「シューティングゲーム」「RPG」「アクション」「格闘ゲーム」……ゲームをプレイするとき、当たり前のように使っているこれらのジャンル名。
でも、「そもそもこのジャンルっていつ生まれたの?」「最初のRPGって何だったの?」と聞かれると、意外と答えられない方も多いのではないでしょうか。
実は、今では当たり前のように存在するゲームジャンルの多くは、たった数十年の間に生まれ、進化してきたものなんです。1962年に最初のシューティングゲームが誕生してから、バトルロイヤルが世界を席巻するまで、わずか60年ほど。その間に、ゲームは信じられないほどの変貌を遂げてきました。
この記事では、主要なゲームジャンルがいつ、どのように誕生し、どんな作品がその歴史を作ってきたのかを詳しくご紹介します。
ゲームジャンルって何?

ジャンル分類の基本
ゲームジャンルとは、ゲームの遊び方や特徴によって分類されたカテゴリのことです。映画に「アクション」「ホラー」「ロマンス」があるように、ゲームにも様々なジャンルが存在します。
主な分類軸としては、以下のようなものがあります。
ゲームプレイによる分類
- シューティング(STG):敵を撃って倒すゲーム
- アクション(ACT):キャラクターを操作して障害を乗り越えるゲーム
- ロールプレイング(RPG):キャラクターを成長させながら物語を進めるゲーム
- シミュレーション(SLG):現実の状況を模倣するゲーム
- パズル:謎解きや論理的思考を楽しむゲーム
視点による分類
- 2D/3D
- 一人称視点(FPS)/三人称視点(TPS)
- 見下ろし型/横スクロール型
ジャンルの境界は曖昧になっている
ただし、現代のゲームは複数のジャンル要素を組み合わせた「ハイブリッド」が主流になっています。
「アクションRPG」「シューティングRPG」「ローグライクアクション」など、ジャンル名を組み合わせた呼び方が増えているのはそのためです。純粋に一つのジャンルだけに分類できるゲームは、むしろ少数派になりつつあります。
それでは、各ジャンルがどのように生まれてきたのか、歴史を辿っていきましょう。
ビデオゲームの黎明期(1940年代〜1970年代)
最初期のゲーム
ビデオゲームの歴史は、1947年まで遡ることができます。この年、トーマス・T・ゴールドスミスとエストル・レイ・マンが「ブラウン管アミューズメント装置」の特許を申請しました。これはミサイルを発射して標的を狙うという、インタラクティブなゲーム機器の概念を示したものでした。
ただし、この特許はその後ほとんど忘れ去られ、ゲーム産業に直接的な影響を与えることはありませんでした。
実際に動作するゲームとして記録に残っているものとしては、以下のような作品があります。
主な黎明期のゲーム
- 1950年:Bertie the Brain(○×ゲーム)
- 1958年:Tennis for Two(テニスゲーム、オシロスコープを使用)
- 1962年:Spacewar!(最初のシューティングゲーム)
Spacewar!──すべての始まり
1962年、MITの学生たちがPDP-1というコンピュータ上で『Spacewar!』を開発しました。これは2人のプレイヤーが宇宙船を操作して、互いにミサイルを撃ち合う対戦ゲームです。
Spacewar!は「最初のビデオゲーム」として語られることも多い歴史的な作品です。商業目的ではなく学生たちの趣味として作られましたが、その後のゲーム開発に大きな影響を与えました。
商業化の始まり
1970年代に入ると、ビデオゲームは商業製品として世に出始めます。
1972年、アタリ社が『Pong』をリリース。シンプルなテニスゲームでしたが、アーケードで大ヒットを記録し、ビデオゲーム産業の幕開けを告げました。
この時期はまだ「ジャンル」という概念は確立されておらず、それぞれのゲームが独自のルールで作られていた時代といえるでしょう。
シューティングゲーム(STG)の歴史

シューティングゲームとは
