「5人を救うために1人を犠牲にしてもいいのか?」
こんな究極の選択を迫られたら、あなたはどうしますか?
トロッコ問題は、単純なようで答えのない深い問いを投げかける思考実験です。
哲学の世界だけでなく、今では自動運転車の開発現場でも真剣に議論されているんですよ。
この記事では、トロッコ問題の基本から、なぜ人々の回答が分かれるのか、そして現代社会でどう関わってくるのかまで、わかりやすく解説します。
トロッコ問題の基本シナリオ
まずは問題そのものを見てみましょう。
あなたは線路の分岐点にいます。
目の前を制御不能になったトロッコが猛スピードで走っています。
このまま進めば、線路上で作業中の5人がトロッコに轢かれて死んでしまいます。
しかし、あなたの目の前には分岐レバーがあるんです。
レバーを引けば、トロッコは別の線路に切り替わります。
5人は助かります。
でも、切り替えた先の線路には1人の作業員がいて、その人が犠牲になってしまいます。
あなたはレバーを引きますか?
それとも何もせず、5人が犠牲になるのを見ているだけにしますか?
なぜこれが「問題」なのか
「5人より1人の方がマシでしょ?」と思うかもしれません。
実際、多くの人が最初はそう考えます。
でも、ここに深い倫理的なジレンマが隠れているんです。
功利主義の立場
功利主義は「結果」を重視する考え方です。
最大多数の最大幸福——つまり、より多くの人が幸せになる選択が正しいとします。
この立場なら、答えは明確です。
5人を救うために1人を犠牲にする方が、トータルでは良い結果になります。
だから、レバーを引くべきということになるんですね。
義務論の立場
一方、義務論は「過程」を重視します。
ドイツの哲学者カントが提唱した考え方で、結果に関係なく「正しい行為」があるとします。
この立場では「罪のない人を殺してはいけない」という原則が何より大切です。
たとえ5人を救えるとしても、意図的に1人を殺す行為は許されません。
だから、何もしないべきということになるわけです。
結局どっちが正しいの?
実は、どちらも間違いではないんです。
それがトロッコ問題の奥深さなんですね。
どちらを選んでも、何かしらの倫理的な原則に反することになります。
だからこそ、50年以上も議論され続けているんです。
状況が変わると答えも変わる
もっと面白いのは、問題の設定を少し変えるだけで、人々の答えがガラッと変わることです。
太った男問題
こんなバージョンがあります。
あなたは歩道橋の上にいます。
下を走るトロッコが、やはり5人に向かって暴走しています。
あなたの隣には太った男性が立っています。
その人を突き落とせば、トロッコが止まって5人は助かります。
でも、その男性は死んでしまいます。
さあ、あなたは突き落としますか?
多くの人が「NO」と答える
不思議なことに、最初の問題で「レバーを引く」と答えた人の多くが、この問題では「突き落とさない」と答えるんです。
ある調査では、最初の問題に89%の人が「レバーを引く」と答えたのに対し、太った男問題では11%しか「突き落とす」と答えませんでした。
結果は同じなのに、なぜ答えが変わるのでしょうか?
直接性の問題
この違いは「行為の直接性」にあると考えられています。
レバーを引くのは間接的な行為です。
でも、人を突き落とすのは直接的に手を下す行為なんですね。
人間は直接的に誰かを傷つけることに、本能的な抵抗を感じるようにできています。
たとえ結果が同じでも、自分の手で直接やるかどうかで、感じ方が大きく変わるんです。
脳科学が明かす判断のメカニズム
なぜ私たちの判断はこんなに矛盾するのでしょうか?
脳科学の研究が興味深い事実を明らかにしています。
2つの脳領域が戦っている
fMRI(脳スキャン)を使った研究で、トロッコ問題に答えるとき、脳の2つの領域が活発に働くことがわかりました。
レバーを引く場合は「前頭前野背外側部」が活発になります。
ここは客観的な功利的判断をする場所です。
一方、太った男を突き落とすことを考える場合は「前頭皮質中央」が活発になります。
ここは感情に関係する領域なんですね。
感情が理性を上回る
つまり、私たちの判断は純粋に論理的ではないんです。
理性と感情のバランスで決まっているわけですね。
さらに興味深いのは、脳の特定部位(腹内側前前頭葉皮質)に傷害がある患者の場合です。
この領域は同情・羞恥心・罪悪感といった「社会的感情」に関わっています。
この部位に傷害があると、常人よりも「太った男を突き落とす」と答える傾向が強くなるんです。
日本人とアメリカ人で答えが違う?
実は、トロッコ問題への回答には文化差があることも知られています。
日本人は「何もしない」を選びやすい
日本人はアメリカ人と比較すると「レバーを引かない」という回答が多くなります。
これは日本社会の特徴と関係していると考えられています。
日本では「作為的な行動」が非難されやすいんですね。
レバーを引けば、意図的に1人を犠牲にしたことになります。
でも、何もしなければ「自分のせいではない」と釈明しやすいわけです。
どっちが正しいわけでもない
どちらの文化が優れているという話ではありません。
それぞれの社会の価値観が反映されているだけなんです。
ただ、この違いは興味深いですよね。
同じ人間でも、育った環境で倫理観が変わってくるんです。
現代社会での応用:自動運転車とAI倫理
トロッコ問題は単なる思考実験ではなくなりました。
今や、現実の技術開発で直面する問題になっています。
自動運転車はどう判断すべきか
自動運転車が避けられない事故に直面したとき、誰を優先すべきでしょうか?
たとえば、歩行者5人を避けようとすると、反対車線の1人に衝突してしまう状況があったとします。
AIはどう判断すべきでしょうか?
