お菓子が「ぜいたく品」だった時代があるのを知っていますか?
今ではコンビニに行けば棚いっぱいのチョコレートやキャンディが並んでいますが、ほんの数百年前まで、甘いお菓子は王様や貴族しか口にできない超高級品でした。
しかもその歴史をさかのぼると、なんと紀元前の古代エジプトにまでたどり着くんです。
この記事では、人類がどのように「甘いもの」と出会い、世界各地でどんなお菓子が生まれてきたのかを、時代と地域を横断しながら紹介していきます。
すべてのお菓子の原点は「はちみつ」
人類最初のスイーツ——それははちみつでした。
先史時代の洞窟壁画には、人間がハチの巣からはちみつを採取している様子が描かれています。
砂糖が存在しなかった時代、はちみつは地球上で最も手軽に手に入る天然の甘味料だったんですね。
古代エジプトでは紀元前2000年頃にはすでに、はちみつにナッツやフルーツを絡めた甘い食べ物が作られていたとされています。
古代ギリシャやローマでも、はちみつを使って果物や花をコーティングしたお菓子が楽しまれていました。
中国やインドでも、はちみつやゴマを使った甘味が古くから親しまれています。
つまり、文明が生まれた場所にはもれなく「甘いもの」が存在していたわけです。
人間の「甘い物への欲望」は、時代も国境も関係ないんですね。
砂糖が世界を変えた——インドからの大革命
お菓子の歴史を語るうえで絶対に外せないのが砂糖の存在です。
サトウキビの原産地はニューギニアで、約1万年前にはすでに栽培が始まっていたと考えられています。
当初は茎をかじって甘い汁を味わうだけでしたが、紀元前1000年頃にはインドに伝わり、やがて歴史を動かす大発明が起こります。
紀元350年頃、インドのグプタ朝でサトウキビの汁を結晶化する技術が開発されたのです。
これが画期的でした。
液体のままでは運べなかった「甘さ」が、結晶にすることで保存も輸送もできるようになったんです。
英語の「candy」の語源がサンスクリット語の「khanda(かけら)」だという説もあるほど、インドは砂糖文化の発信地でした。
砂糖の結晶化技術は、仏教僧侶やインドの船乗りたちによってアジア各地に広まります。
7世紀には唐の太宗がインドに使節を送り、砂糖の精製技術を学んだという記録も残っています(『新唐書』)。
一方、西方へはペルシャを経由してアラブ世界に伝わりました。
10世紀頃にはメソポタミアのほぼ全ての村でサトウキビが栽培されていたとされ、アラブ商人たちは地中海沿岸やヨーロッパにまで砂糖を広めていきます。
しかし、ヨーロッパでの砂糖はまだまだ超高級品。
十字軍が中東から持ち帰った砂糖は「甘い塩」と呼ばれ、薬として珍重されていたほどです。
砂糖が庶民の手に届くようになるのは、大航海時代にカリブ海でサトウキビのプランテーションが大規模に展開されてから。
ただし、その裏側には多くの奴隷労働という暗い歴史があったことも忘れてはなりません。
チョコレート——「神の食べ物」から世界のお菓子へ
チョコレートの起源は、中南米の古代文明にあります。
紀元前1500年頃、メソアメリカのオルメカ文明がカカオ豆を利用し始めたのが最も古い記録です。
その後、マヤ文明やアステカ帝国でもカカオは非常に重要な存在でした。
ただし、当時のチョコレートは今のような甘いお菓子ではありません。
カカオ豆を焙煎・すりつぶし、水やトウガラシ、トウモロコシなどと混ぜた苦い飲み物だったんです。
アステカではこの飲み物を「ショコラトル(苦い水)」と呼び、王族や戦士だけが飲める高級品として扱っていました。
カカオ豆は通貨としても使われ、100粒で七面鳥1羽が買えたという記録もあります。
1519年、スペインの征服者エルナン・コルテスがアステカ皇帝モクテスマ2世からこの飲み物をふるまわれたのが、ヨーロッパとチョコレートの出会いでした。
ヨーロッパに渡ったチョコレートは、砂糖やシナモンを加えた甘い飲み物にアレンジされ、貴族の間で大流行します。
そして近代、チョコレートの歴史は一気に加速します。
- 1828年——オランダのコンラート・ファン・ホーテンがカカオプレスを発明し、カカオバターとカカオパウダーの分離に成功
- 1847年——イギリスのジョセフ・フライが、カカオパウダーにカカオバターと砂糖を混ぜて型に入れ、世界初の「食べるチョコレート」(板チョコ) を誕生させる
