「夕方になったら早く家に帰りなさい」と、子供の頃に言われた経験はありませんか?実は昔の日本では、この言葉の裏に恐ろしい妖怪の存在がありました。
この記事では、夕暮れ時にかくれんぼをする子供をさらうとされる妖怪「隠れ婆(かくればば)」について、その伝承や特徴、なぜこのような妖怪が語り継がれてきたのかを詳しく解説していきます。
隠れ婆とはどんな妖怪?
隠れ婆(かくればば)は、兵庫県神戸市平野町に伝わる妖怪です。「隠し婆(かくしばば)」とも呼ばれ、子供をさらう妖怪として恐れられてきました。
この妖怪は「隠し神(かくしがみ)」と呼ばれる妖怪の一種に分類されます。隠し神とは、夕方頃に現れて、遅くまで遊んでいる子供やかくれんぼをしている子供をさらうとされる妖怪の総称で、日本各地にさまざまな名前や姿で伝わっています。
隠れ婆の特徴
隠れ婆には以下のような特徴があるとされています。
路地の隅や行き止まりなど、人目につきにくい場所に潜んでいるのが特徴です。子供たちが夕方にかくれんぼをして遊んでいると、どこからともなく現れて、子供をさらってしまうと言い伝えられてきました。
そのため神戸市平野町では「夕方にかくれんぼをすると隠れ婆にさらわれるぞ」と言って、子供たちを戒めていたのです。
隠れ婆が現れる「逢魔が時」とは
隠れ婆が現れるとされる時間帯は「逢魔が時(おうまがとき)」と呼ばれる夕暮れ時です。
逢魔が時とは、夕方の薄暗くなる昼と夜の境目の時刻のことを指します。古くは「暮れ六つ」「酉の刻」とも呼ばれ、現在の18時頃にあたります。「黄昏時(たそがれどき)」と同じ意味で、「誰そ彼時」つまり「そこにいる彼は誰だろう」という薄暗さを表す言葉が語源とされています。
民俗学者の柳田國男は著書『妖怪談義』の中で、「黄昏時」という言葉について「元は化け物に対する警戒の意を含んでいたように思う」と述べています。
江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕は、妖怪画集『今昔画図続百鬼』の中で逢魔が時を描き、「世俗、小児を外にいだすことを禁む」と記しています。昔から夕方に子供を外に出すことは戒められていたのです。
日本各地に伝わる類似の妖怪たち
隠れ婆のように子供をさらう妖怪は、日本各地にさまざまな名前で伝わっています。これらは「隠し神」と総称され、それぞれの地域で独自の特徴を持っています。
隠しん坊(栃木県鹿沼市)
栃木県鹿沼市に伝わる妖怪で、逢魔が時に外にいていつまでも家に帰らない子供をさらっていくとされています。
子取婆(和歌山県)
和歌山県に伝わる妖怪で、夕方まで遊んで家に帰らない子供をさらい、その肝を薬の材料にするという恐ろしい伝承があります。
叺親父(青森県津軽地方)
叺(かます)という袋を背負った鬼のような大男の姿をしており、泣いている子供を見つけると、叺の中に無理やり詰め込んでさらっていくとされています。秋田県鹿角地方では「叺背負(かますしょい)」、長野県埴科地方では「袋担ぎ(ふくろかつぎ)」という名前で同様の伝承が残っています。
油取り(東北地方)
明治時代の東北地方で広まった俗信で、子供を誘拐してその体から油を取るという妖怪です。柳田國男の著書『遠野物語拾遺』にも記述があり、岩手県遠野地方では油取りの噂が広まって大騒動になり、夕方過ぎには子供を外に出さないようにとのお達しが出たほどでした。
化物婆(アイヌ)
アイヌの民話に伝わる妖怪で、幼児の魂をさらうとされています。
隠れ婆が語り継がれてきた理由
なぜ隠れ婆のような妖怪の伝承が生まれ、語り継がれてきたのでしょうか。
その背景には、子供たちの安全を守りたいという親や大人たちの願いがありました。電気がなかった時代、夕暮れ時は視界が悪くなり、事故や犯罪に巻き込まれる危険性が高まります。また、夜には狼などの野生動物に襲われる恐れもありました。
「夕方になったら早く帰りなさい」と言うだけでは聞かない子供も、「隠れ婆にさらわれるぞ」と言われれば恐ろしくなって家に帰るでしょう。妖怪の存在は、子供たちに危険を避ける行動を取らせるための、昔の人々の知恵だったのです。
特にかくれんぼは、隠れる場所を探して薄暗い路地や人目につかない場所に入り込むことがあります。そうした場所で子供がいなくなれば、探すのも一苦労です。「かくれんぼをすると隠れ婆にさらわれる」という伝承は、そうした危険を避けさせるための効果的な戒めだったといえます。
水木しげるが描いた隠れ婆
妖怪漫画家として知られる水木しげるは、著書『図説 日本妖怪大全』の中で隠れ婆を紹介しています。
水木しげるは「隠れ婆」の妖怪画として、江戸時代の妖怪かるたの絵札を参考にした図を用いています。このように隠れ婆は、民間伝承から文献へ、そして現代の妖怪図鑑へと受け継がれてきた妖怪なのです。
まとめ
隠れ婆は、兵庫県神戸市平野町に伝わる、夕暮れ時にかくれんぼをする子供をさらう妖怪です。路地の隅や行き止まりに潜み、油断した子供を狙うとされてきました。
このような妖怪の伝承は、単なる怖い話ではなく、子供たちを危険から守るための昔の人々の知恵が込められています。逢魔が時という不思議な時間帯に対する畏れと、子供への愛情が生み出した存在といえるでしょう。
現代では妖怪を本気で恐れる人は少なくなりましたが、「夕方になったら早く帰りなさい」という言葉には、今も昔も変わらない親心が込められているのかもしれません。

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