古代イギリスのバース(Bath)という町には、今も温かい温泉が湧き出ています。
この温泉を守護していたのが、ケルト神話の女神スリス(Sulis)なんです。
スリスは治癒の力を持つ女神として、古代から多くの人々に崇拝されてきました。
ローマ時代にはローマの女神ミネルウァと習合し、「スリス・ミネルウァ」として信仰され、現在でもバースの遺跡からは数多くの奉納品や碑文が発見されています。
この記事では、スリスという女神の正体や、バースの神殿で行われていた信仰の実態を、考古学的な証拠をもとに解説します。
スリス(Sulis)とは
スリスは、古代ブリテン島(現在のイギリス)で信仰されていたケルトの女神です。
特に、イギリス南西部のバース(Bath)にある温泉を守護する女神として知られています。
名前の意味
スリスという名前の語源には、複数の説があります。
最も有力な説は、古アイルランド語の「súil(スール)」に由来するというものです。
súilは「目」や「視覚」を意味する言葉で、スリスが視覚や洞察力と深く結びついた女神だったことを示しています。
また、インド・ヨーロッパ祖語の太陽を意味する語根 *sūli- と関連するという説もあります。
この説では、スリスは太陽の女神としての性質も持っていたと考えられるんです。
実際、スリスは「光を見る者(The Bright One)」という称号でも呼ばれていたことが知られています。
崇拝されていた場所
スリスが最も崇拝されていたのは、イギリス南西部のバース(Bath)です。
バースには天然の温泉があり、1日に約50万ガロン(約190万リットル)もの温水が地下から湧き出ています。
この温泉の水温は約46度で、鉄分を豊富に含むため、赤みがかった色をしているんです。
ローマ人はこの地を「Aquae Sulis(アクアエ・スリス、スリスの水)」と呼び、紀元1世紀頃に大規模な神殿と浴場施設を建設しました。
スリスの性質と役割
スリスは、主に以下のような性質を持つ女神として信仰されていました。
1. 治癒の女神
スリスの最も重要な役割は、治癒の力を授けることでした。
バースの温泉には、身体的な病気や精神的な苦しみを癒す力があると信じられていたんです。
神殿では、身体の特定部位を模した奉納品が数多く発見されており、人々がスリスに治癒を祈願していたことがわかります。
2. 太陽の女神
スリスは太陽の女神としても崇拝されていました。
太陽の女神というのは、神話の世界ではかなり珍しい存在です。
多くの文化では太陽は男性神、月は女性神とされることが多いのですが、スリスは例外的な存在なんです。
神殿の装飾には太陽の車輪のモチーフが使われており、スリスと太陽の強い結びつきを示しています。
3. 視覚と洞察の女神
スリスの名前が「目」を意味することから、視覚や洞察力とも関連していたと考えられています。
神殿には「目」のシンボルが刻まれた装飾品が見られ、スリスが「すべてを見通す者」として崇拝されていたことがわかります。
ローマ時代の信仰:スリス・ミネルウァ
紀元43年、ローマ帝国がブリテン島を征服すると、スリスの信仰は大きく変化しました。
ミネルウァとの習合
ローマ人は、スリスをローマの女神ミネルウァ(知恵と戦争の女神)と同一視し、「スリス・ミネルウァ(Sulis Minerva)」として崇拝しました。
興味深いことに、多くの碑文では「スリス・ミネルウァ」ではなく、ケルトの名前「スリス」が先に記されているんです。
これは、ローマ人がスリスの重要性を認識し、彼女を尊重していたことを示しています。
神殿と浴場施設
ローマ人は、バースの温泉に壮大な神殿複合施設を建設しました。
施設には以下のようなものがありました:
- スリス・ミネルウァに捧げられた神殿
- 温泉を利用した大浴場
- 祭壇と奉納品を保管する区域
- 参拝者のための広場
神殿の入口には、ゴルゴンの頭部を模した装飾が飾られていました。
ただし、ケルトとローマの融合らしく、この「ゴルゴン」は女性ではなく髭を生やした男性の姿で、髪の毛は蛇ではなく渦巻き状の炎のように表現されているんです。
碑文に記録された信仰
バースの神殿跡からは、多数の碑文が発見されています。
