普段何気なく食べているチョコレートやビスケット、和菓子の数々。
これらのお菓子には、実は数千年にも及ぶ壮大な歴史が隠されています。
「菓子」という言葉が、もともとは果物を意味していたことをご存知でしょうか?
人類が甘いものを求め、工夫を重ねてきた軌跡をたどると、文化や技術の発展、そして国際交流の歴史が見えてきます。
この記事では、世界と日本のお菓子の歴史を時代ごとに紹介していきます。
「菓子」の語源は果物だった
現代の私たちにとって「お菓子」といえば、チョコレートやケーキ、饅頭といった加工食品を思い浮かべます。
しかし古代においては、「菓子」は「果子」と書き、木の実や果物そのものを指していました。
全国和菓子協会によると、食料が十分ではなかった古代、人々は空腹を感じると野生の「古能美」(このみ=木の実)や「久多毛能」(くだもの=果物)を採って食べていたとされています。
この間食が「果子」と呼ばれるようになったと考えられています。
今でも果物を「水菓子」と呼ぶのは、その名残なんですね。
世界のお菓子の歴史|古代から中世へ
はちみつから始まった甘味の歴史
世界のお菓子の起源は紀元前2000年頃の古代エジプトにまでさかのぼります。
当時の人々は、果物やナッツにはちみつを絡めて甘い食べ物を作っていました。
砂糖がまだ存在しなかった時代、はちみつは唯一の甘味料として非常に貴重な存在でした。
古代ローマ、ギリシャ、中国でも、はちみつを使ったお菓子が作られていたという記録が残っています。
最も古いお菓子の種類としては、リコリス(甘草)とジンジャー(生姜)を使ったものが挙げられます。
砂糖の登場で変わったお菓子文化
お菓子の歴史に革命をもたらしたのが「砂糖」の登場です。
砂糖がまだ手に入りにくかった古代の西洋では、お菓子はもっぱらはちみつをベースにしていました。
紀元前6世紀から4世紀頃、ペルシャ人、続いてギリシャ人がインド亜大陸に接触し、「蜂なしで蜜を作る葦」であるサトウキビの存在を知りました。
砂糖の製法が伝わると、お菓子作りは大きく発展します。
中世に入ると、砂糖は菓子作りにおいて重要な役割を果たすようになりました。
当初、砂糖は東方から輸入される希少な贅沢品でしたが、ヨーロッパに広まるにつれて、より複雑で風味豊かなお菓子を作るのに使われるようになりました。
マジパンや砂糖でコーティングしたアーモンド、硬いキャンディーなどがこの時代に生まれています。
産業革命がもたらした大量生産
19世紀初頭、「てんさい(砂糖大根)」の発見と機械化の進歩により、お菓子作りは急速に産業化しました。
お菓子が手作りから大量生産へと移行したことで、初めてすべての人々が甘いものを楽しめるようになりました。
ボイルドスイーツ(べっこう飴のようなもの)、マシュマロ、ターキッシュデライトなどが初期のお菓子として人気を集めました。
1847年、イギリスのジョセフ・フライがカカオ、砂糖、ココアを混ぜて型に入れ、世界初のチョコレートバーを作りました。
これがチョコレート産業の幕開けとなったのです。
日本のお菓子の歴史|奈良時代から江戸時代へ
唐菓子の伝来(奈良〜平安時代)
日本のお菓子の歴史に大きな転換点をもたらしたのが、遣唐使の存在でした。
630年から894年の間に延べ19回派遣されたという遣唐使が、唐朝から持ち帰ったものの中に「唐菓子(からくだもの)」がありました。
この唐菓子は、「梅枝(ばいし)」「桃子(とうし)」「餲餬(かっこ)」「桂心(けいしん)」などと呼ばれ、米、麦、大豆、小豆などをこねたり、油で揚げたりしたもので、祭祀用として尊ばれました。
当時、甘味料として使われていたのは「甘葛(あまづら)」という、ツタの樹液を煮詰めた一種のシロップでした。
『枕草子』には、削った氷に甘葛をかけて食べる、今でいう「かき氷」のような食べ方が登場します。
