ベトナム神話の太陽神完全ガイド:太陽の女神の伝承と信仰

ベトナムには古くから伝わる太陽神の伝承があります。この記事では、ベトナム神話における太陽神信仰と、特に有名な民間伝承「太陽の女神(Nữ thần Mặt Trời)」について詳しく解説します。

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ベトナムの太陽神信仰とは

ベトナムにおける太陽神信仰は、大きく分けて3つの系統があります。

まず、ベトナム南部のオク・エオ文化(Óc Eo)では、インド起源の太陽神スーリヤ(Surya)が崇拝されていました。紀元前2世紀から紀元後12世紀にかけて、この信仰は南部で広く受け入れられ、1928年にはアンザン省(An Giang)で砂岩製のスーリヤ像が発見されています。

次に、ベトナムの最高神オン・チョイ(Ông Trời)は天空の神であり、太陽を含む自然現象すべてを創造した存在とされています。後に中国の道教の影響を受けて玉皇上帝(Ngọc Hoàng)と同一視されるようになりました。

そして、ベトナム各地に伝わる民間伝承として「太陽の女神(Nữ thần Mặt Trời)」の物語があります。

民間伝承「太陽の女神」の物語

ベトナムの民間伝承によれば、太陽と月は姉妹で、天の支配者・玉皇(Ngọc Hoàng)の娘たちでした。この物語は、自然現象を神話的に説明するベトナムの伝統的な世界観を表しています。

太陽の女神の仕事

玉皇は二人の娘に、毎日交代で下界を見回る任務を与えました。太陽の女神は花輿(パランキン)に乗って天空を移動します。

輿を担ぐのは4人の従者で、老人グループと若者グループに分かれています。老人グループは責任感が強く、素早く仕事を終えようとするため、彼らが担ぐ日は太陽の移動が速く、昼間が短くなります。一方、若者グループは女神と戯れながらゆっくり進むため、彼らが担ぐ日は昼間が長くなります。こうして、夏の長い日と冬の短い日が説明されるのです。

月の女神の物語

妹である月の女神は、姉よりも気性が激しい性格でした。その熱が地上の人々を苦しめたため、人々は天に訴えました。母親は娘の顔に灰を塗って熱を和らげようとしましたが、玉皇が娘を甘やかして許しませんでした。

そこで地上の若者クアイ(Quải)が立ち上がりました。クアイは孤児でしたが、非常に大きな体と優れた力を持っていました。月の女神が地上近くに降りてきたとき、クアイは砂と土を彼女の顔に投げつけました。驚いた女神は急いで天高く逃げ、それ以来地上に近づかなくなりました。

顔に付いた砂のせいで、月は以前ほど明るく輝けなくなりました。しかし性格は穏やかになり、人々から愛されるようになったといいます。月が満ち欠けするのは、女神が地上を向いたり背を向けたりするからだと説明されています。

日食と月食の説明

伝承によれば、二人の女神の夫は熊でした。熊が妻たちに会いに来ると、太陽や月が隠れてしまいます。これが日食や月食の原因だとされています。こうした時、地上の人々は太鼓や銅鑼を打ち鳴らして熊を追い払おうとしました。

ベトナム少数民族の太陽神

ベトナムの少数民族にも、それぞれ独自の太陽神信仰があります。

エデ族(Êđê)はヤン・フレー(Yang Hruê)という太陽神を崇拝しています。ダオ族(Dao)の神話では、チャン・ロー・コー(Chang Lô Cô)という神の左目が太陽、右目が月とされています。ムノン族(M’Nông)にはヤン・ナル(Yang Nar)、ヤン・トゥンゲ(Yang TNghe)、ヤン・マット(Yang Măt)といった太陽神の名前が伝えられています。

これらの信仰は、ベトナムの文化的多様性を示すものであり、各民族が独自の方法で太陽という自然現象を理解してきたことを物語っています。

オク・エオ文化のスーリヤ崇拝

ベトナム南部のオク・エオ文化(Óc Eo)では、インドの太陽神スーリヤ(Surya)が重要な位置を占めていました。

スーリヤはインド神話における太陽神で、金色の髪と腕を持ち、7頭の馬が引く戦車に乗って天空を駆けると伝えられています。ギリシャ神話のヘリオス(Helios)と似た特徴を持つ神です。

1928年、アンザン省(An Giang)バーテー(Ba Thê)でスーリヤの砂岩像が発見されました。この像は高さ90cm、重さ80kgで、現在はホーチミン市歴史博物館に収蔵されています。オク・エオ文化がインド文化から強い影響を受けていたことを示す、貴重な考古学的証拠です。

ベトナム神話における太陽信仰の意味

ベトナムの太陽神話は、古代の人々が自然現象をどのように理解し、説明しようとしたかを示しています。

農業が中心だったベトナム社会では、太陽は作物の成長に不可欠な存在でした。太陽を神格化することで、人々は自然への畏敬の念を表現し、同時に自然を理解しコントロールしようという願望も込めました。

「太陽の女神」の物語で若者クアイが月の女神に立ち向かうエピソードは、自然に対する人間の挑戦と征服の意志を象徴しています。厳しい自然環境の中で生きてきたベトナムの人々の、たくましい精神が表れています。

まとめ

ベトナムの太陽神信仰は、インド文化の影響を受けたスーリヤ崇拝、最高神オン・チョイによる創造神話、そして民間伝承の「太陽の女神」など、多様な形で表れています。

これらの神話は、単なる昔話ではなく、ベトナムの人々が自然現象を理解し、自然との関係を築いてきた文化的遺産です。太陽の女神の物語は、今でもベトナムの子どもたちに語り継がれ、文化の一部として生き続けています。

参考情報

この記事で参照した情報源

信頼できる二次資料(専門家による研究・編纂)

  • Viện Văn học『Tuyển tập văn học dân gian Việt Nam』(ベトナム民間文学選集)第1巻、NXB Giáo dục(教育出版社)、1999年 – ベトナム文学研究所による民間伝承の編纂
  • Nguyễn Đổng Chi『Lược khảo về thần thoại Việt Nam』(ベトナム神話概論)、Trung tâm Khoa học Xã hội và Nhân văn Quốc gia(国立社会科学・人文科学センター)、NXB Khoa học Xã hội、Hà Nội、2003年

学術資料

  • 『Đền thờ và thần Mặt trời trong văn hóa Óc Eo ở Nam Bộ』Tạp chí Khoa học Đại học Đà Lạt、2019年 – Óc Eo文化における太陽神崇拝に関する学術論文

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