Roman Inscriptions of Britain(RIB、ブリテンのローマ碑文集)には、スリスに関する碑文が17点以上記録されています。
例えば、以下のような碑文があります:
- RIB 3049: 「女神スリスへ。占い師ルキウス・マルキウス・メモルが捧げる」
- RIB 143: 「女神スリスへ。マルクス・アウフィディウス・マクシムスの健康と安全のために、解放奴隷アウフィディウス・エウトゥケスが誓願を果たす」
- RIB 150: 「女神スリス・ミネルウァへ。マトゥルスの息子スリヌスが、喜んで誓願を果たす」
これらの碑文から、ローマ軍の百人隊長、解放奴隷、石工など、さまざまな階層の人々がスリスを信仰していたことがわかります。
祭司と専門家
碑文には、スリスに仕える専門的な宗教職が記録されています。
- ハルスペクス(haruspex): 動物の内臓を調べて神意を占う占い師。RIB 3049に記録されているルキウス・マルキウス・メモルがこれに該当します。ハルスペクスは高度な専門知識を持つ宗教職で、非常に高い社会的地位を持っていました。
- サケルドス(sacerdos): スリスの神殿に仕える祭司。RIB 155には、75歳まで生きたスリスの祭司ガイウス・カルプルニウス・レケプトゥスの墓碑銘が記録されています。
このように、スリスの信仰はローマ時代に高度に組織化された宗教活動として営まれていたんです。
呪詛板:スリスへの祈願
バースの温泉からは、130枚以上の「呪詛板(curse tablets)」が発見されています。
呪詛板とは
呪詛板は、鉛や錫の薄い板に文字を刻んだもので、古代ローマ時代に広く使われていました。
人々は、盗難や不正を働いた相手への復讐、あるいは正義の実現を神に祈願するために、これらの板に願いを記して温泉に投げ込んだんです。
呪詛板の内容
バースで発見された呪詛板には、主に盗難に関する訴えが記されています。
例えば、ある呪詛板にはこのように刻まれています:
「私からヴィルビアを盗んだ者が、水のように溶けてしまいますように」
別の呪詛板には、盗まれたマントについての訴えと、10人もの容疑者の名前が列挙されています。
興味深いことに、呪詛板に記された名前はすべてケルト系の名前で、ローマ市民の名前は一つもありません。
これは、スリスの信仰が地元のケルト系住民の間で特に盛んだったことを示しています。
正義の女神としてのスリス
呪詛板の存在は、スリスが単なる治癒の女神ではなく、正義を執行する女神としても崇拝されていたことを示しています。
人々は、法的手段では解決できない不正に対して、スリスに裁きを求めたんです。
奉納品と考古学的発見
バースの温泉と神殿からは、数多くの奉納品が発見されています。
硬貨
温泉の底からは、12,500枚以上のローマ時代の硬貨と、18枚のケルト鉄器時代の硬貨が発見されています。
最下層から発見されたケルト時代の硬貨は、ローマ人が到来する前から、この地でスリスが崇拝されていたことを示す重要な証拠です。
これらの硬貨は、参拝者が温泉に投げ入れた奉納品と考えられています。
呪詛板と錫・鉛の板
前述の呪詛板のほか、さまざまな祈願が刻まれた錫や鉛の板が発見されています。
これらは、折りたたまれたり、巻かれたりした状態で温泉に投げ込まれていました。
その他の奉納品
神殿跡からは、以下のような奉納品も発見されています:
- 身体部位を模した青銅製品(目、乳房、性器など)
- 宝飾品
- 靴
- 紡錘車
- お守りの鋳型(太陽の車輪のデザインが最も一般的)
これらの奉納品は、人々がスリスに健康、繁栄、幸運を祈願していたことを示しています。
スリスと他のケルトの女神
スリスは、他のケルトの女神とも共通点を持っています。
ブリギット
アイルランドの女神ブリギットも、スリスと同様に、治癒の泉と結びついた女神です。
ブリギットの聖地にも聖なる井戸があり、治癒の力があると信じられていました。
また、ブリギットもスリスと同様に、炎や火と結びついた側面を持っているんです。
興味深いことに、ブリギットもキリスト教化後に聖ブリジッドとして崇拝され続けました。
これは、スリスが4世紀半ばまで信仰されていたのと似た現象です。
ベリサマ
フランス南部で崇拝されていた女神ベリサマも、ミネルウァと習合した数少ないケルトの女神の一人です。
