「電子はどこにあるの?」と聞かれたら、あなたはどう答えますか?
「原子核の周りを回っている」と答えた人は、残念ながら正確ではありません。
量子力学の世界では、電子の位置は「確率」でしか表現できないのです。
そして、その確率を教えてくれるのが「波動関数」という数学的な関数です。
波動関数は、量子力学の最も基本的で重要な概念です。
しかし、高校物理では詳しく扱われないため、多くの人にとって謎に包まれた存在となっています。
この記事では、波動関数とは何か、どう使うのか、そして何を意味するのかを、初心者の方にもわかりやすく解説します。
波動関数とは:一言で言うと
波動関数(Wave Function)とは、量子力学において粒子の状態を記述する数学的な関数です。
通常、ギリシャ文字のψ(プサイ)またはΨ(大文字のプサイ)で表されます。
波動関数の最も重要な性質は、その絶対値の2乗が粒子の存在確率を表すということです。
つまり、波動関数さえわかれば、粒子がどこにいる可能性が高いのかを計算できるのです。
なぜ波動関数が必要なのか
古典物理学の限界
高校物理で習う古典力学(ニュートン力学)では、物体の位置と速度が決まれば、その物体の未来の運動を正確に予測できます。
- たとえば、ボールを投げたとき:
- 初速度と角度がわかれば、どこに落ちるかを計算できる
- 物体の位置は常に1つに決まっている
- 軌道は連続的な線として表現できる
しかし、この考え方は原子レベルの世界では通用しません。
量子の世界の不思議な性質
20世紀初頭、科学者たちは原子や電子のレベルで奇妙な現象を発見しました。
光の二重性:
光は波のように干渉するが、粒子(光子)のようにも振る舞う
物質の波動性:
電子は粒子だが、波のように干渉縞を作る(二重スリット実験)
エネルギーの量子化:
原子内の電子のエネルギーはとびとびの値しか取れない
不確定性原理:
位置と運動量を同時に正確に知ることはできない
これらの現象を説明するために、新しい物理学が必要になりました。
それが量子力学であり、その中心概念が波動関数なのです。
波動関数の表記と意味
基本的な表記
波動関数は、位置と時間の関数として表されます。
1次元の場合:
ψ(x, t)
x:位置
t:時間
3次元の場合:
ψ(x, y, z, t) または ψ(r, t)
r:位置ベクトル(x, y, z)
波動関数は複素数
重要な特徴として、波動関数は一般に複素数の値を取ります。
ψ(x, t) = a + bi
a:実部
b:虚部
i:虚数単位(i² = -1)
「虚数って何?」と思うかもしれませんが、物理的に直接観測されるのは複素数そのものではありません。
観測されるのは、次に説明する「絶対値の2乗」です。
ボルンの確率解釈:波動関数の物理的意味
確率密度としての解釈
1926年、物理学者マックス・ボルン(Max Born)は、波動関数の画期的な解釈を提案しました。
ボルンの規則:
波動関数ψ(x, t)の絶対値の2乗|ψ(x, t)|²は、時刻tに位置xで粒子を見つける確率密度を表す
数式で書くと:
確率密度 ρ(x, t) = |ψ(x, t)|²
確率密度とは
確率密度とは、単位体積あたりの確率を表す量です。
実際の確率を求めるには、積分が必要です:
位置xからx+Δxの間に粒子が存在する確率:
P(x) = ∫[x から x+Δx] |ψ(x, t)|² dx
具体例:
波動関数がψ(x, t)で与えられているとき:
|ψ(0, 0)|² = 0.5なら、原点付近で粒子を見つける確率密度が0.5
|ψ(10, 0)|² = 0.1なら、x=10付近で見つける確率密度は0.1
原点付近の方が5倍見つかりやすい
規格化条件
粒子は必ずどこかに存在するので、全空間での存在確率の合計は1でなければなりません。
規格化条件:
∫[-∞ から +∞] |ψ(x, t)|² dx = 1
これを満たすように波動関数を調整することを「規格化する」と言います。
シュレーディンガー方程式:波動関数の時間発展
波動関数はどう変化するのか
波動関数がわかったとしても、それが時間とともにどう変化するのかを知らなければ、粒子の未来を予測できません。
