88個の鍵盤から紡ぎ出される音楽で、世界中の人々を魅了してきたピアニストたち。
「最も偉大なピアニストは誰?」という問いに、あなたならどう答えますか?
実はこの質問、クラシック音楽ファンの間では永遠の議論になるテーマなんです。
技術の凄さで選ぶのか、表現力で選ぶのか、それとも音楽史への貢献度で選ぶのか——。
この記事では、200年以上にわたるピアノ音楽の歴史の中から、特に偉大とされるピアニストたちを紹介します。
作曲家兼ピアニストとして活躍した歴史的巨人から、20世紀の伝説、そして今なお第一線で活躍する現代のスターまで。
あなたのお気に入りのピアニストは入っているでしょうか?
ピアニストの偉大さとは?
「偉大なピアニスト」を語る前に、そもそも何をもって「偉大」と言えるのか考えてみましょう。
ピアニストの評価には、大きく分けて3つの軸があります。
1つ目は技術的な卓越性。超絶技巧を持ち、誰も弾けないような難曲を軽々とこなす能力です。
2つ目は音楽的な解釈力。楽譜に書かれた音符から、作曲家の意図や感情を読み取り、聴く人の心に響く演奏ができるかどうか。
3つ目は音楽史への貢献。後世のピアニストや音楽そのものに与えた影響の大きさです。
面白いのは、この3つすべてを兼ね備えた人物がそう多くないということ。
「技術は神がかっているけど、解釈は好みが分かれる」というピアニストもいれば、「技術はそこそこだけど、その人にしか出せない音がある」というピアニストもいます。
だからこそ、ピアニストのランキングは永遠に決着がつかないんですね。
作曲家兼ピアニスト——歴史に名を刻んだ巨人たち
まずは、自ら作曲もしながらピアニストとしても活躍した、クラシック音楽史上の巨人たちから見ていきましょう。
フランツ・リスト(1811-1886)
「史上最高のピアニスト」という称号に最もふさわしい人物を一人だけ挙げるとすれば、多くの専門家がこの名前を出すでしょう。
ハンガリー出身のフランツ・リストは、19世紀のヨーロッパを席巻した超絶技巧の持ち主でした。
彼のコンサートは、今で言う「ロックスターのライブ」のような熱狂を生み出しました。
女性ファンが失神したり、彼の手袋やハンカチを奪い合ったり——この現象は「リストマニア」と呼ばれ、ビートルズより100年以上前に「追っかけ」文化を生み出したのです。
リストが凄かったのは、単なる技術屋ではなかったこと。
彼は「交響詩」という新しいジャンルを生み出し、ワーグナーやショパンなど同時代の作曲家を積極的に支援しました。
また、後進の育成にも熱心で、無料でレッスンを行うこともあったとか。
フレデリック・ショパン(1810-1849)
「ピアノの詩人」という愛称で知られるショパンは、わずか39年の短い生涯で、ピアノ音楽の可能性を大きく広げました。
リストのような派手なパフォーマンスとは対照的に、ショパンは大きなホールでの演奏を好まず、サロンでの親密な演奏会を好みました。
彼の演奏は、当時の批評家によれば「歌うようなタッチ」が特徴で、ピアノから人の声のような響きを引き出したそうです。
残念ながら、ショパンの時代には録音技術がなかったため、彼の演奏を直接聴くことはできません。
しかし、彼が残した作品——ノクターン、バラード、スケルツォ、ポロネーズ——は、今もなお世界中のピアニストにとって最高の目標となっています。
セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)
「最も偉大なピアニスト」を選ぶ投票で、しばしば1位に輝くのがラフマニノフです。
彼の強みは、作曲家としての視点と演奏家としての技術の両方を持っていたこと。
ラフマニノフには一つ、伝説的な身体的特徴がありました。
それは手のスパン(広げた時の幅)が約30cm(12インチ)もあったこと。
通常のピアニストには届かない音程も、彼は楽々と押さえることができたのです。
1917年のロシア革命後、アメリカに亡命したラフマニノフは、コンサートピアニストとして生計を立てました。
幸運なことに、彼の演奏は録音として残されており、今でもその圧倒的な技術と深い音楽性を聴くことができます。
20世紀を代表するピアニストたち
録音技術の発達により、20世紀からは「演奏家」としてのピアニストが大きく注目されるようになりました。
作曲はせず、演奏に専念する——現代的なピアニスト像の始まりです。
ヴラディミール・ホロヴィッツ(1903-1989)
