「光はなぜ真っ直ぐ進むの?」
「光はなぜ鏡で反射するとき、入射角と反射角が等しくなるの?」
「光はなぜ水に入ると曲がるの?」
これらすべての疑問に答えてくれるのが「フェルマーの原理」です。
この記事では、光学における最も基本的で美しい原理の一つである「フェルマーの原理」について、中学生でも理解できるように分かりやすく解説します。
フェルマーの原理とは
基本的な考え方
フェルマーの原理は、シンプルに言えば次のようなものです。
光は、2点間を移動するとき、最短時間で到達できる経路を選ぶ
これだけです。
たったこれだけの原理から、光の直進性、反射の法則、屈折の法則など、幾何光学のすべての法則が導き出せます。
発見の歴史
発見者:
- ピエール・ド・フェルマー(Pierre de Fermat、1607-1665)
- フランスの数学者・法律家
- 発見年: 1661年(発表は1679年、フェルマーの息子による)
歴史的背景:
- 反射に関しては、古代ギリシャのアレクサンドリアのヘロン(紀元1世紀頃)が既に「最短距離の原理」を提唱
- ヘロンは「光は反射するとき最短距離を選ぶ」と考えた
- フェルマーはこれを「最短時間」に拡張し、屈折も説明
なぜ「原理」なのか
物理学において「原理」とは、これ以上説明できない根本的な法則のことです。
フェルマーの原理は証明できるものではなく、自然がそのように振る舞っているという観察事実に基づく基本法則です。
重要なポイント:
- 原理自体は証明できない(それ以上の説明がない)
- しかし、波動光学から正当化できる
- 経験的に正しいことが確認されている
最短距離と最短時間の違い
一様な媒質中では同じ
同じ物質(例えば空気)の中を光が進む場合:
- 光の速さは一定
- 最短時間 = 最短距離
- だから光は直線で進む
例:
- 空気中のA点からB点まで光が進むとき
- 直線が最短距離
- 光の速さが一定なので、直線が最短時間でもある
- だから光は直線で進む
異なる媒質では異なる
異なる物質(例えば空気と水)を通る場合:
- 光の速さが変わる
- 最短時間 ≠ 最短距離
- 光は折れ曲がる(屈折)
例:
- 空気中のA点から水中のB点まで光が進むとき
- 直線が最短距離
- しかし水中では光が遅くなる
- 水中を進む距離を短くするため、経路が折れ曲がる
- これが最短時間の経路
光の速度と屈折率
光の速度
光の速度は媒質によって異なります。
真空中の光速:
- 約300,000 km/秒(正確には299,792,458 m/秒)
- 記号: c
- 宇宙で最も速い速度
物質中の光速:
- 真空中より遅くなる
- 物質によって異なる
屈折率
屈折率は、光がその物質中でどれだけ遅くなるかを表す数値です。
定義:
屈折率(n) = 真空中の光速(c) ÷ 物質中の光速(v)
主な物質の屈折率:
- 真空: 1.00(定義)
- 空気: 約1.00(ほぼ真空と同じ)
- 水: 約1.33
- ガラス: 約1.5
- ダイヤモンド: 約2.42
屈折率の意味:
- 屈折率が大きい = 光が遅い
- 水中では光速は真空中の約75%(1/1.33)
- ダイヤモンド中では光速は真空中の約41%(1/2.42)
光学距離
光学距離は、光が実際に進む距離と屈折率を掛け合わせたものです。
定義:
光学距離 = 実際の距離 × 屈折率
意味:
- 光学距離が短い = 光が早く到達する
- フェルマーの原理は「光学距離が最小」と言い換えられる
反射の法則とフェルマーの原理
反射の法則
鏡などで光が反射するとき、次の法則が成り立ちます。
反射の法則:
入射角 = 反射角
この法則は、フェルマーの原理から導き出せます。
フェルマーの原理による説明
問題設定:
- A点から鏡で反射してB点に到達する
- 鏡のどこで反射すれば最短時間か?
