「トロッコ問題」や「シュレーディンガーの猫」という言葉を聞いたことはありませんか?
これらはすべて「思考実験」と呼ばれるものです。
頭の中だけで行う不思議な実験——それが思考実験。
この記事では、思考実験とは何か、どんな種類があるのかをわかりやすく解説します。
思考実験とは
思考実験とは、頭の中だけで行う「想像上の実験」のことです。
実際に器具を使ったり、手を動かしたりする必要はありません。
「もし〇〇だったら、どうなるだろう?」と想像することで、複雑な問題を考えやすくするための方法なんですね。
たとえば、こんな問いかけも思考実験の一種です。
- 「もし自分が透明人間になれたら、どう行動する?」
- 「もし時間が止められたら、何をする?」
こうした「もしも」の状況を設定することで、普段は意識しない自分の価値観や、物事の本質が見えてくるわけです。
思考実験の歴史
言葉の起源
「思考実験」という言葉はいつ生まれたのでしょうか。
実は、この言葉を最初に使ったのはデンマークの物理学者ハンス・クリスチャン・エルステッドだとされています。
1811年頃、デンマーク語で「Tankeexperiment」という言葉を用いました。
その後、1883年にオーストリアの物理学者エルンスト・マッハがドイツ語で「Gedankenexperiment(ゲダンケンエクスペリメント)」という言葉を使い、この概念が広く知られるようになりました。
英語の「thought experiment」は、1897年にマッハの論文が英訳された際に初めて登場したとされています。
古代からあった「頭の中の実験」
言葉自体は19世紀に生まれましたが、思考実験的な考え方はもっと古くから存在していました。
古代ギリシャの哲学者ゼノンが提唱した「アキレスと亀」は、紀元前430年頃のもの。
足の速いアキレスが亀に追いつけないという逆説的な話で、無限と運動について考えさせる思考実験です。
プラトンの「洞窟の比喩」も有名ですね。
洞窟の中で影だけを見て育った人が、外の世界を知ったらどうなるか——という話を通じて、人間の認識や真実の本質を問いかけています。
思考実験の特徴
思考実験にはいくつかの特徴があります。
実際には実行できない(または実行が難しい)状況を想定する
物理的に不可能だったり、倫理的に許されなかったりする実験を、頭の中で行います。
極端な状況を設定する
「5人か1人か」「生きているか死んでいるか」のように、あえて極端な状況を作ることで、問題の本質をあぶり出します。
正解がないことが多い
思考実験の多くは、唯一の正解を求めるものではありません。
考える過程そのものに価値があるんです。
分野を超えて使われる
哲学、物理学、倫理学、心理学、法学、さらにはビジネスの世界まで、幅広い分野で活用されています。
有名な思考実験
ここからは、特に有名な思考実験を紹介します。
トロッコ問題(トロリー問題)
1967年にイギリスの哲学者フィリッパ・フットが提唱した思考実験です。
問題の内容
暴走するトロッコが線路を走っています。
このままだと、線路上にいる5人の作業員が轢かれてしまいます。
あなたの目の前には、線路を切り替えるレバーがあります。
レバーを引けばトロッコは別の線路に進みますが、そちらには1人の作業員がいます。
さて、あなたはレバーを引きますか?
何を問いかけているのか
この問題は「5人を救うために1人を犠牲にしてよいのか」という倫理的なジレンマを突きつけています。
「最大多数の幸福を優先すべき」という功利主義の立場なら、レバーを引いて5人を救うのが正しいことになります。
一方で、「人を手段として扱ってはならない」という義務論の立場なら、自分の手で1人を犠牲にすることは許されません。
どちらが正しいかは、今でも結論が出ていません。
だからこそ、この問題は半世紀以上にわたって議論され続けているんですね。
シュレーディンガーの猫
1935年にオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが提唱した思考実験です。
問題の内容
箱の中に猫を入れます。
箱の中には放射性物質と、それに連動した毒ガス装置があります。
放射性物質が崩壊すると毒ガスが放出されて猫は死にますが、崩壊しなければ猫は生きています。
崩壊するかどうかは50%の確率です。
さて、箱を開ける前の猫は「生きている」のでしょうか、「死んでいる」のでしょうか?