「ピアノの魔術師」とも呼ばれたホロヴィッツは、20世紀で最も影響力のあるピアニストの一人です。
彼の演奏の特徴は、軽やかでありながら力強い独特のタッチ。
特にロマン派の作品、とりわけラフマニノフやチャイコフスキーの演奏は、今なお多くのピアニストの手本となっています。
ホロヴィッツには、興味深いエピソードがあります。
実はラフマニノフ本人から「君のピアノ協奏曲第3番の演奏は、私自身の演奏より素晴らしい」と言われたことがあるのです。
作曲者本人を超えた——これ以上の賛辞があるでしょうか。
スヴャトスラフ・リヒテル(1915-1997)
「20世紀後半最高のピアニスト」として、リヒテルの名前を挙げる人は少なくありません。
ウクライナ出身の彼は、とてもシャイな性格で、晩年には暗いステージで演奏することを好んだほど。
お気に入りの会場は、なんとフランスの田舎にある納屋だったとか。
リヒテルの演奏の特徴は、作品への深い没入感。
彼の演奏を聴いていると、まるで作曲家自身が弾いているかのような錯覚を覚えるほどです。
プロコフィエフやショスタコーヴィチといったロシアの作曲家たちは、彼のためにわざわざ作品を書いたほどでした。
グレン・グールド(1932-1982)
カナダ出身のグールドは、「異端」という言葉がこれほど似合うピアニストもいないでしょう。
彼の演奏スタイルは独特でした。
極端に低い椅子に座り、演奏中に鼻歌を歌い、真夏でも手袋とコートを身につけてピアノに向かう。
しかし、彼が弾くバッハの『ゴルトベルク変奏曲』は、音楽史に残る名演として今なお語り継がれています。
50歳という若さで亡くなったグールドですが、晩年はコンサート活動を一切やめ、録音のみに専念しました。
「コンサートは過去の遺物だ」という彼の主張は、当時は奇異に映りましたが、YouTubeやストリーミング全盛の今日、ある意味で予言的だったと言えるかもしれません。
マルタ・アルゲリッチ(1941-)
女性ピアニストの中で、最も偉大な存在として名前が挙がるのがアルゲリッチです。
アルゼンチン出身の彼女は、1965年のショパン国際コンクールで優勝し、一躍スターダムへ。
その演奏は「炎のような」と形容されることが多く、テクニックの凄さはもちろん、音楽に対する情熱がストレートに伝わってきます。
面白いのは、彼女がソロリサイタルを嫌っていること。
一人でステージに立つのが苦手で、室内楽や協奏曲など、他の演奏家と共演する形式を好んでいます。
80歳を超えた今も現役で演奏を続けており、その存在感は衰えを知りません。
現代を代表するピアニストたち
今度は、今なお第一線で活躍中のピアニストを見てみましょう。
ダニエル・バレンボイム(1942-)
アルゼンチン出身のバレンボイムは、ピアニストとしても指揮者としても世界最高峰の地位を確立した稀有な存在です。
7歳でピアニストとしてデビューし、11歳の時には伝説の指揮者フルトヴェングラーから「天才だ」と絶賛されました。
26歳でベートーヴェンのピアノソナタ全曲を録音するなど、若くして輝かしい実績を残しています。
彼の演奏は、知性と感情のバランスが絶妙。
ベートーヴェンやモーツァルトといったドイツ・オーストリア系の作品で特に高い評価を得ています。
内田光子(1948-)
日本が誇る世界的ピアニストといえば、内田光子の名前を外すことはできません。
12歳でウィーンに渡り、ウィーン音楽院で学んだ彼女は、モーツァルトとシューベルトの解釈で世界的な評価を獲得しました。
作品の核心に迫ろうとする強烈な意志が特徴で、「作曲家の魂を伝える伝道師」とも評されています。
現在はロンドンを拠点に活動しており、指揮者としても活躍。
日本人で唯一、世界のトップピアニスト選考に名を連ねる存在です。
クリスティアン・ツィメルマン(1956-)
ポーランド出身のツィメルマンは、「現役最高のピアニスト」の一人として頻繁に名前が挙がります。
18歳でショパン国際コンクールに優勝した彼は、その後10年間は研鑽を積むため国内でのみ活動。
完璧主義者として知られ、自分のピアノをコンサート会場に持ち込むほどのこだわりを見せます。
興味深いのは、彼がショパンのワルツなど一部の有名曲を「あえて弾かない」こと。
また、ラフマニノフやチャイコフスキーも一切演奏しないというこだわりぶり。
厳選したレパートリーを極限まで磨き上げる——それがツィメルマンのスタイルです。
ラン・ラン(1982-)
中国出身のラン・ランは、クラシック音楽の世界に新しい風を吹き込んだピアニストです。
