「有理型関数」という言葉を聞いたことはありますか?
複素解析を学んでいる方なら一度は耳にする、非常に重要な概念です。でも、「有理型」という日本語訳だけでは、どんな関数なのかイメージしづらいですよね。
今回は、有理型関数について、基礎から応用まで詳しく解説していきます。数学が専門でない方にもわかるよう、具体例を交えながら説明しますので、ぜひ最後までご覧ください。
有理型関数とは
有理型関数(ゆうりけいかんすう、ゆうりがたかんすう)は、英語で「meromorphic function(メロモルフィック関数)」と呼ばれます。
複素解析において、ある領域で定義された複素関数のうち、極(pole、きょく)と呼ばれる特異点を除いては正則(解析的)である関数のことを指します。
語源から理解する
「meromorphic」という言葉は、ギリシャ語の「meros(μέρος)」に由来します。merosは「部分」という意味。
つまり、有理型関数とは「部分的に正則な関数」というニュアンスなんですね。領域のほとんどの場所では正則(きちんと微分できる)だけど、いくつかの孤立した点(極)では正則でない、という特徴を表しています。
簡単な定義
もう少し平易に言うと、有理型関数とは次のような関数です。
2つの正則関数の比(割り算)で表せる関数
数式で書くと、以下のようになります。
f(z) = g(z) / h(z)
ここで、g(z)とh(z)は両方とも正則関数(整関数)で、h(z)は定数0ではありません。
極(pole)とは
有理型関数を理解する上で重要なのが、「極」という概念です。
極の意味
極とは、関数の値が無限大に発散する点のことです。
例えば、関数 f(z) = 1/z を考えてみましょう。
- z = 1のとき、f(1) = 1
- z = 0.1のとき、f(0.1) = 10
- z = 0.01のとき、f(0.01) = 100
- z = 0.001のとき、f(0.001) = 1000
このように、zが0に近づくにつれて、f(z)の値はどんどん大きくなっていきます。z = 0では、f(z)は無限大になってしまうんですね。
この「z = 0」が極です。
極の位数
極には「位数(order)」という概念があります。
N位の極とは、関数が (z – a)^(-N) のような形で無限大に発散する点のことです。
例
- f(z) = 1/z → z = 0に1位の極
- f(z) = 1/z² → z = 0に2位の極
- f(z) = 1/(z-1)³ → z = 1に3位の極
極は離散的
有理型関数の重要な性質として、極全体の集合が離散集合であることが挙げられます。
離散集合とは、各点が孤立している集合のこと。つまり、極と極の間には必ず正則な部分があるということです。極が密集して連続的に並ぶことはありません。
正則関数との違い
有理型関数と正則関数(holomorphic function)の違いを整理しておきましょう。
正則関数(holomorphic function)
領域全体で微分可能(解析的)な関数。特異点を持たない関数です。
例
- 多項式:z², z³ + 2z + 1
- 指数関数:e^z
- 三角関数:sin(z), cos(z)
有理型関数(meromorphic function)
極を除いては正則な関数。極という特異点を持つが、その極は離散的です。
例
- 有理関数:(z² + 1)/(z³ – z)
- tan(z) = sin(z)/cos(z)
- ガンマ関数
- リーマンのゼータ関数
つまり、正則関数は有理型関数の特別な場合(極を持たない場合)と考えることができます。
有理型関数の具体例
例1:有理関数
最もシンプルな有理型関数は、有理関数です。
f(z) = (z³ - 2z + 1) / (z⁵ + 3z - 1)
分母が0になる点が極になります。
例2:三角関数の比
f(z) = sin(z) / (z - 1)²
この関数は、z = 1に2位の極を持ちます。
例3:指数関数と多項式の比
f(z) = e^z / z
z = 0に1位の極を持つ有理型関数です。
例4:ガンマ関数
ガンマ関数 Γ(z) は、z = 0, -1, -2, -3, … に1位の極を持つ有理型関数です。
階乗の一般化として知られており、数学の様々な分野で重要な役割を果たします。
例5:リーマンのゼータ関数
リーマンのゼータ関数 ζ(z) も有理型関数です。
z = 1に1位の極を持ち、他の部分では正則です。素数の分布と深い関係があることで知られています。
有理型でない関数の例
有理型関数の理解を深めるため、有理型でない関数も見てみましょう。
例1:対数関数
f(z) = log(z)
対数関数は有理型ではありません。z = 0に分岐点があり、これは極とは異なる種類の特異点です。
例2:真性特異点を持つ関数
f(z) = exp(1/z)