考え方:
- 鏡に関してB点の鏡像B’を考える
- A点からB’点への直線が最短経路
- この直線と鏡の交点が反射点
- この時、入射角と反射角が等しくなる
結論:
- 入射角=反射角の点で反射すると最短時間
- 他の点で反射すると時間がかかる
ライフガードの例え
この原理は、ライフガードが溺れている人を助ける状況に例えられます。
状況:
- ライフガードはビーチにいる(A点)
- 溺れている人は海の中にいる(B点)
- 壁があり、壁をタッチしてから向かわなければならない
最短経路:
- 鏡に映った溺れている人の位置(B’)に向かって一直線
- 壁で反射するように方向転換
- これが入射角=反射角の経路
屈折の法則(スネルの法則)とフェルマーの原理
屈折の法則(スネルの法則)
光が異なる媒質の境界を通過するとき、次の法則が成り立ちます。
スネルの法則:
n₁ × sin θ₁ = n₂ × sin θ₂
- n₁: 媒質1の屈折率
- n₂: 媒質2の屈折率
- θ₁: 入射角
- θ₂: 屈折角
この法則も、フェルマーの原理から導き出せます。
フェルマーの原理による説明
問題設定:
- 空気中のA点から水中のB点まで光が進む
- 空気と水の境界面のどこを通れば最短時間か?
考え方:
- 空気中の距離と水中の距離を計算
- それぞれの距離を光速で割って時間を計算
- 合計時間を最小にする境界点を探す
- 微分してゼロになる条件を求める
結論:
- 計算すると、スネルの法則と同じ式が導き出される
- 水中は光が遅いので、水中の距離を短くする
- そのため、経路が折れ曲がる
ビーチとプールの例え
状況:
- ライフガードはビーチにいる(A点)
- 溺れている人はプールの中にいる(B点)
- ビーチでは速く走れるが、プールでは遅くなる
最短時間の戦略:
- 直線で行くのは最短距離だが、最短時間ではない
- ビーチをできるだけ長く走る
- プールに入る距離を最小限にする
- 結果として、経路が折れ曲がる
これが光の屈折と全く同じ原理です。
なぜ光は最短時間を「知っている」のか
不思議な疑問
フェルマーの原理を聞いて、多くの人が疑問に思います。
「光は目的地を知らないはずなのに、なぜ最短時間の経路を選べるの?」
「光に意思があるの?」
これは当時の科学者たちも抱いた疑問です。
波動光学による説明
19世紀に光が波であることが確立されると、フェルマーの原理の理由が明らかになりました。
波動光学の説明:
- 光は全ての経路を探索する
- 光(波)はあらゆる経路を通って進む
- 直進する経路も、曲がる経路も、すべて
- 位相のずれで干渉する
- 異なる経路では、波の位相(山と谷の位置)がずれる
- 最短時間以外の経路では、位相がバラバラ
- 互いに打ち消し合う(弱め合う)
- 最短時間の経路だけが残る
- 最短時間の経路付近では、位相がほぼ揃っている
- 互いに強め合う
- 結果として、最短時間の経路だけが観測される
結論:
- 光は意思を持って経路を選んでいるわけではない
- すべての経路を試しているが、最短時間の経路だけが残る
- これは波の性質による自然な結果
ファインマンの説明
ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマンは、この説明を高校生向けの講義で紹介しました。
ファインマンの見解:
- フェルマーの原理は「定常位相の原理」と言い換えられる
- 経路積分の考え方につながる
- 量子力学の基礎にもなっている
フェルマーの原理の正確な表現
「最小」ではなく「停留」
実は、フェルマーの原理をより正確に表現すると:
正確な表現:
光は、2点間を移動するとき、時間が停留点となる経路を選ぶ
停留点とは:
- 最小値
- 最大値
- 極値(近傍の経路と比べて極小または極大)
なぜ「停留」なのか
反射の例:
- A点から鏡で反射してB点に到達する経路
- 鏡で反射する経路は「最小時間」
- しかし、直接A点からB点に行く経路の方がもっと短い
- だから「最小」ではなく「局所的な停留点」
楕円鏡の例:
- 楕円の一つの焦点から出た光
- 楕円鏡で反射して、もう一つの焦点に到達
- 楕円の性質上、すべての経路で時間が等しい
- どれも「停留点」
より正確な原理
フェルマーの原理(正確版):
