英語教師からアジア有数の大富豪へ——そんな夢のような話が、本当に実現した人物がいます。
中国のEC最大手「アリババ」を創業したジャック・マー(馬雲)です。
大学入試に2回落ち、就職面接では30社以上に不採用。
KFCの面接でも、25人の応募者のうち自分だけが落とされるという経験をしています。
そんな挫折だらけの人生から、どうやって世界的な企業家へと駆け上がったのでしょうか?
この記事では、ジャック・マーの生い立ちから、アリババ創業の裏話、そして2020年以降の「失踪騒動」と復活まで、波乱万丈の人生を詳しく紹介します。
ジャック・マーのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 馬雲(マー・ユン) |
| 英語名 | Jack Ma(ジャック・マー) |
| 生年月日 | 1964年9月10日 |
| 出身地 | 中国・浙江省杭州市 |
| 学歴 | 杭州師範学院(現:杭州師範大学)英語科卒業 |
| 主な役職 | アリババグループ創業者、ジャック・マー財団創設者、東京大学客員教授 |
| 推定資産 | 約272億ドル(2025年5月時点) |
「ジャック」という名前の由来
本名は「馬雲(マー・ユン)」。
では、なぜ「ジャック」なのでしょうか?
実はこの名前、外国人のペンフレンドがつけてくれたものなんです。
マーは子供の頃から英語に強い興味を持っていました。
10代の頃から9年間、毎朝自転車で近くのホテルに通い、外国人観光客に無料でガイドをしながら英語を教わっていたといいます。
その中で出会った女性と文通するようになり、「あなたの名前は発音しにくい」と言われて、彼女の家族の名前から「ジャック」をもらったのだとか。
この行動力、後の起業家としての姿勢を予感させますね。
挫折だらけの青年時代
ジャック・マーの若い頃は、失敗の連続でした。
まず、中国の大学入学試験(高考)に2回も落ちています。
特に数学が苦手で、1回目はなんと1点しか取れなかったという逸話も。
3回目の受験でようやく杭州師範学院に合格し、1988年に英語科を卒業。
卒業後は杭州電子工業大学で英語教師になりますが、当時の月給はわずか12ドル程度でした。
就職活動でも苦労しています。
30社以上に応募して全滅。KFCが中国に進出した際も面接を受けましたが、25人の応募者のうち24人が採用される中、自分だけが不採用になったそうです。
ただ、マーはこう振り返っています。
「私は自分を優秀だと思ったことは一度もない。でも諦めなかった」
インターネットとの運命の出会い
マーの人生を変えたのは、1995年のアメリカ出張でした。
地方政府の仕事でシアトルを訪れた際、友人の会社で初めてコンピューターとインターネットに触れます。
当時、中国ではまだインターネットはほとんど普及していませんでした。
好奇心から「Beer(ビール)」と検索してみると、世界各国のビール情報が表示されました。
ところが、「China」と検索しても何も出てこない。
「これはチャンスだ」
マーはすぐに中国に戻り、同年「中国黄頁(チャイナページ)」という企業向けウェブサイトを立ち上げます。
これが中国初のインターネット企業のひとつとなりました。
アリババ創業——アパートから始まった革命
1999年、マーは17人の仲間と共に、杭州市の自宅アパートで「阿里巴巴(アリババ)」を創業します。
当初の資金はわずか約6万ドル(約50万元)。
外部からの投資は一切受けず、仲間たちから集めたお金でスタートしました。
社名の「アリババ」は、サンフランシスコのカフェで思いついたといいます。
「アリババと40人の盗賊」の物語のように、「開けゴマ」の呪文で宝の洞窟が開くイメージから、中小企業に世界市場への扉を開く——という想いを込めました。
創業当時、マーはこんな宣言をしています。
「この会社は102年続く企業にする。中国の中小企業を支援し、世界最大のEコマース企業にする」
孫正義との「6分間」の出会い
アリババが世界的企業に成長する転機となったのが、ソフトバンクの孫正義との出会いです。
1999年末、マーは投資家を探していました。
リスクが高いと判断した38社の申し出を断った後、孫正義との面談にこぎつけます。
本来1時間の予定だった面談。
ところが、わずか6分でこう言われました。
「君の会社に投資しよう」
孫正義は当初4000万ドルの投資を提案しましたが、マーは「2000万ドルで十分」と半額に減らしたといいます。
この投資がソフトバンクにとって最大の成功案件となり、両者は長年にわたって深い親交を結ぶことになります。
アリババ帝国の拡大
その後のアリババは、驚異的なスピードで成長を遂げます。
主なサービス
| サービス名 | 開始年 | 概要 |
|---|---|---|
| アリババドットコム | 1999年 | B2B(企業間取引)マーケットプレイス |
