頬に大きなこぶのある爺さんが、鬼の宴会に紛れ込んでこぶを取られる。
この不思議な物語は、日本で広く知られている有名な昔話です。
鎌倉時代の古典文学『宇治拾遺物語』にも収録され、800年以上にわたって語り継がれてきました。
陽気な爺さんと欲張りな爺さんの対比を通じて、私たちに大切な教訓を伝えてくれます。
概要
こぶとり爺さん(瘤取り爺さん)は、日本の民話・昔話の一つです。
「隣の爺型民話」と呼ばれる物語の典型で、二人の老人が鬼の宴会に参加し、対照的な結末を迎えるという構成になっています。
鎌倉時代前期の説話物語集『宇治拾遺物語』(1212-1221年頃成立)に「鬼に瘤(こぶ)取らるる事」として収録されており、日本各地に広く伝わっています。
物語は「ものうらやみはせまじきことなりとか」(人を羨ましがってはいけない)という言葉で結ばれ、羨望を戒める教訓話として親しまれてきました。
物語のあらすじ
第一の爺さんの物語
昔々、ある村に頬に大きなこぶのある爺さんが住んでいました。
こぶがコンプレックスで、人と交わることを避けて静かに暮らしていました。
ある日、山で木を切っていると突然雨が降り出し、下山できなくなってしまいます。
爺さんは大きな木のうろ(穴)や、山中のお堂で雨宿りをすることにしました。
夜になると、遠くから笛や太鼓の音が聞こえてきます。
近づいてくる音に恐怖を感じた爺さんが様子を窺うと、なんと鬼(または天狗)たちが宴会を開いていたのです。
最初は恐ろしくて震えていた爺さんですが、よく観察すると、鬼たちの盛り上がり方は人間の宴会とまったく同じでした。
楽しそうに踊り、歌い、酒を酌み交わす鬼たちの姿を見ているうちに、爺さんは恐怖を忘れてしまいます。
陽気で踊り好きな性格だった爺さんは、ついつい我慢できなくなって鬼たちの輪の中に飛び込み、一緒に踊りだしました。
爺さんの見事な踊りに、鬼たちは大喜びです。
宴会が終わる頃、鬼の頭(かしら)が爺さんに言いました。
「じいさん、実に踊りが上手じゃ。明日もまた来なさい。それまでお前のこぶを質草として預かっておく」
そう言って、鬼は爺さんの頬のこぶをスッと取り去ってしまいました。
痛みもなく、長年の悩みの種だったこぶが消えたのです。
第二の爺さんの物語
こぶが取れて喜ぶ爺さんの話を聞いた隣の爺さんも、頬に大きなこぶを持っていました。
欲張りで(あるいは性格が陰気で)、自分もこぶを取ってもらおうと、翌晩同じ場所へ向かいます。
やがて鬼たちが現れ、宴会が始まりました。
しかし隣の爺さんは、根が臆病だったり陰気だったりしたため、鬼を前にして怖気づいてしまいます。
それでもこぶを取ってもらいたい一心で、震えながら鬼たちの前に出て踊りだしました。
ところが、踊りは下手で声も震え、歯もガチガチと鳴って調子も低い有様です。
陽気な鬼たちはすっかり興ざめしてしまい、いやな顔をして言いました。
「臆病にもほどがある。せっかくの面白い舞も台無しだ。お前のような爺には二度と会いたくない。さあ、このこぶを返すから、もう来るな」
そう言って、鬼は前日に取った最初の爺さんのこぶを、隣の爺さんの反対側の頬にペタリと貼り付けてしまいました。
哀れ、隣の爺さんは両頬にこぶを持つことになり、泣く泣く帰っていったのでした。
登場人物
第一の爺さん
陽気で明るい性格の老人です。
頬にこぶがありますが、人生を前向きに生きています。
踊りが大好きで、鬼を前にしても恐怖を忘れて踊りだすほど。
素直で正直な性格が、良い結果を招きました。
第二の爺さん(隣の爺さん)
第一の爺さんの隣に住む老人です。
現代の絵本やアニメでは「意地悪爺さん」「欲張り爺さん」として描かれることが多いですが、『宇治拾遺物語』など古い版では、単に臆病で陰気な性格だったとされています。
他人を羨んで真似をしようとしましたが、結果的に災難を招いてしまいました。
鬼(または天狗)
山中で宴会を開く異形の存在です。
陽気で踊りが好きですが、つまらない踊りには容赦がありません。
人間の心を見抜く力を持っているようです。
地域や版によって、鬼の場合と天狗の場合があります。
特に岩手県の伝承では天狗とされることが多く、「六尺(約180cm)もある、顔の赤い鼻の高い天狗」と描写されています。
『宇治拾遺物語』と歴史的背景
最古の記録
こぶとり爺さんの最も古い記録は、鎌倉時代前期(1212-1221年頃)に成立した説話物語集『宇治拾遺物語』です。
巻第一の第三話「鬼に瘤(こぶ)取らるる事」として収録されています。
