インカ文明における「ワカ(Huaca)」は、単なる「神聖な場所」という言葉では言い表せない、深く複雑な宗教概念です。
山や岩などの自然物から神殿や墓などの人工物まで、さらには霊や祖先の魂までを含む、インカの人々の世界観そのものを表す重要な概念でした。
この記事では、ワカの定義から具体的な種類、クスコを中心とするセケシステム、儀礼と供物、そして現代に残る遺産まで、詳しく解説します。
概要
ワカ(Huaca)は、古代インカ帝国および現代のケチュア語・アイマラ語圏における宗教概念で、神聖な場所、物体、霊、儀式などを幅広く指す言葉です。
自然の地形から人工の建造物、祖先の霊、さらには超自然的な現象まで、インカの人々が「神聖さ」や「超自然的な力」を感じたあらゆるものがワカと呼ばれました。
クスコを中心に放射状に広がるセケ(Ceque)システムに沿って、350以上のワカが配置され、インカ帝国の宗教的・政治的構造の中核を成していました。
ワカの定義と語源
ケチュア語における意味
ワカ(Huaca、またはWak’a)は、ケチュア語に由来する言葉です。
スペイン人征服者ペドロ・デ・シエサ・デ・レオンは、この言葉を「埋葬地」を意味すると考えましたが、実際にはもっと広い意味を持っていました。
インカ帝国の歴史を記録した混血の年代記作家、インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガは、1609年に出版した『Comentarios Reales de los Incas(インカ王国史)』の中で、ワカについて詳しく説明しています。
ガルシラソによれば、ワカは「cosa sagrada(神聖なもの)」を意味し、極めて多義的な言葉だったとされています。
学術的な解釈の変遷
2021年に発表された学術論文で、言語学者セサル・イティエ(César Itier)は、ワカの語源に新しい解釈を提示しました。
イティエの研究によれば、wak’aの本来の意味は「partidura(割れ目、裂け目)」であり、宗教的文脈では「山に住む神話的祖先の分身または複製と考えられた持ち運び可能な石」を指していたとされています。
この解釈は、ガルシラソの「神聖なもの」という説明を批判的に検討した結果であり、より言語学的・歴史的根拠に基づいたものです。
ワカの石の崇拝はインカ起源である可能性が高く、帝国全体に広まったと考えられています。
ワカの種類
神聖なイメージに近いもの
インカ・ガルシラソの『Comentarios Reales de los Incas』によれば、以下のようなものがワカと呼ばれていました。
- 神聖な場所: 神殿、聖域、礼拝所
- 偶像: 石や金属で作られた神々の像
- 太陽に捧げられたもの: 太陽崇拝に関連する物品
- 建造物: 寺院の大小を問わず、墓、家の角
- 埋葬地: 重要な人物が埋葬された場所
超自然的なもの全般
ワカは「良い・悪い」を超越した概念であり、以下のようなものも含まれていました。
- 美しさや完成度で突出しているもの: 同じ種の中で特に優れた動物や植物
- 恐れや驚きを引き起こすもの: 醜いもの、怪物的なもの
- 双子: 一度の出産で二人が生まれることは超自然的とされた
- 身体的特徴: 6本指など、通常と異なる身体的特徴を持つ子ども
- 自然現象: 増水した川、雪をいただく山脈、大きな丘
自然の地形
- 山: アンデス山脈の峰々は、神々や祖先の霊が宿る場所とされた
- 岩や大きな石: 特に異常な形をした岩は、ワカとして崇拝された
- 洞窟: 地下世界や祖先とつながる場所と考えられた
- 泉や湖: 水は生命の源として神聖視された
- 川: 灌漑用水路の水源もワカとされた
人工の建造物
- 神殿: コリカンチャ(太陽神殿)など、主要な宗教施設
- ピラミッド: モチェ文化の太陽のワカ(Huaca del Sol)や月のワカ(Huaca de la Luna)
- 墓: 貴族や統治者の埋葬地
- 宮殿: インカ皇帝の住居
- 要塞: サクサイワマンのような軍事・宗教的施設
クスコのセケシステム
セケとは
セケ(Ceque)は、クスコを中心に放射状に広がる想像上の線を指します。
この線に沿って多数のワカが配置され、複雑な儀礼的枠組みを形成していました。
クスコのセケシステムは、インカ帝国全体の宗教的・政治的構造を象徴するものでした。
コリカンチャ(太陽神殿)を中心点として、42の経路が四方に延び、各経路には複数のワカが配置されていました。
具体的な構成
初期の歴史的記録によれば、クスコのセケシステムには以下のような特徴がありました。
- 中心点: コリカンチャ(Qorikancha)、太陽神インティ(Inti)に捧げられた神殿
- 経路数: 42の経路(ceques)
