雷神インドラが天を駆けるとき、その背に乗っているのは純白の巨大な象——アイラーヴァタです。
4本の牙に7本の鼻。雲を生み出し、雨を降らせる神秘的な力を持つこの象は、インド神話で最も神聖な動物の一頭とされています。
この記事では、アイラーヴァタの誕生から能力、そして現代にまで続くその影響まで、わかりやすく解説していきます。
アイラーヴァタの概要

アイラーヴァタは、インド神話に登場する神聖な白い象です。
雷神インドラの「ヴァーハナ(乗り物)」として知られ、象の王として君臨しています。
全身が雪のように真っ白で、4本の牙と7本の鼻を持つという、普通の象とはまったく異なる姿をしています。
インドラの天界での住まいである「善見城(スヴァルガ)」の入り口を守る役目も担っており、単なる乗り物ではなく、神々の世界を守護する重要な存在なんですね。
また、方位を司る8柱の神々「ローカパーラ」は、それぞれ象に乗っているとされますが、アイラーヴァタはその象たちのリーダーでもあります。
アイラーヴァタの姿
アイラーヴァタの外見は、文献によって少しずつ異なります。
ただ、いくつかの共通点があります。
まず、全身が純白であること。これは神聖さと純粋さの象徴とされています。
乳海から生まれたという伝承から、その白さは海の泡を連想させるとも言われているんです。
牙については「4本」とされることが多いですが、「6本」や「10本」と記す文献もあります。
鼻(trunk)は「7本」とされることが多く、一部の伝承では「3本」や「5本」という説も。
さらに、タイや東南アジアで信仰される「エーラーワン」という姿では、なんと「3つの頭」を持つとされています。
場合によっては33の頭を持つという描写もあり、もはや普通の象の範疇を超えた、完全に神話的な存在ですね。
名前の意味と別名
「アイラーヴァタ(Airāvata)」という名前には、「大海から生まれた者」という意味があります。
乳海攪拌で誕生したという神話を反映した名前ですね。
また、叙事詩『ラーマーヤナ』では、母親の名前が「イラーヴァティ(Iravati)」とされており、「イラーヴァティの子」という意味でこの名がついたという説もあります。
アイラーヴァタには、いくつもの別名があります。
| 別名 | 意味 |
|---|---|
| アブフラ・マタンガ(Abhra-matanga) | 雲の象 |
| ナーガ・マーラ(Naga-malla) | 戦う象 |
| アルカソーダラ(Arkasodara) | 太陽の兄弟 |
「雲の象」という呼び名は、アイラーヴァタが持つ特別な能力に由来しています。
「太陽の兄弟」は、乳海攪拌の際に太陽と同じく海から誕生したことを示しているんです。
ちなみに「アルカソーダラ」という言葉は、ゲーム『真・女神転生IV』の序盤で登場するクイズの答えにもなっていたりします。
誕生の伝承
アイラーヴァタの誕生については、複数の異なる伝承が残っています。
乳海攪拌から誕生した説
最も有名なのは、「乳海攪拌(サムドラ・マンダン)」から誕生したという説です。
神々(デーヴァ)と魔族(アスラ)が協力して乳海をかき混ぜたとき、不死の霊薬アムリタとともに、様々な神聖な存在が海から現れました。
女神ラクシュミー、聖牛カーマデーヌ、7つの頭を持つ馬ウッチャイヒシュラヴァス……そしてアイラーヴァタも、このとき誕生したとされています。
インドラはこの白い象を見て気に入り、自分の乗り物として選んだのです。
ガルダの卵から誕生した説
『マタンガリラ』という文献では、まったく違う誕生譚が語られています。
創造神ブラフマーがガルダ(神鳥)の卵の殻に向かって聖なる讃歌を歌ったところ、その殻からアイラーヴァタが誕生。
続いて7頭の雄の象と8頭の雌の象も生まれたとされています。
そしてプリトゥ王が、アイラーヴァタを「全ての象の王」に任命したのだとか。
乳海攪拌の「原因」になった説
面白いことに、『ラーマーヤナ』ではアイラーヴァタが乳海攪拌の「きっかけ」になったとも語られています。
ある日、聖仙ドゥルヴァーサがインドラに花輪を贈りました。
インドラはその花輪を、乗っていたアイラーヴァタの牙にかけました。
ところがアイラーヴァタは、花の香りに引き寄せられた蜂に煩わされ、花輪を地面に投げ捨ててしまったのです。
怒ったドゥルヴァーサは、インドラと神々に呪いをかけ、不老不死の力を奪ってしまいました。
この呪いを解くために、神々はアムリタを求めて乳海攪拌を行うことになった——というわけです。
つまり、アイラーヴァタは乳海攪拌から「生まれた」のか、「引き起こした」のか。文献によって立場が逆転しているんですね。
これについて『ヴィシュヌ・プラーナ』は、「マンヴァンタラ(宇宙の周期)ごとに異なるインドラがいて、それぞれのインドラに異なるアイラーヴァタがいる」という解釈を示しています。
なかなか壮大なスケールの解決策ですね。
雲を生み出す力
アイラーヴァタの最も神秘的な能力は、「雲を生み出す力」です。
伝承によると、アイラーヴァタは長い鼻を冥界(パーターラ)まで伸ばし、地下の水を吸い上げます。
そしてその水を空に向かって吹き上げると、雲が生まれるのです。
