「ハミルトニアン」という言葉を聞いたことはありますか。
物理学や量子力学を勉強していると必ず出会う、とても重要な概念です。
でも、初めて聞くと「難しそう…」と感じる人も多いでしょう。
実は、ハミルトニアンは「系のエネルギーを表す関数」という、シンプルな意味を持っています。
古典力学から量子力学まで、物理学の多くの分野で中心的な役割を果たす基本概念なのです。
この記事では、ハミルトニアンとは何か、どのように使われるのか、なぜ重要なのかを、中学生でも理解できるようにやさしく解説します。
物理や数学に興味がある方、大学で物理学を学ぶ方に役立つ内容をお届けしますので、ぜひ最後までお読みください。
ハミルトニアンとは
ハミルトニアンの基本的な意味を理解しましょう。
基本的な定義
ハミルトニアン(Hamiltonian)とは、物理系の全エネルギーを表す関数のことです。
記号は「H」で表されます。
最もシンプルな表現
H = T + V
- H:ハミルトニアン(全エネルギー)
- T:運動エネルギー
- V:ポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)
つまり、ハミルトニアンは「運動エネルギーと位置エネルギーの合計」を表しています。
名前の由来
ハミルトニアンの名前は、アイルランド出身の数学者・物理学者ウィリアム・ローワン・ハミルトン(William Rowan Hamilton、1805-1865)に由来します。
彼は19世紀に、力学を新しい視点から記述する「ハミルトン力学」を確立しました。
古典力学と量子力学
ハミルトニアンは、古典力学と量子力学の両方で登場します。
古典力学(解析力学)では
ハミルトニアンは、位置と運動量を変数とする「関数」です。
量子力学では
ハミルトニアンは、エネルギーを表す「演算子」として扱われます。
どちらも「系のエネルギー」を表すという点では同じですが、数学的な扱いが異なります。
古典力学でのハミルトニアン
まず、古典力学(解析力学)におけるハミルトニアンを見ていきましょう。
一般化座標と一般化運動量
ハミルトニアンを理解するには、「一般化座標」と「一般化運動量」という概念が必要です。
一般化座標(q)
物体の位置や状態を表す座標のことです。
普通のx、y、z座標だけでなく、角度や長さなど、系を記述するのに便利な座標を自由に選べます。
一般化運動量(p)
一般化座標に対応する運動量のことです。
ラグランジアンLを速度で微分することで定義されます。
p = ∂L/∂q̇
(q̇は一般化座標qの時間微分、つまり速度を表します)
ハミルトニアンの定義式
ハミルトニアンは、次のように定義されます。
H = Σ p·q̇ - L
- H:ハミルトニアン
- p:一般化運動量
- q̇:一般化速度
- L:ラグランジアン(L = T – V)
この式は「ルジャンドル変換」という数学的操作によって得られます。
ラグランジアンとの違い
ハミルトニアンとよく似た概念に「ラグランジアン」があります。
ラグランジアン(L)
L = T - V
運動エネルギーから位置エネルギーを引いた量です。
位置qと速度q̇を変数とします。
ハミルトニアン(H)
H = T + V
運動エネルギーと位置エネルギーの和です。
位置qと運動量pを変数とします。
主な違い
- ラグランジアン:座標と速度の関数
- ハミルトニアン:座標と運動量の関数
ハミルトニアンは、ラグランジアンの変数を速度から運動量に変換したものと考えることができます。
ハミルトンの正準方程式
ハミルトニアンを使うと、運動方程式が美しい形で表現できます。
正準方程式とは
ハミルトニアンHから、次の2つの方程式が導かれます。
dq/dt = ∂H/∂p
dp/dt = -∂H/∂q
これを「ハミルトンの正準方程式」と呼びます。
意味
- 第1式:運動量がわかれば、速度がわかる
- 第2式:位置がわかれば、力がわかる
この2つの式を解けば、系の時間発展(物体の運動)を完全に記述できます。
ニュートンの運動方程式との関係
ニュートンの運動方程式(F = ma)は、2階の微分方程式です。
一方、ハミルトンの正準方程式は、1階の微分方程式のペアです。
どちらも同じ物理現象を記述していますが、ハミルトン形式の方が数学的に扱いやすい場合が多くあります。
エネルギー保存則
ハミルトニアンは、エネルギー保存則と深く関係しています。
エネルギー保存
ハミルトニアンHが時間tに陽に依存しない場合(∂H/∂t = 0)、Hの値は一定に保たれます。
つまり、ハミルトニアンが時間に依存しない系では、エネルギーが保存されるのです。
dH/dt = 0
これが、物理学における「エネルギー保存則」の数学的表現です。
物理的意味
エネルギー保存則は、物理学の最も基本的な法則の一つです。
ハミルトニアンを使うことで、この重要な法則を簡潔に表現できるのです。
具体例:調和振動子
実際の物理系でハミルトニアンがどのように表されるか見てみましょう。
1次元調和振動子
バネに繋がった質量mの物体を考えます。
ポテンシャルエネルギー
V = (1/2)kx²
- k:バネ定数
- x:バネの伸び
運動エネルギー
T = (1/2)m(dx/dt)² = p²/(2m)
- p = m(dx/dt):運動量