この関数は、z = 0に真性特異点(essential singularity)を持ちます。
真性特異点では、関数の振る舞いが極よりも複雑で、単純に無限大に発散するわけではありません。
ピカールの大定理により、真性特異点の近くでは、関数はほとんどすべての複素数の値を無限回とることが知られています。
有理型関数の重要な性質
性質1:体(field)をなす
同じ領域で定義される有理型関数全体の集合は、体をなします。
体とは、四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)が自由にできる集合のこと。
つまり、
- 2つの有理型関数を足しても有理型関数
- 2つの有理型関数を掛けても有理型関数
- 有理型関数を別の有理型関数で割っても有理型関数(0で割る場合を除く)
この体は、複素数体の拡大体になっています。
性質2:零点と極の個数
有界閉領域上で定義される有理型関数(0でない)は、零点も極も有限個しか持ちません。
零点とは、関数の値が0になる点のことです。
性質3:リーマン球面との関係
リーマン球面とは、複素平面に無限遠点∞を1点追加して拡張したものです。
有理型関数は、「リーマン球面への正則関数であって、常に∞の値をとる定数関数ではないもの」と言い換えることができます。
このとき、有理型関数の極とは、リーマン球面の無限遠点∞へ写される複素数のことなんですね。
性質4:リーマン球面上では有理関数
特に興味深い性質として、リーマン球面全体で定義される有理型関数は、すべて有理関数であることが証明されています。
つまり、複素平面全体(無限遠点を含む)で有理型な関数は、必ず多項式の比の形で書けるということです。
有理型関数に関する重要な定理
ミッタグ・レフラーの定理(Mittag-Leffler’s theorem)
この定理は、「指定した場所に指定した位数の極を持つ有理型関数を構成できる」ことを保証します。
定理の内容
領域Ωと、その中の離散的な点の集合 {p₁, p₂, p₃, …} が与えられたとき、各点 pₖ に指定した主要部(principal part)を持つような有理型関数が存在する。
簡単に言うと、「ここに1位の極、あそこに2位の極」というように極の配置を自由に決められるということです。
ワイエルシュトラスの因数分解定理(Weierstrass factorization theorem)
整関数(全複素平面で正則な関数)に対して、多項式のような因数分解が可能であることを示す定理です。
この定理により、有理型関数を分子・分母の形で表現する際の理論的基礎が与えられます。
応用例
sin(πz) という整関数は、整数に零点を持ちます。ワイエルシュトラスの定理を用いると、以下のような無限積表示が得られます。
sin(πz) = πz ∏(n=1 to ∞) (1 - z²/n²)
これはオイラーが発見した有名な公式です。
留数定理への応用
有理型関数の最も重要な応用の一つが、留数定理(Residue theorem)です。
留数(residue)とは
関数f(z)の点aにおける留数とは、aを中心とするローラン展開において、(z-a)^(-1)の係数のことです。
極における関数の「残り」のような量で、積分計算に重要な役割を果たします。
留数定理の内容
閉曲線の内部に有限個の極を持つ有理型関数について、閉曲線に沿った周回積分は、極における留数の和の2πi倍に等しい。
∮ f(z) dz = 2πi × Σ(留数)
この定理により、複雑な積分を代数的な計算に帰着させることができます。
実積分への応用
留数定理は、実数の定積分を計算するための強力な道具になります。
例:バーゼル問題
有名なバーゼル問題
Σ(n=1 to ∞) 1/n² = π²/6
は、有理型関数 π²/sin²(πz) の留数を調べることで証明できます。
この問題は、オイラーが最初に解いたことで知られています。
ガンマ関数の定義
有理型関数の具体例として、ガンマ関数の関数論的な定義を紹介します。
整関数による定義
まず、以下の整関数H(z)を考えます。
H(z) = z e^(γz) ∏(n=1 to ∞) [(1 + z/n) e^(-z/n)]
ここでγはオイラー定数です。
この関数H(z)は、z = 0, -1, -2, -3, … に零点を持つ整関数で、次の関数等式を満たします。
H(z-1) = z H(z)
ガンマ関数の定義
ガンマ関数Γ(z)を、H(z)の逆数として定義します。
Γ(z) = 1/H(z)
こうして定義されたΓ(z)は、z = 0, -1, -2, -3, … に1位の極を持つ有理型関数になります。
また、H(z) = 1/Γ(z)が整関数であることから、Γ(z)は零点を持たない関数であることもわかります。
ガンマ関数の性質
ガンマ関数は、以下の関数等式を満たします。
Γ(z+1) = z Γ(z)
また、正の整数nに対しては
Γ(n) = (n-1)!
