弥勒菩薩とは?56億7千万年後に現れる未来の仏様を徹底解説

神話・歴史・文化

遠い未来に現れて、私たちを救ってくれる仏様がいるって知っていますか?
その名は弥勒菩薩。

京都の広隆寺や奈良の中宮寺にある、頬に手を当てて物思いにふけるあの美しい仏像を見たことがある人も多いでしょう。
あの優しい微笑みの奥には、「どうすれば人々を救えるだろうか」という深い思いが込められているんです。

でも、弥勒菩薩って具体的にどんな仏様なのでしょうか?
なぜ「未来の仏」と呼ばれるのでしょうか?

この記事では、弥勒菩薩の正体から役割、日本での信仰まで、わかりやすく解説していきます。

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弥勒菩薩とは?

弥勒菩薩は、釈迦の次にこの世に現れる「未来仏」です。

菩薩というのは、仏のさとりを目指して修行している存在のこと。
弥勒菩薩は、仏教における悟りの52段階のうち、なんと51段目まで到達しているんです。
あと一歩で仏になれる、いわば「仏予備軍のトップ」なんですね。

現在は、兜率天(とそつてん)という天界で修行を続けています。
そして釈迦の入滅から56億7千万年後に、この世に降りてきて仏となり、多くの人々を救うと言われています。

ちなみに「56億7千万年後」という途方もない未来は、科学的には太陽系が消滅する時期とほぼ一致するとも言われています。

名前の意味

「弥勒」という名前は、サンスクリット語の「マイトレーヤ(Maitreya)」を音訳したものです。

語源は「maitrī(マイトリー)」で、「慈しみ」「友情」「愛情」といった意味があります。
つまり弥勒菩薩は「慈悲深い友」という意味なんですね。

そのため経典では「慈氏菩薩(じしぼさつ)」とも呼ばれています。
また、別名として「阿逸多(あいった)菩薩」という名前もあります。

言語によって呼び方も様々で、パーリ語では「メッテイヤ(Metteyya)」、中国語では「弥勒仏」、チベット語では「ジャンパ(慈悲深い者)」と呼ばれています。

弥勒菩薩の役割

弥勒菩薩には大きく2つの役割があります。

修行の導き手

現在、弥勒菩薩は兜率天で修行中です。
弥勒菩薩を信仰する人は、死後に兜率天に往生して、弥勒菩薩から直接教えを受けながら一緒に修行できると考えられてきました。

そして56億7千万年後、弥勒菩薩が地上に降りて仏となるとき、一緒に生まれ変わって仏の教えを聞くことができる――これが「上生信仰」と呼ばれる考え方です。

未来の救世主

釈迦の教えが完全に忘れ去られ、世界が混乱と苦しみに満ちたとき、弥勒菩薩は地上に降り立ちます。

竜華樹(りゅうげじゅ)という木の下で悟りを開き、弥勒如来となって三度にわたる大説法を行うんです。
これを「竜華三会(りゅうげさんえ)」と呼びます。

『弥勒下生経』によると、初回の説法で96億人、二回目で94億人、三回目で92億人を救うと説かれています。
釈迦の時代に救われなかった人々も、弥勒の時代にはすべて救われるというわけです。

この「未来に必ず救世主が現れる」という希望は、苦しい時代を生きる人々にとって大きな支えとなりました。

修行の場所「兜率天」

弥勒菩薩が現在いる兜率天は、仏教の世界観における天界の一つです。

仏教では、世界は「欲界」「色界」「無色界」の三界に分かれており、兜率天は欲界の中でも上位にある世界です。

兜率天には「内院」と「外院」があり、弥勒菩薩は内院で修行していると言われています。
内院は清浄な世界で、弥勒菩薩はそこで天人たちに説法を行っているんです。

ちなみに釈迦も、人間として生まれる前は兜率天にいたとされています。
つまり兜率天は、次に仏となる存在が待機する「仏の控室」のような場所なんですね。

中国の道安や玄奘三蔵など、多くの高僧が兜率天への往生を願いました。
空海も、入定の直前に「56億7千万年後に弥勒菩薩と共に下生する」と遺言を残しています。

56億7千万年後の世界

弥勒菩薩が降臨する56億7千万年後、この世界はどうなっているのでしょうか?

経典によると、その頃の世界は今よりもずっと平和で豊かになっているそうです。

人々の寿命は8万歳に達し、身長は16丈(約48メートル)にもなります。
大地は平らで美しく、気候は穏やかで、人々は争うことなく幸せに暮らしているとか。

転輪聖王(てんりんじょうおう)という理想的な王が世界を統治し、翅頭末城(けいとうまじょう)という巨大な都が栄えています。

そんな理想郷のような世界に、弥勒菩薩は兜率天から降りてきます。
バラモン(僧侶階級)の家に生まれ、釈迦と同じように出家して修行し、竜華樹の下で悟りを開くんです。

もちろん、これは文字通りの未来予測というよりも、「仏の教えは永遠に続く」というメッセージだと考えられています。

弥勒菩薩の姿

弥勒菩薩の姿は、地域や時代によって様々です。

インド

古代インドでは、水瓶を持つ姿で表されました。
この水瓶には不死の霊薬が入っていると考えられています。

中国

唐の時代までは、椅子に座って左足を下ろし、右足を左膝に乗せた姿で造像されました。

元・明時代以降になると、布袋(ほてい)の姿で表されるようになります。
布袋は中国の禅僧で、大きなお腹と笑顔が特徴的な「弥勒の化身」とされました。
日本の七福神に入っている布袋さんも、実は弥勒菩薩なんです。

