黒妖犬とは?イギリス各地に伝わる死を告げる幽霊犬の伝承まとめ

神話・歴史・文化

夜道で突然、巨大な黒い犬に出くわしたらどうしますか?
しかもその目は炎のように燃えていて、体は子牛ほどもある——。

イギリスでは古くから、こんな恐ろしい魔犬の伝承が語り継がれてきました。
「ブラック・ドッグ」「ヘルハウンド」「ケ・シー」など呼び名はさまざま。
日本では「黒妖犬」とも訳される、死の先触れとされる妖精たちです。

この記事では、イギリス各地に伝わる黒妖犬の伝承を、地域ごとの名前や特徴とともにわかりやすく紹介します。


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黒妖犬(ブラック・ドッグ)の概要

ブラック・ドッグは、イギリス全土に伝わる黒い犬の姿をした妖精(亡霊)の総称です。
「ヘルハウンド(地獄犬)」や「黒妖犬」とも呼ばれ、その姿を見た者には死が訪れると恐れられてきました。

面白いのは、イギリスではほぼ全ての州で独自のブラック・ドッグ伝承があること。
ヨークシャーでは「バーゲスト」、イースト・アングリアでは「ブラック・シャック」、ウェールズでは「グウィルギ」など、地域によって名前も性格も微妙に違うんです。


黒妖犬の姿と特徴

見た目

ブラック・ドッグの外見は伝承によって多少異なりますが、共通する特徴があります。

まず、とにかくデカい。
普通の犬どころか、子牛やロバほどの大きさとされることが多いんですね。
毛並みはふさふさの漆黒で、目は炎のように赤く輝いています。
なかには目が1つしかないもの、頭がないもの、鎖を引きずるものもいるとか。

そして現れた後には、硫黄(いおう)の臭いが残ると言われています。
まるで地獄から這い出てきたような演出ですよね。

出没場所

ブラック・ドッグが好んで現れる場所には傾向があります。

十字路、古い道、教会の墓地、処刑場跡など。
人の死にまつわる場所を好むところが、いかにも不吉な存在らしいです。
嵐の夜や霧の深い晩に目撃されることが多く、「現れた後には雷雨が来る」という話もあります。

死の先触れとしての性質

ブラック・ドッグの最大の特徴は「死の予兆」であること。

「見ただけで死ぬ」「話しかけたら死ぬ」「触れたら死ぬ」など、バリエーションはさまざま。
なかには「はっきり見た者は数日以内に死に、ちらっと見ただけなら数ヶ月の猶予がある」という細かい設定の地域もあります。

ただし全てが凶悪というわけではありません。
サマセット地方の「ガート・ドッグ」は子どもを守る守護犬だし、リンカンシャーの「ヘアリー・ジャック」も温和な性格だとか。
墓地を守る「チャーチ・グリム」も、基本的に人を傷つけることはないとされています。


黒妖犬の起源

ヘカテーの猟犬説

ブラック・ドッグの起源として有力なのが、ギリシャ神話の女神ヘカテーとの関連です。

シェイクスピアの『マクベス』には、魔女が「ヘカテーの猟犬」について言及するシーンがあります。
ヘカテーは古代ギリシャの新月の女神で、松明を掲げ犬を従えて夜の三叉路に現れるとされていました。
死と再生を司る女神に仕える黒い犬たち——という構図が、後のブラック・ドッグ伝承に影響を与えたと考えられています。

ケルトおよびゲルマンの伝統

ヨーロッパ各地の神話には、死や冥界と結びついた犬が登場します。
ウェールズ神話の「クーン・アンヌン(アンヌンの猟犬)」や、北欧神話でヘルの門を守る番犬ガルムなど。

イギリスはケルトとゲルマン(アングロ・サクソン)の文化が混ざり合った土地。
両方の神話に登場する「死を司る犬」のイメージが融合して、ブラック・ドッグという独特の存在が生まれたのかもしれません。

墓守犬(チャーチ・グリム)の伝承

イギリスには「新しく墓地を造る際、最初に埋められた死者は天国に行けず墓守になる」という迷信がありました。
人間が墓守になるのはかわいそう、というわけで代わりに黒犬を埋めることがあったんです。

こうして生まれた「チャーチ・グリム(教会グリム)」は、墓地を守る番犬。
墓荒らしを追い払い、迷子の子どもを助け、葬儀の鐘に合わせて遠吠えするなど、基本的に善良な存在とされています。


地域ごとの黒妖犬

イギリス各地には、それぞれ独自の名前を持つ黒妖犬がいます。
代表的なものをいくつか紹介しましょう。

ブラック・シャック(イースト・アングリア)

イングランド東部のノーフォーク、サフォーク、ケンブリッジシャー周辺に伝わる幽霊犬です。
「シャック」という名前は古英語の「scucca(悪魔)」に由来するとか。

ブラック・シャックの最も有名なエピソードは1577年の事件。
雷雨の夜、サフォーク州ブングェイの教会に巨大な黒い犬が現れ、2人の信者を殺害したというんです。
同じ日、近くのブライスバーグ教会でも同様の事件が起き、3人が犠牲に。
ブライスバーグ教会の扉には、今でもブラック・シャックがつけたとされる爪痕が残っています。

バーゲスト(ヨークシャー)

イングランド北部ヨークシャー地方の黒妖犬。
巨大な牙と爪を持ち、夜にしか現れません。

バーゲストには面白い特徴があります。
地域の名士が亡くなる前には、バーゲストを先頭に近所の犬たちが葬列のように行進するというんです。
この行列を邪魔すると、一生治らない傷をつけられるとか。

