ニコニコ動画の歴史|誕生から復活までの18年間を振り返る

2006年12月12日にサービスを開始した「ニコニコ動画」は、動画の上にコメントが流れるという革新的な機能で日本のネット文化に大きな影響を与えてきました。

この記事では、ニコニコ動画の誕生から2024年のサイバー攻撃を乗り越えた復活まで、その歴史を詳しく振り返っていきます。

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ニコニコ動画が誕生した背景

2006年当時、YouTubeがアメリカで正式サービスを開始して間もない頃でした。日本でも動画共有サービスへの関心が高まる中、株式会社ドワンゴが新しい動画サービスの開発を進めていました。

「ニコニコ動画」という名前の由来

「ニコニコ動画」という独特な名前には、実は面白いエピソードがあります。

当時、動画サービスは著作権問題による訴訟が相次いでいたことから、「カッコいい言葉ではなく、なるべく怒られにくい、言いにくい気が抜ける名前にしよう」という方針がありました。

そこでドワンゴ会長の川上量生氏が「明らかにブラックぽいのに、表面だけ取り繕ったようなふざけた名前があるじゃん。ニコニコローンとかニコニコ金融とか。だからニコニコ動画とかさ」と提案したところ、2ちゃんねる管理人(当時)の西村博之氏(ひろゆき)が「それ面白い!絶対それ!」と同意し、この名前に決まったとされています。

ニコニコ動画(仮)のスタート【2006年12月】

2006年12月12日、「ニコニコ動画(仮)」として実験的にサービスが開始されました。

この頃のニコニコ動画は「動画投稿サイト」ではなく、YouTubeなど外部サービスにアップロードされた動画を引用し、その上にコメントを流すという形式でした。2ちゃんねるのスレッドでURLが宣伝されたこともあり、初期ユーザーの多くは2ちゃんねらーだったといわれています。

バージョン変遷の歴史

ニコニコ動画は頻繁にバージョンアップを重ね、それぞれに特徴的な名前が付けられてきました。主なバージョンの変遷は以下の通りです。

黎明期(2006年〜2007年)

  • ニコニコ動画(仮):2006年12月12日〜2007年1月15日
  • ニコニコ動画(β):2007年1月15日〜2月24日

(β)時代には再生数が桁違いに増加し、「レッツゴー!陰陽師」やMAD動画など、現在につながる動画文化が育まれました。空耳や弾幕といったコメント文化もこの時期に生まれています。

しかし2007年2月下旬、YouTubeからアクセスを遮断されるという事態が発生。これがきっかけとなり、自前のサーバーを用意する方針へと転換します。

自立期(2007年)

  • ニコニコ動画(γ):2007年3月6日〜

(γ)では完全登録制となり、独自の動画投稿サイト「SMILEVIDEO」が同時にオープンしました。これによりユーザーが直接動画を投稿できるようになり、現在のニコニコ動画の基盤が確立されます。

その後、RC、RC2、SP1と続き、(夏)、(秋)、(冬)と季節の名前が付けられるバージョンも登場しました。

成熟期(2008年〜2013年)

  • ニコニコ動画(ββ):2008年12月〜
  • ニコニコ動画(9):2009年10月〜
  • ニコニコ動画(原宿):2010年10月29日〜
  • ニコニコ動画:Zero:2012年5月〜
  • ニコニコ動画:Q:2012年10月〜
  • ニコニコ動画:GINZA:2013年10月8日〜

2012年5月1日には、サービス全体の名称が「niconico」に変更されました。これは動画以外のサービス(ニコニコ生放送、ニコニコ静画など)の扱いが大きくなったことや、海外進出を見据えた変更でした。

近年(2018年〜現在)

  • niconico(く):2018年〜
  • ニコニコ(Re):2020年8月〜
  • ニコニコ(Re:turn):2024年9月17日〜(21番目のバージョン)

2020年10月27日には、サービス名称が「ニコニコ」に変更されています。

初音ミクとボカロ文化の誕生

ニコニコ動画の歴史を語る上で、VOCALOID(ボーカロイド)文化の存在は欠かせません。

2007年8月31日、クリプトン・フューチャー・メディアから音声合成ソフトウェア「初音ミク」が発売されました。初音ミクを使って作詞作曲し、動画をアップする人々は「ボカロP(プロデューサー)」と呼ばれるようになり、ニコニコ動画には数多くのボカロ曲が投稿されていきます。

特に2007年12月にryoが投稿した「メルト」は、多くの歌い手にカバーされ、「歌ってみた」文化を大きく後押ししました。

「歌ってみた」「踊ってみた」文化

ニコニコ動画では、既存の楽曲やボカロ曲をカバーして歌う「歌ってみた」、ダンスを披露する「踊ってみた」という投稿ジャンルが人気を集めました。

「歌ってみた」という表現は、2007年5月にニコニコ動画内のカテゴリタグに採用されたことが由来となっています。「〜してみた」系の動画には「あくまでも素人が趣味として行うこと」というニュアンスが含まれており、プロではない一般ユーザーが気軽に投稿できる雰囲気を作り出しました。