- 1875年——スイスのダニエル・ペーターが、近所に住んでいたアンリ・ネスレの練乳を使い、世界初のミルクチョコレートを完成
- 1879年——スイスのロドルフ・リンツが「コンチング」という製法を発明し、なめらかな口どけのチョコレートが実現
飲み物だったチョコレートが、わずか50年ほどで「食べるお菓子」として完成形に近づいたのは驚きですよね。
中東のお菓子——おもてなしの甘い文化
アラブ世界は、実は「お菓子作りの先進地域」でした。
9世紀頃には砂糖の精製技術をいち早く取り入れ、ヨーロッパがまだ砂糖を薬扱いしていた時代に、豊富なバリエーションのお菓子を生み出していたんです。
代表格がロクム(ターキッシュ・ディライト) です。
でんぷんと砂糖のゲルをベースにした柔らかいお菓子で、バラ水やピスタチオなどで風味をつけます。
1777年、オスマン帝国の菓子職人ハジュ・ベキルがイスタンブールに開いた店で現在の形に完成させたとされ、このお店は今もイスタンブールで営業を続けています。
C・S・ルイスの『ナルニア国物語』で白い魔女がエドマンドを誘惑するのに使ったお菓子、それがこのターキッシュ・ディライトです。
また、薄い生地を何層も重ねてナッツを挟み、シロップやはちみつをかけたバクラヴァも、オスマン帝国のお菓子文化を象徴する存在です。
中東では今でもお菓子は「おもてなし」の象徴。
お客様を迎えるときにまずお菓子を差し出す文化は、何世紀にもわたって受け継がれています。
日本のお菓子——「果子」から「和菓子」への進化
日本語の「菓子」、もともとの字は「果子」でした。
つまり、日本で最初の「お菓子」は果物や木の実のことだったんです。
今でも果物を「水菓子」と呼ぶのは、その名残なんですね。
加工されたお菓子の原型は、縄文時代にまでさかのぼる餅や団子です。
そこに海外からの文化が加わって、日本のお菓子は大きく進化していきます。
奈良〜平安時代には遣唐使によって「唐菓子」が伝わりました。
小麦粉を様々な形にして油で揚げた甘いもので、『枕草子』にも登場しますが、定着はしませんでした。
鎌倉〜室町時代になると、中国に留学した禅僧たちが羊羹や饅頭の原型となる「点心」を持ち帰ります。
そして日本のお菓子文化を一変させたのが、安土桃山時代に渡来した南蛮菓子です。
1543年にポルトガル人が種子島に到来して以降、カステラ、金平糖、ボーロといった西洋の菓子が長崎を中心に広まりました。
国立国会図書館の資料によると、これらの南蛮菓子が画期的だった理由は2つ。
大量の砂糖と鶏卵を使うことが、それまでの日本の菓子とは根本的に違っていたんです。
江戸時代に入ると、琉球産の黒砂糖や讃岐の「和三盆」など国産砂糖が流通し始め、庶民の間にも甘いお菓子が広まっていきます。
京都では茶道とともに「京菓子」が発展し、練り羊羹や上生菓子など、現在の和菓子のほとんどがこの時代に完成しました。
日本における砂糖の最古の記録は、正倉院の献納目録「種々薬帖」に記された「蔗糖」で、825年のものとされています(農畜産業振興機構)。
当時の砂糖はあくまで「薬」扱いだったというのが面白いですね。
産業革命——お菓子が「みんなのもの」になった時代
19世紀、産業革命がお菓子の世界にも革命を起こします。
それまで手作りで高価だったお菓子が、機械による大量生産で一気に安くなったんです。
19世紀前半にはトフィーが発明され、1850年頃には近代的なマシュマロが登場。
1880年代にはアメリカでファッジが生まれ、ジェリービーンズやピーナッツブリトルも19世紀後半に誕生しました。
20世紀に入ると、今も愛される有名ブランドが次々と登場します。
- 1905年——キャドバリー「デイリーミルク」
- 1908年——トブラローネ
- 1930年——スニッカーズ
- 1932年——マーズバー
- 1935年——キットカット
日本でも、1875年(明治8年)に東京・京橋の風月堂がビスケットの製造を開始。
1899年には森永太一郎がアメリカで製菓技術を学んで帰国し、「森永西洋菓子製造所」を創立しました。
ここから日本の洋菓子産業が本格的にスタートしていきます。
世界のお菓子の歴史 年表
| 時代 | できごと | 地域 |
|---|---|---|