シューティングゲーム(STG)は、プレイヤーが弾を撃って敵を倒していくゲームジャンルです。日本では「シューティング」という略称で親しまれていますが、英語圏では「Shooter」と呼ばれることが多いです。
ジャンルの起源──Space Invaders
シューティングゲームというジャンルを確立したのは、1978年にタイトーが発売した『スペースインベーダー』です。
画面上部から迫りくるエイリアンを砲台で撃ち落とすというシンプルなルールでしたが、日本中で社会現象を巻き起こしました。100円玉が不足するほどの人気で、「インベーダーハウス」と呼ばれる専門店が乱立したほどです。
スペースインベーダーが画期的だった点は以下の通りです。
革新的だったポイント
- 敵が徐々に迫ってくる緊張感
- スコアを競う楽しさ
- シンプルで誰でも遊べる操作性
- ハイスコアを記録する仕組み
1980年代──縦スクロール・横スクロールの発展
1980年代に入ると、シューティングゲームは多様な進化を遂げます。
1981年には『ギャラガ』が登場し、敵の動きがより複雑になりました。同年の『スクランブル』は横スクロール型シューティングの先駆けとなり、『ゼビウス』(1983年)は縦スクロール型の金字塔として知られています。
この時期、「シューティングゲーム」という呼び方が日本で定着したとされています。一説には、1983年公開の映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』の影響があるともいわれていますが、正確な起源は定かではありません。
FPS(ファーストパーソン・シューター)の誕生
シューティングゲームに革命をもたらしたのが、1990年代に登場したFPSです。
1992年の『Wolfenstein 3D』がジャンルの先駆けとなり、1993年の『DOOM』で一気に人気が爆発しました。プレイヤーの視点でゲーム世界を体験するという新しいスタイルは、それまでの見下ろし型シューティングとはまったく異なる没入感を提供したのです。
興味深いことに、当初FPSは「DOOM系」「DOOMクローン」などと呼ばれていました。「FPS(First Person Shooter)」という呼び方が定着したのは、1990年代後半になってからのことです。
現代のシューティング
2000年代以降、FPSは『Call of Duty』『Battlefield』『Halo』などのシリーズが人気を博し、世界的なジャンルとして定着しました。
一方、日本発の縦スクロール・横スクロールシューティングは「弾幕シューティング」などのサブジャンルとして進化を続けています。東方Projectシリーズなどが代表的な作品として挙げられるでしょう。
アクションゲーム(ACT)の歴史

アクションゲームとは
アクションゲームは、プレイヤーがキャラクターを操作して、敵を倒したり障害物を避けたりしながら進んでいくゲームジャンルです。反射神経やタイミングが重要になることが多く、最も幅広い層に親しまれているジャンルの一つといえます。
ジャンルの原型──PongからPac-Manへ
アクションゲームの起源を辿ると、1972年の『Pong』に行き着きます。ただし、Pongは現代的な意味でのアクションゲームとは少し異なります。
より現代的なアクションゲームの原型といえるのは、1980年にナムコ(現バンダイナムコ)が発売した『パックマン』でしょう。迷路の中でドットを食べながらゴーストから逃げるというゲームは、世界中で大ヒットを記録しました。
ドンキーコングとマリオの誕生
1981年、任天堂が『ドンキーコング』をリリースしました。この作品で初登場したのが、後に世界一有名なゲームキャラクターとなるマリオ(当時の名前は「ジャンプマン」)です。
ドンキーコングは「プラットフォーマー」(足場を飛び移っていくゲーム)の先駆けとして知られています。縦方向に進んでいく構成は、後の横スクロールアクションに大きな影響を与えました。
スーパーマリオブラザーズ──アクションゲームの金字塔
1985年、任天堂がファミリーコンピュータ向けに発売した『スーパーマリオブラザーズ』は、アクションゲームの歴史を語る上で欠かせない作品です。
