年代にはエヴァンゲリオンが人々の内面まで揺さぶりました。
インターネット時代の到来とともに、アニメはいよいよ「日本のコンテンツ」から「世界の文化」へと進化を遂げています。
日本アニメが1世紀以上の歴史の中で積み上げてきたもの——それは技術だけでなく、深いストーリーへの執念と、普遍的なテーマへの真摯な向き合い方です。
今まさにその遺産が、地球規模で多くの人々の心を動かし続けています。
参考情報
関連記事
この記事で参照した情報源
一次資料・公的機関
- 一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2024」
(2023年市場規模3兆3,465億円、海外市場1兆7,222億円のデータ出典)
学術・信頼性の高い情報源
- Wikipedia「日本のアニメーションの歴史」 — 年代・作品情報の確認
- Wikipedia「History of anime」(英語版) — 年代・作品・視聴率データの確認(日本語版と照合)
- Wikipedia「Anime」(英語版) — 語源・市場データ・世界的人気に関する記述の確認
専門メディア・公的情報
- nippon.com「日本アニメ産業のたどった道」 — アニメ産業史の時系列確認
- nippon.com「The Evolution of the Japanese Anime Industry」(英語版) — 英語版との内容照合
- 杉並区公式・杉並学倶楽部「鉄腕アトムの誕生とテレビアニメのはじまり」 — 東映動画・虫プロ・鉄腕アトムに関する記述の確認
- 東京国立近代美術館フィルムセンター(杉並学倶楽部経由) — 現存最古フィルム情報の確認
- GEM Standard「2023年アニメ産業市場規模が史上最高値を更新」 — 市場規模データの確認
- Meltwater「アニメ産業レポート2024」を引用した市場解説 — 国内・海外市場比較データの確認


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