「香りを食べて生きている」と聞いたら、どんな存在を想像しますか?
インド神話には、そんな不思議な生き物が登場します。
その名はガンダルヴァ。神々の宮殿で美しい音楽を奏でる、天界専属の楽師集団です。
音楽と香りを愛し、天女アプサラスを妻に持つ彼ら。
一見すると優雅な存在ですが、実は6,000万もの軍勢で蛇族ナーガを滅ぼしたという、意外な一面も持っています。
この記事では、ガンダルヴァの姿や特徴、伝承、そして仏教における「乾闘婆(けんだつば)」としての姿まで、わかりやすく解説していきます。
ガンダルヴァの概要

ガンダルヴァは、インド神話に登場する半神半獣の存在です。
雷神インドラ(のちの帝釈天)に仕え、神々の宮殿で音楽を奏でる役割を担っています。
「ガンダルヴァ」という名前は、サンスクリット語で「香り」を意味する「ガンダ」に由来するとされています。
彼らは酒も肉も口にせず、なんと香りだけを食べて生きているのだとか。
古代インドの聖典『アタルヴァ・ヴェーダ』によると、その数は6,333柱にも及ぶそうです。
天界には、彼ら専用の領域「ガンダルヴァローカ」も存在すると伝えられています。
ガンダルヴァの姿
ガンダルヴァの外見は、かなり独特です。
上半身は赤く逞しい男性の姿で、頭には八角の角が生えています。
下半身は黄金に輝く鳥の姿をしており、背中には翼も持っているとか。
ただし、すべてのガンダルヴァがこの姿というわけではありません。
叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するトゥンブルは、馬の顔を持ち、緑色の肌をした人間に近い姿で描かれています。
興味深いのは、かつてガンダルヴァがギリシャ神話のケンタウロス(半人半馬の種族)と同じ起源を持つと考えられていたこと。
現在この説は否定されていますが、むしろ牧神パーンに近い存在だとも言われています。
ガンダルヴァの特徴
香りを食べ、香りを放つ
ガンダルヴァの最大の特徴は、香りとの深い関わりです。
彼らは香りを求めて世界を巡り歩くため、「食香(じきこう)」や「尋香行(じんこうぎょう)」とも呼ばれます。
そして自らの体からも、冷たく濃密な香気を発しているのだそうです。
この不思議な性質から、サンスクリット語では魔術師のことも「ガンダルヴァ」と呼ぶようになりました。
さらに蜃気楼は「乾闘婆城(ガンダルヴァ・ナガラ)」と呼ばれています。
実体がなく、どこから現れるのかわからない——そんな神秘的なイメージがガンダルヴァと重なったのでしょう。
天界の楽師として
ガンダルヴァの本職は、神々に音楽を捧げること。
インドラの宮殿では、彼らが楽器を奏で、妻であるアプサラス(天女)たちが踊りを披露します。
この組み合わせは「天界のエンターテイメント」として、神々の宴に欠かせないものでした。
彼らの音楽は、自然界の旋律「ラーガ」として見出されるとも言われています。
女好きだけど処女の守護神?
ガンダルヴァには、ちょっと矛盾した性質があります。
文献によると、彼らの大半は「女好きで肉欲が強い」とされています。
ところが同時に、処女の守護神でもあるというのです。
古代インドでは、未婚の女性は結婚前にガンダルヴァ、酒神ソーマ、火神アグニの「妻」になると考えられていました。
つまり、花嫁を守る存在としてガンダルヴァが信仰されていたわけですね。
ガンダルヴァの伝承

