世界の偉大な数学者一覧|古代から現代まで天才たちの軌跡

神話・歴史・文化

数学が苦手だった人も、「ピタゴラスの定理」や「円周率」という言葉くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?
実はこれらの発見の裏には、時代を超えて活躍してきた天才数学者たちの存在があります。

彼らの中には、王様に「数学に近道はない」と言い放った人や、1億円の賞金を辞退した変わり者、食事中も数学の話に夢中で食べ物をこぼしまくった女性学者など、個性的な人物がたくさんいます。

この記事では、古代から現代まで数学の歴史を彩ってきた偉大な数学者たちを一覧で紹介します。

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数学者ってどんな人たち?

数学者とは、数や図形、論理など数学の問題を研究する人のことです。
でも実は、純粋に数学だけを研究していた人は少数派なんです。

多くの数学者は、物理学者、天文学者、哲学者、技術者など、いくつもの顔を持っていました。
アルキメデスは数学者であり技術者、パスカルは数学者であり哲学者、アインシュタインは物理学者でありながら数学の発展にも貢献しました。

数学は「科学の言語」とも言われます。
物理や化学、工学、経済学など、あらゆる分野で数学が使われているからです。

つまり数学者たちは、世界を理解するための「道具」を作ってきた人たちなんですね。

古代の天才たち|数学の基礎を築いた人々

ピタゴラス(紀元前582年頃〜紀元前496年頃)

「ピタゴラスの定理」で有名なピタゴラスですが、実は謎だらけの人物です。
本人の著作が一切残っておらず、弟子たちが彼を神格化してしまったため、どこまでが本当の業績なのかわからないんです。

面白いのは、ピタゴラスが率いていた学校が一種の秘密結社だったこと。
厳しい入会試験があり、メンバーは肉を食べず、豆も食べてはいけませんでした(豆を食べると魂が逃げると信じていたそうです)。

さらに驚きなのは、当時としては珍しく女性メンバーも積極的に受け入れていたこと。
2500年以上前の話ですから、これはかなり進歩的だったんですね。

ちなみに「ピタゴラスの定理」自体は、実はピタゴラスより前の古代バビロニアで既に知られていたことが後の研究で判明しています。

エウクレイデス(紀元前365年頃〜紀元前275年頃)

「幾何学の父」と呼ばれるエウクレイデスは、『原論』という数学書を著しました。
この本、なんと19世紀初めまで約2000年間も数学の教科書として使われ続けたんです。

有名なエピソードがあります。
ある王様が「もっと簡単に幾何学を学ぶ方法はないか?」と尋ねたところ、エウクレイデスは「幾何学に王道なし」と答えたそうです。

つまり「王様だからって近道はないですよ」ということ。
なかなか度胸がありますよね。

『原論』は聖書の次に多く読まれた本とも言われており、西洋文化に与えた影響は計り知れません。

アルキメデス(紀元前287年頃〜紀元前212年)

「ユーレカ!(わかったぞ!)」の叫び声で有名なアルキメデス。
お風呂に入っていて王冠の真贋を見分ける方法を思いついた瞬間、裸のまま街を走り回ったという伝説があります。

彼は数学者であり技術者でもありました。
巨大な船を一人で動かす滑車システムを作ったり、敵の船を焼き払う凹面鏡を設計したりと、発明家としても大活躍。

円周率の正確な値を求めたり、球の体積を計算する方法を発見したりと、数学の業績も素晴らしいものでした。
彼の墓石には、本人の希望で「球と円柱」の図が刻まれたそうです。

最期は戦争中、地面に図形を描いて数学の問題を解いているところを兵士に殺されてしまいました。
死の間際まで数学を愛した天才でした。

近代数学の礎を築いた巨人たち

アイザック・ニュートン(1643年〜1727年)

「リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した」というエピソードで有名なニュートン。
でも実は、数学者としての業績も物理学に負けず劣らず凄いんです。