砂糖が初めて日本に伝わったのは750年頃のことですが、広く使われるようになったのは江戸時代以降のことです。
禅宗と点心(鎌倉〜室町時代)
鎌倉時代に入ると、中国に留学した禅僧たちが「点心」という軽食文化を日本に持ち帰ります。
鎌倉・室町時代には、中国に留学した禅僧などによって、羊羹や饅頭などの「点心」が伝わりました。
羊羹は当初、羊肉を使ったスープ料理でしたが、禅宗の戒律で肉食が禁じられていたため、小豆や葛を使った和風のものへと姿を変えていきました。
これが現代の練り羊羹のルーツとなっています。
南蛮菓子の到来(安土桃山時代)
戦国時代、日本のお菓子文化は再び大きな転機を迎えます。
南蛮菓子は、1549年に来日したフランシスコ・ザビエルにより日本へ伝来したという説もありますが、1550年にポルトガルの貿易船が平戸に来航し、平戸領主の松浦隆信に菓子を献上したことが、文献に記録されている最初のものとされています。
カステラ、金平糖、有平糖、ボーロなど、砂糖をふんだんに使った南蛮菓子は、当時の日本人にとって衝撃的な味わいでした。
1569年、宣教師ルイス・フロイスが京都で織田信長に面会した際、フラスコ入りの金平糖を献上しました。
キリスト教宣教師が布教のために配布したこれらの南蛮菓子は、同じ時期に発展した茶道のお茶請けとしてもてはやされ、急速に全国へ広まっていきました。
カステラの語源については、スペインの「カスティーリャ王国」に由来するという説が有力です。
ポルトガル人が日本人に「カスティーリャ王国の菓子だ」と説明したことが名前の由来といいます。
和菓子の開花(江戸時代)
江戸時代に入って、和菓子は大きく発展します。
江戸時代以前は、国内で常に戦があり、とても菓子を楽しむということのできない時代でしたが、江戸時代になって戦乱が止み、平和になったことから、菓子づくりに力を注ぐことができるようになりました。
この発展を支えたのが、国産砂糖の生産です。
江戸時代の初期、最初に砂糖の製造を始めたのは当時の琉球(沖縄県)でした。1623年に琉球の儀間真常が中国に使いを出し、砂糖の製造方法を学ばせ黒糖を製造したと言われています。
1715年に幕府は輸入制限を行うとともに、砂糖の国産化の方針を打ち出し、サトウキビの作付けを全国に奨励します。
八代将軍・徳川吉宗が製糖を奨励し、四国の高松や阿波が産地として名を馳せるようになりました。
製糖は、黒砂糖→白下糖→和三盆と改良がすすみ、和三盆は純国産の砂糖として大変重宝されました。
こうして砂糖が手に入りやすくなると、練り羊羹、桜餅、大福餅など、現代に続く和菓子の多くが江戸時代に誕生しました。
明治時代以降|洋菓子の時代へ
文明開化と西洋菓子
明治維新を迎えると、日本のお菓子文化は再び大きく変化します。
明治時代になり、文明開化の名の下に外国の文化が自由に入り、お菓子の世界にも、洋菓子製造技能や洋風食材が導入されました。
相手先も、これまでのオランダ、ポルトガルからイギリス、フランス、アメリカに変わりました。
日本で最初に製造された洋菓子は、明治8年(1875)のビスケットで、製造を始めたのは東京京橋にあった風月堂の米津松造氏です。
当初、日本人はバターやミルクの味に馴染めませんでしたが、次第に洋菓子の人気は広がっていきました。
製菓産業の誕生
明治時代中ごろには、ビスケットの機械化が試みられ、街中では洋菓子店が出現するようになりましたが、我が国の洋菓子の製造に新しい次元を切り開いたのは、森永太一郎氏です。
彼はアメリカで製菓技術を習得し、明治32年(1899)赤坂溜池に森永西洋菓子製造所を創立しました。
わずか2坪の小さな店からスタートした森永製菓は、キャラメル、ウエハース、チョコレート、マシュマロなど様々な洋菓子を製造しました。