横スクロール型のステージを走って、ジャンプして、敵を踏んで進んでいく。このシンプルながらも奥深いゲームデザインは、全世界で4,000万本以上を売り上げる大ヒットとなりました。
スーパーマリオブラザーズの成功は、1983年のアメリカにおけるビデオゲーム市場崩壊(いわゆる「アタリショック」)からの回復にも大きく貢献しています。
2Dから3Dへの進化
1990年代になると、ゲームは2Dから3Dへと移行していきます。
1996年、『スーパーマリオ64』が登場し、3Dアクションゲームの新たなスタンダードを確立しました。360度自由に動き回れる3D空間でのゲームプレイは、プレイヤーに新鮮な驚きを与えたのです。
同時期には『トゥームレイダー』『クラッシュ・バンディクー』なども登場し、3Dアクションの可能性が広がっていきました。
現代のアクションゲーム
現代のアクションゲームは、非常に多様化しています。
『ダークソウル』シリーズに代表される高難易度アクションRPG、『モンスターハンター』のような狩猟アクション、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のようなオープンワールドアクションなど、アクション要素を含むゲームは数えきれないほど存在します。
RPG(ロールプレイングゲーム)の歴史

RPGとは
RPG(ロールプレイングゲーム)は、プレイヤーがキャラクターの役割を演じながら、物語を進めていくゲームジャンルです。キャラクターの成長、ストーリー、探索といった要素が重視されます。
ルーツはテーブルトークRPG
コンピュータRPGの起源を語る上で欠かせないのが、テーブルトークRPG(TRPG)の存在です。
1974年、ゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーンソンが『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を発表しました。これは紙とペン、サイコロを使って遊ぶアナログゲームで、参加者が自分のキャラクターを演じながら冒険を進めていくというものでした。
D&Dが確立した「キャラクターの能力値」「レベルアップ」「ダンジョン探索」といった概念は、後のコンピュータRPGの基礎となっています。
コンピュータRPGの誕生
1970年代後半、大学のメインフレームコンピュータ上で、D&Dを再現しようとする試みが始まりました。
初期のコンピュータRPG
- 1975年〜1976年:pedit5、dnd、Dungeon(いずれも大学のメインフレーム上で動作)
- 1980年:Rogue(後のローグライクの原点)
ウルティマとウィザードリィ──二大始祖
コンピュータRPGの歴史において、特に重要なのが『ウルティマ』と『ウィザードリィ』という2つのシリーズです。
ウルティマ(1980年〜)
リチャード・ギャリオット(通称ロード・ブリティッシュ)が開発した『ウルティマ』は、2Dフィールドで広大な世界を冒険するスタイルを確立しました。見下ろし型のマップで街やダンジョンを探索し、物語を進めていくこのスタイルは、後のドラゴンクエストなど多くのRPGに影響を与えています。
ウィザードリィ(1981年〜)
一方の『ウィザードリィ』は、3Dダンジョン探索型のRPGです。6人パーティを編成してダンジョンに挑み、モンスターを倒して宝を集めるという、いわゆる「ハック&スラッシュ」の元祖ともいえる作品です。
キャラクターメイキング、ターン制戦闘、職業(クラス)システムなど、現代のRPGで当たり前になっている要素の多くが、ウィザードリィで確立されました。
日本でのRPGブーム──ドラゴンクエストの衝撃
1984年、日本でも『ブラックオニキス』『ハイドライド』といったRPGが登場し始めました。しかし、RPGというジャンルが一般に広く知られるようになったのは、1986年の『ドラゴンクエスト』からです。
エニックス(現スクウェア・エニックス)から発売されたドラゴンクエストは、ウルティマのフィールド探索とウィザードリィの戦闘システムを融合させ、日本人向けに分かりやすくアレンジした作品でした。