プログラミングの難しさ
これは単なる倫理の問題ではありません。
実際にプログラムとして実装しなければならないんです。
「多数を優先する」とプログラムすれば、功利主義的な判断になります。
でも、それで本当にいいのでしょうか?
運転者を最優先にすべきという意見もあります。
歩行者優先にすべきという意見もあります。
責任の所在はどこに?
さらに複雑なのは、事故が起きたときの責任です。
車の所有者が悪いのでしょうか?
製造者が悪いのでしょうか?
それとも、AIを作ったプログラマーが悪いのでしょうか?
これらの問題は、まだ明確な答えが出ていません。
歴史的な背景
実は、トロッコ問題のような究極の選択は、古くから考えられてきました。
カルネアデスの舟板
紀元前200年代の古代ギリシャの哲学者カルネアデスが、こんな問題を提起しました。
難破した舟の壊れた舟板にしがみついた人がいました。
別の人もしがみつこうとしたのですが、最初の人は突き飛ばしてしまいます。
なぜなら、その舟板は2人がしがみつけば沈んでしまう大きさだったからです。
最初の人は生還後、罪には問われませんでしたが、果たしてそれは正しかったのでしょうか?
これは「カルネアデスの舟板」として知られる思考実験で、トロッコ問題の古典版と言えますね。
現代への再登場
現代のトロッコ問題は、1967年にイギリスの哲学者フィリッパ・フットが提起しました。
もともとは人工妊娠中絶の是非を考えるための例題の1つだったんです。
その後、1976年にアメリカの哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソンが「太った男問題」などのバリエーションを加えました。
これによって「トロッコ学(trolleyology)」という研究分野まで生まれたんですよ。
日本での認知
日本でトロッコ問題が広く知られるようになったのは比較的最近です。
マイケル・サンデル教授の影響
2010年4月、NHKで『ハーバード白熱教室』が放送されました。
政治哲学者マイケル・サンデル教授が「正義」について講義する中で、トロッコ問題を取り上げたんです。
これがきっかけで、日本でもトロッコ問題が一般に広まりました。
SNSでも話題に
最近では、SNSで「第三の選択肢」が話題になりました。
鉄道のジオラマを使って、トロッコの前輪が分岐点を越えた直後に線路を切り替える方法です。
すると、トロッコが2つの線路上で横向きになって止まり、誰も犠牲にならないんですね。
この動画は767万回も再生され、多くの人が「これだ!」と喜びました。
倫理的な問題を技術で解決した、まさに日本人らしい発想ですね。
よくある誤解
トロッコ問題について、いくつか誤解されやすいポイントがあります。
誤解1:「正解」を見つける問題
トロッコ問題には「正解」がありません。
どちらを選んでも、何かしらの倫理的原則に反してしまうからです。
この問題の目的は、答えを見つけることではなく「なぜそう考えたのか」を分析することなんです。
誤解2:性格診断になる
「レバーを引く人はこういう性格」といった性格診断として使われることがありますが、これも誤解です。
本来は主題となる問題に加えて、数十個の質問を通じて思考や判断を分析するものなんです。
1つの答えだけで人を決めつけることはできません。
誤解3:現実でも同じように判断すべき
もし現実に似たような状況が起きても、「こうするべきだった」と批判するのは筋違いです。
現実の事故現場では、時間もなければ完璧な情報もありません。
思考実験とは全く異なる状況なんです。
まとめ
トロッコ問題は、単純なようで非常に深い思考実験です。
トロッコ問題のポイント
- 「5人を救うために1人を犠牲にしてよいか」を問う倫理学の思考実験
- 功利主義(結果重視)と義務論(原則重視)が対立する
- 状況が変わると人々の答えも変わる
- 脳科学的には理性と感情のバランスで判断が決まる
- 文化によっても回答傾向が異なる
- 自動運転車など現代の技術開発でも重要な問題
トロッコ問題に「正解」はありません。
でも、この問題について考えることで、自分の倫理観や価値観を見つめ直すことができます。
あなたならどう答えますか?
そして、なぜそう考えたのでしょうか?
その「なぜ」こそが、トロッコ問題が私たちに問いかけている本質なのかもしれませんね。
参考情報
本記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。
学術文献・研究
- Foot, Philippa (1967). “The Problem of Abortion and the Doctrine of the Double Effect”, Oxford Review
PhilArchive | PDF - Thomson, Judith Jarvis (1976). “Killing, Letting Die, and the Trolley Problem”, The Monist 59(2), 204-217
DOI: 10.5840/monist197659224 | PhilPapers - Greene, J.D. et al. (2001). “An fMRI Investigation of Emotional Engagement in Moral Judgment”, Science 293(5537), 2105-2108
DOI: 10.1126/science.1062872 | PubMed - Koenigs, M. et al. (2007). “Damage to the prefrontal cortex increases utilitarian moral judgements”, Nature 446(7138), 908-911
DOI: 10.1038/nature05631 | PubMed | PMC - 山本翔子・結城雅樹 (2019). 「トロッコ問題への反応の文化差はどこから来るのか?関係流動性と評判期待の役割に関する国際比較研究」社会心理学研究 第35巻第2号, 61-71
DOI: 10.14966/jssp.1733 | J-STAGE | PDF
ウェブ資料
- トロッコ問題 – Wikipedia
- Trolley problem – Wikipedia
- 日本女子大学 心理学科「誰かを見殺しにする理由とは トロッコ問題に対する反応の文化差」
- WIRED.jp「人間の倫理は非理性的か:『トロッコ問題』が示すパラドックス」
- 資産形成ゴールドオンライン「答えの出ない『トロッコ問題』を考える…回答による傾向と回答例」
その他
- NHK『ハーバード白熱教室』(2010年4月放送)
- マーク・ハウザーによるオンライン調査(5,000人以上が回答)


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