ニュートンは微分積分学を発見(正確にはライプニッツと独立に発見)し、数学の世界を一変させました。
ちなみに「自分は巨人の肩の上に立っている」という謙虚な名言を残していますが、実際の性格はかなり気難しかったようです。

ライプニッツとは微分積分学の発見を巡って激しい優先権争いをしましたし、同時代の学者たちとも頻繁に論争していました。
天才って、やっぱり扱いにくいんですかね。

レオンハルト・オイラー(1707年〜1783年)

「史上最も多作な数学者」として知られるオイラー。
なんと生涯で800本以上の論文を書き、死後も出版が続いて最終的には80巻にもなったそうです。

しかも驚くべきことに、オイラーは50代で片目を失明し、60代で完全に失明しました。
それでも研究を続け、失明後も多くの重要な業績を残したんです。

暗算能力が凄まじく、複雑な計算を頭の中だけで解いていました。
目が見えなくても数式が頭の中に見えていたんでしょうね。

「オイラーの公式」「オイラーの定理」など、彼の名前がついた定理や公式は数え切れないほどあります。

カール・フリードリヒ・ガウス(1777年〜1855年)

「数学の王子」と呼ばれたガウス。
3歳で父親の計算ミスを指摘し、8歳で「1から100までの和」を一瞬で求めたという天才エピソードがあります。

先生が「1+2+3+…+100を計算しなさい」と言った瞬間、ガウスは「5050です」と答えたとか。
どうやって?と思いますよね。

ガウスは「1と100」「2と99」「3と98」…というふうにペアを作れば、それぞれ101になることに気づいたんです。
ペアが50組できるので、101×50=5050という計算です。

天才の思考回路、恐るべしですね。

現代を変えた数学者たち

ジョン・フォン・ノイマン(1903年〜1957年)

「悪魔の頭脳」と呼ばれたハンガリー出身の天才。
現代のコンピュータの基本設計(ノイマン型コンピュータ)を考案した人物です。

7か国語を操り、自分が開発したコンピュータよりも暗算の方が速かったという伝説があります。
「天才とは何か?」と聞かれたら、フォン・ノイマンのことだと答える人も多いでしょう。

ゲーム理論を創始し、量子力学の数学的基礎を確立し、原子爆弾の開発にも関わりました。
あまりに多くの分野で活躍したため、「最後の万能人」とも呼ばれています。

アラン・チューリング(1912年〜1954年)

コンピュータ科学の父と呼ばれるチューリング。
第二次世界大戦中、ナチスの暗号「エニグマ」を解読し、連合国の勝利に大きく貢献しました。

「チューリングマシン」という理論上のコンピュータモデルを考案し、現代のコンピュータの理論的基礎を築きました。
また「チューリングテスト」というAIの知能を判定する方法も提案しています。

しかし当時イギリスでは同性愛が違法だったため、彼は有罪判決を受けて化学的去勢を強制されました。
その2年後、41歳の若さで亡くなります。

2013年、エリザベス女王から死後恩赦が与えられましたが、あまりにも遅すぎました。

アンドリュー・ワイルズ(1953年〜)

「フェルマーの最終定理」を証明した数学者。
この定理、17世紀にフェルマーが「証明を見つけたが、ここに書くには余白が足りない」とメモを残してから、なんと350年以上も未解決だったんです。

ワイルズは10歳の時にこの問題を知り、「いつか自分が解く」と決意しました。
そして30年以上かけて、ついに1995年に証明を完成させたんです。

証明発表の講演会で、最後に「これでフェルマーの最終定理が証明されました」と言った瞬間、会場は拍手喝采に包まれたそうです。
数学の世界で、これほどドラマチックな瞬間はなかなかありません。

グリゴリー・ペレルマン(1966年〜)

100年以上未解決だった「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者。
ところがペレルマン、超変わり者なんです。

