中世ヨーロッパの騎士たちが「こんな人になりたい!」と憧れた究極のヒーローたちをご存知でしょうか?
古代ギリシャの神話、旧約聖書、そしてキリスト教の伝説から選ばれた9人の偉大な英雄。彼らは「九偉人」と呼ばれ、騎士道精神の理想として何百年も語り継がれてきました。
この記事では、中世ヨーロッパで絶大な人気を誇った九偉人について、そのメンバーや選ばれた理由、文化的な影響までわかりやすく解説していきます。
九偉人の概要

九偉人(フランス語: Les Neuf Preux、英語: Nine Worthies)とは、騎士道の理想を体現した9人の英雄のことです。
この概念が初めて登場したのは14世紀初頭。フランスの詩人ジャック・ド・ロンギオンが1312年頃に書いた『孔雀の誓い(Voeux du Paon)』という武勲詩の中で提唱されました。
面白いのは、9人が「3人×3グループ」というきれいな構成になっている点です。中世の人々は対称性を好んだんですね。異教徒(古代ギリシャ・ローマ)、ユダヤ教徒(旧約聖書)、キリスト教徒から3人ずつ選ばれています。
なぜこの9人が選ばれたのか
九偉人に共通するのは、全員が優れた戦士であり、国に栄光をもたらしたという点です。
当時の騎士たちは、神への献身、主君への忠誠、弱者の保護といった徳目を重んじていました。九偉人は、そうした騎士道精神の「お手本」として位置づけられたのです。
また、異教徒・ユダヤ教徒・キリスト教徒という3つの時代から選ばれたことには意味があります。中世の人々は、人類の歴史を「異教の時代」→「旧約聖書の時代」→「キリスト教の時代」という流れで捉えていました。九偉人は、すべての時代を通じて「勇敢さ」や「名誉」という普遍的な価値を示す存在だったのです。
異教徒の三偉人
最初のグループは、古代ギリシャ・ローマから選ばれた3人です。
ヘクトール
トロイア戦争で活躍したトロイアの王子です。ホメロスの『イリアス』に登場する彼は、圧倒的に不利な状況でも祖国を守るために戦い続けました。
ヘクトールは「負けると分かっていても戦う」という悲劇的な英雄像の代表です。中世の騎士たちにとって、彼の忠誠心と勇気は深く響くものがあったのでしょう。
アレクサンドロス大王
マケドニア王にして世界征服者。20代で古代世界の大部分を征服し、ギリシャ文化を東方に広めた人物です。
中世ヨーロッパではアレクサンドロスの伝説が大人気で、グリフィンに乗って空を飛んだとか、ガラスの潜水艦で海底を探検したとか、史実とはかけ離れた冒険譚が語られていました。
ユリウス・カエサル
ローマの将軍にして独裁官。ガリア(現在のフランス周辺)を征服し、ローマ帝国の基礎を築いた人物です。
カエサルは政治家としても軍人としても超一流で、中世の人々にとって「リーダーシップ」の象徴でした。
ユダヤ教徒の三偉人

