北欧神話の最高神オーディン。
その影に隠れがちですが、実はオーディンには2人の弟がいました。
そのうちの1人が「ヴィリィ」です。
ヴィリィはオーディン、そしてもう1人の弟ヴェーとともに、この世界を創り、最初の人間に命を吹き込んだ神なんですね。
世界創造という神話の根幹に関わりながら、なぜか影の薄い存在になってしまった——そんな不思議な神でもあります。
この記事では、ヴィリィの名前の意味や神話での役割、ちょっとスキャンダラスなエピソードまでわかりやすく紹介します。
ヴィリィの基本情報

ヴィリィは北欧神話に登場するアース神族の一柱です。
父は神ボル、母は巨人女性のベストラ。
三兄弟の中では次男にあたり、長男オーディン、末弟ヴェーとともに世界の創造者として知られています。
神話の中での登場頻度は決して多くありませんが、世界と人類の起源に深く関わる重要な神です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ヴィリィ(古ノルド語:Vili) |
| 読み方 | ヴィリィ(英語圏では「ヴィリー」とも) |
| 種族 | アース神族 |
| 父 | ボル(神) |
| 母 | ベストラ(巨人女性) |
| 兄弟 | オーディン(長兄)、ヴェー(末弟) |
| 役割 | 世界創造、人類創造 |
| 主な出典 | 『スノッリのエッダ』『古エッダ』 |
名前の意味は「意志」
ヴィリィという名前には、深い意味が込められています。
古ノルド語で「vili」は「意志」「欲望」「喜び」を意味する言葉。
英語の「will(意志)」やドイツ語の「Wille」と同じ語源なんですね。
実は、三兄弟の名前には面白い特徴があります。
ゲルマン祖語(ヴァイキング時代よりもずっと昔の言語)では、三人の名前は頭韻を踏んでいたとされています。
- オーディン:*Wōdinaz(霊感、神秘的知識)
- ヴィリィ:*Wiljô(意志、認知、行動への衝動)
- ヴェー:*Wīhaz(聖性、神聖な力)
つまり「霊感・意志・聖性」という、宇宙を形作るための三大要素を三兄弟が象徴していたわけです。
研究者の中には、この三神がゲルマン民族にとっての「三位一体」のような存在だったのではないかと考える人もいます。
この名前の頭韻は、ヴィリィたち三兄弟の起源がヴァイキング時代(8世紀頃〜)よりもはるか昔、おそらく紀元前にまで遡る可能性を示唆しています。
神話での役割①:世界創造
ヴィリィが最も活躍するのは、世界創造の場面です。
太古の昔、世界には何もありませんでした。
あるのは灼熱の国ムスペルヘイムと、極寒の国ニヴルヘイムだけ。
その間に広がる虚空「ギンヌンガガプ」から、最初の巨人ユミルが生まれます。
ユミルは怠惰で貪欲な存在でした。
やがてオーディン、ヴィリィ、ヴェーの三兄弟は力を合わせてユミルを殺害し、その巨大な身体から世界を創り上げたのです。
『スノッリのエッダ』によると、ユミルの身体は次のように使われました。
- 肉 → 大地
- 血 → 海や川
- 骨 → 山
- 歯 → 岩
- 髪 → 草木
- まつ毛 → 人間界ミズガルズを囲う防壁
- 頭蓋骨 → 天空
- 脳髄 → 雲
スケールが壮大すぎて、ちょっと想像が追いつきませんね。
神話での役割②:人類創造
世界を創った三兄弟は、次に人間を創り出します。
ある日、三人が海岸を歩いていると、2本の流木を見つけました。
トネリコとニレの木です。
三兄弟はこの木から最初の人間——男性のアスクと女性のエムブラ——を創りました。
そしてそれぞれが人間に贈り物を与えます。
| 神 | 人間に与えたもの |
|---|---|
| オーディン | 命と魂(生命の息吹) |
| ヴィリィ | 知性と触覚、動く力 |
| ヴェー | 顔(表情)、言葉、聴覚、視覚 |
ヴィリィが与えたのは「知性」と「動く力」。
名前の意味である「意志」と重なりますね。
意志があるからこそ、人は考え、行動できる——そんな哲学的なメッセージが込められているのかもしれません。
ちなみに『古エッダ』の『巫女の予言』では、人間を創った三神はオーディン、ヘーニル、ローズルという名前で登場します。
同じ神々の別名だと考える研究者も多く、ヘーニル=ヴィリィ、ローズル=ヴェーという説が有力です。
フリッグとのスキャンダル?
