落語「死ぬなら今」とは?あらすじと見どころをわかりやすく解説

神話・歴史・文化

あの世でも金が物を言う——。
そんなブラックユーモアたっぷりの落語が「死ぬなら今」です。

ケチな男が死後の世界でも小判をバラまいて極楽行きを勝ち取ろうとするのですが、そこには予想外の落とし穴が。

この記事では、落語「死ぬなら今」のあらすじや見どころ、珍しいオチの仕掛けまで、わかりやすく紹介します。

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「死ぬなら今」ってどんな落語?

「死ぬなら今」は上方落語をルーツに持つ、短編の地噺です。
「地獄の沙汰も金次第」という言葉を地で行く、痛快なブラックコメディなんですね。

もともとは大阪で演じられていた噺ですが、八代目林家正蔵(後の林家彦六)が東京に移植しました。
それ以降、東西両方で愛される演目になっています。

この噺の最大の特徴は「考えオチ」と呼ばれる珍しい構成です。
普通の落語と違って、マクラ(前置き)の部分に先にオチを仕込んでおくんですね。

演者が「この噺はこれでおしまいなんです」と急に素に戻るのも、この演目ならではの面白さです。

あらすじ|偽金で地獄は大混乱

死期を悟ったケチな男の遺言

主人公は、生涯ケチで通した男。
赤螺屋吝兵衛(あかにしやりんべえ)などの名前で登場します。

彼は人を突き飛ばして転がった上を歩くような悪行を重ねて、財産を築いてきました。
さすがに死期を悟った吝兵衛、息子を枕元に呼んで遺言を残します。

「わしのような者は地獄に落ちるだろう。しかし『地獄の沙汰も金次第』という。棺の中に300両の小判を入れてくれ。金をバラまけば極楽に行けるかもしれん」

息子は涙ながらに承諾し、吝兵衛は安心して息を引き取りました。

親族が偽金にすり替え

葬儀の準備が始まると、親族が集まってきます。
息子が頭陀袋(ずだぶくろ)に300両を詰めているのを見て、親族が騒ぎ出しました。

「いくら遺言だからって、そんなもったいないことをするな!」

結局、芝居で使う大道具の偽小判とすり替えることに。
本物の300両は親族がちゃっかり懐に入れてしまいました。

あの世で閻魔大王を買収

さて、あの世に着いた吝兵衛。
閻魔大王の前で裁きを受けます。

「赤螺屋吝兵衛、そちは生前これほどの悪行を重ねた。地獄行きじゃ!」

ここぞとばかりに吝兵衛は袖口から百両を取り出し、閻魔大王に差し出しました。
小判の重みで閻魔の体がグラリ。

「あー、しかしながら、一代でこれほどの財産を成すとは、そちの働き、あっぱれである。極楽へ参れ!」

判決がガラリと変わったので、牛頭馬頭や赤鬼青鬼が不満タラタラ。
吝兵衛は鬼たちの袖にも等分に小判を忍ばせて、無事に極楽行きとなりました。

偽金発覚で地獄は大騒ぎ

吝兵衛がバラまいた小判で、地獄は時ならぬ好景気。
赤鬼も青鬼も仕事をやめて、飲めや歌えの大騒ぎです。

ところが。
ニセ小判であることはすぐに知れ渡りました。

極楽から貨幣偽造および収賄容疑で逮捕状が出て、吝兵衛は捕まってしまいます。
地獄の鬼たちも、偽金をつかまされて大騒ぎ——。

「死ぬなら今」というタイトルは、マクラで演者が仕込んでおいた言葉。
本編が終わった後、「この噺はこれでおしまいなんです」と急に素に戻って、マクラとの繋がりを思い出させるのがこの噺の粋なところです。

見どころ|先にオチを仕込む「考えオチ」

マクラで先にオチを言ってしまう

「死ぬなら今」の最大の特徴は、オチの形式にあります。
これは「考えオチ」と呼ばれるもので、聞いた直後にはピンと来なくても、少し考えるとニヤリとできる仕掛けなんですね。

普通の落語は、噺の最後にオチが来ます。
でもこの演目は、マクラ(前置き)の段階で「死ぬなら今」というフレーズを何度も繰り返しておくんです。

本編が終わった後、演者が「この噺はこれでおしまいなんです」と素に戻ると、観客は「ああ、あのマクラの『死ぬなら今』はここに繋がるのか!」と気づきます。

先にオチを言う落語は珍しい

こうした演出を採る噺は数少なく、東京落語では他に「蛸坊主」があるくらい。
上方落語では「苫ケ島」「後家馬子」などが知られています。

なぜ先にオチを言ってしまうのか?
それはこの噺が「考えオチ」だからです。

オチが難しすぎて観客が置いてけぼりになるのを防ぐため、あらかじめヒントを仕込んでおくわけですね。
客の反応を見ながら、どの程度ヒントを出すか調整する演者もいるそうです。

ブラックユーモアが効いた風刺

「地獄の沙汰も金次第」という言葉を文字通り実演してみせる、この噺。
あの世でさえ賄賂が横行するというブラックユーモアが効いています。

閻魔大王が小判の重みで態度を変える場面は、まさに人間社会の縮図。
「お金があれば何でも解決できる」という皮肉な現実を、笑いに変えているんですね。

しかし結局は偽金で大失敗——。
ケチな男の浅知恵が裏目に出る結末は、痛快でもあり、どこか教訓めいてもいます。

この噺を東京に持ち込んだ八代目林家正蔵

「死ぬなら今」を東京に移植したのが、八代目林家正蔵(1895-1982)です。
晩年は林家彦六の名で知られる名人でした。

正蔵は大阪の二代目桂三木助から直伝でこの噺を教わり、東京でも演じるようになりました。
六代目三遊亭圓生も同じく伝授されましたが、圓生は演じなかったため、正蔵が事実上の東京移植者となったわけです。

1979年に正蔵がこの噺を録音した音源も残っており、現在でもその芸を楽しむことができます。

正蔵は「稲荷町」や「トンガリの正蔵」と呼ばれた人物で、芝居噺や怪談噺を得意としました。
「死ぬなら今」のような珍しい演目にも挑戦する、実験精神旺盛な噺家だったんですね。

現在演じる噺家たち

現在、東京では柳家小朝が持ちネタとしています。
上方では桂文我、桂春之輔が高座にかけています。

演者によって細かい演出は異なりますが、基本的なストーリーとオチの構成は共通しています。
マクラでどれだけヒントを出すか、本編でどこまで地獄の描写を膨らませるかは、各演者の個性が光る部分ですね。

寄席で「死ぬなら今」がかかることは稀ですが、落語会などで聞ける機会があれば、ぜひ注目してみてください。
珍しい「考えオチ」の構成を、生で体験できる貴重なチャンスです。

まとめ

落語「死ぬなら今」は、上方落語をルーツに持つ短編の地噺です。
ケチな男があの世でも賄賂をバラまこうとするが、偽金だったため大失敗——というブラックユーモアが効いた一席。

この噺の特徴は:

  • マクラ(前置き)で先にオチを仕込む「考えオチ」
  • 八代目林家正蔵が東京に移植
  • 現在は柳家小朝、桂文我などが演じる
  • 「地獄の沙汰も金次第」を風刺した内容

珍しいオチの構成と痛快なストーリーが魅力の、隠れた名作です。
寄席や落語会で出会えたら、ぜひその巧みな仕掛けを楽しんでみてください。

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