- ワカの数: 328以上のワカ(一説には350)
- 地域区分: 4つの主要地域(スユ)に対応
- 各地域の経路数: 各地域に9つのセケ
天文学的・宇宙論的意義
セケの線の一部は、星の出入りや季節の儀式に合わせて天文学的に配置されていました。
これは、農業や儀式のための時間管理、記録保持の目的で使用されました。
インカの人々は、ワカを配置することで宇宙論を表現し、占星術的解釈を反映させていたと考えられています。
主要なワカの例
コリカンチャ(Qorikancha)
クスコにあった太陽神殿で、インカ帝国で最も重要なワカでした。
「黄金の囲い」を意味するこの神殿は、壁面が金で覆われ、太陽神インティを祀る最高の聖地でした。
スペイン征服後、この神殿の上にサント・ドミンゴ教会が建設されましたが、インカの石組みの一部は今も残っています。
ワナカウリの丘(Huanacaure)
クスコ近郊にある丘で、インカの起源神話に登場する重要なワカです。
マンコ・カパック(Manco Capac)の兄弟が石になり、ワカとなった場所とされています。
14歳に達したインカの子弟は、12月になるとワナカウリの丘のワカに連れて行かれ、成年式(ワラチクイ)を受けました。
チチカカ湖(Lake Titicaca)
ペルーとボリビアにまたがる高地の湖で、インカ創世神話の舞台とされる聖地です。
太陽神インティがマンコ・カパックとママ・オクリョをこの湖から生み出したとされています。
パチャカマック(Pachacamac)
リマ近郊にあった神殿で、創造神パチャカマック(Pachacamac)を祀る重要な聖地でした。
「大地を動かす者」を意味するこの神の神託は広く信頼され、エクアドルからも巡礼者が訪れたと伝えられています。
モチェ文化のワカ
インカ以前のモチェ文化(紀元200~800年頃)にも、ワカの概念が存在していました。
- 太陽のワカ(Huaca del Sol): 高さ30メートル以上のアドベ(日干しレンガ)製ピラミッド
- 月のワカ(Huaca de la Luna): 創造神アイ・アパエックの壁画が残る神殿
これらは、ワカの概念がインカ以前から存在し、アンデス地域に広く根付いていたことを示しています。
ワカにおける儀礼と供物
日常的な供物
インカの人々は、ワカに対して日常的に様々な供物を捧げていました。
- チチャ(Chicha): トウモロコシで作った醸造酒。飲む前に少量を地面に注ぐことで、ワカへの敬意を示した
- コカの葉: 神聖な植物として、儀式で燃やされたり捧げられたりした
- 織物: インカでは織物の技術が高度に発達しており、織る行為自体が神聖視された
- 食物: トウモロコシ、ジャガイモなどの農作物
動物供犠
特別な儀式では、動物が犠牲として捧げられました。
- リャマ: 最も一般的な供犠動物。特に白いリャマが珍重された
- アルパカ: リャマと同様に重要な供犠動物
- 内臓占い: 犠牲にした動物の内臓を観察し、神々のメッセージを読み取った
人身供犠:カパック・ウチャ(Qhapaq hucha)
極めて特別な機会、例えば新しいインカ(皇帝)の即位や帝国の危機の際には、カパック・ウチャと呼ばれる人身供犠の儀式が行われました。
この儀式では、美しく健康な子どもたちが選ばれ、特別な食事を与えられ、豪華な衣服を着せられた後、重要なワカの地に連れて行かれました。
考古学的研究により、高地の山岳地帯に多くのカパック・ウチャの埋葬が発見されています。
祭司と儀式の管理
クスコの最高神官はウィラク・ウマ(Willaq Umu)と呼ばれ、インカ皇帝と同等の権威を持っていました。
ウィラク・ウマは全ての神殿とワカを管理し、祭司の任命権を持っていました。
各ワカには専属の祭司(タルプンタイ、tarpuntay)がおり、特定の氏族(アイユ)、王族、または貴族集団(パナカ)に割り当てられていました。
インカ神話におけるワカ
マンコ・カパックの兄弟
インカの起源神話によれば、初代皇帝マンコ・カパックと兄弟たちは、太陽神インティからパカリタンボ(Pacaritambo)の洞窟を通じてこの世に遣わされました。
インティは金の杖(タパク・ヤウリ、Tapac Yauri)を与え、その杖が地面に沈む地に太陽の神殿を作るよう指示しました。
クスコへの旅の途中、兄弟の一人と姉妹の一人は石になり、偶像(ワカ)になったとされています。
祖先崇拝とワカ
インカでは、亡くなった皇帝や貴族の遺体がミイラとして保存され、それ自体がワカとして崇拝されました。
これらのミイラは、重要な祭りの際には行列に参加し、まるで生きているかのように扱われました。
氏族(アイユ)は、自分たちの起源となったワカから子孫であると主張し、そのワカを守護神として崇拝していました。