何を問いかけているのか
量子力学の世界では、観測するまで粒子の状態は確定しないとされています。
つまり、箱を開けるまで、猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」が重なり合っている——という奇妙な結論になってしまいます。
シュレーディンガーはこの思考実験を通じて、「そんな馬鹿なことがあるはずがない」と量子力学の解釈に疑問を投げかけました。
皮肉なことに、この思考実験は量子力学の奇妙さを説明するための有名な例として、今も広く使われています。
テセウスの船
古代ギリシャの哲学者プルタルコスが記した、アイデンティティに関する思考実験です。
問題の内容
英雄テセウスの船が、長い年月をかけて修理されていきました。
古くなった部品は少しずつ新しいものに交換され、最終的にはすべての部品が新品になりました。
さて、この船は「テセウスの船」と言えるでしょうか?
さらに、交換された古い部品を集めて元の船を組み立てたら、どちらが「本物のテセウスの船」でしょうか?
何を問いかけているのか
「同一性」とは何かを問う思考実験です。
部品がすべて入れ替わっても「同じ船」と言えるのか。人間の細胞も数年で入れ替わるけれど、私たちは「同じ自分」なのか。
現代では、データのバックアップやクローン、AIのコピーなど、さまざまな場面でこの問いが蘇っています。
中国語の部屋
1980年にアメリカの哲学者ジョン・サールが提唱した思考実験です。
問題の内容
中国語がまったくわからない人が、部屋の中にいます。
部屋には中国語の文章に対する回答マニュアルがあります。
外から中国語で書かれた質問が渡されると、その人はマニュアルを見ながら中国語で回答を返します。
外にいる人は、部屋の中の人が中国語を理解していると思い込みます。
さて、この人は本当に中国語を「理解している」と言えるでしょうか?
何を問いかけているのか
この思考実験は、人工知能が本当に「理解」や「意識」を持てるのかを問いかけています。
コンピュータは正しい答えを出せるかもしれないけれど、それは「理解している」こととは違う——というサールの主張は、AI時代の今、ますます重要な問いになっています。
思考実験が使われる分野
思考実験は、さまざまな分野で活用されています。
| 分野 | 活用例 |
|---|---|
| 哲学・倫理学 | 道徳的判断の基準を探る(トロッコ問題など) |
| 物理学 | 理論の矛盾や限界を明らかにする(シュレーディンガーの猫など) |
| 心理学 | 人間の認知や判断の傾向を分析する |
| 法学 | 法的責任の範囲を考える |
| AI・ロボット工学 | 自動運転車の判断基準、AIの意識問題 |
| ビジネス | 新規事業のリスク検討、意思決定のシミュレーション |
特に近年は、自動運転車やAIの倫理をめぐって、思考実験への注目が高まっています。
「自動運転車が事故を避けられない場面で、誰を優先すべきか」という問いは、まさにトロッコ問題の現代版ですね。
まとめ
この記事では、思考実験について解説しました。
- 思考実験とは:頭の中だけで行う「想像上の実験」
- 歴史:1811年にエルステッドが言葉を使い始め、マッハによって広まった。考え方自体は古代ギリシャから存在
- 特徴:実行不可能な状況を想定し、極端な設定で本質をあぶり出す。正解がないことが多い
- 有名な例:トロッコ問題、シュレーディンガーの猫、テセウスの船、中国語の部屋など
- 活用分野:哲学、物理学、心理学、法学、AI、ビジネスなど幅広い
思考実験には正解がありません。
でも、だからこそ「考えること」そのものが大切なんですね。
普段は意識しない自分の価値観や、物事の本質を知るきっかけとして、思考実験に挑戦してみてはいかがでしょうか。


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