となり、階乗の一般化になっています。
有理型関数の判定方法
ある関数が有理型かどうかを判定するには、次の点をチェックします。
チェックポイント1:特異点の種類
関数の特異点が、すべて極(pole)であることを確認します。
- 真性特異点がある → 有理型でない
- 分岐点がある → 有理型でない
チェックポイント2:極の離散性
極が離散集合であることを確認します。
極が密集して連続的に並んでいる場合、有理型関数ではありません。
チェックポイント3:正則関数の商で表せるか
2つの正則関数g(z)とh(z)を見つけて、f(z) = g(z)/h(z)の形で表せるかを調べます。
表せれば有理型関数です。
複数変数の場合
ここまで1変数(1つの複素変数z)の場合を見てきましたが、複数変数の有理型関数もあります。
多変数有理型関数の定義
n個の複素変数を持つ場合、有理型関数は「局所的に2つの正則関数の商で表せる関数」として定義されます。
例えば、2変数の場合:
f(z₁, z₂) = z₁/z₂
は2次元複素アフィン空間上の有理型関数です。
1変数との違い
多変数の場合、1変数の場合にはない現象が起こります。
- リーマン球面への正則関数として表せるとは限らない
- 「不定性の集合」が余次元2の集合として現れる
- コンパクトな複素多様体でも、非定数の有理型関数が存在しない場合がある(例:ほとんどの複素トーラス)
有理型関数の歴史と名称について
数学用語の訳語について、少し脱線して触れておきます。
「有理型」という訳語
日本語の「有理型」という訳語は、実は少し誤解を招きやすいという指摘があります。
「有理関数(rational function)」との類推から付けられた名前ですが、有理型関数が必ずしも有理関数とは限りません。
語源に忠実な訳語
中国語では、holomorphicを「全純(ぜんじゅん)」、meromorphicを「亜純(あじゅん)」と訳しています。
これは、語源により忠実で、「全体」と「部分」の対比が明確に表現されています。
日本でも「整型関数」と「亜整型関数」という訳語を提案する声もありますが、現在は「正則関数」と「有理型関数」が標準的に使われています。
実用上の重要性
有理型関数は、純粋数学だけでなく、応用分野でも重要です。
物理学での応用
- 量子力学:散乱理論におけるS行列
- 統計力学:分配関数
- 場の量子論:ファインマン積分
工学での応用
- 制御理論:伝達関数
- 信号処理:フィルタ設計
- 電気回路:インピーダンス
数学の他分野への影響
- 代数幾何学:射影代数多様体上の有理型関数
- 数論:楕円関数論、モジュラー形式
- 表現論:指標理論
まとめ
有理型関数について、基礎から応用まで解説してきました。
重要ポイントの整理
- 定義:極を除いて正則な複素関数
- 別の定義:2つの正則関数の商で表せる関数
- 語源:「meros(部分)+ morphic(形)」= 部分的に正則
- 極:関数が無限大に発散する孤立した点
- 主な例:有理関数、tan(z)、ガンマ関数、ゼータ関数
- 体をなす:四則演算で閉じている
- 留数定理:複雑な積分計算を可能にする
有理型関数は、複素解析における最も基本的で重要な概念の一つです。正則関数よりも広いクラスでありながら、扱いやすい性質を多く持っています。
特に、留数定理を通じて積分計算に強力な手法を提供することから、数学の様々な分野で活用されています。
これから複素解析を学ぶ方は、まず正則関数をしっかり理解した上で、有理型関数の概念を学ぶと良いでしょう。極と留数の計算に慣れることで、複素解析の真の威力を実感できるはずです。

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