日本

飛鳥時代の日本では、「半跏思惟像(はんかしいぞう)」として造像されました。

椅子に腰かけて左足を下ろし、右足を左膝の上に置いて足を組み、右手の指を軽く右頰に当てて瞑想する姿です。
これは「どうすれば人々を救えるだろうか」と思索している姿を表していると言われています。

広隆寺や中宮寺の像がこのスタイルで、その穏やかで美しい表情は「アルカイック・スマイル(古風な微笑み)」として世界的に評価されています。

平安時代以降は、立像や坐像として表されるようになりました。

弥勒菩薩に関する経典

弥勒菩薩について説く経典は複数ありますが、特に重要なのが「弥勒三部経」と呼ばれる3つの経典です。

『観弥勒菩薩上生兜率天経』(上生経)

沮渠京声(そきょけいせい)が訳したこの経典は、阿逸多という人物が釈迦の予言通りに兜率天に往生して弥勒菩薩となったこと、そして兜率天の様子を説いています。

兜率天への往生を願う「上生信仰」の根拠となる経典です。

『弥勒下生経』

鳩摩羅什(くまらじゅう)が訳したこの経典は、56億7千万年後に弥勒菩薩が地上に降りてきて(下生)、人々を救済することを説いています。

弥勒の降臨を待ち望む「下生信仰」の根拠となりました。

『弥勒大成仏経』

弥勒菩薩が仏となって説法を行う様子を詳しく描いた経典です。

これら三部経は、弥勒信仰の根本聖典として古くから読まれてきました。

日本の弥勒信仰

日本には飛鳥時代に弥勒信仰が伝わりました。

飛鳥・奈良時代

603年、聖徳太子が秦河勝(はたのかわかつ)に弥勒菩薩像を授け、これが広隆寺の始まりとなったと伝えられています。

この時代、多くの貴族や僧侶が兜率天への往生を願いました。
死後に弥勒菩薩のもとで修行し、弥勒の下生とともに再びこの世に生まれ変わる――そんな希望を持っていたんです。

平安時代

平安時代になると、阿弥陀仏の極楽浄土信仰が盛んになり、弥勒信仰はやや下火になりました。

しかし、修験道などでは引き続き弥勒信仰が保たれていました。

戦国時代

戦国時代には、「弥勒の世」への期待が民衆の間で広がりました。

「遠い未来ではなく、今まさに弥勒の世が来る」という信仰です。
稲の豊作と平和な世界を願う農民たちにとって、弥勒は理想郷を実現してくれる存在でした。

太平洋沿岸部では「弥勒船」が海の彼方からやってくるという伝承もあり、弥勒踊りなどの民俗芸能として受け継がれました。

江戸時代には富士信仰とも結びつき、百姓一揆の思想的背景にも弥勒信仰があったと指摘されています。

現代

現代でも、弥勒菩薩は多くの寺院で信仰されています。

特に浄土真宗では、親鸞聖人が「阿弥陀仏の本願に救われた人は、この世で弥勒菩薩と同格になる」と説いたことから、弥勒菩薩が重要な位置を占めています。

有名な弥勒菩薩像

日本には、国宝級の弥勒菩薩像がいくつも残されています。

広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像(京都)

広隆寺には2体の国宝弥勒菩薩像があります。

宝冠弥勒
国宝彫刻の第1号に指定された、最も有名な弥勒菩薩像です。
アカマツ材で作られており、朝鮮半島から伝来したとも、日本で制作されたとも言われています。

右手の中指を頬に軽く当て、物思いにふける姿。
その穏やかな微笑みは「東洋のモナリザ」とも称され、ドイツの哲学者カール・ヤスパースは「人間実存の真の平和な姿を具現した芸術品」と激賞しました。

像高は123.3cm(左足を含む)、坐高は84.2cmです。

宝髻弥勒(泣き弥勒)
もう1体の弥勒像は、「泣き弥勒」と呼ばれています。
髪を頭上で束ね、口元がギュッと引き締まった表情が特徴です。

右手の人差し指と中指が、落ちる涙をそっと抑えるかのような姿から、この愛称がつきました。

中宮寺の菩薩半跏像(奈良)

奈良県斑鳩町の中宮寺にある菩薩半跏像も、飛鳥時代の傑作です。

寺伝では如意輪観音とされていますが、当初は弥勒菩薩像として造立されたと考えられています。
像高は132cm(左脚を除く坐高は87cm)。

クスノキ材で作られており、黒っぽい艶を帯びた姿が神秘的です。
その微笑みは「アルカイック・スマイル」の典型として、エジプトのスフィンクス、モナリザと並んで「世界三大微笑像」とも呼ばれています。

野中寺の金銅弥勒菩薩半跏像(大阪)

大阪府羽曳野市の野中寺には、飛鳥時代の金銅弥勒菩薩像があります。

台座に「弥勒像」という銘文があり、日本の半跏思惟像が弥勒菩薩であることを示す重要な証拠となっています。

まとめ

弥勒菩薩は、こんな仏様です:

  • 釈迦の次に現れる「未来仏」
  • 現在は兜率天で修行中
  • 56億7千万年後に地上に降りて仏となる
  • 名前は「慈しみ」を意味するマイトレーヤから
  • 竜華三会で膨大な数の人々を救う
  • 日本では半跏思惟像として造像された
  • 広隆寺と中宮寺の像が特に有名

56億7千万年という途方もない未来。
それでも「いつか必ず救いの時が来る」という希望は、古代から現代まで、多くの人々の心を支えてきました。

広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩像を見るとき、その穏やかな微笑みの奥に、遠い未来へ続く希望のメッセージを感じてみてください。

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