ヨーク市内の細い路地「スニックルウェイズ」には今でもバーゲストが出没し、一人歩きの旅人を襲うと言われています。

ケ・シー(スコットランド)

スコットランド高地に伝わる「妖精の犬」です。
ゲール語で「クー・シー」と発音し、「妖精の犬」という意味。

他のブラック・ドッグと違うのは、その体色。
ケ・シーは深い緑色(ほとんど黒に近い)の毛並みを持つとされています。
緑はケルト文化で妖精と結びつく色なんですね。

大きさは若い牡牛ほど。
尾は巻いていたり編み込まれていたりして、足跡は皿くらいの大きさになるとか。

ケ・シーが恐れられる理由は「3回の吠え声」。
1回目の吠え声を聞いたら、すぐに逃げなければなりません。
2回目が聞こえたら、もう時間がない。
3回目を聞いてしまったら——恐怖のあまり心臓が止まると言われています。

クーン・アンヌン(ウェールズ)

ウェールズ神話に登場する「アンヌン(異界)の猟犬」たち。
他の黒妖犬と違い、白い体に赤い耳を持つとされています。

クーン・アンヌンは「ワイルド・ハント(幽霊狩り)」と深く結びついた存在。
異界の王アラウンやグウィン・アプ・ヌーズに率いられ、夜空を駆け抜けて死者の魂を狩り集めるんです。

興味深いのは、遠くにいるときほど吠え声が大きく、近づくほど静かになるという性質。
つまり、聞こえなくなったときが一番危ない。

モーゼイ・ドゥー(マン島)

マン島西海岸のピール城に出没した黒い幽霊犬。
その姿をはっきり見た者は、まもなく死ぬと言われていました。


黒妖犬から逃れる方法

恐ろしいブラック・ドッグですが、逃げる方法がないわけではありません。

最も確実とされるのは「川を渡る」こと。
ブラック・ドッグは流れる水を越えられないという弱点があるんです。
橋があっても渡れないという話もあれば、川さえ渡れば安全という話もあります。

もうひとつは「神に祈る」こと。
敬虔な祈りはブラック・ドッグを退けるとされています。

あとは「絶対に声をかけない、触らない」。
パッドフット(リーズ周辺のブラック・ドッグ)に蹴りを入れた男は、溝や生垣を引きずられて自宅まで連れ戻され、一生口がきけなくなったという話もあります。


現代文化への影響

ブラック・ドッグ伝承は、数々の文学作品や映画に影響を与えてきました。

『バスカヴィル家の犬』

コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズで最も人気の高い長編。
デヴォン州ダートムーアを舞台に、呪われた魔犬の謎をホームズが解き明かします。

この作品のきっかけは、ドイルが友人から聞いた「ダートムーアの幽霊犬」の話。
17世紀に悪魔に魂を売ったとされるリチャード・キャベルという地主と、彼の死後に現れた黒い猟犬の伝説が下敷きになっています。

『ハリー・ポッター』シリーズ

J.K.ローリングの作品にも、ブラック・ドッグ伝承の影響が見られます。
「グリム」は「教会の墓地に出没する巨大な幽霊犬で、最悪の死の予兆」として登場。

そして主要キャラクターのシリウス・ブラックは、大きな黒い犬に変身する能力を持ち、そのあだ名は「パッドフット」——まさにヨークシャーの黒妖犬の名前なんです。

『ドラキュラ』

ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』で、吸血鬼がイギリスに上陸するシーン。
ドラキュラはウィットビーの港で黒い犬の姿をとって船から飛び降ります。

ストーカーはヨークシャーのバーゲスト伝承からインスピレーションを得たと言われています。


各地の黒妖犬一覧

名前地域特徴
ブラック・シャックイースト・アングリア1577年に教会を襲撃。皿のような目を持つ
バーゲストヨークシャー変身能力を持つ。死の葬列を率いる
パッドフットウェイクフィールド、リーズ周辺鎖を引きずる音で近づく。話しかけると支配される
ガイトラッシュイングランド北部馬やロバの姿もとる。道に迷わせることも
ケ・シースコットランド高地深緑色の毛。3回の吠え声で心臓が止まる
クーン・アンヌンウェールズ白い体に赤い耳。ワイルド・ハントの猟犬
グウィルギウェールズ(グラモーガン)「薄暮の犬」の意。馬を怯えさせる
モーゼイ・ドゥーマン島ピール城に出没。見た者は死ぬ
イェス・ハウンドデヴォン首がない。洗礼を受けずに死んだ子の霊
ウィッシュト・ハウンドダートムーア悪魔に率いられて荒野を駆ける
チャーチ・グリム各地墓守犬。基本的に善良
ガート・ドッグサマセット子どもを守る守護犬
ヘアリー・ジャックリンカンシャー温和な性格。守護者的存在
バーゲストランカシャートラッシュ、スクライカーとも呼ばれる
キャペルスウェイトウェストモーランド形を変える能力を持つ
ガリートロットサフォーク白い姿という説も

まとめ

  • ブラック・ドッグ(黒妖犬)は、イギリス全土に伝わる黒い幽霊犬の総称
  • 燃える目、子牛ほどの巨体、硫黄の臭いが共通の特徴
  • 死の先触れとされるが、守護者的な性格のものもいる
  • 地域ごとに独自の名前と伝承がある(バーゲスト、ブラック・シャック、ケ・シーなど)
  • 川を渡ることで逃れられる
  • 『バスカヴィル家の犬』『ハリー・ポッター』など現代作品にも大きな影響を与えた

イギリスの夜道を一人で歩くことがあったら、ふと後ろを振り返ってみてください。
そこに、燃える目をした巨大な黒い影が立っていたりして——。

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