| 約1万年前 | サトウキビの栽培が始まる | ニューギニア |
| 紀元前2000年頃 | はちみつ・果物・ナッツを使ったお菓子が登場 | 古代エジプト |
| 紀元前1500年頃 | オルメカ文明がカカオの利用を開始 | 中南米 |
| 紀元前4〜6世紀 | ペルシャ・ギリシャがインドのサトウキビと出会う | インド・ペルシャ |
| 350年頃 | インドのグプタ朝で砂糖の結晶化技術が開発される | インド |
| 7世紀 | 唐の太宗がインドに使節を送り、砂糖の精製技術を導入 | 中国 |
| 8〜10世紀 | アラブ商人が砂糖を地中海・ヨーロッパに広める | アラブ世界 |
| 825年 | 日本最古の砂糖の記録(正倉院「種々薬帖」) | 日本 |
| 奈良〜平安時代 | 遣唐使が「唐菓子」を日本に伝える | 日本 |
| 鎌倉〜室町時代 | 禅僧が「点心(羊羹・饅頭の原型)」を持ち帰る | 日本 |
| 11〜13世紀 | 十字軍が中東から砂糖をヨーロッパに持ち帰る | ヨーロッパ |
| 1543年 | ポルトガル人が種子島に到来し、南蛮菓子が伝わる | 日本 |
| 1657年 | チョコレートドリンクがロンドンに上陸 | イギリス |
| 1777年 | ハジュ・ベキルがイスタンブールでロクム(ターキッシュ・ディライト)を完成 | オスマン帝国 |
| 1828年 | ファン・ホーテンがカカオプレスを発明 | オランダ |
| 1847年 | ジョセフ・フライが世界初の板チョコを発明 | イギリス |
| 1875年 | ダニエル・ペーターがミルクチョコレートを開発 | スイス |
| 1875年 | 風月堂がビスケットの製造を開始 | 日本 |
| 1879年 | ロドルフ・リンツがコンチング製法を発明 | スイス |
| 1899年 | 森永太一郎が森永西洋菓子製造所を創立 | 日本 |
| 1900年 | ハーシーがミルクチョコレートバーを量産開始 | アメリカ |
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました:
- Wikipedia「Confectionery」「History of chocolate」「History of sugar」「和菓子」(最終確認:2025年)
- 農畜産業振興機構「砂糖の歴史(日本への伝播)」
- 農畜産業振興機構「和菓子と砂糖の密なる関係」
- 国立国会図書館「駆け足でたどる和菓子の歴史」
- 全国和菓子協会「和菓子の歴史」
- 全日本菓子協会「お菓子の歴史」
- Cocoa Runners「An Industrial History of Chocolate」
- The Sugar Association「History of Sugar」
- Local Histories「A History of Sweets」
さらに詳しく知りたい方へ:
- Tim Richardson『Sweets: A History of Candy』(書籍)
- Sophie D. Coe & Michael D. Coe『The True History of Chocolate』(書籍)
- World History Encyclopedia「Sugar & the Rise of the Plantation System」
まとめ
世界のお菓子の歴史を振り返ってみると、いくつかの大きなポイントが浮かび上がります。
- はちみつが人類最古の甘味料であり、文明の数だけお菓子の原型が存在した
- 砂糖の結晶化(インド・350年頃)がお菓子の歴史を根本から変えた
- チョコレートは中南米の苦い飲み物から、わずか数十年で世界的なお菓子に進化した
- 日本のお菓子は唐菓子→点心→南蛮菓子→和菓子・洋菓子と、海外文化を吸収しながら独自の発展を遂げた
- 産業革命がお菓子を「特権階級のぜいたく品」から「みんなの楽しみ」に変えた
はちみつを舐めていた時代から数千年。
お菓子の歴史は、人類の創意工夫と「甘い物が食べたい!」という飽くなき欲望の歴史でもあるんですね。


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