商店の店先や老舗の玄関で、ちょんまげ姿の大きな頭をした人形を見かけたことはありませんか?あの愛嬌のある人形が「福助(ふくすけ)」です。江戸時代から200年以上にわたって日本人に愛されてきた縁起物には、実は深い歴史と興味深いエピソードが隠されています。
この記事では、福助人形の意味や由来、モデルになったとされる人物、さらにはビートルズのアルバムジャケットに登場した驚きの逸話まで、福助の魅力を詳しく紹介します。
福助人形の特徴
福助人形は、幸福を招くとされる日本の伝統的な縁起人形です。その姿には、いくつかの特徴的な要素があります。
外見の特徴
福助人形の最も目立つ特徴は、体に比べて大きな頭です。ちょんまげを結い、垂れ下がった大きな耳たぶ(福耳)を持ち、正座をした姿で描かれることが一般的です。一見すると子どものような愛らしい外見ですが、実際には大人の男性を表現しています。
服装の意味
福助が身につけているのは「裃(かみしも)」と呼ばれる正式な装束です。裃は室町時代に生まれ、江戸時代には武士の礼服として用いられました。商売人にとって裃には特別な意味があり、「上下別け隔てなくお辞儀をする」、つまり「どんなお客様にも平等に対応する」という商売の心得を象徴しています。
また、手に持っている扇子にも意味があります。扇子で結界を作り、「控えめに商売させていただく」という謙虚な姿勢を表しているとされています。
福助人形の起源と歴史
福助人形の歴史は、江戸時代後期にさかのぼります。
叶福助の流行
福助人形の原型となったのは「叶福助(かのうふくすけ)」と呼ばれる人形です。加藤元悦(曳尾庵)の随筆『我衣』には、文化元年(1804年)の春頃から「叶福助といふ人形を張抜にせし物大に流行して」と記録されています。
叶福助は「願いを叶える」という意味を持つ縁起の良い名前で、当時は茶屋や遊女屋などで福の神として祀られていました。人々は蒲団を何枚も重ねた上に福助を乗せ、小さな宮に入れて祭れば福が増すと信じていたといいます。
また、太田南畝の『一話一言』には、享和3年(1803年)の冬から叶福助の人形が流行したとあり、1803年から1804年にかけて江戸で大流行したことがわかります。
当時の浮世絵にも叶福助の有掛絵が描かれており、「睦まじう夫婦仲よく見る品は不老富貴に叶う福助」という言葉が添えられていました。「不老」「富貴」「福」という「ふ」のつく縁起物と一緒に描かれ、人々に幸運をもたらす存在として親しまれていたのです。
モデルになった人物は誰?
福助人形のモデルについては複数の説があります。
摂津国の佐太郎説
最も有力とされるのが、享和2年8月(1802年9月)に亡くなった摂津国西成郡安部里の佐太郎という人物をモデルとする説です。この話は、平戸藩第9代藩主・松浦清(静山)の随筆集『甲子夜話』にも記録されています。
佐太郎は身長が2尺(約60センチメートル)足らずの低身長者で、頭が大きいという特徴を持っていました。近所で笑いものにされることを憂いた佐太郎は、他の土地へ移ろうと東海道を下りました。
小田原で香具師(やし)に誘われ、鎌倉雪ノ下の見世物小屋に出たところ評判となり、やがて江戸両国の見世物にも出演。そこで「不具助」をもじった「福助」という名前をつけられると、「名前が福々しくて縁起がよい」と大評判になりました。
見物客の中にいた旗本の子どもが「遊び相手に福助がほしい」とせがみ、旗本は金30両で香具師から佐太郎を譲り受けて召し抱えました。その後、旗本の家は幸運が続き、佐太郎は大いに寵愛されたといいます。
佐太郎は旗本の世話で女中の「りさ」と結婚し、永井町で深草焼(伏見人形)を始めました。そして自分の容姿を模した人形を作って売り出し、彼の死後にその人形が流行したと伝えられています。
その他の説
このほかにも、以下のような説があります。
京都で豪商となった呉服商の容姿をモデルに、伏見の人形師が作ったのが始まりという説。滋賀県伊吹山のふもとにある宿場のもぐさ屋「亀屋」の番頭・福助という人物がモデルという説もあります。この福助は裃を着け扇子を手放さず、道行く客を手招きしてもぐさを勧め、真心で対応していたので商売が大繁盛したといいます。
どの説においても、福助のモデルとなった人物は周囲に福や笑顔をもたらし、商売を繁盛させたという共通点があります。
『甲子夜話』とは
福助の逸話が記録されている『甲子夜話(かっしやわ)』について補足しておきましょう。
『甲子夜話』は、肥前国平戸藩の第9代藩主・松浦清(号は静山)が書いた随筆集です。文政4年(1821年)11月17日の甲子(きのえね)の夜に書き始めたことから、この名がつけられました。
松浦静山は1821年から1841年に亡くなるまでの約20年間にわたって執筆を続け、正編100巻、続編100巻、三編78巻という膨大な随筆を残しました。内容は将軍や大名の逸話から、市井の風俗、奇談異聞まで多岐にわたり、江戸時代後期を代表する随筆集として知られています。
なお、野村克也氏が座右の銘としていた「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」という言葉は、松浦静山の著作『剣談』が出典です。
おかめ・お多福との関係
福助は、日本の縁起物として有名な「おかめ」や「お多福」とも深い関わりがあります。
文化年間(1804年~1817年)に発表された『街談文々集要』という文献には、「お福」は父を「福寿」、母を「お多福」とし、西宮神社支配下の「叶福助」の妻であるという設定が記載されています。