堀井雄二によるシナリオ、鳥山明によるキャラクターデザイン、すぎやまこういちによる音楽という豪華な布陣も話題を呼び、社会現象となるほどの大ヒットを記録しました。
1987年には『ファイナルファンタジー』も登場し、日本ではRPGが最も人気のあるジャンルの一つとして定着していきます。
日本と海外の分岐
興味深いことに、1990年代以降、日本と海外のRPGは異なる方向に進化していきました。
日本では物語性を重視した「JRPG」が主流となり、海外では自由度を重視した「洋RPG」が発展。『The Elder Scrolls』シリーズや『Fallout』シリーズなど、広大なオープンワールドを自由に探索できるRPGが海外で人気を集める一方、日本では『ペルソナ』シリーズや『テイルズ オブ』シリーズなど、キャラクターと物語を重視した作品が愛されています。
近年は両者の要素を取り入れたハイブリッドな作品も増えており、ジャンルの垣根は低くなりつつあります。
格闘ゲーム(格ゲー)の歴史
格闘ゲームとは
格闘ゲーム(格ゲー)は、プレイヤー同士が1対1(または複数対複数)で戦う対戦型のゲームジャンルです。相手の体力をゼロにするか、制限時間内により多くのダメージを与えた方が勝ちというルールが一般的です。
ジャンルの黎明期
格闘ゲームの原型は1984年の『カラテカ』や『イー・アル・カンフー』といった作品に見られます。しかし、これらはまだ現代的な対戦格闘ゲームとは異なるものでした。
1987年、カプコンが『ストリートファイター』を発売しました。この作品で導入された「コマンド入力による必殺技」は、後の格闘ゲームの基礎となる重要な革新でした。
ストリートファイターII──ジャンルの確立
格闘ゲームというジャンルを確立し、世界的なブームを巻き起こしたのが、1991年の『ストリートファイターII』です。
ストIIが革新的だった点は多岐にわたります。
ストリートファイターIIの革新
- 個性豊かな8人のキャラクター
- キャラクターごとに異なる必殺技と戦略
- 対戦プレイの面白さを追求したゲームバランス
- 連続技(コンボ)の発見
アーケードではゲームセンターに行列ができ、対戦相手を求めるプレイヤーで溢れかえりました。全世界で630万本以上を売り上げ、対戦格闘ゲームのブームを牽引したのです。
1992年には『ストリートファイターII DASH』の全国大会が開催され、4,000人以上が参加するほどの盛り上がりを見せました。
格闘ゲームの黄金時代
1990年代は格闘ゲームの黄金時代でした。
1993年には『サムライスピリッツ』『餓狼伝説スペシャル』、そしてセガの『バーチャファイター』が登場。バーチャファイターは3D格闘ゲームの先駆けとなりました。
1994年には『ザ・キング・オブ・ファイターズ』(チーム対戦制)、『鉄拳』(3D格闘)が登場し、ジャンルの多様化が進みます。
格闘ゲームの衰退と復活
1990年代後半から2000年代にかけて、格闘ゲーム人気は一時的に低迷しました。操作の複雑化や初心者の参入障壁の高さが原因とされています。
しかし、2000年代には「闘劇」(日本)や「EVO」(アメリカ)といった大規模大会が定着し、eスポーツとしての側面が強まっていきました。2010年には、梅原大吾選手が世界初のプロ格闘ゲーマーとなったことも話題を呼びました。
2023年の『ストリートファイター6』は、初心者にも優しいシステムを導入しながら、競技性も両立させた作品として高い評価を得ています。配信文化やeスポーツの普及により、格闘ゲームは再び盛り上がりを見せているのです。
美少女ゲーム・恋愛シミュレーションの歴史

美少女ゲームとは
美少女ゲーム(ギャルゲー)は、魅力的な女性キャラクターとの交流や恋愛を主軸としたゲームジャンルです。
日本独自の発展を遂げたジャンルで、アドベンチャーゲームやシミュレーションゲームの要素を持つものが多く見られます。