波動関数の時間変化を記述するのが、シュレーディンガー方程式です。
時間依存シュレーディンガー方程式
1926年、エルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Schrödinger)が導いた方程式:
1次元の場合:
iℏ ∂ψ/∂t = -(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x² + V(x)ψ
記号の意味:
- i:虚数単位
- ℏ:ディラック定数(プランク定数をh/2πで割った値、約1.055×10⁻³⁴ J·s)
- m:粒子の質量
- V(x):ポテンシャルエネルギー
- ∂:偏微分記号
この方程式は、古典力学におけるニュートンの運動方程式に相当します。
シュレーディンガー方程式の意味
古典力学では:
ニュートンの運動方程式(F = ma)を解く→物体の位置x(t)がわかる
量子力学では:
シュレーディンガー方程式を解く→波動関数ψ(x, t)がわかる→確率分布がわかる
つまり、シュレーディンガー方程式は「波動関数という波がどのように時間変化するか」を決定します。
時間に依存しないシュレーディンガー方程式
ポテンシャルエネルギーV(x)が時間に依存しない場合、より簡単な形の方程式を解くことができます。
-(ℏ²/2m) d²ψ/dx² + V(x)ψ = Eψ
- E:粒子のエネルギー(固有値)
- ψ:定常状態の波動関数(固有関数)
この方程式を解くことで、エネルギーの許される値(エネルギー準位)と、それに対応する波動関数が求まります。
波動関数の性質
波動関数が物理的に意味を持つためには、いくつかの条件を満たす必要があります。
1. 一価性(単一値性)
波動関数は、各点でただ1つの値を持たなければなりません。
1つの位置で2つ以上の値を取ってはいけない
確率が一意に決まらないため
2. 連続性
波動関数は、空間的に連続でなければなりません。
突然ジャンプしてはいけない
微分可能である必要がある(ただし、ポテンシャルが無限大の点は除く)
3. 有界性(規格化可能性)
波動関数は、無限遠でゼロに近づく必要があります。
lim[x→±∞] ψ(x) = 0
これにより、規格化条件(全確率=1)が満たせる
4. 二乗可積分性
波動関数の絶対値の2乗を全空間で積分した値が有限でなければなりません。
∫[-∞ から +∞] |ψ(x)|² dx < ∞
これが満たされないと、確率として解釈できない
具体例:波動関数を実際に見てみよう
例1:自由粒子の波動関数
外部からの力を受けない粒子(ポテンシャルV=0)の波動関数は、平面波で表されます。
ψ(x, t) = A exp[i(kx - ωt)]
A:振幅(規格化定数)
k:波数(k = 2π/λ、λは波長)
ω:角振動数(ω = 2πν、νは振動数)
この波動関数は:
空間全体に広がっている
|ψ|² = |A|² = 一定(どこでも同じ確率密度)
粒子の位置が完全に不確定
物理的意味:
運動量が確定している粒子は、位置が完全に不確定(不確定性原理の表れ)
例2:1次元箱の中の粒子
幅Lの「箱」の中に閉じ込められた粒子の波動関数(定常状態):
ψₙ(x) = √(2/L) sin(nπx/L) (0 ≤ x ≤ L)
ψₙ(x) = 0 (x < 0 または x > L)
n:量子数(n = 1, 2, 3, …)
特徴:
波動関数は箱の内部でsin波の形
箱の外では波動関数はゼロ(粒子は絶対に見つからない)
nが大きいほど振動が多く、エネルギーが高い
エネルギーはE_n = n²h²/(8mL²)という離散的な値のみ
この例は、エネルギーの量子化を明確に示しています。
例3:調和振動子
バネにつながれた粒子のような系(ポテンシャルV = ½kx²)の基底状態(最低エネルギー状態)の波動関数:
ψ₀(x) = (α/π)^(1/4) exp(-αx²/2)
α = mω/ℏ(ωは振動数)
特徴:
ガウス分布(釣鐘型)の形
x = 0(平衡点)付近で最も確率が高い
無限遠でゼロに近づく
波動関数の物理的実在性:哲学的な問題
波動関数は「実在」するのか?
