仏教には、毘沙門天に仕える強力な守護神たちがいることをご存知でしょうか?
それが「八大夜叉大将(はちだいやしゃたいしょう)」です。
元々は恐ろしい悪鬼だった彼らが、なぜ仏教の守護神になったのか。
8体それぞれにどんな役割があるのか。
この記事では、八大夜叉大将の正体と伝承について詳しく見ていきましょう。
八大夜叉大将とは
八大夜叉大将は、仏教における夜叉鬼神のことで、特に毘沙門天の眷属として知られています。
夜叉(やしゃ)というのは、古代インド神話に登場する鬼神の総称なんです。
本来は人間を脅かす恐ろしい存在でした。
ところが毘沙門天(びしゃもんてん)が仏教に帰依したことで、状況が一変します。
毘沙門天は元々「クベーラ」という名で、暗黒界に住む夜叉たちの長だったんですね。
彼が仏教に帰依すると、その配下にいた数5000とも言われる夜叉たちも同時に仏教に帰依することになりました。
こうして元々は悪鬼だった夜叉たちは、善神として毘沙門天やその他の神々と共に祀られるようになったのです。
そして5000もの夜叉の中で、頂点に立つのが八大夜叉大将というわけです。
毘沙門天との深い関係
八大夜叉大将を語る上で、毘沙門天との関係は切り離せません。
毘沙門天は四天王の一人で、北方を守護する武神として知られています。
インド神話では財宝の神「クベーラ」として、夜叉や羅刹といった精霊たちを従えていました。
仏教では須弥山の北方に住み、多数の夜叉を眷属として閻浮提(えんぶだい)州の北方を守る護法の善神とされています。
八大夜叉大将は、常に毘沙門天の指示に従い、祈願する者を守護すると言われています。
そのため「守護八大夜叉神」とも呼ばれるんですね。
毘沙門天の眷属としては、八大夜叉大将の他にも「毘沙門天二十八使者」などが存在します。
8体の夜叉大将
では、8体それぞれの夜叉大将について見ていきましょう。
宝賢夜叉(ほうけんやしゃ)
サンスクリット名は「マニバドラ(Manibhadra)」。
夜叉王クベーラに次ぐ地位を持つ、八大夜叉大将の中でもトップクラスの存在です。
名前の「マニ」は宝石を意味し、財宝に関わる役割を持っていたと考えられています。
満賢夜叉(まんけんやしゃ)
サンスクリット名は「プールナバドラ(Purnabhadra)」。
ヒンドゥー教ではクベーラに仕える夜叉として登場します。
「プールナ」は「満ちた」「完全な」という意味があります。
散支夜叉(さんしやしゃ)
サンスクリット名は「パーンチカ(Pāñcika)」。
別名「半支迦薬叉王」とも呼ばれます。
この夜叉には有名なエピソードがあるんです。
なんと妻は鬼子母神(ハーリティー)で、500人もの子供がいたと伝えられています。
鬼子母神は元々人間の子供を食べる悪鬼でしたが、釈迦の教えによって改心し、子供の守護神となりました。
散支夜叉と鬼子母神の夫婦は、ガンダーラ美術の傑作としても知られています。
衆徳夜叉(しゅうとくやしゃ)
サンスクリット名は「シャタギリ(Śatagiri)」。
意味訳して「威神大将」とも呼ばれます。
クベーラに仕える夜叉の一人です。
応念夜叉(おうねんやしゃ)
サンスクリット名は「ヘーマヴァタ(Hemavanta)」。
クベーラに仕える夜叉です。
「ヘーマ」は金を意味する言葉で、財宝神の眷属らしい名前ですね。
大満夜叉(だいまんやしゃ)
サンスクリット名は「ヴィシャーカー(Visakha)」。
こちらもクベーラに仕える夜叉の一人です。
無比力夜叉(むひりきやしゃ)
サンスクリット名は「アータヴァカ(Atavaka)」。
実は大元帥明王(だいげんすいみょうおう)と同体とされています。
大元帥明王は密教における強力な護法神で、国家鎮護の役割を持ちます。
無比力夜叉がこの明王と同一視されるということは、それだけ強力な存在だったということでしょう。
密厳夜叉(みつごんやしゃ)
サンスクリット名は「パンチャラ(Panchala)」。
クベーラに仕える夜叉です。
経典による名称の違い
実は八大夜叉大将の名前は、経典によって若干の違いがあるんです。
『大毘盧遮那成佛經疏』(だいびるしゃなじょうぶつきょうしょ)では上記の8体が挙げられていますが、他の経典では別の名前が使われることもあります。
これは仏教がインドから中国、そして日本へと伝わる過程で、翻訳や解釈に違いが生まれたためと考えられています。
ただし8体という数と、毘沙門天の眷属であるという基本的な性格は変わりません。
八大夜叉大将の役割
八大夜叉大将は、どんな役割を持っているのでしょうか。
まず第一に、仏法の守護です。
仏教の教えを守り、その実践者を助けるのが彼らの使命なんですね。
次に、祈願する人々の守護。
毘沙門天に祈りを捧げる人々を、八大夜叉大将が守ってくれると信じられています。
そして配下の夜叉たちの統率。
毘沙門天の配下には5000もの夜叉がいると言われますが、八大夜叉大将はそのトップとして彼らを指揮します。