2番目のグループは、旧約聖書から選ばれた3人です。
ヨシュア
モーセの後継者として、イスラエルの民を「約束の地」カナンに導いた指導者です。
エリコの城壁を角笛の音で崩壊させたという奇跡的なエピソードは有名ですね。神の命に従い、民を勝利に導く理想の将軍として描かれています。
ダビデ王
羊飼いの少年から王にまで上り詰めた、イスラエル史上最も有名な王です。
少年時代に巨人ゴリアテを石投げで倒したエピソードは誰もが知るところ。詩篇の作者としても知られ、武勇と芸術を兼ね備えた理想の王でした。
ユダ・マカバイ
紀元前2世紀、セレウコス朝による宗教弾圧に対して反乱を起こした祭司・戦士です。
彼の戦いによってエルサレム神殿がユダヤ教徒の手に取り戻されました。この出来事を記念するのが、現在も続く「ハヌカ」の祭りです。
キリスト教徒の三偉人
最後のグループは、中世のキリスト教世界から選ばれた3人です。
アーサー王
円卓の騎士を率いたブリテンの伝説的な王。岩に刺さった剣を引き抜いて王となり、キャメロットで理想の国を築いたとされています。
実在したかどうかは定かではありませんが、正義と名誉を重んじるアーサー王の物語は、騎士道文学の最高傑作として愛されてきました。
シャルルマーニュ(カール大帝)
8世紀後半から9世紀初頭にかけて、西ヨーロッパの大部分を統一したフランク王国の王です。800年に神聖ローマ皇帝として戴冠し、「ヨーロッパの父」と呼ばれています。
46年の治世で53回もの軍事遠征を行った武人であり、同時に教育や文化の振興に力を入れた「カロリング・ルネサンス」の立役者でもありました。
ゴドフロワ・ド・ブイヨン
第1回十字軍の指導者の1人で、1099年のエルサレム奪還を成し遂げた人物です。
興味深いのは、彼がエルサレム王の称号を辞退したこと。「キリストが茨の冠をかぶった地で、自分が黄金の王冠をかぶるわけにはいかない」として、「聖墳墓守護者」という謙虚な肩書きを選びました。この敬虔さが、後世の人々に高く評価されたのです。
女性版「九偉人」もいた
中世の人々は対称性を愛していたため、男性の九偉人に対応する「女性版九偉人(Neuf Preuses)」も考え出されました。
ただし、男性版と違って女性版は固定メンバーではなく、時代や地域によってバリエーションがありました。よく挙げられるのは、アマゾンの女王ペンテシレイア、スキタイの女王トミュリス、アッシリアの女王セミラミスなどです。
九偉人が登場する作品

九偉人のモチーフは、中世からルネサンスにかけてヨーロッパ中の芸術作品に取り入れられました。
シェイクスピアの喜劇『恋の骨折り損』では、登場人物たちが九偉人の仮面劇を演じようとするシーンがあります(ただし混乱のうちに終わってしまいますが)。
セルバンテスの『ドン・キホーテ』でも、主人公が「私は九偉人の全員になれる」と豪語する場面が登場します。
現在でも、ドイツのケルン市庁舎やニューヨークのクロイスターズ美術館など、九偉人をモチーフにした中世の芸術作品を見ることができます。
九偉人一覧表
| 区分 | 名前 | 日本語読み | 主な功績 |
|---|---|---|---|
| 異教徒 | Hector | ヘクトール | トロイア戦争で祖国を守って戦った王子 |
| 異教徒 | Alexander the Great | アレクサンドロス大王 | 古代世界の大部分を征服したマケドニア王 |
| 異教徒 | Julius Caesar | ユリウス・カエサル | ローマの将軍・独裁官、帝国の基礎を築く |
| ユダヤ教徒 | Joshua | ヨシュア | イスラエルの民を約束の地に導いた指導者 |
| ユダヤ教徒 | David | ダビデ | ゴリアテを倒した羊飼いからイスラエル王に |
| ユダヤ教徒 | Judas Maccabeus | ユダ・マカバイ | マカバイの反乱を指導、ハヌカの由来 |
| キリスト教徒 | King Arthur | アーサー王 | 円卓の騎士を率いた伝説のブリテン王 |
| キリスト教徒 | Charlemagne | シャルルマーニュ | 西ヨーロッパを統一した神聖ローマ皇帝 |
| キリスト教徒 | Godfrey of Bouillon | ゴドフロワ・ド・ブイヨン | 第1回十字軍の指導者、聖墳墓守護者 |
まとめ
九偉人について、ポイントをおさらいしましょう。
- 九偉人とは、14世紀初頭に提唱された「騎士道の理想を体現した9人の英雄」
- 異教徒・ユダヤ教徒・キリスト教徒から3人ずつ選ばれた
- フランスの詩人ジャック・ド・ロンギオンの『孔雀の誓い』(1312年頃)が初出
- 全員が優れた戦士であり、勇気・名誉・忠誠といった徳目を体現している
- 中世ヨーロッパの文学・芸術に広く取り入れられ、現代まで語り継がれている
現代の「ベストヒーローランキング」のような存在だった九偉人。彼らの物語は、700年以上経った今でも、勇気や名誉について考えるきっかけを与えてくれます。


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