この功績で数学界のノーベル賞「フィールズ賞」を受賞したのに、授賞式を欠席。
さらに賞金1億円がもらえる「ミレニアム懸賞問題」の解決者にも選ばれたのに、賞金を辞退しました。

「証明が正しいかどうかが重要で、賞や金には興味がない」というのが彼の言い分。
数学者の中でも特に純粋な人なんでしょうね。

現在は数学界から姿を消し、母親と暮らしているそうです。

逆境を乗り越えた女性数学者たち

ヒュパティア(370年頃〜415年)

史上初の女性数学者として記録に残っているヒュパティア。
古代エジプトのアレクサンドリアで、数学、哲学、天文学を教えていました。

当時は男性社会で、女性が学問をすることすら珍しかった時代です。
それでもヒュパティアは、父(数学者)から教育を受け、やがてアレクサンドリアの図書館で教鞭を執るまでになりました。

しかし宗教的対立に巻き込まれ、キリスト教徒の暴徒に襲われて殺害されてしまいます。
わずか45歳前後の若さでした。

彼女の著作は失われてしまいましたが、後世の記録から、彼女が優れた数学者だったことがわかっています。

ソフィー・ジェルマン(1776年〜1831年)

フランス革命の最中に生まれたジェルマン。
当時、女性は大学に入れませんでした。

そこで彼女は男性名を使って、有名な数学者カール・ガウスに手紙を書き始めたんです。
ガウスは「彼」の才能に驚き、文通を続けました。

数年後、ガウスは文通相手が女性だと知って二度びっくり。
でも彼女の才能を認め、支援を続けました。

ジェルマンは弾性理論の研究でフランス科学アカデミーの賞を受賞し、女性として初めてこの栄誉に輝きました。
男性社会の壁を、知恵と才能で乗り越えた先駆者です。

エミー・ネーター(1882年〜1935年)

「歴史上最も重要な女性数学者」と評されるエミー・ネーター。
抽象代数学の発展に多大な貢献をし、「ネーターの定理」で物理学にも革命をもたらしました。

でも彼女の日常生活は…ちょっと残念な感じだったようです。
昼食中、数学の議論に夢中になって食べ物をこぼしまくり、服で拭いても全く気にしない。
髪もボサボサ、服装もだらしない。

でも数学となると別人です。
講義では教科書に従わず、学生たちとの議論を通じて最先端の問題を解いていきました。

アインシュタインは彼女のことを「私の研究の成功は、本当に彼女のおかげ」と絶賛しています。
ナチスによってドイツを追われましたが、アメリカで研究を続け、多くの弟子を育てました。

マーガレット・ハミルトン(1936年〜)