『宇治拾遺物語』は全197話から成る説話集で、仏教説話から世俗的な笑話まで幅広い内容を含んでいます。
編者は不詳ですが、貴族から庶民まで、幅広い階層の人物が登場することが特徴です。
芥川龍之介が『鼻』や『芋粥』の題材としたことでも知られています。
『宇治拾遺物語』版の特徴
『宇治拾遺物語』版では、爺さんは木樵(きこり)として登場します。
物語の最後には「ものうらやみはせまじきことなりとか」(人を羨ましがってはいけないものなのだ)という言葉で締めくくられ、羨望を戒める教訓が明確に示されています。
興味深いのは、最初の爺さんが鬼に「目や鼻なら取っても良いが、こぶだけは取らないでほしい」と懇願する場面です。
鬼たちは「それだけ大事なものならばそれを取るのが一番だ」と考え、質草としてこぶを取ります。
本心ではこぶを取ってほしい爺さんと鬼との駆け引きが、ユーモラスに描かれている点が特徴的です。
百鬼夜行との関連
『宇治拾遺物語』では、鬼たちは「百鬼夜行」として描写されています。
百鬼夜行とは、夜中に妖怪や鬼の一群が行進する現象を指し、日本の民間信仰において恐れられてきました。
物語に登場する鬼の集団は、山神とその眷属(けんぞく)たちとも考えられています。
鬼の「親分」や「大将」は山神そのものであり、その配下の鬼たちは山神の霊的な眷属だとする解釈もあります。
教訓と文化的意義
羨望を戒める教訓
この物語の最も重要な教訓は、「人を羨んではいけない」ということです。
隣の爺さんは、第一の爺さんの幸運を羨み、同じことをすれば自分も同じ結果を得られると考えました。
しかし、形だけを真似ても、本質が伴わなければ良い結果は得られません。
第一の爺さんは、純粋に踊りを楽しみ、鬼たちとの交流を心から楽しんでいました。
一方、隣の爺さんは「こぶを取ってもらう」という目的だけを持って鬼の前に現れたため、恐怖で震え、踊りも上手くできなかったのです。
正直者と欲張り者の対比
江戸時代以降、特に明治時代の巖谷小波による編纂を経て、この物語は「正直爺さんvs意地悪(欲張り)爺さん」という構図で広まりました。
現代の絵本や『まんが日本昔ばなし』でも、この構図が採用されています。
この単純化された構図は、子どもにも分かりやすく、勧善懲悪の教訓話として機能しています。
「正直者が報われ、意地悪者が罰を受ける」という明確なメッセージは、道徳教育にも活用されてきました。
霊的存在への畏敬
物語のもう一つの側面は、鬼や天狗といった山に潜む霊的存在への畏敬の念です。
第一の爺さんは、恐怖を乗り越えて鬼たちと打ち解けることができました。
一方、第二の爺さんは、霊的存在を前に怖気づいてしまい、その素性を見抜かれてしまいます。
これは、見えない存在に対する真摯な姿勢の重要性を示唆しているとも解釈できます。
バリエーション
鬼と天狗
物語に登場する異形の存在は、版によって「鬼」の場合と「天狗」の場合があります。
鬼の場合:
『宇治拾遺物語』など古い版では「鬼」として登場します。
百鬼夜行の一群として描かれ、人間離れした姿で宴会を開きます。
天狗の場合:
岩手県など東北地方の伝承では「天狗」として語られることが多いです。
一部の伝承では「六尺(約180cm)もある、顔の赤い鼻の高い天狗」といった具体的な描写が伝えられているものもあります。
天狗は山伏の姿をしたり、修験道と関連付けられることもあります。
地域による違い
日本各地に広く伝わるこぶとり爺さんですが、地域によって細部が異なります。
舞台:
岩手県など東北地方の伝承では天狗として語られることが多く、各地に同様の伝承が残っています。
爺さんの性格:
古い版では、第二の爺さんは単に「臆病」「陰気」な性格でした。
現代版では「意地悪」「欲張り」という性格設定が一般的です。
結末:
多くの版では、第二の爺さんはこぶが2つになって終わりますが、一部の絵本では「その後、第一の爺さんが歌と踊りを教えて元気付け、第二の爺さんが立ち直る」という展開もあります。
現代のアレンジ
近年の絵本やアニメでは、様々なアレンジが加えられています。
『まんが日本昔ばなし』版:
1975年1月7日、記念すべき第1回放送のAパートとして放送されました。
「正直じいさんが得をし、意地悪じいさんが損をする」という分かりやすい構図で描かれています。
太宰治『お伽草紙』:
太宰治は『お伽草紙』でこの物語を取り上げ、独自の解釈を加えています。
野村万作の新作狂言「こぶとり」も太宰原作の設定を踏襲し、四国を舞台にした修羅能『八島』が登場します。