また、十辺舎一九の『叶福助噺』では、大黒天が娘の吉祥天の婿に福助を迎えたという話が語られています。二人の間には福蔵・福六という子どもができ、福助はお多福とも懇意になったとされています。
このように、福助は縁起の良い名前を持つ神々や人物たちと「親戚関係」を結んでおり、福助とお多福が仲良く並んで座っている人形や、おかめが福助を背負った人形なども作られてきました。
福助人形のご利益と飾り方
福助人形には、さまざまなご利益があるとされています。
主なご利益
商売をしている人にとっては「商売繁盛」「千客万来」の縁起物として、一般家庭では「長寿」「幸福」を願って飾られます。また、「願いが叶う」という叶福助の名前にちなんで、願掛けの縁起物としても人気があります。
飾り方のポイント
福助人形を飾る際は、赤い座布団の上に乗せて、店先や玄関など、お客様を迎える場所に置くのが一般的です。
面白い風習として、願いが叶うたびに福助の座っている座布団を一枚ずつ増やしていくというものがあります。江戸時代から続く、福助への感謝と願掛けの習慣です。
風水などでは特に方角の決まりはなく、綺麗に片付けられた場所に飾ると良いとされています。
福助株式会社との関係
靴下や下着で知られる「福助株式会社」の社名とロゴマークは、まさにこの福助人形に由来しています。
創業の歴史
1882年(明治15年)、創業者の辻本福松が大阪府堺で足袋の製造販売を行う「丸福」を創業しました。商標は創業者の名前から一字を取った「丸福」でしたが、明治32年(1899年)に他の足袋業者が先にこの商標を使用していたことが発覚し、商標は取り消されてしまいます。
福助人形との出会い
新しい商標を探していたところ、福松の息子・豊三郎がお伊勢参りの帰りに古道具屋で福助人形を見つけました。この人形は願いを叶える縁起物として店に祀られていたもので、辻本親子はこの福助人形から発想を得て、新たな商標「福助」を登録したのです。
以来、福助人形は同社のシンボルマークとして親しまれています。
ビートルズのアルバムジャケットに登場
福助人形は、音楽史に残る伝説的なアルバムジャケットにも登場しています。
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
1967年にリリースされたビートルズの名盤『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band)』のアルバムジャケットには、マリリン・モンローやボブ・ディラン、カール・マルクスなど世界中の著名人がコラージュされています。
そのジャケットの左下に、日本の縁起物である福助人形がひっそりと鎮座しているのです。
ジョン・レノンが購入
この福助人形は、1966年にビートルズが日本公演を行った際、ジョン・レノンが警備の目をかいくぐって表参道のお店で自ら購入したものだと言われています。
ジョン・レノンはこの福助人形をとても気に入り、大切にしていたそうです。また、ジョンは「おかげさま」という日本語がお気に入りだったという逸話もあり、日本の文化に何か惹かれるものを感じていたのかもしれません。
ちなみに、同じジャケットの右下には、ジョン・レノンが福助と一緒に購入したソニー製9インチテレビも写っています。ロック史に残る名盤のジャケットを、日本の福助が飾っているというのは、なんとも誇らしいエピソードです。
まとめ
福助人形は、江戸時代後期から現代まで200年以上にわたって日本人に愛されてきた縁起物です。
- 文化元年(1804年)頃から「叶福助」として江戸で大流行
- モデルは摂津国の佐太郎など諸説あり、いずれも周囲に福をもたらした人物
- 「願いが叶う」という名前の通り、商売繁盛・千客万来・長寿・幸福のご利益がある
- 裃姿には「お客様に平等に対応する」という商売の心得が込められている
- おかめ・お多福と「親戚関係」にあるとされる
- 福助株式会社の社名とロゴの由来
- ビートルズ『サージェント・ペパーズ』のジャケットにも登場
大きな頭に福耳、正座して客を迎える福助の姿には、江戸時代の商人たちが大切にしていた「商売の心得」と「福を招く願い」が込められています。現代でもインテリアや贈り物として人気があり、アンティークとして高額で取引されることもあります。
あなたも、福を招く福助人形を生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。
一次資料(原典)
- 『甲子夜話』松浦清(静山)著 – 江戸時代後期の随筆集。正編100巻、続編100巻、三編78巻
- 『我衣』加藤元悦(曳尾庵)著 – 福助人形の流行を記録
- 『一話一言』太田南畝著 – 叶福助の流行時期を記録
- 『街談文々集要』- 福助とお福の関係を記述
- 『叶福助噺』十辺舎一九著
二次資料・参考サイト
- Wikipedia「福助人形」 – 基本情報の確認
- Wikipedia「甲子夜話」 – 松浦静山と甲子夜話について
- Wikipedia「松浦清」 – 松浦静山の人物像
- Wikipedia「おかめ」 – おかめと福助の関係
- 福助株式会社 歴史 – 福助株式会社の創業経緯
- Wikipedia「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 – ビートルズのアルバムジャケットについて
- Wikipedia (English) 「Fukusuke」 – 英語圏での福助の解説
書籍
- 稲垣新一『江戸の遊び絵』1988年(ISBN 4487751179)

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