光は、近傍の経路と比較して所要時間が極値となる経路を通る
フェルマーの原理から導ける法則
フェルマーの原理という一つの原理から、幾何光学のすべての基本法則が導き出せます。
1. 光の直進性
一様な媒質中:
- 屈折率が一定
- 2点間の最短時間 = 最短距離
- 最短距離は直線
- したがって光は直進する
2. 反射の法則
鏡での反射:
- 入射角 = 反射角
- これが最短時間の条件
- 古代ヘロンが証明
3. 屈折の法則(スネルの法則)
異なる媒質の境界:
- n₁ sin θ₁ = n₂ sin θ₂
- 最短時間の条件から導出
- フェルマーの主要な業績
4. レンズの性質
凸レンズの焦点:
- 平行光線が一点に集まる
- すべての経路で光学距離が等しい
- フェルマーの原理で説明可能
フェルマーの原理の応用例
プールの底が浅く見える現象
現象:
- プールサイドから見ると、プールの底が実際より浅く見える
説明:
- プールの底から出た光が水面で屈折
- 屈折により、光が実際より上から来たように見える
- これがフェルマーの原理による屈折の結果
虹の形成
虹ができる理由:
- 太陽光が水滴に入射
- 水滴内で屈折・反射・再屈折
- すべてフェルマーの原理に従う
- 特定の角度で色ごとに分かれる
光ファイバー
光ファイバーの原理:
- コアとクラッドの屈折率の差
- 全反射を利用
- 光が曲がった経路でも伝わる
- すべてフェルマーの原理で説明可能
重力レンズ効果
アインシュタインの一般相対性理論:
- 質量が空間を曲げる
- 曲がった空間でもフェルマーの原理が成立
- 光は曲がった空間での最短時間経路を進む
- 結果として、光が曲がって見える
これにより、遠くの銀河の光が手前の銀河によって曲げられる現象が説明できます。
最小作用の原理との関係
力学への拡張
フェルマーの原理は、物理学のより一般的な原理の先駆けでした。
最小作用の原理:
- 18世紀にオイラーやモーペルテュイが発見
- 物体の運動は「作用」が停留点となる経路を通る
- フェルマーの原理の力学版
重要性:
- 解析力学の基礎
- ラグランジュ力学、ハミルトン力学
- 量子力学の経路積分
- 場の量子論
ファインマンの経路積分
ノーベル賞受賞者ファインマンは、フェルマーの原理から着想を得て、量子力学の新しい定式化を開発しました。
経路積分の考え方:
- 粒子はあらゆる経路を通る
- 各経路に確率振幅を割り当てる
- 古典的な経路(最小作用の経路)が最も寄与する
- これは光のフェルマーの原理と同じ構造
ファインマン自身が高校時代に聞いたフェルマーの原理の話に感銘を受け、後の研究の基礎になったと語っています。
よくある質問
Q1: フェルマーの原理は証明できますか?
A1: いいえ、原理自体は証明できません。
フェルマーの原理は、物理学における基本原理の一つです。
ニュートンの運動法則と同じく、これ以上説明できない根本的な法則です。
ただし、波動光学の立場からは「なぜそうなるか」を説明できます。
光が波であることを認めれば、位相の干渉によってフェルマーの原理が自然に導かれます。
Q2: 光は本当に最短時間を選んでいるのですか?
A2: 光が「選んでいる」わけではありません。
これは比喩的な表現です。
実際には、光(波)はすべての経路を通っていますが、最短時間の経路以外は互いに打ち消し合います。
結果として、最短時間の経路だけが観測されるということです。
Q3: なぜ「最短」ではなく「停留」なのですか?
A3: すべてのケースで最短とは限らないからです。
例:
- 楕円鏡では、複数の経路で時間が等しい(最小でも最大でもない)
- 反射の場合、鏡を使う経路は局所的には最小だが、直進する経路の方が短い
したがって、より正確には「近傍の経路と比較して所要時間が極値(停留点)となる経路」です。
Q4: フェルマーの原理は常に成り立ちますか?
A4: 幾何光学の範囲内では常に成り立ちます。
ただし、以下の場合は注意が必要です:
- 波長と同程度の大きさの物体:回折が起こる
- 非常に強い光:非線形光学効果
- 量子光学の領域:光子の量子性が重要
これらの場合でも、波動光学や量子光学の枠組みで正しく扱えます。
Q5: 他の波でもフェルマーの原理は成り立ちますか?