インドラはその雲を雨に変えて大地に降らせる——これが、インド神話における雨のメカニズムなんですね。
雷神インドラと象のアイラーヴァタ。この二者の組み合わせが、雷雨という自然現象を神話的に説明しているわけです。
「雲の象」という別名がつけられた理由も、これで納得できますね。
バガヴァッド・ギーターでの言及
インド哲学の最高峰とも言われる『バガヴァッド・ギーター』にも、アイラーヴァタへの言及があります。
クリシュナ神がアルジュナに語る場面で、このような一節が登場します。
馬の中では、アムリタから生まれたウッチャイヒシュラヴァスを私と知れ。
象の中ではアイラーヴァタを、人間の中では王を私と知れ。
つまり、アイラーヴァタは「象の中で最も神聖な存在」として、神の化身と同列に語られているのです。
単なる神話上の動物ではなく、宗教的にも非常に重要な位置づけにあることがわかります。
東南アジアでの信仰
アイラーヴァタの信仰は、インドだけにとどまりません。
ヒンドゥー教や仏教とともに東南アジアへ伝わり、各地で独自の発展を遂げました。
タイ:エーラーワン
タイでは「エーラーワン(Erawan)」と呼ばれ、3つの頭を持つ白象として描かれます。
バンコクのシンボルとしても知られており、バンコクには「エーラワン博物館」という巨大な象の像が建てられた博物館もあります。
タイ王室とも深い関係があり、王権の象徴として扱われてきました。
ラオス:国旗のシンボル
かつてのラオス王国では、三つ首の白象が国旗に描かれていました(1952年〜1975年)。
この三つ首は、ヴィエンチャン、ルアンパバーン、シエンクワーンの3つの王国の統一を象徴するとも言われています。
「ラーンサーン王国」という名前自体が「百万の象」という意味を持ち、象がいかにこの地域で重視されていたかがわかりますね。
カンボジア:アンコールワット
アンコールワットの浮き彫りには、インドラがアイラーヴァタに乗って乳海攪拌に参加する場面が描かれています。
アンコール・トムの「象のテラス」にも、三つ首のアイラーヴァタ像が並んでいます。
仏教・ジャイナ教との関係
アイラーヴァタは、仏教やジャイナ教にも取り入れられています。
仏教
釈迦(シッダールタ)の母・摩耶夫人が見た有名な夢——天から白い象が降りてきて、彼女の右脇に入るという夢は、アイラーヴァタのイメージと結びついています。
白い象は純粋さと王権を象徴し、偉大な人物の誕生を告げる存在とされたのです。
ジャイナ教
ジャイナ教では、ティールタンカラ(解脱者)が誕生する際、インドラが妻シャチーとともにアイラーヴァタに乗って降臨し、祝福するとされています。
創作作品での登場
アイラーヴァタは、現代の創作作品にも登場しています。
ゲーム
『真・女神転生』シリーズでは、「聖獣」種族の悪魔として登場。
4本の牙を持ち、豪華な装飾をまとった白象というデザインで、神話のイメージにかなり忠実です。
『デビルサマナー ソウルハッカーズ』では、性格が「友愛」に設定されており、主人公を守る「友愛の加護」という能力を持っています。
HPや体力が高い防御寄りの性能で、頼れる仲間として活躍します。
『桃太郎伝説II』や『新桃太郎伝説』では、「あいらばた」という名前の象の姿の鬼として登場しています。
その他
Fate/Grand Orderでは、キングプロテアの宝具に「巨影、生命の海より出ずる」という名前でアイラーヴァタへの言及があります。
まとめ
アイラーヴァタについて、ポイントを整理しておきましょう。
- インド神話に登場する神聖な白い象で、雷神インドラの乗り物
- 4本の牙と7本の鼻を持ち、純白の体を持つ
- 名前は「大海から生まれた者」を意味する
- 乳海攪拌から誕生した(または乳海攪拌を引き起こした)とされる
- 冥界から水を吸い上げて雲を作り出す能力を持つ
- 8頭の方位象のリーダーであり、善見城の門番でもある
- タイでは「エーラーワン」、かつてのラオス王国では国旗のシンボルだった
- 仏教やジャイナ教にも影響を与え、東南アジア全域で信仰された
単なる「神様の乗り物」ではなく、雨をもたらす者、象の王、そして宇宙の秩序を守る存在。
アイラーヴァタは、インド神話の中でも独特の重要性を持つ聖獣なのです。
アイラーヴァタの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | アイラーヴァタ(Airāvata) |
| 読み | アイラーヴァタ |
| 別名 | アブフラ・マタンガ(雲の象)、ナーガ・マーラ(戦う象)、アルカソーダラ(太陽の兄弟) |
| 分類 | 神獣・聖獣 |
| 出典 | インド神話(ヴィシュヌ・プラーナ、マハーバーラタ、ラーマーヤナなど) |
| 外見 | 純白の象。4本の牙、7本の鼻を持つ |
| 能力 | 雲を生み出す、雨を降らせる |
| 主人 | インドラ(雷神) |
| 役割 | インドラのヴァーハナ(乗り物)、象の王、善見城の門番 |
| 配偶者 | アブハラム(象) |
| 関連地域 | インド、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマー、インドネシアなど |


コメント