あなたの家で物がなくなったり、夜中に変な音がしたりしたことはありませんか?
スラヴの人々なら、こう言うかもしれません。「それはドモヴォイの仕業だよ」と。
ドモヴォイは、ロシアやウクライナなど東スラヴ圏で古くから信じられてきた「家の精霊」です。
怖い存在ではなく、むしろ家族を守ってくれる頼もしい存在として親しまれてきました。
この記事では、ドモヴォイの姿や性格、怒らせたときの恐ろしさ、そして引っ越しの際の不思議な風習まで詳しく紹介します。
ドモヴォイの基本情報

ドモヴォイ(Domovoi)は、スラヴ神話に登場する家の守護精霊です。
ロシア語では「домово́й」、ウクライナでは「ドモヴィーク(домовик)」、ベラルーシでは「ダマヴィク(Дамавік)」と呼ばれています。
一つひとつの家庭にドモヴォイがいると信じられており、その家と家族を守る存在として大切にされてきました。
キリスト教がスラヴに広まった10世紀以降も、この精霊への信仰は根強く残り、20世紀初頭まで農村部では広く信じられていたといいます。
名前の意味
「ドモヴォイ」という名前は、スラヴ語の「ドム(dom)」に由来しています。
「ドム」は「家」や「家庭」を意味する言葉で、ラテン語の「domus」とも語源を共有しているんですね。
つまり、ドモヴォイは文字通り「家に属するもの」「家の主」という意味を持っています。
実際、人々はドモヴォイのことを本名で呼ぶのを避け、「おじいさん(デドゥシュカ)」や「あの人(チェロヴィク)」といった遠回しな表現で呼んでいました。
なぜ本名を避けるのか?
それは、精霊の名前を直接呼ぶと失礼にあたると考えられていたからです。
ドモヴォイの姿
ドモヴォイはどんな姿をしているのでしょうか?
実は、見た目の描写はかなりバリエーションがあります。
最も一般的なのは、灰色や白い髪と長い髭を持つ、毛深い老人や小人の姿です。
体全体が柔らかい毛で覆われていることもあり、角や尻尾を持つとも言われています。
興味深いのは、ドモヴォイがその家の主人や先祖の姿をとることがあるという点です。
家族の誰かにそっくりな姿で現れることもあれば、猫や犬、熊、さらには蛇の姿で現れることもあるとか。
ただし、ドモヴォイの姿を見ることは非常に稀であり、同時に不吉なことだとされています。
姿を見てしまった場合、病気や死、不幸が近づいている前兆だと信じられていました。
普段は姿を見せず、すすり泣きや唸り声、夜中に家がきしむ音などで存在を示すといいます。
ドモヴォイの住処
ドモヴォイはどこに住んでいるのでしょうか?
彼らが好む場所は、家の中でも特に暖かく暗い場所です。
- ペチカ(ロシアの大きな暖炉)の下や後ろ
- 地下室
- 玄関の敷居の下
- 屋根裏
- ドアの陰
特にペチカは、ロシアの伝統的な家屋では暖房・調理・睡眠場所を兼ねる重要な存在でした。
ドモヴォイがペチカの近くを好むのは、そこが家の「心臓部」だったからかもしれません。
また、一部のドモヴォイは納屋や家畜小屋に住み、家畜の世話をすることもあったそうです。
ドモヴォイの役割と性格
ドモヴォイの最も重要な役割は、家と家族を守ることです。
具体的には、こんなことをしてくれると信じられていました。
火事、泥棒、悪霊から家を守ってくれます。
家族に危険が迫ると、物音を立てたり夢に現れたりして警告してくれます。
時には家事を手伝ってくれることもあり、夜中に家がきしむ音は「ドモヴォイが家事をしている音」だと考えられていました。
さらに、未来を予知する力を持っているとも言われています。
夜にドモヴォイの体に触れたとき、温かければ幸運、冷たければ不運が訪れるのだとか。
ドモヴォイの泣き声を聞いた場合は、家族の誰かの死が近いことを意味するとされていました。
ドモヴォイは勤勉で清潔好きな家族を好みます。
逆に、怠け者や家を散らかす人、喧嘩ばかりしている家族は嫌われてしまうんですね。
怒らせると怖い!ドモヴォイの悪戯
普段は家族思いのドモヴォイですが、機嫌を損ねると厄介なことになります。
ドモヴォイが怒る原因としては、以下のようなものがあります。
- 家が散らかっている
- 家族が喧嘩ばかりしている
- 食卓で罵り言葉を使う
- 下着を着けずに寝る
- 女性が髪を覆わずに外出する
- 食事をせずに寝る
こうした行為でドモヴォイの機嫌を損ねると、いたずらが始まります。
物を投げ散らかしたり、寝ている人の掛け布団を剥がしたり。
嫌いな家畜がいれば、追いかけ回した挙句、餌を糞に変えて餓死させることもあるとか。
最悪の場合、火事を起こすこともあるといいます。
あまりにも家族の行いが悪いと、ドモヴォイは家を出て行ってしまいます。
守護者を失った家は、病気や災難に見舞われると恐れられていました。
ドモヴォイの機嫌を取る方法

では、どうすればドモヴォイと良い関係を築けるのでしょうか?
