ラクロスの起源|北米先住民が生み出した「創造主の競技」の歴史

神話・歴史・文化

「地上最速の格闘球技」として知られるラクロス。
網のついたスティックでボールを操る姿は、まるでアクション映画のワンシーンのようです。

でも、このスポーツがどこから来たのか知っていますか?

実はラクロス、北米先住民が生み出した歴史あるスポーツなんです。
彼らにとってラクロスは単なる競技ではなく、神への祈りであり、戦士の訓練であり、部族の絆を深める大切な儀式でした。

この記事では、ラクロスの起源から現代のスポーツへと発展した経緯まで、わかりやすく紹介します。

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ラクロスの起源|北米先住民の神聖な競技

ラクロスの起源は、北米の先住民族にあります。

複数の歴史資料によると、早ければ12世紀(1100年頃)には北米大陸の広い地域で先住民たちがラクロスの原型となる競技を行っていたとされています。
ただし、先住民の口承や伝統によれば、競技の歴史はさらに古く、「太古の昔から」行われてきたと考えられています。

確実な記録として残っているのは17世紀です。
1637年、フランス人イエズス会宣教師のジャン・ド・ブレブフが、現在のカナダ・オンタリオ州でヒューロン族がプレーする姿を目撃し、詳細な記録を残しました。

先住民族の呼び名

先住民たちは部族ごとに異なる名前でこの競技を呼んでいました。

ハウデノサウニー族(イロコイ連合)は「Tewaarathon(テワーラトン)」と呼び、アルゴンキン族は「Baggataway(バガタウェイ)」と呼んでいました。
また、多くの部族が「Creator’s Game(創造主の競技)」や「Little Brother of War(戦争の弟)」という呼び方もしていたんです。

「創造主の競技」という呼び名からわかるように、この競技は神聖なものでした。
先住民たちは、ラクロスが創造主から与えられた贈り物だと信じていたんですね。

「ラクロス」という名前の由来

現在の「ラクロス(Lacrosse)」という名前は、フランス語が由来です。

1637年、フランス人宣教師ジャン・ド・ブレブフが先住民の競技を目撃した際、プレーヤーたちが使っていた道具に注目しました。
網のついたスティックの形が、カトリック司教が持つ杖(フランス語で「crosse(クロス)」)に似ていたんです。

そこで彼はこの競技を「la crosse(ラ・クロス)」と名付けました。
これが英語圏に伝わり、現在の「Lacrosse(ラクロス)」という呼び名が定着したわけです。

面白いことに、先住民たちは競技の名前ではなく、道具の名前から名付けられたんですね。

先住民のラクロスはどんな競技だったのか

先住民のラクロスは、現代のラクロスとはかなり違っていました。

規模が桁違い

まず、その規模に驚かされます。

現代のラクロスは10人対10人ですが、先住民のラクロスは100人から1000人、時には1000人以上が参加する大規模な競技でした。
フィールドの広さも半端ではありません。

ゴールとゴールの距離は、短くて約460メートル、長いときには数キロメートルにも及びました。
サッカー場が約100メートルですから、その何倍もの広さで競技が行われていたんです。

競技時間も現代とは比べ物になりません。
日の出から日没まで続き、時には2〜3日間も続くことがあったそうです。

木製の道具と鹿革のボール

道具もすべて手作りでした。

スティックは木を削って作られ、網の部分は鹿の腱や筋肉で編まれていました。
ボールは最初は木製でしたが、後に鹿革に毛を詰めたものが使われるようになりました。

プレーヤーたちは防具など一切つけず、普段着のままでプレーしていたんです。
激しいぶつかり合いも当たり前。まさに「戦争の弟」と呼ばれるにふさわしい荒々しい競技でした。

ラクロスが持っていた深い意味

先住民にとって、ラクロスは単なるスポーツではありませんでした。

宗教儀式としてのラクロス

ラクロスは「創造主の競技」として、神聖な儀式の一部でした。

競技の前には、呪い師(シャーマン)がセージや杉の葉を火にくべ、神聖なパイプで清めの儀式を行いました。
プレーヤーたちは顔や体にペインティングを施し、徹夜で戦勝祈願の踊りを舞いました。

競技は創造主を喜ばせるため、祈りを捧げるため、そして病気の治癒を願うために行われていたんです。
ハウデノサウニー族では、病人のために「メディシンゲーム」として競技が行われることもありました。

戦士の訓練として

ラクロスは若い戦士たちを鍛える重要な訓練でもありました。

激しいぶつかり合いの中で、俊敏性、体力、チームワーク、勇気が養われます。
狩りや戦闘に必要なスキルを磨くために、競技が利用されていたんですね。

部族間の争いを解決する手段

驚くべきことに、ラクロスは戦争の代わりとしても使われました。

部族間で領土や資源をめぐる争いが起きたとき、実際に戦争をする代わりにラクロスの試合で決着をつけることがあったんです。
勝敗は創造主の意志だと考えられていたため、試合の結果は受け入れられました。

ただし、すべてが平和的に終わったわけではありません。
1790年頃、クリーク族とチョクトー族がビーバーの池の権利をめぐって試合を行いましたが、クリーク族の勝利宣言をきっかけに激しい戦闘に発展したという記録も残っています。

