「バロック」「古典派」「ロマン派」——クラシック音楽を聴いていると、こうした時代の名前をよく耳にしますよね。
でも、それぞれの時代で音楽はどう違うのでしょうか?
実はクラシック音楽には、約1000年以上にわたる長い歴史があります。
その間、音楽は時代とともに大きく変化してきました。
教会で歌われていた聖歌から、華やかなオペラ、感情豊かな交響曲、そして実験的な現代音楽まで——時代ごとに音楽のスタイルはガラリと変わっているんです。
この記事では、クラシック音楽の7つの時代区分と、それぞれの時代の特徴をわかりやすく解説します。
クラシック音楽の時代区分とは?
クラシック音楽の歴史は、一般的に7つの時代に分けられます。
中世音楽、ルネサンス音楽、バロック音楽、古典派音楽、ロマン派音楽、近代音楽、現代音楽——この順番で音楽は進化してきました。
ただし、時代の境目で音楽がいきなり変わったわけではありません。
たとえば1750年を境にバロック音楽から古典派音楽に変わったとされますが、実際にはグラデーションのように徐々に変化していったんですね。
バロックの巨匠バッハが活躍していた頃、すでに新しいスタイルの音楽を作る作曲家も現れていました。
時代は常に重なり合いながら移り変わっていくものなのです。
中世音楽(6世紀頃〜1400年頃)
祈りから生まれた音楽
クラシック音楽の起源は、教会で歌われた聖歌にあります。
最初は伴奏もなく、ただ祈りの言葉を唱えるだけでした。
それが徐々にメロディを持つようになり、やがて複数の声部が重なる「ポリフォニー(多声音楽)」へと発展していきます。
グレゴリオ聖歌は、この時代を代表する音楽。
ローマ教皇グレゴリウス1世の名前にちなんで名付けられた、荘厳で神秘的な旋律です。
記譜法の誕生
中世で重要なのは、音楽を記録する方法が生まれたことです。
それまで口伝えだった音楽が、楽譜として記録されるようになりました。
おかげで、1000年以上前の音楽が現代まで伝わっているんですね。
修道女ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、この時代の珍しい女性作曲家。
彼女の作った聖歌は、今も演奏され続けています。
ルネサンス音楽(1400年頃〜1600年頃)
「人間」を歌う時代
ルネサンスは「再生」を意味します。
古代ギリシャ・ローマの文化を復興させようという動きが、ヨーロッパ全体に広がった時代です。
音楽も変化しました。
神への祈りだけでなく、人間の感情や日常を歌う世俗音楽が盛んになっていきます。
対位法の芸術
ルネサンス音楽の特徴は、洗練された対位法。
複数の旋律が絡み合いながら、美しい調和を生み出す技法です。
パレストリーナは「教会音楽の救世主」と呼ばれた作曲家。
あまりにも複雑化した宗教音楽を、カトリック教会が禁止しようとした時、彼の美しいミサ曲がそれを思いとどまらせたという逸話が残っています。
印刷技術の発達により、楽譜が広まったのもこの時代。
音楽はヨーロッパ全体で共有されるようになりました。
バロック時代の音楽(1600年頃〜1750年)
「音楽の父」バッハの時代
クラシック音楽の本格的な始まりとされるのが、バロック時代です。
この時代の最大の功績は、現代の音楽理論の基礎が確立されたこと。
「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の12音階、長調と短調の区別、和音の概念——これらすべてがバロック時代に生まれました。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、この音楽理論を集大成した人物として「音楽の父」と呼ばれています。
彼の『平均律クラヴィーア曲集』は、12個すべての調でそれぞれ長調と短調の曲を作曲できることを示した画期的な作品でした。
オペラの誕生と楽器の発展
バロック時代には、オペラという新しいジャンルが誕生しました。
イタリアで生まれたオペラは、歌と物語を融合させた壮大な舞台芸術として、瞬く間にヨーロッパ中に広がっていきます。
楽器も大きく進化した時代です。
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといった弦楽器が盛んに制作されるようになり、フルートなどの木管楽器も発展しました。
バロック音楽の特徴は、強弱の対比と華やかな装飾音。
ヴィヴァルディの『四季』に代表されるような、躍動感あふれる曲が数多く生まれた時代なんです。
代表的な作曲家
バッハとヘンデルはバロック時代の双璧。
バッハが複雑な対位法を駆使した宗教音楽を作った一方、ヘンデルは華やかなオペラや祝祭音楽で人気を博しました。
ヴィヴァルディは協奏曲の形式を確立した人物として知られています。
彼の作った「急-緩-急」という3楽章制は、その後の協奏曲の基本形となりました。
古典派時代の音楽(1750年頃〜1820年代)
市民のための音楽
古典派時代は、音楽が王侯貴族の宮廷から市民社会へと広がっていった時代です。