ヴィリィには、ちょっと気まずいエピソードも残っています。
『古エッダ』の『ロキの口論』という詩で、トラブルメーカーのロキが神々を次々と侮辱する場面があります。
その中でロキはオーディンの妻フリッグに対し、こんなことを言い放ちました。
「黙れフリッグ!お前はヴィリィとヴェーの両方を抱いたじゃないか」
なかなか辛辣ですよね。
『ユングリング・サガ』によると、オーディンが長期間留守にした際、神々はオーディンが死んだと思い込みました。
そこでヴィリィとヴェーがオーディンの財産を分け合い、妻フリッグも「共有」したというのです。
ただし、これを単なる不貞と見るのは早計かもしれません。
研究者の中には「フリッグは主権の象徴であり、アース神族の統治者と結ばれる存在だった」と解釈する人もいます。
オーディンが不在の間、統治者となったヴィリィとヴェーがフリッグと結ばれたのは、むしろ王権の継承を象徴していた——という見方です。
いずれにせよ、オーディンは無事に帰還し、フリッグとの関係を取り戻しました。
弟たちがどんな顔をしていたのかは……神話は沈黙しています。
なぜヴィリィは影が薄いのか
世界と人類を創った重要な神なのに、ヴィリィは北欧神話の中であまり目立ちません。
オーディンやトールに比べると、知名度は圧倒的に低いですよね。
考えられる理由はいくつかあります。
まず、北欧神話が文字として記録されたのは、キリスト教化が進んだ中世(13世紀頃)でした。
その頃にはすでにオーディン信仰が中心となっており、ヴィリィとヴェーの信仰は薄れていた可能性があります。
また、三兄弟はもともと「一体の存在」として捉えられていたという説もあります。
オーディンが「霊感・意志・聖性」のすべてを統合した存在として崇められるようになり、弟たちの独立した役割は忘れられていったのかもしれません。
現代文化への影響
ヴィリィ単独での登場は少ないものの、北欧神話ブームの中で再び注目を集めています。
ゲーム『God of War』シリーズや、マーベル映画での北欧神話人気により、オーディンの弟として言及される機会が増えました。
ニール・ゲイマンの小説『北欧神話』でも、世界創造の場面でヴィリィは重要な役割を果たしています。
まとめ
ヴィリィについてのポイントをおさらいしましょう。
- オーディンの弟で、三兄弟の次男
- 名前は古ノルド語で「意志」を意味する
- オーディン、ヴェーとともに巨人ユミルを倒し、世界を創造した
- 最初の人間アスクとエムブラに「知性」と「動く力」を与えた
- オーディン不在時にフリッグと関係を持ったとされる
- 現存する神話での出番は少ないが、世界創造に関わる重要な神
影は薄くても、ヴィリィがいなければ世界も人間も存在しなかったかもしれません。
北欧神話を深く知りたいなら、ぜひ覚えておきたい神の一柱ですね。
参考情報
- 『スノッリのエッダ』(散文のエッダ)- スノッリ・ストゥルルソン著(13世紀)
- 『古エッダ』(詩のエッダ)- 『巫女の予言』『ロキの口論』など
- 『ユングリング・サガ』- 『ヘイムスクリングラ』所収(スノッリ・ストゥルルソン著)
- 谷口幸男訳『エッダ―古代北欧歌謡集』新潮社


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