| タオバオ(淘宝網) | 2003年 | C2C(消費者間取引)のオンラインモール |
| アリペイ(支付宝) | 2004年 | オンライン決済サービス |
| アリババクラウド | 2009年 | クラウドコンピューティングサービス |
| Tmall(天猫) | 2011年 | B2C(企業対消費者)のショッピングモール |
特にタオバオの成長は目覚ましく、アメリカのeBayが買収を持ちかけましたが、マーはこれを拒否。
独自路線で成長を続け、2007年には中国EC市場の67%を占めるまでになりました。
史上最大のIPO
2014年9月、アリババはニューヨーク証券取引所に上場。
調達額は218億ドル(約2.5兆円)に達し、当時のアメリカ史上最大のIPOとなりました。
上場時の時価総額は約1680億ドル。
インターネット企業としては史上最高額でした。
この成功により、マーの個人資産は急上昇。
一時はアジアで最も裕福な人物となりました。
表舞台から消えた3年間
順風満帆に見えたマーの人生に、大きな転機が訪れます。
2020年10月、上海で開催された「外灘金融サミット」で、マーは中国の金融規制当局を公然と批判。
「伝統的な銀行は質屋のようなメンタリティだ」と発言し、大きな波紋を呼びました。
その直後、アリババ傘下のフィンテック企業「アントグループ」の大型IPOが、上場直前に中止に。
調達予定額は約370億ドルで、史上最大規模になるはずでした。
さらにアリババは独占禁止法違反で約180億元(約25億ドル)の罰金を科されます。
以降、マーは公の場からほぼ姿を消しました。
2022年には東京に長期滞在していたことが明らかになり、箱根の別荘や近畿大学の養殖研究施設を訪れていたと報じられています。
復活——習近平との握手
2025年2月17日、マーは劇的な形で公の場に戻ってきます。
北京の人民大会堂で開催された民間企業家シンポジウムに出席。
習近平国家主席と握手する姿が、国営メディアで大きく報じられました。
この会議には、ファーウェイの任正非、シャオミの雷軍、BYDの王伝福、テンセントの馬化騰など、中国を代表する企業家たちが一堂に会しています。
専門家はこう分析しています。
「中国政府が民間セクターへの支援姿勢を明確に示した、象徴的な出来事」
アリババの株価は、この報道を受けて急上昇。
マーの「名誉回復」を市場も歓迎した形です。
現在の活動
マーは現在、教育と農業分野に注力しています。
2014年に設立した「ジャック・マー財団」では、農村部の教育支援や環境保護活動を展開。
特に農村の教師育成プログラムに力を入れています。
2023年5月には東京大学の客員教授に就任。
「持続可能な農業と食料生産」をテーマに、研究者との共同研究や学生向け講義を行いました。
同年4月には香港大学ビジネススクールの名誉教授にも就任しています。
農業への関心も深く、2023年には「杭州馬家廚房食品」という食品関連企業を設立。
世界各地の農業技術施設を視察し、新たな挑戦を続けています。
ジャック・マーの名言
マーは講演やスピーチで知られる名言メーカーでもあります。
「未来を予測するベストな方法は、未来を創造することだ」
「私は自分を頭がいいと思ったことは一度もない。でも、諦めなかった」
「だめな部下はいない。だめなリーダーがいるだけだ」
「今日は厳しい。明日はもっと厳しい。でも明後日は素晴らしい」
こぼれ話——意外な素顔
日本のドラマに影響を受けた
マーは日本のスポ根ドラマ『燃えろアタック』(1979年)に強い影響を受けたと公言しています。
2003年には主演の荒木由美子を中国に招待し、念願の対面を果たしました。
アリババの社内イベントでパフォーマンス
アリババの周年イベントでは、マイケル・ジャクソン風の衣装でダンスを披露したり、エルトン・ジョンの曲を歌ったりと、エンターテイナーとしての一面も見せています。
映画俳優デビュー
2017年には、ジェット・リー監督の短編映画『功守道』で俳優デビュー。
ドニー・イェンやウー・ジンなど、アジアを代表するアクションスターと共演しました。
まとめ
ジャック・マー(馬雲)は、挫折だらけの青年時代から中国を代表する企業家へと駆け上がった、まさに「不屈の人」です。
押さえておきたいポイント
- 大学入試に2回失敗、就職面接も30社以上で不採用
- 1999年、自宅アパートで17人の仲間とアリババを創業
- 2014年、ニューヨーク証券取引所に上場(当時米国史上最大のIPO)
- 2020年、金融規制批判後に表舞台から姿を消す
- 2025年、習近平主席との会談で「復活」を印象付ける
- 現在は教育・農業分野で活動中
成功と挫折を繰り返しながらも、常に前を向き続けるその姿勢は、多くの起業家にとって今なお大きな刺激となっています。

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