波動関数の解釈をめぐっては、100年近く議論が続いています。
実在論的解釈:
波動関数は実在する物理的な「波」である
粒子は実際に波として存在し、観測すると収縮する
道具主義的解釈:
波動関数は計算のための「道具」に過ぎない
実在するのは観測結果だけで、波動関数は確率を計算するための数学的な装置
多世界解釈:
波動関数は崩壊せず、すべての可能性が実現する(並行世界が分岐)
現在のところ、どの解釈が正しいかは確定していません。
しかし、いずれの解釈を採用しても、計算結果(観測可能な予測)は同じです。
波動関数の崩壊(収縮)
コペンハーゲン解釈では、測定が行われると波動関数が「崩壊」すると考えます。
測定前:
粒子は複数の場所に「同時に存在」(重ね合わせ状態)
波動関数は広がっている
測定の瞬間:
波動関数が1点に収縮
粒子は1つの位置に確定
測定後:
新しい状態から再び波動関数が発展
この「波動関数の崩壊」は、シュレーディンガー方程式では記述されない突然の変化です。
これが測定問題と呼ばれる量子力学の根本的な謎の1つです。
複素数である理由
なぜ波動関数は複素数なのでしょうか?
数学的な理由
シュレーディンガー方程式には虚数単位iが含まれています。
iℏ ∂ψ/∂t = ...
この方程式を満たす解は、必然的に複素数になります。
物理的な意味
複素数を使うことで、位相(phase)という情報を表現できます。
実数だけでは振幅しか表せない
複素数なら振幅と位相の両方を表せる
位相は干渉現象(二重スリット実験など)で重要な役割を果たす
干渉の例:
2つの波動関数ψ₁とψ₂が重なるとき:
位相が揃っている→強め合う(建設的干渉)
位相がずれている→弱め合う(破壊的干渉)
観測される量は実数
波動関数自体は複素数ですが、観測可能な物理量は必ず実数です。
確率密度:|ψ|² = ψψ(ψは複素共役)
期待値: = ∫ ψ* Â ψ dx(Âは演算子)
虚数は計算の途中で現れるだけで、最終結果は実数になります。
波動関数と観測
期待値の計算
物理量(位置、運動量、エネルギーなど)の平均値を期待値と言います。
位置の期待値:
<x> = ∫ ψ*(x, t) x ψ(x, t) dx
運動量の期待値:
<p> = ∫ ψ*(x, t) (-iℏ d/dx) ψ(x, t) dx
期待値は、多数回の測定を行ったときの平均値に対応します。
不確定性の計算
物理量の不確定性(ばらつき)も波動関数から計算できます。
位置の不確定性:Δx = √( – ²)
運動量の不確定性:Δp = √( –
²)
これらはハイゼンベルクの不確定性原理を満たします:
Δx · Δp ≥ ℏ/2
波動関数と原子
水素原子の電子
高校化学で習う「電子殻」や「電子軌道」は、実は波動関数から導かれたものです。
s軌道(1s, 2s, …):
球対称の波動関数
原子核周辺で確率が高い
p軌道(2p, 3p, …):
ダンベル型の波動関数
3つの方向(px, py, pz)がある
d軌道、f軌道:
さらに複雑な形状
これらの「軌道」は、電子が軌道上を回っているわけではありません。
波動関数の確率分布の形状を表しているのです。
量子数
波動関数を完全に指定するには、いくつかの量子数が必要です。
主量子数(n):
エネルギー準位を決める(n = 1, 2, 3, …)
方位量子数(l):
軌道の形を決める(l = 0, 1, 2, …, n-1)
l = 0:s軌道、l = 1:p軌道、l = 2:d軌道
磁気量子数(m):
軌道の向きを決める(m = -l, …, 0, …, +l)
スピン量子数(s):
電子の固有角運動量(s = ±1/2)
これらの量子数は、シュレーディンガー方程式を解くことで自然に現れます。
波動関数のまとめ
波動関数について、重要なポイントをまとめます。
波動関数とは
- 量子力学において粒子の状態を記述する複素数値の関数
- ψ(x, t)またはΨ(x, t)で表される
- シュレーディンガー方程式に従って時間発展する
ボルンの確率解釈
- |ψ(x, t)|²が確率密度を表す
- ∫|ψ|² dx = 1(規格化条件)
- 粒子の位置は観測するまで確率的にしか決まらない
波動関数の性質
- 一価性:各点で1つの値
- 連続性:滑らかに変化
- 有界性:無限遠でゼロ
- 二乗可積分性:積分が有限
シュレーディンガー方程式
- 時間依存:iℏ ∂ψ/∂t = Ĥψ
- 時間非依存:Ĥψ = Eψ
- 古典力学のニュートンの運動方程式に相当
物理的意味
- 波動関数自体は直接観測できない
- 観測可能なのは|ψ|²(確率)と期待値
- 測定すると波動関数が崩壊(収縮)する
応用
- 原子の電子軌道(s, p, d, f軌道)
- 化学結合の理解
- 半導体の動作原理
- 量子コンピュータの基礎

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