イスバザデンとは?ウェールズ神話の巨人の長を徹底解説

神話・歴史・文化

娘の結婚式が、自分の死刑執行の日になる——そんな運命を背負った巨人がいます。
ウェールズ神話に登場する「イスバザデン」です。

アーサー王伝説の中でも最も古い物語のひとつ『キルッフとオルウェン』に登場するこの巨人は、約40もの「絶対にクリアできないはずの難題」を出題することで有名なんですね。

この記事では、イスバザデンの正体、名前に隠された意味、そして彼がたどった悲劇的な運命までを詳しく紹介します。


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イスバザデンとは何者か

イスバザデン・ペンカウル(Ysbaddaden Pencawr)は、中世ウェールズの物語集『マビノギオン』に収録されている『キルッフとオルウェン』に登場する巨人です。
「ペンカウル」は「巨人の長」という意味で、彼がただの巨人ではなく、巨人たちの王であることを示しています。

彼は絶世の美女オルウェンの父親として知られていますが、その存在は単なる「ヒロインの父親」にとどまりません。
物語の中で最大の障壁として立ちはだかり、主人公キルッフに次から次へと無理難題をふっかけてくる、いわば「ラスボス」のような存在なんですね。

興味深いのは、彼がアーサー王伝説の登場人物でもあるという点です。
『キルッフとオルウェン』は現存する最古のアーサー王物語のひとつとされており、アーサー王や彼の騎士たちが主人公を助けて巨人に挑むという構図が描かれています。


イスバザデンの姿——まぶたを持ち上げないと見えない

イスバザデンの外見は、まさに「怪物」と呼ぶにふさわしいものです。

最大の特徴は、異常に重いまぶた。
あまりに巨大で重いため、自力では目を開けることができません。
従者たちが長い柄のついたフォーク(または槍)を使って、まぶたを持ち上げてやる必要があるんですね。

髪とひげも乱れ放題で、通常の道具では手入れができないほど硬く絡まっています。
物語の中では、彼のひげを剃るために「魔女オルドゥの血」を泡立て液として使い、魔法の櫛とハサミで整える必要があるとされているんです。

この不気味な外見は、彼の「停滞」「老い」「不毛」といったイメージを象徴していると考えられています。


名前に隠された意味——サンザシか、それとも不妊か

「イスバザデン」という名前の由来には、2つの有力な説があります。

1つ目は「サンザシ(hawthorn)」説
ウェールズ語で「ysbyddaden」はサンザシを意味し、トゲだらけの植物であることから「障壁」や「阻害」の象徴と解釈できます。
サンザシは5月に白い花を咲かせる植物でもあり、季節の移り変わりや豊穣のサイクルとも関連づけられています。

2つ目は「去勢・不妊」説
「ysbad-」という接頭辞が「ysbaddu(去勢する)」という動詞に由来するという説です。
この解釈だと、イスバザデンは「不毛」や「繁殖の妨げ」を体現する存在ということになります。

どちらの説も、彼が「娘の結婚(=次世代への継承)」を阻止しようとする役割とよく合致しているのが面白いところです。


娘オルウェンとの関係——結婚は父の死を意味する

イスバザデンには、オルウェンという美しい娘がいます。
彼女の名前は「白い足跡(ol = 足跡、wen = 白い)」を意味し、オルウェンが歩いた後には白いクローバーが咲くと伝えられています。

父と娘の関係を語る上で欠かせないのが、イスバザデンにかけられた「呪い」あるいは「予言」の存在です。

娘が結婚する日、イスバザデンは死ぬ運命にある——これが彼を苦しめ続けた宿命でした。

だからこそ、イスバザデンはオルウェンを誰にも嫁がせたくなかったんですね。
求婚者が現れるたびに、絶対にクリアできないはずの難題を出し続けることで、結婚を先延ばしにしようとしたわけです。

しかし皮肉なことに、この行動がかえって彼の破滅を早めることになります。


約40の難業——クリア不可能な嫁入りの条件

物語の主人公キルッフは、継母の呪いによって「オルウェン以外の女性とは結婚できない」という運命を背負っています。
キルッフがオルウェンを求めてイスバザデンの城を訪れると、巨人は約40もの「アノエサウ(anoethau)」と呼ばれる難業を課しました。