ハミルトニアン
H = T + V = p²/(2m) + (1/2)kx²
このハミルトニアンから正準方程式を作ると、調和振動子の運動を完全に記述できます。
自由粒子
何も力が働いていない自由な粒子のハミルトニアンは、運動エネルギーだけです。
3次元空間の自由粒子
H = (px² + py² + pz²)/(2m)
- px、py、pz:各方向の運動量成分
- m:質量
ポテンシャルエネルギーがゼロなので、全エネルギーは運動エネルギーのみです。
量子力学でのハミルトニアン
量子力学では、ハミルトニアンは「演算子」として扱われます。
ハミルトン演算子
量子力学では、位置と運動量は「演算子」になります。
運動量演算子
p̂ = -iℏ∂/∂x
- ℏ:換算プランク定数
- i:虚数単位
- ∂/∂x:xについての偏微分
ハミルトン演算子
Ĥ = -ℏ²/(2m)∇² + V(x)
- ∇²:ラプラシアン(2階の微分演算子)
- V(x):ポテンシャルエネルギー
シュレーディンガー方程式
量子力学の基本方程式である「シュレーディンガー方程式」は、ハミルトン演算子を使って表されます。
時間に依存しないシュレーディンガー方程式
Ĥψ = Eψ
- ψ:波動関数(量子状態)
- E:エネルギー固有値
この方程式を解くことで、原子や分子のエネルギー準位が求められます。
時間に依存するシュレーディンガー方程式
iℏ∂ψ/∂t = Ĥψ
この方程式は、量子状態がどのように時間発展するかを記述します。
エネルギー固有値
ハミルトン演算子の固有値は、系の取りうるエネルギーの値を表します。
量子力学では、エネルギーは連続的な値ではなく、飛び飛びの値(離散的な値)しか取れません。
これが、原子のエネルギー準位が飛び飛びになる理由です。
ハミルトニアンの応用
ハミルトニアンは、現代物理学の多くの分野で使われています。
原子・分子の構造
原子や分子のハミルトニアンを解くことで、電子のエネルギー準位や化学結合を理解できます。
水素原子のハミルトニアン
Ĥ = -ℏ²/(2m)∇² - e²/(4πε₀r)
- 第1項:電子の運動エネルギー
- 第2項:クーロンポテンシャル(電子と原子核の引力)
このハミルトニアンを解くと、水素原子のエネルギー準位が求められます。
固体物理学
結晶中の電子の運動は、固体のハミルトニアンによって記述されます。
これにより、半導体や金属の電気的性質を理解できます。
量子コンピュータ
量子コンピュータの動作原理も、ハミルトニアンを使って記述されます。
量子ビット(qubit)の時間発展は、ハミルトニアンによって制御されます。
素粒子物理学
素粒子の相互作用も、ハミルトニアンを使って記述されます。
場の量子論では、場のハミルトニアンが基本的な役割を果たします。
統計力学
統計力学では、多数の粒子からなる系のハミルトニアンを使って、温度や圧力などの熱力学的性質を導きます。
ハミルトニアンと対称性
ハミルトニアンは、物理法則の対称性と深く関係しています。
ネーターの定理
対称性と保存則を結びつける「ネーターの定理」は、ハミルトン形式で美しく表現されます。
主な対称性と保存則
- 時間並進対称性 → エネルギー保存則
- 空間並進対称性 → 運動量保存則
- 回転対称性 → 角運動量保存則
ハミルトニアンが特定の対称性を持つと、それに対応する物理量が保存されます。
位相空間
ハミルトン力学は、「位相空間」という座標と運動量を軸とする空間で記述されます。
この空間での系の軌跡を追うことで、複雑な運動も視覚的に理解できます。
ハミルトニアンの歴史
ハミルトニアンがどのように発展してきたか見てみましょう。
ウィリアム・ローワン・ハミルトン(1805-1865)
アイルランドの数学者・物理学者です。
1833年から1835年にかけて、力学を新しい視点から記述する「ハミルトン力学」を確立しました。
彼の業績は、古典力学を幾何学的に美しい形で記述し、後の量子力学の発展に大きな影響を与えました。
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736-1813)
ハミルトンより前に、ラグランジュがラグランジュ力学を確立していました。
ハミルトン力学は、ラグランジュ力学を発展させたものと言えます。
量子力学の誕生
20世紀初頭、量子力学が発展する過程で、ハミルトニアンは中心的な役割を果たしました。
シュレーディンガーの波動力学や、ハイゼンベルクの行列力学は、どちらもハミルトニアンを基礎としています。
現代物理学への影響
ハミルトニアンは、場の量子論、弦理論、量子情報理論など、現代物理学のあらゆる分野で基本的な役割を果たしています。
ラグランジアンとハミルトニアンの使い分け
どちらを使うべきか、場面によって異なります。
ラグランジアンが便利な場合
- 系の束縛条件(拘束条件)が複雑な場合
- 座標系の選択が重要な場合
- 力学の原理(最小作用の原理)から導きたい場合
ハミルトニアンが便利な場合
- エネルギー保存則を直接扱いたい場合
- 正準変換(座標と運動量の変換)を使いたい場合
- 量子力学への移行を考える場合
- 統計力学で使う場合
実際の問題では、どちらが解きやすいかを考えて選びます。
よくある質問
ハミルトニアンとは何ですか?