最も一般的な方法は、供物を捧げることです。
ペチカの近くにミルクやパン、塩などを置いておくと、ドモヴォイは喜んでくれます。
意外なことに、タバコも大好物なんだとか。
供物を捧げる日は決まっていて、1月28日と3月30日がドモヴォイの「お食事の日」とされていました。
他にも、こんなことが大切です。
- 家を清潔に保つ
- 家族仲良く過ごす
- 食卓で罵り言葉を使わない
- 長期間家を空けるときは、静かに座って別れを告げる
ドモヴォイの起源
ドモヴォイはどこから来たのでしょうか?
民族誌学者たちが一致して認めているのは、ドモヴォイがキリスト教以前から存在していたということです。
そしてその起源は、先祖崇拝にあると考えられています。
多くの民族において、家の精霊は「一族の始祖がなるもの」と信じられてきました。
ドモヴォイも同様で、亡くなった先祖の霊——特に一族の創始者や父系の祖先——が家を守る精霊になったと考えられています。
ロード神との関係
ロシアの民俗学者E.G.カガロフによれば、ドモヴォイは至高神「ロード(Rod)」の家庭レベルでの顕現だといいます。
ロードとは何か?
スラヴ神話において、出産・運命・一族・父祖などを司る神です。
かつて人々が「部族」という単位でまとまっていた時代、ロードは部族全体の守護神でした。
やがて社会が変化し、「家族」という単位で人々が区別されるようになると、部族の守護神ロードの役割も変化しました。
各家庭に「小さなロード」が生まれた——それがドモヴォイだというわけです。
「天から落とされた精霊」という伝説
一方で、こんな伝説も残っています。
「かつて天国に住んでいた精霊たちが、至高神に反乱を起こして地上へ落とされた。家の中に落ちたものがドモヴォイになり、庭に落ちたものがドヴォロヴォイ、森に落ちたものがレーシー、水に落ちたものがヴォジャノーイになった」
興味深い話ですが、これはキリスト教化後に生まれた説明だと考えられています。
10世紀以降、スラヴ地域にキリスト教が広まると、教会は異教の精霊たちを「悪魔的な存在」として弾圧しようとしました。
しかし民衆はドモヴォイへの信仰を捨てませんでした。
そこで生まれたのが、この「堕天使」のような説明です。
「悪魔になるほど悪くはなかった天使が地上に落ちてきた」——こう解釈することで、キリスト教の世界観と異教の精霊信仰を両立させたのでしょう。
家から離れるほど精霊が危険になるという構図も、「家に落ちた者は人間と仲良くなり、自然界に落ちた者は人間に危害を加える」というキリスト教的な善悪の図式で説明されています。
引っ越しするときはドモヴォイも一緒に
スラヴの人々にとって、引っ越しは「ドモヴォイをどうするか」という問題でもありました。
新しい家にドモヴォイがいないと暮らしていけないと信じられていたため、古い家からドモヴォイを連れて行く風習がありました。
その方法がなかなかユニークです。
まず、古い樹皮で編んだ靴(ラーポチ)やスリッパにドモヴォイを入れます。
それを箒や、炭火を載せたショベルの上で運び、新居へ向かいます。
家の最年長の女性が古いペチカから燃えさしを持ち出し、新しいペチカに火を移すことで、ドモヴォイは新しい家を自分の住処として認めてくれるのです。
新居に着いたら、ドモヴォイにお菓子などのご馳走を用意してお迎えします。
そして——ここがスラヴらしいところですが——司祭を呼んで家の祝福も受けます。