これらは「結婚の条件」として提示されていますが、実際には「絶対に達成できないはずの無理難題」です。

代表的な難業をいくつか紹介しましょう。

難業内容
魔猪トゥルッフ・トゥルウィスの狩り耳の間にある櫛とハサミを奪取する
マボン・アプ・モドロンの救出生後3日で誘拐された「神の息子」を解放する
黒い魔女オルドゥの血イスバザデンのひげを剃るための泡立て液に必要
ディウルナッハの大釜結婚式の宴のために必要な調理器具
様々な魔法の道具剣、籠、角杯など多数

キルッフは従兄弟のアーサー王に助けを求め、円卓の騎士たちと共にこれらの難業に挑みます。
カイやベドウィール、魔術師メヌーなど、伝説的な英雄たちが力を合わせて、ひとつひとつ課題をクリアしていくんですね。


イスバザデンの最期——予言どおりの死

すべての難業が達成されると、イスバザデンはもう逃げ場がありません。

物語のクライマックスでは、ピクトランドのカウによって彼の髪とひげが剃り落とされ、肉まで削ぎ取られるという壮絶な場面が描かれます。

そして最後の一撃を加えたのは、ゴレウ・ファブ・クステニンという青年でした。
ゴレウはイスバザデンの甥にあたりますが、イスバザデンはかつてゴレウの父クステニンの土地を奪い、23人の兄弟を殺害していたのです。

ゴレウはイスバザデンの髪をつかんで城壁まで引きずり、その首を切り落としました。
切り落とされた首は城塞の杭に掲げられ、イスバザデンの悲劇的な最期が完結します。

予言どおり、娘の結婚と同時に、巨人は命を落としたのです。


アイルランド神話のバロールとの類似性

ケルト神話の研究者たちは、イスバザデンとアイルランド神話の巨人バロールとの類似性を指摘しています。

要素イスバザデンバロール
種族巨人の長フォモール族の王
目の特徴重いまぶたをフォークで持ち上げる破壊の目を複数人で開ける
予言娘の結婚で死ぬ孫に殺される
オルウェンエスニウ
結末予言どおり死亡孫ルーに殺される

どちらも「娘を通じた次世代の誕生」が自分の死につながるという運命を背負っており、それを避けようとして失敗するという共通のモチーフを持っています。

民俗学者アレクサンダー・クラッペは、これらの物語が「冬の老人が春の到来によって滅びる」という季節神話に由来すると解釈しています。
イスバザデンが「不毛」を、オルウェンが「白い花の咲く春」を象徴するという構図ですね。


現代文化への影響

イスバザデンの物語は、現代のファンタジー作品にも影響を与えています。

『マビノギオン』全体がJ.R.R.トールキンの創作に影響を与えたことは広く知られていますし、『キルッフとオルウェン』の「難業をクリアして姫を救う」という構造は、後世の多くの冒険物語の原型となりました。

また、日本のスマートフォンゲーム『サモンズボード』にも「巨人の長イスバザデン」というキャラクターが登場しており、ケルト神話ファン以外にもその名前が知られるきっかけとなっています。


まとめ

  • イスバザデン・ペンカウルはウェールズ神話『マビノギオン』に登場する巨人の長
  • 名前は「サンザシ」または「不妊」を意味し、阻害と不毛の象徴
  • 娘オルウェンの結婚が自分の死を意味するという運命を背負っていた
  • 求婚者キルッフに約40の難業を課すが、アーサー王と騎士たちの協力で達成される
  • 最後は甥のゴレウに首を切られて死亡——予言どおりの最期を迎えた
  • アイルランド神話のバロールと多くの共通点を持つ

イスバザデンの物語は、「運命から逃れようとする者は、かえって運命を早める」という普遍的なテーマを描いています。
彼は単なる「悪役」ではなく、避けられない死に怯えながらも抗い続けた悲劇的な存在だったのかもしれません。

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