「ギャルゲー」「恋愛シミュレーション」「ビジュアルノベル」など関連する呼び方がいくつかありますが、厳密な区別はなく、文脈によって使い分けられています。
黎明期──1980年代のパソコン文化
美少女ゲームのルーツは、1980年代のパソコンゲームに遡ります。当時、PC-8801などの高価なパソコンでは、成人向けを含む様々なゲームが開発されていました。
1985年にJASTから発売された『天使たちの午後』は、フラグや分岐を含むテキストアドベンチャー形式を採用しており、後の作品の草分けとされています。
1986年には『夢幻戦士ヴァリス』が発売されました。
この作品は「最初にギャルゲーと呼称されたゲーム」とも言われていますが、当時の「ギャルゲー」は現在とは異なり、「若い女の子キャラクターを売りにしたゲーム全般」を指す言葉でした。
恋愛要素が必須というわけではなかったのです。
育成シミュレーションの登場
1991年、ガイナックスから『プリンセスメーカー』が発売されました。
プレイヤーが養父となって少女を育てていくこの作品は、「育成シミュレーション」という新ジャンルを確立しました。
1992年には『卒業 〜Graduation〜』(ジャパンホームビデオ)が登場し、女子高生を育成するというコンセプトが人気を博しました。
同年、PC向けに『同級生』(エルフ)がリリースされました。
街を歩き回って女の子と出会い、選択肢で関係を深めていくというゲームシステムは、後の恋愛ゲームに大きな影響を与えています。
ときめきメモリアル──恋愛シミュレーションの確立
1994年5月27日、コナミからPCエンジン向けに『ときめきメモリアル』が発売されました。
この作品こそが、「恋愛シミュレーション」というジャンルを一般に広めた金字塔です。
ときめきメモリアルは、プレイヤーが高校3年間を過ごし、卒業式の日に意中のヒロインから告白されることを目指すゲームです。
自分を磨く(パラメータを上げる)ことで、様々なヒロインとの関係が変化していくシステムが斬新でした。
ときめきメモリアルの革新
- 「自分を育成する」という新しい視点
- 複数のヒロインとマルチエンディング
- フルボイスによる臨場感
- キャラクター商品展開の成功
発売当初は注目度が低く、投げ売りされていたという話もありますが、パソコン通信での口コミをきっかけに人気が爆発。
PS版やSS版への移植を経て累計100万本以上を売り上げ、関連商品の売上は100億円を突破しました。
サウンドノベルとビジュアルノベル
恋愛シミュレーションと並行して発展したのが、「サウンドノベル」と「ビジュアルノベル」です。
1992年、チュンソフトがスーパーファミコン向けに『弟切草』を発売しました。
画面全体にテキストを表示し、選択肢によってストーリーが分岐していくこの形式を、チュンソフトは「サウンドノベル」と名付けました。
1994年の『かまいたちの夜』はサウンドノベルの傑作として知られ、ミステリー作家・我孫子武丸によるシナリオが高い評価を受けました。
登場人物をシルエットで表現するスタイルも話題を呼びました。
一方、1996年にはLeafから『雫』が発売され、「ビジュアルノベル」という呼び方が生まれました。
サウンドノベルの影響を受けつつ、美少女ゲームの要素を取り入れたこのスタイルは、その後の『痕』『To Heart』へと続き、大きな人気を獲得しました。
2000年代以降──ジャンルの多様化
2000年代に入ると、美少女ゲーム・ビジュアルノベルは多様な進化を遂げます。
『Kanon』(1999年)や『AIR』(2000年)、『CLANNAD』(2004年)などのKey作品は、感動的なストーリーで「泣きゲー」と呼ばれる新たなジャンルを開拓しました。
『Fate/stay night』(2004年)は伝奇バトルを主題とした作品で、後にアニメ化やソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』へと展開し、巨大なフランチャイズへと成長しました。
『ひぐらしのなく頃に』(2002年〜)は同人ゲームから始まり、ミステリーとホラーを融合させた作品として大きな話題を呼びました。