ワカの政治的・社会的機能
帝国統治の道具
インカ帝国は、ワカを政治的・社会的な道具として巧みに利用しました。
- 統一の象徴: 征服した地域のワカを尊重することで、多様な民族を統合した
- クスコへの朝貢: 重要なワカをクスコに運ぶことで、征服された民族の従属を示した
- 水利権の管理: 灌漑用水路の水源がワカとされ、その管理権は政治的権力と結びついていた
- 氏族の居住権: クスコのセケシステムに含まれるワカの管理権は、特定の氏族に首都への居住を許可する政治的行為だった
社会的境界の定義
ワカは、異なる社会集団間の境界を定義する役割も果たしていました。
特定のワカは特定の氏族や地域と結びつき、アイデンティティの核となっていました。
スペイン征服とワカの破壊
征服者によるワカの破壊
スペイン人征服者は、ワカがインカの権力と帝国の基盤を象徴していると認識していました。
彼らはワカをスペインの優位性を脅かすものと見なし、組織的に破壊しました。
カトリック教会は、従来の宗教に対する弾圧を加え、多くのワカが破壊されるか、その上にキリスト教の教会が建設されました。
コリカンチャの上に建てられたサント・ドミンゴ教会は、その象徴的な例です。
タキ・オンコイ(Taki Unquy)運動
スペイン征服後、ワカをめぐる抵抗運動が起こりました。
タキ・オンコイ(Taki Unquy)と呼ばれるこの運動は、「ワカの反乱」として知られ、先住民の宗教的・政治的抵抗の象徴となりました。
この運動は、ワカが復活してスペイン人を追い出し、インカ帝国が再建されるという信仰に基づいていました。
インカリ(Inkarri)伝説
スペイン征服後、アンデス地域には新しい神話が生まれました。
インカリ(Inkarri)伝説は、切断されたインカ皇帝の頭部が地下で成長し、いつか完全な体を取り戻してタワンティンスユ(インカ帝国)を再建するという物語です。
この伝説は、ワカの概念と結びつき、スペイン征服に対するアンデスの人々の希望を象徴しています。
現代に残るワカ
ペルー各地のワカ遺跡
現代のペルーには、数多くのワカが遺跡として残っています。
リマ市内だけでも、ほぼ全ての地区にワカが存在し、多くは柵で囲われて保護されています。
主要なワカ遺跡:
- ワカ・プクリャーナ(Huaca Pucllana): リマのミラフローレス地区にある、紀元200~700年頃のピラミッド
- パチャカマック遺跡: リマ近郊の大規模な宗教複合施設
- ワカ・カオ・ビエホ(Huaca Cao Viejo): モチェ文化の遺跡で、「カオの貴婦人」が発見された場所
- サクサイワマン: クスコ近郊の巨大な石造要塞
現代のケチュア・アイマラ民族とワカ
ワカの概念は、現代のケチュア語・アイマラ語を話す人々の間で今も生き続けています。
- 山の神(アプ、Apu)への信仰: アンデスの山々には神々が宿ると信じられている
- 大地母神パチャママ(Pachamama): 農民は今もトウモロコシで作った酒を大地に撒き、パチャママを讃える
- キリスト教との融合: 聖人や聖母マリアが「テクセ・アプ(Tekse Apu、世界のアプ)」として崇拝されることもある
ワカの保護と課題
ワケオ(Huaqueo)問題
ワケオ(Huaqueo)は、歴史的価値のある場所で宝物を目的に行われる違法な発掘活動です。
適切な考古学的手法を用いないため、貴重な考古学的証拠が破壊されてしまいます。
ペルー政府と民間機関は、ワケオを防止し、ワカを保護するための取り組みを進めています。
文化遺産としての価値
ワカは、インカ文明とアンデス文化の理解に不可欠な文化遺産です。
適切な保護と研究により、古代アンデスの宗教観、社会構造、天文学的知識を知ることができます。
まとめ
ワカ(Huaca)は、インカ文明における複雑で多面的な宗教概念であり、単なる「神聖な場所」を超えた深い意味を持っていました。
主なポイント:
- 多義的な概念: 自然物、人工物、霊、現象など、幅広いものがワカと呼ばれた
- セケシステム: クスコを中心に放射状に広がる42の経路に沿って、328以上のワカが配置されていた
- 宗教的・政治的機能: ワカは単なる信仰の対象ではなく、帝国統治や社会構造の維持に重要な役割を果たした
- 現代への継承: スペイン征服による破壊を経ても、ワカの概念は現代のアンデス地域に受け継がれている
- 文化遺産としての価値: ワカの遺跡は、アンデス文明を理解する上で不可欠な考古学的資源である
ワカを理解することは、インカ文明の世界観を理解することであり、人間と自然、神聖と世俗が渾然一体となったアンデスの宇宙論を知ることにつながります。


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