森永の成功に刺激されて1916年に東京菓子(現在の明治製菓の前身)が設立され、1922年には江崎商店(現在の江崎グリコ)がグリコーゲンを配合した「グリコ」を発売しました。
また、初の国産ドロップスとなった佐久間製菓の「サクマ式ドロップス」は110年以上もの歴史を持っています。
明治41年(1908年)の発売以来、今も変わらず愛され続けている長寿商品です。
戦後から現代へ
昭和30年代になると、製菓機械やカカオ豆等の輸入が自由化されたことで、チョコレート、チューインガム、洋菓子の生産が急増しました。
冷凍ショーケースの普及により、ショートケーキ、シュークリーム、プリンといった生菓子が定着。
バウムクーヘン、マドレーヌ、缶入りクッキーなども大流行し、お菓子は私たちの日常生活に欠かせないものとなりました。
お菓子の歴史年表
| 時代 | 出来事 |
|---|---|
| 紀元前2000年頃 | 古代エジプトではちみつと果物・ナッツを組み合わせたお菓子が作られる |
| 紀元前6〜4世紀 | ペルシャ・ギリシャがインドからサトウキビの存在を知る |
| 750年頃 | 日本に砂糖が初めて伝わる(鑑真または遣唐使による) |
| 7〜9世紀 | 遣唐使が唐菓子を日本に持ち帰る |
| 鎌倉時代 | 禅僧が羊羹・饅頭などの点心を日本に伝える |
| 1549〜1550年 | 南蛮菓子(カステラ・金平糖など)が日本に伝来 |
| 1569年 | ルイス・フロイスが織田信長に金平糖を献上 |
| 1623年 | 琉球で日本初の黒糖製造が始まる |
| 1715年 | 江戸幕府が砂糖の国産化を奨励 |
| 1847年 | イギリスで世界初のチョコレートバーが誕生 |
| 1875年(明治8年) | 日本で初めてビスケットが製造される(風月堂) |
| 1899年(明治32年) | 森永西洋菓子製造所が創立 |
| 1908年(明治41年) | サクマ式ドロップス発売 |
| 1922年(大正11年) | 不二家がフランス風ショートケーキを発売 |
| 昭和30年代 | カカオ豆輸入自由化で洋菓子が急成長 |
まとめ
お菓子の歴史をたどってみると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
- 「菓子」の語源は果物(果子)で、古代人は木の実や果物を間食として楽しんでいた
- はちみつが最古の甘味料であり、砂糖の登場がお菓子文化を大きく発展させた
- 日本では遣唐使による唐菓子、宣教師による南蛮菓子と、2度の大きな外来文化の影響を受けた
- 江戸時代の国産砂糖生産と平和な時代背景が、和菓子の発展を支えた
- 明治以降は西洋の技術を取り入れながら、日本独自の洋菓子文化が発展した
何気なく口にしているお菓子も、その一つひとつに長い歴史と文化が詰まっています。
次にお菓子を食べるとき、その背景に思いを馳せてみると、また違った味わいが感じられるかもしれませんね。
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました:
- 全国和菓子協会「和菓子の歴史」
- 国立国会図書館「本の万華鏡 第25回 あれもこれも和菓子」
- 農畜産業振興機構「南蛮菓子と砂糖の関係」
- 農畜産業振興機構「砂糖の歴史(日本への伝播)」
- 農畜産業振興機構「和菓子と砂糖の密なる関係」
- 精糖工業会「砂糖伝播の歴史」
- 日本洋菓子協会連合会「日本洋菓子史」
- Wikipedia「菓子」「唐菓子」「南蛮菓子」「チョコレートの歴史」
- Candy History Network “Sweet History”

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