有名な歴史的エピソード|ラクロスで要塞を攻略

ラクロスが戦略的に使われた有名な事件があります。

1763年、ポンティアック戦争の最中、オジブワ族の酋長ミンウェウェハは巧妙な作戦を考えました。

オジブワ族とソーク族は、イギリス軍の重要拠点であるミシリマキナック砦の近くで、何日も平和的にラクロスをプレーしていました。
イギリス兵たちはこれを見慣れた光景だと思い、警戒を緩めていたんです。

そして1763年6月2日。
砦の外で行われていたラクロスの試合が突然、攻撃に変わりました。

プレーヤーたちは一斉にスティックを武器に変え、砦に突入。
完全に不意を突かれたイギリス軍は抵抗できず、35人の兵士が命を落とし、砦は陥落しました。

この作戦はポンティアック戦争における最も効果的な勝利の一つとされています。
イギリス軍が砦を奪還したのは、1年後のことでした。

ヨーロッパ人がラクロスを変えた

17世紀にフランス人がラクロスを目撃してから、競技は大きく変化していきます。

カナダでの普及

1834年、モントリオールでコーナワガ族によるラクロスのデモンストレーションが行われました。
これをきっかけに、カナダ人の間でラクロスへの興味が高まります。

1856年、モントリオールの歯科医ウィリアム・ジョージ・ビアーズがモントリオール・ラクロス・クラブを設立しました。
彼は「近代ラクロスの父」と呼ばれています。

ビアーズは1867年に最初のルールブックを作成し、以下のような変更を加えました。

  • 1チームの人数を12人に制限
  • フィールドの長さを約180メートルに統一
  • 木製のボールをゴム製のボールに変更
  • スティックのデザインを統一

これらの変更により、ラクロスは組織化されたスポーツへと生まれ変わりました。

カナダの国技へ

1867年、ラクロスはカナダの国技として認められました。

1876年にはカナダのチームがイギリスでエキシビションマッチを行い、ヴィクトリア女王の前でプレーしました。
女王は日記に「このゲームは見ていてとても楽しい」と記したそうです。

オリンピック競技として

ラクロスは1904年のセントルイス大会と1908年のロンドン大会で、オリンピックの正式競技として採用されました。
その後、1928年、1932年、1948年の大会では公開競技として行われています。

そして2028年のロサンゼルス大会で、120年ぶりにオリンピック正式競技として復活することが決定しました。

日本にラクロスが来たのはいつ?

日本でラクロスが始まったのは、1986年です。

慶應義塾大学の学生がアメリカ大使館に問い合わせ、日本初のラクロスチームを結成しました。
翌1987年には日本ラクロス協会が設立され、同年10月に日本国内初の試合が開催されました。

日本では大学生を中心に競技が広まり、現在では約1万7000人がプレーしています。
世界的に見ると、ラクロスの競技人口は約90万人から110万人に上るとされています。

ハウデノサウニー・ナショナルズの挑戦

ラクロスの起源に深く関わるハウデノサウニー族(イロコイ連合)は、現在も独自のチーム「ハウデノサウニー・ナショナルズ」として国際大会に参加しています。

彼らはカナダやアメリカの代表ではなく、主権国家としての旗を掲げて戦っています。
2018年の世界選手権では3位に入るなど、強豪として知られているんです。

しかし、2028年のオリンピックでは大きな問題に直面しています。
国際オリンピック委員会(IOC)がハウデノサウニー連合を主権国家として認めていないため、出場できない可能性があるんです。

ラクロスを生み出した人々が、そのオリンピック復活に参加できないかもしれない。
これは多くの人が「不正義だ」と声を上げている問題です。

現代のラクロス

現代のラクロスは、先住民のものとは大きく異なりますが、その精神は受け継がれています。

男子ラクロス

10人対10人で、15分×4クォーター制で行われます。
ヘルメット、グローブ、ショルダーパッドなどの防具を装着し、激しいボディコンタクトが許されています。

シュートの速度は時速150キロメートルを超えることもあり、「地上最速の格闘球技」と呼ばれているんです。

女子ラクロス

12人対12人で、25分×2ハーフ制です。
体への接触は禁止されていますが、スティック同士の接触は許されています。

華やかなユニフォームとは裏腹に、スピーディーでエキサイティングな展開が魅力です。

その他のバリエーション

現代のラクロスには、以下のような様々な形式があります。

  • ボックスラクロス:屋内で行われるバージョン
  • ソフトラクロス:子どもや初心者向けの安全なバージョン
  • ラクロス・シックス:6人制の新しいフォーマット(2028年オリンピックで採用予定)

まとめ

ラクロスの起源と歴史についてまとめます。

  • ラクロスは北米先住民が早ければ12世紀(1100年頃)から行っていた競技
  • 先住民にとっては神聖な儀式であり、戦士の訓練でもあった
  • 1637年にフランス人宣教師が「la crosse」と命名したのが現在の名前の由来
  • 19世紀にカナダで近代スポーツとして整備され、1867年に国技に
  • 1904年と1908年にオリンピック正式競技として採用
  • 2028年のロサンゼルス大会で120年ぶりにオリンピック復帰

ラクロスは単なるスポーツではなく、北米先住民の文化と精神を今に伝える大切な遺産です。
現代でも、ハウデノサウニー族の人々は「これは創造主のための競技だ」という信念を持ち続けています。

2028年のオリンピックでラクロスが復活するとき、その起源と歴史を思い出してみてください。
何百年も前から受け継がれてきた「創造主の競技」が、世界中の人々を魅了し続けているんですね。

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