ベリサマの名前は「最も明るい者」を意味し、やはり光や太陽と関連していたと考えられています。
ブリガンティア
ヨークシャーで崇拝されていた女神ブリガンティアも、ミネルウァのような姿で描かれることがありました。
ただし、ブリガンティアは碑文で直接ミネルウァと同一視されることはなく、スリスの方がより強くローマの女神と習合していたと言えます。
現代のバースとスリス
現在、バースは「Bath」という名前の通り、温泉の町として知られています。
ローマン・バス博物館
バースのローマン・バス博物館では、スリスの神殿跡と浴場施設が保存・公開されています。
訪れた人は、古代ローマ時代の浴場を見学し、スリスの神殿跡を実際に歩くことができます。
また、温泉の水を試飲することもできるんです(ただし、鉄分が豊富で独特の味がするため、小さなグラスで提供されています)。
博物館には、スリス・ミネルウァの金箔を施した青銅製の頭部像や、多数の碑文、呪詛板などが展示されています。
世界遺産
バースの町全体は、1987年にユネスコ世界遺産に登録されました。
ローマ時代の温泉施設は、バースが世界遺産に認定される大きな理由の一つとなっています。
スリスの遺産
スリスという女神の名前は、現代ではあまり知られていませんが、彼女の遺産は今も生き続けています。
バースという町の名前そのものが、温泉(bath)に由来しており、それはすなわちスリスの聖地だったことを示しているんです。
また、古代の人々がスリスに寄せた信仰は、現代でもバースを訪れる多くの観光客が温泉の癒しの力を求める姿に重なります。
考古学的研究
スリスの信仰については、1978年から1984年にかけて行われたバリー・カンリフ(Barry Cunliffe)教授の発掘調査によって、詳細が明らかになりました。
バリー・カンリフ教授の発掘調査
バリー・カンリフは、オックスフォード大学の著名な考古学者で、ヨーロッパ考古学の権威として知られています。
1978年から1984年にかけて、カンリフ教授はバースの聖泉と神殿の発掘調査を指揮しました。
この調査により、スリスの神殿の構造、奉納品の詳細、呪詛板の内容などが明らかになったんです。
発掘報告書
カンリフ教授は、調査結果を以下の報告書にまとめました:
- 『The Temple of Sulis Minerva at Bath, Volume 1: The Site』(1985年)
- 『The Temple of Sulis Minerva at Bath, Volume 2: The Finds from the Sacred Spring』(1988年)
これらの報告書は、スリスの信仰に関する最も信頼できる学術資料となっています。
その後の研究
カンリフ教授の調査以降も、バースでは継続的に考古学調査が行われています。
2000年代には、神殿区域の東側で円形の建造物(トロス)の遺構が発見され、ハドリアヌス帝時代(2世紀前半)に建造された可能性が指摘されています。
この建造物には、スリスの像、別の神の像、あるいは皇帝ハドリアヌスの愛人アンティノウスの像が安置されていたのではないかと推測されています。
まとめ
この記事では、ケルト神話の女神スリスについて解説しました。
スリスの主な特徴:
- イギリス・バースの温泉を司る治癒の女神
- 太陽の女神、視覚と洞察の女神としての側面も持つ
- ローマ時代にミネルウァと習合し「スリス・ミネルウァ」として崇拝された
- 呪詛板から、正義を執行する女神としても信仰されていたことがわかる
- 4世紀半ばまで活発に信仰されていた
スリスは、古代ブリテン島の地域的な女神でありながら、ローマ帝国の支配下でも信仰を維持し続けた、興味深い存在です。
ケルトとローマの文化が融合した証として、そして古代の人々が温泉の癒しの力をどのように信じていたかを示す証として、スリスの信仰は今も私たちに多くのことを教えてくれています。
現代のバースを訪れれば、古代の人々がスリスに祈りを捧げた場所を実際に歩くことができます。
温泉から湧き出る温かい水は、2000年以上前と変わらず、今も地下から湧き続けているんです。


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