A5: はい、波一般に成り立ちます。
音波:
- 音も同様の原理に従う
- 音の屈折、反射も説明できる
地震波:
- 地震学でも利用される
- 地球内部の構造解析に応用
水面波:
- 波の屈折、回折も同じ原理
フェルマーの原理は、波動現象の基本的な性質を表しています。
Q6: フェルマーの原理を日常生活で応用できますか?
A6: はい、様々な場面で応用できます。
ライフガードの救助:
- 砂浜では速く、水中では遅い
- フェルマーの原理と同じ考え方で最短時間経路を選ぶ
登山やハイキング:
- 舗装路と山道での速度の違い
- 最短距離より最短時間の経路を選ぶ
交通ルート:
- 高速道路と一般道の速度の違い
- 最短時間のルート選択
これらはすべてフェルマーの原理と同じ考え方です。
Q7: フェルマーは何の専門家でしたか?
A7: フェルマーは本業が法律家の数学者でした。
ピエール・ド・フェルマー(1607-1665):
- 職業: 法律家(トゥールーズ高等法院の顧問)
- 趣味: 数学(アマチュア数学者として活躍)
- 業績: 数論、解析幾何学、確率論、光学など
主な業績:
- フェルマーの最終定理(数論)
- フェルマーの小定理(数論)
- 解析幾何学の基礎
- 確率論の創始(パスカルと共同)
- 微分法の先駆的研究
- フェルマーの原理(光学)
アマチュアでありながら、数学史に残る偉大な業績を多数残しました。
Q8: フェルマーの原理と最小作用の原理の違いは?
A8: フェルマーの原理は光専用、最小作用の原理はより一般的です。
フェルマーの原理:
- 対象: 光(電磁波)
- 内容: 光は最短時間の経路を通る
- 発見: 1661年
最小作用の原理:
- 対象: あらゆる物理現象
- 内容: 作用が停留点となる経路を通る
- 発見: 18世紀(オイラー、モーペルテュイ)
最小作用の原理は、フェルマーの原理を一般化したものと言えます。
Q9: フェルマーの原理を使って何か予測できましたか?
A9: はい、水中での光速が予測できました。
歴史的な予測:
- フェルマーは屈折の法則からフェルマーの原理を導いた
- 屈折率から、水中での光速を予測
- 「水中では光は真空中より遅い」と予測
実験による確認:
- 19世紀になって実際に光速が測定された
- フェルマーの予測が正しいことが確認された
- 水中の光速は真空中の約75%(予測通り)
これは理論から実験事実を予測した素晴らしい例です。
Q10: フェルマーの原理は現代物理学でも重要ですか?
A10: はい、現代物理学の基礎の一つです。
現代物理学での位置づけ:
- 解析力学の基礎(ラグランジュ力学、ハミルトン力学)
- 量子力学の経路積分定式化
- 場の量子論
- 一般相対性理論での測地線
重要性:
- 物理法則を統一的に理解する枠組み
- 変分原理の典型例
- 対称性と保存則の理解
フェルマーの原理は、350年以上前の発見ですが、今なお物理学の中心的な概念の一つです。
まとめ
フェルマーの原理は、光学における最も基本的で美しい原理の一つです。
重要なポイント:
- 光は2点間を最短時間で到達できる経路を通る
- より正確には、所要時間が停留点となる経路を通る
- 一様な媒質中では直線(最短距離=最短時間)
- 異なる媒質では折れ曲がる(屈折)
- 光の直進性、反射の法則、屈折の法則がすべて導き出せる
なぜそうなるか:
- 光は波である
- すべての経路を通るが、最短時間以外は打ち消し合う
- 最短時間の経路だけが強め合って残る
歴史的意義:
- 1661年にフェルマーが発見
- 幾何光学の基礎を統一
- 最小作用の原理の先駆け
- 現代物理学の変分原理の源流
現代での重要性:
- 解析力学の基礎
- 量子力学の経路積分
- 一般相対性理論
- 現代物理学でも中心的な概念
フェルマーの原理は、単純でありながら深遠な洞察を含んでいます。
たった一つの原理から、光のすべての振る舞いが説明できるという美しさは、物理学の魅力の一つです。

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