ハミルトニアンとは、物理系の全エネルギーを位置と運動量の関数として表したものです。
古典力学では関数、量子力学では演算子として扱われます。
ハミルトニアンの記号は何ですか?
通常、大文字の「H」で表されます。
これは、ハミルトン(Hamilton)の頭文字に由来します。
ハミルトニアンとラグランジアンの違いは何ですか?
ラグランジアンは「運動エネルギー – 位置エネルギー」で、座標と速度の関数です。
ハミルトニアンは「運動エネルギー + 位置エネルギー」で、座標と運動量の関数です。
ラグランジアンをルジャンドル変換すると、ハミルトニアンが得られます。
なぜハミルトニアンは重要なのですか?
ハミルトニアンは系のエネルギーを表し、運動方程式を簡潔に記述できるからです。
また、量子力学の基礎となるシュレーディンガー方程式もハミルトニアンを使って表されます。
エネルギー保存則や対称性とも深く関係しています。
量子力学でのハミルトニアンは何が違いますか?
量子力学では、ハミルトニアンは「演算子」として扱われます。
古典力学のように単なる数値を返す関数ではなく、波動関数に作用して別の波動関数を生み出す演算子です。
ハミルトン演算子の固有値が、系の取りうるエネルギーの値になります。
ハミルトニアンはどのように求めますか?
まず、系のラグランジアンL = T – Vを求めます。
次に、一般化運動量p = ∂L/∂q̇を計算します。
最後に、H = Σp·q̇ – Lを計算してハミルトニアンを得ます。
この過程で、速度q̇を運動量pで表し直す必要があります。
ハミルトニアンが保存されるのはどんな場合ですか?
ハミルトニアンが時間に陽に依存しない場合(∂H/∂t = 0)、ハミルトニアンの値は保存されます。
これは、系のエネルギーが時間変化しない、つまりエネルギー保存則が成り立つことを意味します。
調和振動子のハミルトニアンはどう書けますか?
1次元調和振動子(質量m、バネ定数k)のハミルトニアンは以下です。
H = p²/(2m) + (1/2)kx²
第1項が運動エネルギー、第2項がバネのポテンシャルエネルギーです。
まとめ
ハミルトニアンは、物理学において系のエネルギーを表す基本的な関数です。
ハミルトニアンの基本
- 定義:系の全エネルギーを表す関数
- 記号:H
- 基本形:H = T + V(運動エネルギー + 位置エネルギー)
古典力学での役割
- 位置と運動量の関数として表される
- ハミルトンの正準方程式を導く
- エネルギー保存則を簡潔に表現
ラグランジアンとの関係
- ラグランジアン:L = T – V(座標と速度の関数)
- ハミルトニアン:H = T + V(座標と運動量の関数)
- ルジャンドル変換で相互に変換可能
量子力学での役割
- ハミルトン演算子として扱われる
- シュレーディンガー方程式の中心的要素
- エネルギー固有値を与える
正準方程式
dq/dt = ∂H/∂p
dp/dt = -∂H/∂q
これらの式から、系の時間発展が完全に記述できます。
応用分野
- 原子・分子の構造計算
- 固体物理学
- 量子コンピュータ
- 素粒子物理学
- 統計力学
歴史
- ウィリアム・ローワン・ハミルトンによって19世紀に確立
- 量子力学の発展に重要な役割
- 現代物理学の基礎となる概念
ハミルトニアンは、一見すると難しそうに見えますが、本質は「系のエネルギーを表す関数」というシンプルなものです。
この概念を使うことで、古典力学の問題を美しく解けるだけでなく、量子力学へとスムーズに移行できます。
物理学を深く学ぶ上で、ハミルトニアンは避けて通れない重要な概念です。
エネルギーという視点から物理現象を統一的に理解する強力な道具として、現代物理学のあらゆる分野で活躍しています。
数式が多く登場しましたが、要するに「物体のエネルギーを計算する便利な方法」と考えれば、親しみやすくなるのではないでしょうか。

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