無比力夜叉とは?大元帥明王との関係や伝承を解説

神話・歴史・文化

森の奥に潜む恐ろしい鬼神が、仏陀の教えによって最強の守護神へと生まれ変わる。
そんな劇的な転身を遂げたのが、今回紹介する「無比力夜叉」です。

無比力夜叉は仏教における八大夜叉大将の一つで、元は人を食らう悪鬼でした。
しかし仏陀との出会いによって改心し、今では国家を守る強大な力を持つ明王として信仰されています。

この記事では、無比力夜叉の正体や伝承、大元帥明王との関係について解説します。

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無比力夜叉とは

基本情報

無比力夜叉(むひりきやしゃ)は、仏教における夜叉神の一種です。
サンスクリット語では「アータヴァカ(Āṭavaka)」と呼ばれます。

「アータヴァカ」という名前は「森林に住む者」「森林の主」という意味を持ちます。
その名の通り、深い森を住処とする鬼神なんですね。

八大夜叉大将の一員

無比力夜叉は「八大夜叉大将」と呼ばれる8人の夜叉のリーダーの一人です。

八大夜叉大将とは、毘沙門天(びしゃもんてん)という神様に仕える夜叉たちのトップに立つ存在。
毘沙門天の配下には5000とも言われる夜叉がいますが、その頂点に立つのが八大夜叉大将なんです。

八大夜叉大将のメンバーは以下の通りです:

  • 宝賢夜叉(ほうけんやしゃ)
  • 満賢夜叉(まんけんやしゃ)
  • 散支夜叉(さんしやしゃ)
  • 衆徳夜叉(しゅうとくやしゃ)
  • 応念夜叉(おうねんやしゃ)
  • 大満夜叉(だいまんやしゃ)
  • 無比力夜叉(むひりきやしゃ)
  • 密厳夜叉(みつごんやしゃ)

彼らは毘沙門天の指示に従い、祈願する人々を守護する役割を担っています。

無比力夜叉の起源と伝承

人食い鬼神だった過去

無比力夜叉は元々、恐ろしい人食い鬼でした。

パーリ語の仏典に残る伝承によると、アータヴァカは森の奥深くに住み、旅人や子供を襲って食べる凶悪な夜叉だったとされています。
ある国の王が森で狩りをしていた時、運悪くアータヴァカに捕まってしまいました。

王は命と引き換えに、犯罪者の遺体をアータヴァカに提供する約束をします。
しかしアータヴァカはそれでも満足せず、ついには生きた子供まで要求するようになったのです。

仏陀との出会い

国の人々が恐怖に怯えていることを知った仏陀(釈迦)は、自らアータヴァカの住処へと向かいました。

仏陀はアータヴァカの玉座に座り、彼に教えを説きます。
怒り狂ったアータヴァカは神通力や武器で仏陀を攻撃しますが、全く効果がありません。

最終的に、仏陀の説法を聞いたアータヴァカは深く反省し、改心しました。
こうして人食い鬼は、仏法を守護する善神へと生まれ変わったのです。

守護神としての誓い

改心したアータヴァカは、仏法を守り、人々を守護することを誓いました。

ある経典によれば、釈迦の入滅(亡くなる)間際に、アータヴァカは天龍・阿修羅・八部鬼神などを集めて、協力して仏の教えを守ると約束したとされています。

元は最も恐ろしい悪鬼だったからこそ、改心後はその強大な力を善のために使う最強の守護神となったわけですね。

大元帥明王との関係

密教における変容

密教では、無比力夜叉は「大元帥明王(だいげんすいみょうおう)」として信仰されています。

大元帥明王は、全ての明王の総帥(トップ)とされる存在です。
「大元帥」という名前自体が「全明王の最高司令官」という意味を持ちます。

不動明王と並ぶほどの霊験を持つとされ、特に国家守護や必勝祈願に絶大な力を発揮すると信じられてきました。

日本への伝来

大元帥明王は、平安時代に日本へもたらされました。

839年(承和6年)、小栗栖の常暁(じょうぎょう)という僧侶が唐から帰国する際、大元帥明王の教えや仏像を持ち帰りました。
840年(承和7年)に法琳寺に安置されて以降、宮中で「大元帥法(だいげんすいほう)」という国家を守るための秘法が行われるようになります。