VOCALOID文化と歌い手文化は相互に作用し合いながら成長し、現在ではメジャーな音楽シーンにも大きな影響を与えています。

世界への影響|bilibiliへの継承

ニコニコ動画の最大の特徴である「動画上にコメントが流れる」システムは、海外にも大きな影響を与えました。

中国の動画共有サイト「bilibili(ビリビリ)」や「AcFun」は、2008年頃にニコニコ動画のこのシステムを参考にして設立されました。中国では「弾幕(ダンムー)」と呼ばれるこの機能は、現在ではiQiyi、Youku、Tencent Videoなど中国の主要動画プラットフォームにも採用されています。

W3C(World Wide Web Consortium)でも、このコメントシステムは「Bullet Chatting」として標準化の議論が行われており、ニコニコ動画が生み出したコメント機能は国際的な影響力を持つ技術革新となりました。

KADOKAWAとの経営統合【2014年】

2014年5月14日、ドワンゴとKADOKAWAは経営統合を発表しました。

両社は2010年に包括的業務提携、2011年に資本提携を行っており、すでに協力関係にありました。経営統合により、KADOKAWAの書籍・コミック・映画・アニメなどのコンテンツと、ドワンゴの「niconico」を始めとするネットワーク技術・プラットフォームを融合させ、「世界に類のないコンテンツプラットフォーム」の確立を目指すとしています。

2014年10月1日、統合持ち株会社「株式会社KADOKAWA・DWANGO」が設立され、ドワンゴはKADOKAWAグループの傘下となりました。その後、2015年10月には「カドカワ株式会社」に商号変更、2019年7月には「株式会社KADOKAWA」に再度変更されています。

ニコニコ超会議の歴史

2012年から毎年開催されている「ニコニコ超会議」は、「ニコニコ動画のすべて(だいたい)を地上に再現する」をコンセプトにした大規模イベントです。

会場は千葉県の幕張メッセで、ボーカロイド、歌ってみた、踊ってみた、ゲーム実況、コスプレ、VTuberなど、ニコニコ動画で人気のあらゆるジャンルが一堂に会します。

主な来場者数の推移

  • 2012年(第1回):約9万2千人
  • 2022年:約9万6千人(コロナ禍後、3年ぶりの幕張開催)
  • 2023年:約11万9千人
  • 2024年:約12万5千人

2024年の超会議では、ユーザー出展者が前年の6.8倍となる900組に達し、併催イベントを含めると総出展者は1,131組となりました。また、KADOKAWAの決算発表によると、2024年の開催で初めて黒字化を達成したことが公表されています。

2024年サイバー攻撃と復活

2024年6月8日午前3時30分頃、ニコニコ動画を含むKADOKAWAグループのサービスに大規模な障害が発生しました。

攻撃の経緯

調査の結果、これはランサムウェア「BlackSuit」を含む大規模なサイバー攻撃であることが判明しました。ドワンゴ側はサーバーを遠隔でシャットダウンしましたが、攻撃者が遠隔でサーバーを再起動させ感染拡大を図るという攻防が続いたため、最終的にはデータセンター内のサーバーの電源ケーブルや通信ケーブルを物理的に抜線するという措置が取られました。

復旧への道のり

サービス停止中の6月14日、ドワンゴの開発チームが自発的に3日で開発した「ニコニコ動画(Re:仮)」がリリースされました。これは2006年のサービス最初期と同じ、動画視聴やコメントといった基本的な機能のみを備えた臨時サービスで、主に2007年頃の人気動画が視聴できるものでした。

そして約2ヶ月後の2024年8月5日、新バージョン「帰ってきたニコニコ」としてサービスが再開されました。ニコニコ動画のシステムや投稿された動画データは、2024年3月までにAmazon Web Services(AWS)へ移行済みだったため、被害を免れていたことが復旧の大きな助けとなりました。

2024年9月17日には21番目のバージョンとなる「ニコニコ(Re:turn)」へ変更され、「UGC(ユーザー生成コンテンツ)の文化を消させない、復活させていく」という意思が込められています。

まとめ

2006年12月12日の誕生から18年以上が経過したニコニコ動画は、動画上にコメントが流れるという独自のシステムで、日本のインターネット文化に計り知れない影響を与えてきました。

初音ミクを始めとするVOCALOID文化、「歌ってみた」「踊ってみた」といった二次創作文化、MAD動画、そして弾幕コメント文化など、ニコニコ動画から生まれた文化は現在も脈々と受け継がれています。

2024年のサイバー攻撃という大きな試練を乗り越え、「ニコニコ(Re:turn)」として復活したニコニコ動画。これからも日本のネット文化の中心地として、新たな歴史を刻み続けていくことでしょう。


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