「人類を月へ導いた女性プログラマー」として知られるハミルトン。
アポロ11号の月面着陸を成功させたソフトウェアを開発したチームのリーダーでした。

実は彼女、数学の学位を持ち、本当は大学院で数学を学ぶつもりだったんです。
でも夫の学費を稼ぐため、プログラマーとしてMITで働き始めました。

そこでアポロ計画が始まり、彼女は「ちょっとだけ」手伝うつもりが、気づけばプロジェクトのリーダーに。
人生、何が起こるかわからないものですね。

月面着陸の3分前、コンピュータがエラーを起こしました。
でもハミルトンが設計したソフトウェアは、優先順位の高い処理を続け、無事に着陸を成功させたんです。

2016年、オバマ大統領から「大統領自由勲章」を授与されました。

日本が誇る数学者たち

日本にも世界に誇る数学者がたくさんいます。

関孝和(1642年頃〜1708年)は、江戸時代の和算家。
西洋とは独立に、行列式や筆算による代数計算を発展させました。

高木貞治(1875年〜1960年)は「類体論」を確立し、近代日本初の世界的数学者となりました。

岡潔(1901年〜1976年)は、多変数複素関数論で世界的な業績を残しました。
「数学は情緒だ」という独特の数学観を持っていた人物です。

伊藤清(1915年〜2008年)は「伊藤の補題」で知られ、金融工学の発展に大きく貢献しました。

志村五郎(1930年〜2019年)は「谷山・志村予想」を提唱し、これがフェルマーの最終定理の証明につながりました。

森重文(1951年〜)は、代数幾何学の「極小モデル理論」でフィールズ賞を受賞しました。

数学者一覧表

ここからは、より多くの数学者を一覧表で紹介します。

古代の数学者

名前生没年出身主な業績
タレス紀元前624年頃〜紀元前546年頃古代ギリシャ最初の真の数学者と言われる。タレスの定理
ピタゴラス紀元前582年頃〜紀元前496年頃古代ギリシャピタゴラスの定理、無理数の発見
エウクレイデス紀元前365年頃〜紀元前275年頃アレクサンドリア『原論』の著者、幾何学の父
アルキメデス紀元前287年頃〜紀元前212年シチリア円周率の近似値、求積法、アルキメデスの原理
エラトステネス紀元前275年頃〜紀元前194年ギリシャエラトステネスの篩(素数発見法)、地球の周囲を測定
ヒュパティア370年頃〜415年エジプト史上初の女性数学者、哲学者、天文学者

中世の数学者

名前生没年出身主な業績
アールヤバタ476年〜550年頃インド円周率の近似値、三角法
ブラーマグプタ598年〜668年インドゼロの概念、負の数の計算
フワーリズミー780年頃〜850年頃イラク代数学の創始者、アルゴリズムの語源
ウマル・ハイヤーム1048年〜1131年イラン3次方程式の解法、二項展開
フィボナッチ1179年頃〜1250年頃イタリアフィボナッチ数列、アラビア数字の普及

近代数学の開拓者(16〜18世紀)

名前生没年出身主な業績
ルネ・デカルト1596年〜1650年フランス解析幾何学、デカルト座標系
ピエール・ド・フェルマー1607年〜1665年フランスフェルマーの最終定理、数論、確率論
ブレーズ・パスカル1623年〜1662年フランスパスカルの三角形、確率論、機械式計算機
アイザック・ニュートン1643年〜1727年イギリス微分積分学、万有引力の法則
ゴットフリート・ライプニッツ1646年〜1716年ドイツ微分積分学(ニュートンと独立に発見)、二進法
レオンハルト・オイラー1707年〜1783年スイスオイラーの公式、グラフ理論、解析学
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ1736年〜1813年イタリア解析力学、変分法、ラグランジュの定理
ピエール=シモン・ラプラス1749年〜1827年フランス天体力学、確率論、ラプラス変換

19世紀の数学者

名前生没年出身主な業績
カール・フリードリヒ・ガウス1777年〜1855年ドイツ整数論、非ユークリッド幾何学、最小二乗法
オーギュスタン=ルイ・コーシー1789年〜1857年フランス解析学の厳密化、複素解析
ニコライ・ロバチェフスキー1792年〜1856年ロシア非ユークリッド幾何学(双曲幾何学)
エヴァリスト・ガロワ1811年〜1832年フランスガロワ理論、群論
ジョージ・ブール1815年〜1864年イギリスブール代数、論理演算
ソフィー・ジェルマン1776年〜1831年フランス弾性理論、整数論、ジェルマン素数
カール・ワイエルシュトラス1815年〜1897年ドイツ解析学の厳密化、「解析学の父」
ベルンハルト・リーマン1826年〜1866年ドイツリーマン幾何学、リーマン予想、複素解析
ソフィア・コワレフスカヤ1850年〜1891年ロシア偏微分方程式、最初の女性大学教授の一人
アンリ・ポアンカレ1854年〜1912年フランストポロジー、ポアンカレ予想、カオス理論