ソーマの守護者
ガンダルヴァは、神聖な飲み物「ソーマ」の守護者でもあります。
ソーマは植物から作られる霊薬で、ヴェーダの儀式では最も重要な供物とされていました。
ところが一説によると、ガンダルヴァたちはソーマの管理を怠り、盗まれてしまったことがあるそうです。
インドラがソーマを取り戻した後、罰としてガンダルヴァはソーマを飲む権利を失いました。
別の説では、ガンダルヴァは女性が大好きだったので、女神ヴァーチ(言葉の女神)と引き換えにソーマを神々に売り渡したとも言われています。
ナーガとの大戦争
意外かもしれませんが、楽師であるガンダルヴァには戦士としての一面もあります。
プラーナ文献によると、ガンダルヴァは蛇族ナーガと激しい戦争を繰り広げました。
「マウネーヤ」と呼ばれる6,000万もの軍勢でナーガの王国を攻め、領土も財宝も根こそぎ奪い取ったのです。
追い詰められたナーガは、維持神ヴィシュヌに助けを求めました。
ヴィシュヌはプルクツァという人間に化身してナーガを救い、マウネーヤを全滅させたと伝えられています。
優雅な楽師が大軍を率いて蛇族を滅ぼす——この二面性こそ、インド神話の神々や精霊に共通する特徴かもしれません。
有名なガンダルヴァたち
ガンダルヴァの中でも、特に有名なのがトゥンブルです。
彼はガンダルヴァの指導者であり、天女ランバーの師匠でもありました。
インドラや財宝神クベーラに仕え、その歌声は神々をも魅了したといいます。
ただし、トゥンブルにはちょっとした失敗談も。
クベーラの前にランバーを連れてくるのが遅れたため、羅刹(ラークシャサ)に生まれ変わる呪いをかけられてしまいました。
この呪いは、英雄ラーマに討たれることで解けたと『ラーマーヤナ』に記されています。
仏教に取り入れられた乾闘婆
ガンダルヴァは仏教にも取り入れられ、「乾闘婆(けんだつば)」と呼ばれるようになりました。
仏教では、仏法を守護する「天竜八部衆」の一員として位置づけられています。
また、四天王の一人である持国天(東方を守る神)の眷属でもあります。
漢訳では「香神」「香音天」など、さまざまな呼び名があります。
いずれも「香り」と「音楽」という、ガンダルヴァの本質を表した名前ですね。
栴檀乾闘婆と子どもの守護
日本に伝わった乾闘婆には、子どもを守る神としての側面もあります。
平安時代、空海が伝えた密教では「栴檀乾闘婆(せんだんけんだつば)」が信仰されました。
『護諸童子経』によると、彼は親子を苦しめる15匹の疫病鬼を退治したとされています。
奈良の興福寺にある八部衆像の中にも、乾闘婆の姿を見ることができます。
「ガンダルヴァ婚」とは?
インドには「ガンダルヴァ婚」という結婚形式があります。
これは、親や司祭の承認なしに、男女が互いの同意だけで成立させる結婚のこと。
現代でいう「恋愛結婚」に近い形式です。
古代インドの法典『マヌ法典』では、8種類の結婚形式が定められていました。
ガンダルヴァ婚はその一つで、特にクシャトリア(武士)階級に認められていたとされます。
香りと音楽を愛し、女性にも積極的だったガンダルヴァ。
彼らの名前が恋愛結婚に使われるのも、納得できる気がしますね。
現代のガンダルヴァ
インド古典音楽との関わり
インドでは今でも、優れた歌手を「地上のガンダルヴァ」と称えることがあります。
南インドの伝説的歌手イェーシュダースは、まさにその代名詞的存在。
ガンダルヴァの名は、音楽の神髄を極めた者への最高の賛辞として生き続けています。
創作作品での登場
日本では、CLAMPの漫画『聖伝-RG VEDA-』に登場する乾闘婆王が印象的です。
「楽師の君」と呼ばれる美しいキャラクターで、実は四天王の一人・持国天という設定でした。
ゲーム『女神転生』シリーズにも、ガンダルヴァは仲魔として登場しています。
初期は馬の下半身を持つケンタウロス風のデザインでしたが、これはかつての「ケンタウロス同源説」の名残かもしれません。
まとめ
- ガンダルヴァはインド神話に登場する半神半獣の楽師集団
- インドラに仕え、神々の宮殿で音楽を奏でる
- 香りを食べ、体からも香りを発する不思議な存在
- 天女アプサラスの夫であり、処女の守護神でもある
- ナーガを滅ぼすほどの戦闘力も持っていた
- 仏教では「乾闘婆」として八部衆の一員に
- 日本では子どもを守る神としても信仰された
天界で美しい音楽を奏でる優雅な存在でありながら、大軍を率いて戦う武勇も持つガンダルヴァ。
その二面性は、まさにインド神話らしい奥深さを感じさせてくれます。


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