太陽が東から昇り、西へと沈む。この当たり前の現象を、古代バスクの人々はどう捉えていたのでしょうか?
スペインとフランスにまたがるバスク地方には、独自の神話体系が残っています。その中で太陽を司るのが、女神エキ(Ekhi)です。
エキは単なる太陽の擬人化ではありません。毎日、大地の母の胎内から生まれ、夕暮れには再び母の元へ帰っていく——。そんな壮大な循環の中で、人間を守り続ける存在として信仰されてきました。
この記事では、バスク神話における太陽の女神エキの姿、役割、そして現代まで受け継がれる信仰の形を紹介します。
エキの名前と語源
エキ(Ekhi)はバスク語で「太陽」を意味します。
地域によって呼び方が異なり、以下のようなバリエーションがあります。
- Eguzki(エグスキ)- 中央バスク語の標準形
- Ekhi(エキ)- スベロア方言やラブール方言
- Iuski(ユスキ)、Iduzki(イドゥスキ)- 高ナバーラ方言
- Iguzki(イグスキ)- ギプスコア地方
- Eguzku(エグスク)- ロンカル方言
語源学的には、Proto-Basque(原始バスク語)のeguzki に遡ります。これはegu-(日、明るさ)という語根に、名詞形成接尾辞 -zki が結合したものです。
興味深いことに、バスク地方のアタウンでは、太陽をJainkoaren begia(神の目)と呼ぶ伝統もあります。
エキの家族構成
エキは、バスク神話の神々の中で明確な家族関係を持っています。
母:アマルル(Ama Lur)
大地の母神アマルルは、バスク神話における主要な神格です。
「Ama Lur」は文字通り「大地の母」を意味し、すべての生命の源とされています。エキは毎日、この母の胎内から生まれ、夕暮れには再び帰っていくと信じられていました。
バスクの人々は日没時に、こう語ったそうです。
「Eguzki amandrea badoa bere amagana(太陽の母が、自分の母のもとへ行く)」
姉妹:イラルギ(Ilargi)
月の女神イラルギは、エキの姉妹です。
イラルギも地域によってIlazki(イラスキ)、Iretargi、Irargiなど、さまざまな呼び名があります。太陽が昼を、月が夜を司るという対照的な役割を持っていました。
興味深いことに、バスク語の「Ilargi」という言葉には「死者の光」という意味があるとも言われています。イラルギは、死者の魂を照らす役割も担っていたと考えられています。
最高神マリとの関係
バスク神話の最高神マリ(Mari)とエキの関係については、解釈が分かれます。
一部の研究者は、マリがアマルルの擬人化であると考えています。マリは雨や豊作をもたらし、山の洞窟に住むとされる女神で、バスク神話の中心的存在です。
もしマリとアマルルが同一の存在だとすれば、エキはマリの娘ということにもなります。
エキの役割と信仰
人間の守護者
エキは人間の守護者であり、あらゆる悪霊の敵とされていました。
太陽の光は、夜の闇に潜む邪悪な存在たち——魔女、ラミア(足が鳥のような妖精)、病気をもたらす精霊——を追い払う力を持っていると信じられていたのです。
古代バスクの人々は、エキを「祖母(amandre)」と呼んで親しみを込めて崇拝していました。
日没の儀式
日没時には、エキを讃える儀式が行われていました。
太陽が西へ沈むとき、エキはItxasgorrieta(「赤い海」の意)と呼ばれる場所を通って、大地の胎内にある母アマルルの子宮へと帰っていくと考えられていました。
この神話は、夕焼けで海や空が赤く染まる現象を説明するものでもあります。
至点の祭り
エキは冬至と夏至の祭りで特に重要な役割を果たしました。
冬至は一年で最も夜が長い日。人々は火を焚き、太陽の力を呼び戻そうとしました。夏至は逆に、太陽の力が最も強い日として祝われました。
これらの祭りは、キリスト教化後も聖ヨハネの日(6月24日)などの形で残っています。
エグスキロレ——太陽の花
エキにまつわる信仰で最も有名なのが、エグスキロレ(Eguzkilore)です。
エグスキロレとは?