毘沙門天曼荼羅では、中央に毘沙門天と吉祥天が配置され、その周りの第二院(第二枠)に八大夜叉大将が描かれます。
これは彼らの重要性を示しているんですね。
日本における信仰
日本では、毘沙門天信仰と共に八大夜叉大将も広まりました。
特に有名なのが信貴山朝護孫子寺(しぎさんちょうごそんしじ)です。
ここには毘沙門天二十八使者が祀られており、八大夜叉大将も含まれています。
楠木正成(くすのきまさしげ)が信貴山の毘沙門天の申し子と言われ、幼名を「多聞丸」と称したことからも、武将たちの篤い信仰がうかがえます。
平安時代には、王城鎮護のために京都の北方に鞍馬寺が建立され、毘沙門天像が安置されました。
鞍馬寺では今も毘沙門天とその眷属が信仰の対象となっています。
夜叉とは何か
ここで改めて、「夜叉」とは何かを整理しておきましょう。
夜叉(やしゃ、サンスクリット:Yakṣa)は、古代インド神話に登場する自然の精霊です。
「薬叉(やくしゃ)」とも呼ばれます。
もともとは二面性を持つ存在でした。
一方では自然を守る守護霊的な側面があり、他方では人間を襲う恐ろしい鬼神という側面も持っていたんです。
仏教では、夜叉は「八部衆(はちぶしゅう)」の一つに数えられます。
八部衆とは仏法を守護する8種類の神々のことです。
クベーラが財宝神として夜叉たちを従えていたように、夜叉は元々財宝の守護者という性格も持っていました。
地下に埋蔵された財宝を守る存在だったんですね。
現代における八大夜叉大将
現代でも、八大夜叉大将は仏教美術や寺院の装飾に登場します。
毘沙門天曼荼羅では、八大夜叉大将が馬に乗った姿で描かれることが多いです。
それぞれが異なる武器や持物を持ち、勇猛な姿で表現されています。
また彫刻としても残されており、平安時代や鎌倉時代に作られた像が各地の寺院に現存しています。
ゲームや漫画などのポップカルチャーでも、八大夜叉大将はしばしば登場します。
毘沙門天の配下として、あるいは独立したキャラクターとして描かれることがあります。
八大夜叉大将一覧
八大夜叉大将を一覧表にまとめます。
| 日本名 | 読み方 | サンスクリット名 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 宝賢夜叉 | ほうけんやしゃ | マニバドラ(Manibhadra) | クベーラに次ぐ地位を持つ。財宝に関わる |
| 満賢夜叉 | まんけんやしゃ | プールナバドラ(Purnabhadra) | ヒンドゥー教ではクベーラに仕える夜叉 |
| 散支夜叉 | さんしやしゃ | パーンチカ(Pāñcika) | 妻は鬼子母神。500人の子供がいる。別名:半支迦薬叉王 |
| 衆徳夜叉 | しゅうとくやしゃ | シャタギリ(Śatagiri) | 別名:威神大将 |
| 応念夜叉 | おうねんやしゃ | ヘーマヴァタ(Hemavanta) | クベーラに仕える |
| 大満夜叉 | だいまんやしゃ | ヴィシャーカー(Visakha) | クベーラに仕える |
| 無比力夜叉 | むひりきやしゃ | アータヴァカ(Atavaka) | 大元帥明王と同体とされる |
| 密厳夜叉 | みつごんやしゃ | パンチャラ(Panchala) | クベーラに仕える |
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。
- Wikipedia「八大夜叉大将」(最終確認:2025年1月)
- Wikipedia「Eight Great Yakṣa Generals」(英語版)(最終確認:2025年1月)
- Wikipedia「毘沙門天」(最終確認:2025年1月)
- Wikipedia「クベーラ」(最終確認:2025年1月)
- Wikipedia「鬼子母神」(最終確認:2025年1月)
- Wikipedia「パーンチカ」(最終確認:2025年1月)
- やすらか庵「八大夜叉大将とは」
- 京の霊場「八大夜叉大将」
さらに詳しく知りたい方へ:
- 『大毘盧遮那成佛經疏』(仏教経典)
- 『春秋左氏伝』(中国古典)
- 各地の毘沙門天信仰に関する寺院の案内
まとめ
八大夜叉大将についてまとめます。
- 八大夜叉大将は毘沙門天の眷属で、5000の夜叉のトップ
- 元々は悪鬼だったが、毘沙門天の仏教帰依と共に善神となった
- 8体それぞれに名前と役割があり、経典によって名称に違いがある
- 鬼子母神の夫である散支夜叉や、大元帥明王と同体の無比力夜叉など、個性的な存在が含まれる
- 日本では信貴山朝護孫子寺などで、毘沙門天と共に信仰されている
仏教における守護神として、八大夜叉大将は今も人々の信仰を集めています。
毘沙門天を祀る寺院を訪れた際は、ぜひこの8体の夜叉大将にも注目してみてください。


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