彼の登場以降、中国では何百万人もの子どもたちがピアノを習い始めたと言われており、「ラン・ラン効果」という言葉まで生まれました。
北京オリンピックの開会式やオバマ大統領のノーベル平和賞受賞コンサートでも演奏するなど、クラシック音楽の枠を超えた活躍を見せています。
ステージでの情熱的なパフォーマンスは賛否両論ありますが、クラシック音楽を一般の人々に広めた功績は計り知れません。
偉大なピアニスト一覧表
| 名前 | 生没年 | 出身地 | 特徴・得意レパートリー |
|---|---|---|---|
| フランツ・リスト | 1811-1886 | ハンガリー | 史上最高のヴィルトゥオーゾ。超絶技巧の代名詞 |
| フレデリック・ショパン | 1810-1849 | ポーランド | 「ピアノの詩人」。歌うようなタッチが特徴 |
| セルゲイ・ラフマニノフ | 1873-1943 | ロシア | 作曲家兼ピアニスト。30cmの手のスパンを持つ |
| アルトゥール・シュナーベル | 1882-1951 | オーストリア | ベートーヴェン・ソナタ全曲録音の先駆者 |
| アルフレッド・コルトー | 1877-1962 | スイス/フランス | ショパン解釈の巨匠。伝説的な表現力 |
| ヴラディミール・ホロヴィッツ | 1903-1989 | ロシア/アメリカ | 「ピアノの魔術師」。ロマン派の最高峰 |
| アルトゥール・ルービンシュタイン | 1887-1982 | ポーランド/アメリカ | 黄金のタイミングとリズム感 |
| スヴャトスラフ・リヒテル | 1915-1997 | ウクライナ/ロシア | 20世紀後半最高のピアニスト。深い没入感 |
| エミール・ギレリス | 1916-1985 | ウクライナ/ロシア | 端正で緻密な演奏スタイル |
| クラウディオ・アラウ | 1903-1991 | チリ | ドイツ・ロマン派の解釈で名高い |
| グレン・グールド | 1932-1982 | カナダ | 独自のバッハ解釈。異端の天才 |
| ディヌ・リパッティ | 1917-1950 | ルーマニア | 33歳で夭折した天才。純粋な美しさ |
| マルタ・アルゲリッチ | 1941- | アルゼンチン | 炎のような情熱。女性ピアニストの最高峰 |
| ダニエル・バレンボイム | 1942- | アルゼンチン/イスラエル | ピアニスト・指揮者として最高峰 |
| マウリツィオ・ポリーニ | 1942-2024 | イタリア | 完璧なテクニックと構築力 |
| アルフレッド・ブレンデル | 1931-2024 | オーストリア | 知的で洞察力に富んだ解釈 |
| 内田光子 | 1948- | 日本 | モーツァルト・シューベルトの権威 |
| クリスティアン・ツィメルマン | 1956- | ポーランド | 完璧主義者。透明感のある音色 |
| マレイ・ペライア | 1947- | アメリカ | 詩的なタッチ。繊細で親密な音色 |
| アンドラーシュ・シフ | 1953- | ハンガリー | バッハ・ベートーヴェンの巨匠 |
| グリゴリー・ソコロフ | 1950- | ロシア | 飛行機嫌いで欧州のみで活動する伝説 |
| エレーヌ・グリモー | 1969- | フランス | 独自の感性と深い表現力 |
| ラン・ラン | 1982- | 中国 | クラシック界のスーパースター |
| ユジャ・ワン | 1987- | 中国 | 驚異的なテクニックと多彩な表現 |
| ダニール・トリフォノフ | 1991- | ロシア | 新世代の天才。幅広いレパートリー |
まとめ
偉大なピアニストたちの特徴をまとめると、以下のようになります。
- 技術だけでなく、独自の音楽性を持っている
- 時代や聴衆に大きな影響を与えた
- 後世のピアニストの手本となる演奏を残した
- ピアノという楽器の可能性を広げた
リストの超絶技巧、ショパンの詩的な表現、ホロヴィッツの魔術的なタッチ、グールドの独創的な解釈——。
一人ひとりが唯一無二の個性を持ち、ピアノ音楽の歴史を彩ってきました。
あなたにとっての「最も偉大なピアニスト」は誰ですか?
YouTubeやストリーミングサービスで、ぜひ様々なピアニストの演奏を聴き比べてみてください。
きっと、あなただけのお気に入りが見つかるはずです。


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