エグスキロレは「太陽の花」を意味し、カーリナ・アカウリス(Carlina acaulis)という茎のないアザミの一種を指します。
この花は太陽のような放射状の形をしており、バスク地方では古くから玄関に飾る習慣がありました。
創造の神話
エグスキロレの誕生には、次のような神話があります。
人類が生まれたばかりの頃、世界は暗闇に包まれていました。悪霊や魔女が夜の闇を支配し、人間たちは恐怖におびえていたのです。
人々は大地の母アマルルに助けを求めました。アマルルは月(イラルギ)を創造し、夜を照らしました。しかし、月の光だけでは悪霊たちを追い払うことはできませんでした。
人々が再び祈ると、アマルルは太陽(エキ)を創造しました。エキの強い光は、昼の間、悪霊たちを完全に追い払いました。
しかし、日が沈むと、再び悪霊たちが現れます。
人々が三度目の祈りを捧げたとき、アマルルはエグスキロレを創造しました。この花は太陽の光を宿しており、夜でも悪霊たちを欺くことができたのです。
悪霊たちはエグスキロレを太陽と勘違いし、「もう夜明けだ」と思って逃げ去りました。
現代の伝統
今でもバスク地方では、エグスキロレを玄関に飾る習慣が残っています。
ただし、この花は絶滅の危機に瀕しており、野生のものを採取することは禁止されています。現代では、陶器や鍛鉄で作られたエグスキロレの装飾品が使われることが多くなっています。
バスク神話の特徴
エキを理解するには、バスク神話全体の性格を知ることが重要です。
母権的・大地中心の世界観
バスク神話は母権的で大地中心の世界観を持っています。
最高神マリをはじめ、主要な神々の多くが女性です。太陽も月も女性神として描かれる点は、男性の太陽神が多い他の文化圏とは対照的です。
これは、インド・ヨーロッパ語族の影響を受ける前の、より古い信仰形態を保っているためと考えられています。
自然崇拝
バスク神話には、ギリシャ神話や北欧神話のような創造神話は存在しません。
代わりに、太陽(Ekhi)、月(Ilargi)、大地(Lur)、天空(Ortzi)といった自然の要素そのものが神格化されています。
神々は人間のような姿ではなく、しばしば動物(雄牛、蛇、鳥など)の姿で現れるとされました。
キリスト教化後の変容
バスク地方がキリスト教化された後も、古い信仰は完全には消えませんでした。
しかし、かつて崇拝されていた神々の一部は、「悪魔」や「魔女」と同一視されるようになりました。最高神マリでさえ、キリスト教化後には魔女の集会(サバト)と結びつけられることがあったのです。
現代におけるエキ
環境運動のシンボル
20世紀後半、バスクの環境保護団体が「Eguzki」という名前を採用しました。
太陽の生命を育む力を、自然環境を守る活動のシンボルとしたのです。この団体は、沿岸開発や乱獲に反対する活動を展開しています。
ネオペイガニズムでの復興
近年、ヨーロッパ各地でキリスト教以前の信仰を復興させる動きがあります。バスク地方でも、Basque League of Neo-Pagans(バスク新異教徒同盟)といった団体が、古い神々を再び崇拝する儀式を行っています。
エキは、女性性と自然との調和を象徴する存在として、エコフェミニズムの文脈でも注目されています。
芸術作品でのエキ
2021年、アーティストのJulie HedrickがSolar Winds/Eki (Basque) Sun Goddessという混合メディア作品を発表しました。
この作品では、エキが太陽エネルギーと大地の力を結びつける輝く存在として描かれています。
まとめ
バスク神話の太陽の女神エキは、以下のような特徴を持つ存在です。
- 大地の母アマルルの娘として、毎日生まれては帰る循環の中にいる
- 人間の守護者として、悪霊や病気から人々を守る
- 古代バスクの人々から「祖母」と呼ばれ親しまれていた
- エグスキロレ(太陽の花)という護符と深く結びついている
- 女性性と母権的世界観を象徴する存在
キリスト教化の波を受けながらも、エキの信仰はエグスキロレという形で現代まで受け継がれています。
太陽が昇るたび、バスクの人々は今も、大地の娘が母の元から戻ってくる姿を見ているのかもしれませんね。


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