20世紀前半の数学者

名前生没年出身主な業績
ダフィット・ヒルベルト1862年〜1943年ドイツヒルベルトの23の問題、公理的方法
バートランド・ラッセル1872年〜1970年イギリス数学基礎論、ラッセルのパラドックス
エミー・ネーター1882年〜1935年ドイツ抽象代数学、ネーターの定理
ジョン・フォン・ノイマン1903年〜1957年ハンガリーゲーム理論、コンピュータ設計、量子力学
クルト・ゲーデル1906年〜1978年オーストリアゲーデルの不完全性定理
アラン・チューリング1912年〜1954年イギリスチューリングマシン、計算可能性理論、暗号解読
アンドレイ・コルモゴロフ1903年〜1987年ロシア確率論の公理化、乱択アルゴリズム

20世紀後半〜現代の数学者

名前生没年出身主な業績
アレクサンドル・グロタンディーク1928年〜2014年ドイツ代数幾何学の革新、グロタンディーク素数のエピソード
ジョン・ナッシュ1928年〜2015年アメリカゲーム理論、ナッシュ均衡
マイケル・アティヤ1929年〜2019年イギリストポロジー、指数定理
アンドリュー・ワイルズ1953年〜イギリスフェルマーの最終定理の証明
グリゴリー・ペレルマン1966年〜ロシアポアンカレ予想の証明、フィールズ賞辞退
テレンス・タオ1975年〜オーストラリア解析的整数論、調和解析、史上最年少フィールズ賞受賞者の一人

日本の数学者

名前生没年主な業績
関孝和1642年頃〜1708年和算の大家、行列式、筆算代数
建部賢弘1664年〜1739年円周率の計算、関孝和の弟子
高木貞治1875年〜1960年類体論、近代日本初の世界的数学者
岡潔1901年〜1976年多変数複素関数論
伊藤清1915年〜2008年確率微分方程式、伊藤の補題
佐藤幹夫1928年〜2023年佐藤超関数、代数解析学
志村五郎1930年〜2019年整数論、谷山・志村予想
森重文1951年〜代数幾何学、極小モデル理論、フィールズ賞
望月新一1969年〜数論幾何学、ABC予想への取り組み

女性数学者

名前生没年出身主な業績
ヒュパティア370年頃〜415年エジプト史上初の女性数学者
マリア・アニェージ1718年〜1799年イタリア微分積分学の教科書、アニェージの曲線
ソフィー・ジェルマン1776年〜1831年フランス弾性理論、整数論
エイダ・ラブレス1815年〜1852年イギリス世界初のプログラマー
ソフィア・コワレフスカヤ1850年〜1891年ロシア偏微分方程式、女性初の大学教授
エミー・ネーター1882年〜1935年ドイツ抽象代数学、ネーターの定理
グレース・ホッパー1906年〜1992年アメリカCOBOL開発、コンピュータ科学
マーガレット・ハミルトン1936年〜アメリカアポロ計画のソフトウェア開発
マリアム・ミルザハニ1977年〜2017年イラン女性初のフィールズ賞受賞者

まとめ

世界の偉大な数学者たちを見てきました。

彼らの共通点は何でしょうか?

  • 好奇心:世界の謎を解き明かしたいという情熱
  • 執念:何年も、時には何十年もかけて問題に取り組む粘り強さ
  • 独創性:誰も思いつかなかった新しい視点や方法を見つける力

でも同時に、彼らもただの人間でした。
食事中に食べ物をこぼしたり、賞金を辞退したり、裸で街を走ったり。

数学は難しいかもしれませんが、数学者の人生は面白いエピソードに満ちています。
この記事で紹介した天才たちの物語が、少しでも数学への興味を掻き立てられたなら嬉しいです。

現代社会は、彼らが築いた数学の土台の上に成り立っています。
スマートフォンも、インターネットも、天気予報も、すべて数学なしには存在しません。

次に数学の問題を解くとき、「この公式を作った人はどんな人だったんだろう?」と想像してみてください。
きっと数学が、少しだけ身近に感じられるはずです。

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