類似する昔話(隣の爺型民話)
こぶとり爺さんは「隣の爺型民話」と呼ばれる物語群の代表例です。
同様の構造を持つ昔話が日本各地に存在します。
花咲か爺さん
正直な爺さんが飼っていた犬が「ここ掘れワンワン」と教えてくれた場所を掘ると、宝物が出てきます。
隣の欲張り爺さんが犬を借りて真似をしますが、ガラクタしか出てきません。
怒った隣の爺さんは犬を殺してしまいますが、正直爺さんは犬の墓の木から作った臼や灰を使って、さらに幸運を得ます。
隣の爺さんが真似をすると、灰が自分の目に入って目が見えなくなります。
この物語も「正直者が報われ、欲張り者が罰を受ける」という構造を持っています。
舌切り雀
お爺さんが怪我をした雀を助けて可愛がりますが、お婆さんが雀の舌を切ってしまいます。
雀のお宿を訪ねたお爺さんは、小さなつづらを選んで金銀財宝を得ます。
欲張りなお婆さんが大きなつづらを選ぶと、中から魑魅魍魎が現れて懲らしめられます。
『宇治拾遺物語』には「雀報恩の事」(腰折雀)として収録されており、こぶとり爺さんと同じく古くから伝わる物語です。
おむすびころりん
お爺さんがおむすびを転がしてしまい、鼠の穴に落ちます。
鼠たちに招かれたお爺さんは、もてなしを受けて宝物をもらいます。
隣の爺さんが真似をしますが、鼠たちに嫌われて何も得られません。
これらの物語に共通するのは、「純粋な心を持つ者が報われ、欲や打算を持つ者が失敗する」という教訓です。
現代への影響
『まんが日本昔ばなし』
1975年から1994年まで放送されたTBSのアニメ『まんが日本昔ばなし』は、日本の昔話を広く普及させる上で大きな役割を果たしました。
こぶとり爺さんは、記念すべき第1回放送(1975年1月7日)のAパートとして放送されています。
演出は彦根のりお(本名: 彦根範夫)で、「カールおじさん」の絵で知られる作家です。
ほんわかとした優しい絵柄で、子どもたちに親しまれました。
絵本や読み聞かせ
江戸時代の赤本から現代の絵本まで、こぶとり爺さんは繰り返し出版されてきました。
明治時代の巖谷小波による『瘤取り』の編纂は、現代に伝わる物語の基礎となっています。
保育園や幼稚園での読み聞かせの定番であり、世代を超えて愛されています。
国際的な類話
こぶとり爺さんと似た構造を持つ物語は、日本だけでなく世界各地に存在します。
朝鮮半島:
朝鮮の「瘤取り爺」では、最初の老爺は自分の美声のもとは頬の瘤であると妖怪(トッケビ)を騙して売り払います。
二番目の老爺も歌唱力はあったものの、売られた瘤には効果がないと返品されて瘤が増えてしまいます。
日本の物語と構造は似ていますが、細部が異なる点が興味深いです。
参考情報
この記事で参照した情報源
一次資料・古典文学
- 『宇治拾遺物語』(1212-1221年頃) – 巻第一の第三話「鬼に瘤(こぶ)取らるる事」
- 鎌倉時代前期の説話物語集
- 現行昔話の古態を伝える重要な文献
信頼できる二次資料
- 巖谷小波による編纂 – 明治時代に昔話を広く普及させた
- 太宰治『お伽草紙』 – 独自の解釈を加えた文学作品
アニメ・映像作品
- まんが日本昔ばなし〜データベース〜「こぶとり爺さん」
- 第0001-A話(1975年1月7日放送)の詳細情報
- 演出: 彦根のりお、文芸: 平見修二
参考になる外部サイト
- Wikipedia「こぶとりじいさん」 – 基本情報と各種バリエーション
- Wikipedia「宇治拾遺物語」 – 原典の詳細情報
まとめ
こぶとり爺さんは、鎌倉時代から800年以上にわたって語り継がれてきた日本の代表的な昔話です。
陽気で純粋な心を持つ爺さんと、他人を羨んで真似をする爺さんの対比を通じて、私たちに大切な教訓を伝えてくれます。
物語の核心は、「形だけを真似ても意味がない」「純粋な心が大切」という普遍的なメッセージです。
第一の爺さんは、こぶを取ってもらうことを目的とせず、ただ純粋に踊りを楽しみました。
一方、第二の爺さんは、結果だけを求めて真似をしたため、失敗してしまったのです。
現代社会でも、SNSで他人の成功を見て羨んだり、表面だけを真似しようとすることがあります。
こぶとり爺さんの物語は、そんな私たちに「本質を見失わず、純粋な心で物事に取り組むことの大切さ」を思い出させてくれる、時代を超えた知恵と言えるでしょう。

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