フランス革命(1789年)に象徴されるように、民衆の力が強くなってきた時期でもありました。
音楽は「わかりやすさ」を重視するようになり、誰もが楽しめる明快なスタイルへと変化していきます。
バロックの複雑な音楽に対して、古典派の音楽はシンプルで整然としているのが特徴。
「貴族文化の最後の輝き」とも言われる、洗練された美しさを持っています。
ウィーン——音楽の都
18世紀のウィーンは、まさに音楽の中心地でした。
オーストリアの首都ウィーンには、ヨーロッパ中から音楽家が集まってきたんです。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン——古典派を代表するこの3人は、いずれもウィーンで活躍しました。
そのため、古典派音楽は「ウィーン古典派」とも呼ばれています。
交響曲とソナタ形式の確立
古典派時代に確立されたのが、交響曲とソナタ形式です。
ハイドンは「交響曲の父」「弦楽四重奏の父」と呼ばれ、これらの形式の基礎を作りました。
モーツァルトはその形式を完成させ、美しい旋律と調和のとれた作品を数多く残しています。
ピアノ(当時はフォルテピアノ)がハープシコードに取って代わったのもこの時代。
ピアノは強弱をつけられるため、より感情豊かな演奏が可能になりました。
ベートーヴェン——時代の橋渡し
ベートーヴェンは、古典派からロマン派への橋渡しをした作曲家です。
初期の作品は古典派の様式を守っていましたが、次第に感情表現を重視する新しいスタイルへと移行していきました。
交響曲第3番『英雄』は、その変化を象徴する作品とされています。
もともとナポレオンに捧げるつもりだったこの曲ですが、ナポレオンが皇帝に即位すると、ベートーヴェンは失望して献呈を取り消したという逸話が残っています。
ロマン派時代の音楽(19世紀〜1900年頃)
「心」で奏でる音楽
ロマン派時代は、クラシック音楽の黄金期と言われています。
形式や規則よりも、作曲家の個性と感情表現が重視されるようになりました。
「ロマンティック」という言葉から想像するような、情熱的で感動的な音楽が次々と生まれた時代なんです。
この時代の作曲家たちは、もはや宮廷に雇われる音楽家ではありませんでした。
自由な芸術家として、自分の感性に従って作曲する——そんな新しい音楽家像が確立されたのです。
ピアノの普及と家庭での音楽
ピアノが一般家庭にも普及したのが、ロマン派時代の大きな特徴です。
家族や友人と集まって音楽会を開いたり、自分でピアノを弾いて楽しんだり——音楽は「聴くもの」から「演奏して楽しむもの」へと変化していきました。
ショパンやシューマンは、そうした家庭での演奏を想定した美しいピアノ曲を数多く作曲しています。
小品でありながら、深い感情が込められた珠玉の作品ばかりです。
国民楽派の台頭
ロマン派の後期になると、各国の民族性を重視する「国民楽派」が現れました。
スメタナやドヴォルザーク(チェコ)、シベリウス(フィンランド)、グリーグ(ノルウェー)——彼らは自国の民謡や伝説を題材にした作品を作りました。
ロシアのチャイコフスキーも、ロシア的な情熱と憂愁を音楽に込めた作曲家として知られています。
バレエ音楽『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』は、今も世界中で愛されている名曲です。
オペラの革新
ロマン派時代には、オペラも大きく発展しました。
ワーグナーはドイツ・オペラに革命をもたらし、楽劇という新しい形式を生み出しました。
一方イタリアでは、ヴェルディが情熱的なオペラで人々を魅了しています。
ヴェルディの『ナブッコ』は、オーストリアの支配下にあったイタリアの人々の心をとらえ、その中の合唱曲は「イタリア第2の国歌」と呼ばれるほど愛されました。
近代音楽(1900年頃〜1945年頃)
「常識」を壊す音楽
20世紀に入ると、音楽は大きな転換点を迎えます。
それまでの調性(ドレミファソラシドの体系)から脱却しようとする動きが起こりました。
「音楽はこうあるべき」という常識が、次々と打ち破られていったんです。
シェーンベルクは「無調音楽」や「十二音技法」を生み出し、音楽の可能性を広げました。
最初は「不協和音だらけで耳障り」と批判されましたが、今では音楽史上の重要な革新として認められています。
民族音楽との融合
一方で、自国の民族音楽を取り入れる作曲家も現れました。
バルトークはハンガリーやルーマニアの民謡を研究し、それを現代的な作曲技法と融合させました。
ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』は、初演時にあまりの斬新さに観客が暴動を起こしたという伝説的な作品です。
印象主義の音楽
フランスでは、絵画の印象派に影響を受けた「印象主義音楽」が生まれました。
ドビュッシーの『月の光』や『海』は、はっきりとした旋律よりも、色彩感や雰囲気を重視した音楽。