キリスト教と異教の信仰が見事に共存していたんですね。
ドモヴォイの妻:ドモヴィーハ
ドモヴォイにはドモヴィーハ(Domovikha)という妻がいるとされています。
「ドマニャー」「ドミーカ」とも呼ばれます。
ドモヴィーハは床下や地下室に住んでいるとされ、夫のドモヴォイとともに家を守っていました。
ただ、ドモヴォイに比べると存在感は薄く、伝承に登場する頻度も少ないようです。
ドモヴォイと関連する精霊一覧
スラヴの伝承には、ドモヴォイ以外にもさまざまな場所の精霊が登場します。
これらは「ドモヴォイの分身」とも考えられており、家から離れるほど危険度が増していきます。
| 名前 | 読み方 | 住処 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ドモヴォイ | Domovoi | 家の中 | 家と家族を守る。最も人間に友好的 |
| ドモヴィーハ | Domovikha | 床下・地下室 | ドモヴォイの妻 |
| ドヴォロヴォイ | Dvorovoi | 庭・中庭 | 家畜を守る。白い毛の動物を嫌う |
| バーンニク | Bannik | 浴室(バーニャ) | 最も毛深く危険。深夜の入浴は禁物 |
| オヴィンニク | Ovinnik | 納屋・乾燥小屋 | 火に関係し、気性が荒い。黒猫の姿で現れることも |
| グメンニク | Gumennik | 穀物小屋 | 穀物を守る |
| ヴァジラ | Vazila | 馬小屋 | 馬を守る専門の精霊 |
| バガン | Bagan | 家畜小屋 | 牛や山羊を守る |
現代のドモヴォイ
都市化が進んだ現代では、ドモヴォイに遭遇することは稀になりました。
しかし、伝統的な家庭では今でもドモヴォイへの信仰が残っています。
アパートに「ドモヴォイコーナー」を設けて、パンやミルク、お菓子、さらにはボタンやビーズを入れた瓶(光る小物が好きらしいのです)を供える人もいるとか。
また、ゲームや小説などのフィクション作品にもドモヴォイは登場しています。
『真・女神転生デビルサマナー』では「妖精」として登場し、毛むくじゃらで小柄な姿で描かれています。
イギリスの「ブラウニー」とよく比較されますが、ドモヴォイは単なるいたずら好きの妖精ではなく、先祖の霊として家を守る力強い存在という点で異なります。
まとめ
ドモヴォイについて、ポイントを整理しましょう。
- スラヴ神話に登場する家の守護精霊
- 名前は「家(dom)」に由来し、「家の主」を意味する
- 灰色の髪と髭を持つ毛深い老人の姿で描かれることが多い
- ペチカの下や地下室など、暖かく暗い場所に住む
- 家族を守り、危険を予知して知らせてくれる
- 散らかった家や喧嘩を嫌い、怒るといたずらを仕掛ける
- ミルクやパン、タバコなどの供物で機嫌を取れる
- 引っ越しの際は一緒に連れて行く風習がある
- 先祖の霊が起源とする説が有力
ドモヴォイは、単なる怪物や妖怪ではありません。
家族の一員として敬われ、大切にされてきた存在です。
清潔にして、仲良く暮らす——ドモヴォイが教えてくれるのは、実はとてもシンプルな「幸せな家庭の秘訣」なのかもしれませんね。


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