この大元帥法は、外敵の撃退や国家安泰を祈願する密教の儀式です。
平将門の乱や元寇などの国難の際にも修法され、明治時代の初期まで毎年行われていました。

なぜ「元帥」という名前なのか

実は、軍隊における「元帥」や「大元帥」という階級は、この大元帥明王に由来するという説があります。

最高の力を持って国を守る存在として、「大元帥」という称号がふさわしいと考えられたのでしょう。

無比力夜叉の姿

恐ろしい忿怒の姿

大元帥明王として表される無比力夜叉は、明王の中でも最も恐ろしい姿をしています。

奈良の秋篠寺に伝わる像では、一面六臂(顔が1つ、腕が6本)の憤怒相で、筋骨隆々とした力強い体つきをしています。
髪は怒りで天を突くように逆立ち、顔は鬼神そのものと言うべき恐ろしい表情です。

体には蛇を巻きつけ、6本の腕にはそれぞれ武器を持っています。
その姿は、かつて森で人々を恐怖に陥れた鬼神の面影を残しつつ、今は仏法を守護する強大な力を表現しているのです。

様々な表現

経典や時代によって、大元帥明王の姿は様々に描かれます。

  • 一面四臂(顔1つ、腕4本)
  • 四面八臂(顔4つ、腕8本)
  • 六面八臂(顔6つ、腕8本)
  • 十八面三十六臂(顔18、腕36本)

いずれも多くの顔と腕を持ち、炎に包まれた忿怒相で表現される点は共通しています。

現代における信仰

秘仏としての扱い

大元帥明王の仏像は、多くの寺院で秘仏として厳重に管理されています。

奈良の秋篠寺では、毎年6月6日の大祭の日のみ公開されます。
京都の醍醐寺にある理性院の像は、なんと80年に一度しか公開されません(前回は2007年)。

これは大元帥明王が国家守護という重要な役割を担っていたため、気軽に拝める存在ではなかったことを示しています。

主なご利益

大元帥明王に祈願すると、以下のようなご利益があるとされています:

  • 必勝祈願
  • 国土防衛
  • 敵国粉砕
  • 悪霊退散
  • 魔妖調伏

これらは全て、国家や組織を外敵から守るという大元帥明王の本来の役割に基づいたものです。

八大夜叉大将の他のメンバー

無比力夜叉以外の八大夜叉大将についても簡単に紹介しましょう。

名前サンスクリット語特徴
宝賢夜叉マーニバドラ夜叉王クベーラに次ぐ地位を持つ
満賢夜叉プールナバドラクベーラに仕える夜叉
散支夜叉パーンチカ鬼子母神の夫とされる、財宝の神
衆徳夜叉シャタギリクベーラに仕える
応念夜叉ヘーマヴァタクベーラに仕える
大満夜叉ヴィシャーカークベーラに仕える
無比力夜叉アータヴァカ大元帥明王と同体
密厳夜叉パンチャラクベーラに仕える

経典によって名前が若干異なる場合もありますが、いずれも毘沙門天の配下として仏法を守護する役割を担っています。

まとめ

無比力夜叉についてまとめると、以下のようになります:

  • 無比力夜叉は八大夜叉大将の一つで、毘沙門天に仕える守護神
  • サンスクリット語では「アータヴァカ」と呼ばれ、「森林の主」という意味
  • 元は人食いの悪鬼だったが、仏陀との出会いで改心し、善神となった
  • 密教では大元帥明王と同一視され、全明王の総帥として国家守護の本尊となった
  • 平安時代に日本に伝来し、宮中で国難の際に修法が行われた
  • 明王の中で最も恐ろしい忿怒相を持ち、多くの寺院で秘仏として扱われている

森の鬼神から国家の守護神へと変貌を遂げた無比力夜叉。
その物語は、どんなに恐ろしい存在でも、正しい教えによって善の力へと変わることができるという、仏教の教えを象徴しているのかもしれませんね。

参考情報

この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました:

さらに詳しく知りたい方へ:

  • 奈良・秋篠寺(大元帥明王像を安置、毎年6月6日公開)
  • 京都・醍醐寺理性院(80年に一度公開)
  • 京都・東寺太元堂(毎月21日開扉)

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