ラヴェルの『ボレロ』は、同じメロディを繰り返しながら徐々に盛り上がっていく、独特の構造を持っています。
近代音楽は「ロマン派を継承する音楽」と「ロマン派からの脱却を目指す音楽」がせめぎ合った時代でした。
作曲家たちの試行錯誤が、音楽の幅を大きく広げたのです。
現代音楽(1945年以降)
何でもアリの時代
第二次世界大戦後の音楽は、さらに多様化しました。
調性を完全に捨てた前衛音楽、偶然性を取り入れた音楽、電子音を使った音楽——「音楽とは何か?」という根本的な問いかけが始まったんです。
ジョン・ケージの『4分33秒』は、演奏者が何も演奏しない「沈黙の音楽」。
会場のざわめきや環境音そのものを音楽とする、衝撃的な作品でした。
多様なスタイルの共存
現代音楽には、統一されたスタイルがありません。
ミニマル・ミュージック(フィリップ・グラス)、神秘主義的な音楽(アルヴォ・ペルト)、新ロマン主義——さまざまなアプローチが並存しています。
日本の武満徹は、西洋音楽と日本の伝統音楽を融合させた独自の世界を作り上げました。
雅楽の響きやお寺の鐘の音が、現代的なオーケストラ作品の中に溶け込んでいるんです。
「現代音楽は難しい」と感じる人も多いかもしれません。
でもそれは、作曲家たちが音楽の新しい可能性を追求し続けている証拠なんですね。
時代の移り変わり——グラデーションのように
音楽の時代区分は便利な目安ですが、実際の歴史はもっと複雑です。
バロックの巨匠バッハが亡くなった1750年が、バロック時代の終わりとされています。
しかし同じ頃、すでにギャラント様式という新しいスタイルが生まれていました。
古典派の終わりとされるベートーヴェンの死(1827年)の頃には、ロマン派のシューベルトやウェーバーも活躍していたのです。
時代は重なり合い、新旧のスタイルが共存しながら、徐々に移り変わっていく——それがクラシック音楽の歴史の実態なんですね。
クラシック音楽の時代一覧
| 時代 | 期間 | 主な特徴 | 代表的な作曲家 |
|---|---|---|---|
| 中世音楽 | 6世紀頃〜1400年頃 | 教会音楽が中心。グレゴリオ聖歌などの単旋律の聖歌から、徐々に多声音楽へ発展 | グレゴリウス1世、ギヨーム・ド・マショー、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン |
| ルネサンス音楽 | 1400年頃〜1600年頃 | 合唱曲を中心とする声楽が栄える。対位法の音楽が高い水準に達した時代 | パレストリーナ、ジョスカン・デ・プレ、オルランド・ディ・ラッソ |
| バロック音楽 | 1600年頃〜1750年 | 調性音楽の確立。オペラの誕生。協奏曲、ソナタなどの器楽形式が発展 | J.S.バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ、テレマン、パーセル |
| 古典派音楽 | 1750年頃〜1820年代 | 形式美と明快さを重視。交響曲、ソナタ形式の確立。ウィーンが音楽の中心地に | ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(初期〜中期)、サリエリ |
| ロマン派音楽 | 1820年頃〜1900年頃 | 個性と感情表現を重視。ピアノ曲の発展。国民楽派の台頭。オペラの黄金期 | ショパン、シューマン、ワーグナー、ヴェルディ、ブラームス、チャイコフスキー、リスト |
| 近代音楽 | 1900年頃〜1945年頃 | 調性からの脱却を模索。民族音楽の要素を取り入れる。実験的な作風 | ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、バルトーク |
| 現代音楽 | 1945年以降 | 多様化した音楽様式。前衛的な実験から新ロマン主義まで幅広いスタイルが共存 | メシアン、ブーレーズ、ケージ、武満徹、ペルト、グラス |
まとめ
クラシック音楽の7つの時代区分について見てきました。
- 中世音楽では教会の聖歌から音楽が始まり、記譜法が生まれた
- ルネサンス音楽では対位法が洗練され、世俗音楽が発展した
- バロック音楽では音楽理論の基礎が確立され、オペラや協奏曲が誕生した
- 古典派音楽では形式美を重視した明快な音楽が市民に広がった
- ロマン派音楽は個性と感情表現を重視する音楽の黄金期だった
- 近代音楽では調性からの脱却や民族音楽との融合が進んだ
- 現代音楽では多様なスタイルが共存し、音楽の可能性が探求され続けている
時代の境目は明確ではなく、グラデーションのように徐々に移り変わっていきました。
時代区分を知ることで、クラシック音楽の聴き方はもっと深くなります。
「この曲はどの時代?」と意識して聴くだけで、音楽の背景や作曲家の意図が見えてくるはずです。
まずは好きな曲の作曲家がどの時代に属するのか調べてみてください。
そこから、クラシック音楽の長い歴史を旅する楽しみが始まりますよ。


コメント