現代の美少女ゲーム
現代では、美少女ゲームの要素は様々なジャンルに取り入れられています。
『艦隊これくしょん』(2013年〜)、『アイドルマスター』シリーズ、『ウマ娘』(2021年〜)などは、従来の「ギャルゲー」とは異なるシミュレーションやソーシャルゲームですが、魅力的な女性キャラクターを前面に出すという点では美少女ゲームの系譜を受け継いでいます。
また、女性向けの「乙女ゲーム」も独自の発展を遂げました。
『ときめきメモリアル Girl’s Side』(2002年〜)を筆頭に、女性プレイヤーが男性キャラクターとの恋愛を楽しむジャンルとして定着しています。
バトルロイヤルゲームの歴史
バトルロイヤルとは
バトルロイヤルゲームは、多数のプレイヤーが同じフィールドに降り立ち、最後の1人(または1チーム)になるまで戦うゲームジャンルです。時間経過でプレイエリアが狭まっていくルールが特徴的で、2010年代後半に爆発的な人気を獲得しました。
名前の由来──小説『バトル・ロワイアル』
「バトルロイヤル」という名称の由来は、1999年に発表された高見広春の小説『バトル・ロワイアル』にあります。
中学生たちが孤島に集められ、最後の1人になるまで殺し合うというショッキングな内容は大きな議論を呼びましたが、同時に多くのクリエイターに影響を与えました。「サバイバルゲーム」「縮小するエリア」「最後の1人まで戦う」といった要素は、現代のバトルロイヤルゲームにそのまま受け継がれています。
ゲームとしての原型
ゲームにおける「最後の1人まで戦う」というルール自体は、バトルロイヤル以前から存在していました。『ボンバーマン』(1990年代)の対戦モードや、MMORPGのPvPサーバーなどがその例です。
2010年代に入ると、『Minecraft』のサバイバルゲームMod、『ARMA 2』や『DayZ』のMODとして、現代的なバトルロイヤルの原型が生まれ始めます。
PUBGの登場──ジャンルの爆発
2017年、『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS(PUBG)』がリリースされ、バトルロイヤルは一気にメインストリームのジャンルとなりました。
PUBGを開発したブレンダン・グリーン(PlayerUnknown)は、もともとARMA 2のMOD「DayZ: Battle Royale」を制作していた人物です。彼のビジョンが単独のゲームとして結実したPUBGは、発売から数ヶ月で数百万本を売り上げる大ヒットとなりました。
Fortnite、Apex Legends──ジャンルの多様化
PUBGの成功を受けて、様々なバトルロイヤルゲームが登場します。
2017年、Epic Gamesが『Fortnite Battle Royale』をリリース。建築要素を組み合わせた独自のゲームプレイと、基本プレイ無料というビジネスモデルで世界的な人気を獲得しました。
2019年には『Apex Legends』が登場し、配信開始から1ヶ月で5,000万人のプレイヤーを集めるという記録的なスタートを切りました。キャラクター固有のスキルとチーム戦を重視したシステムは、バトルロイヤルに新しい風を吹き込んでいます。
日本では『荒野行動』(2017年)がモバイルバトルロイヤルとして人気を博しました。
シューター以外への広がり
バトルロイヤルの「最後の1人まで生き残る」というルールは、シューティング以外のジャンルにも広がっています。
『テトリス99』(2019年)は99人で対戦するパズルバトルロイヤル、『Fall Guys』(2020年)はパーティゲーム風のバトルロイヤルとして、それぞれ独自の人気を獲得しました。
ローグライクゲームの歴史

ローグライクとは
ローグライク(Roguelike)は、「プレイするたびに変化するランダム生成のダンジョン」「死んだら最初からやり直し(パーマデス)」といった要素を特徴とするゲームジャンルです。
名前の由来は、1980年にリリースされた『Rogue』というゲームから来ています。
Rogue──ジャンルの始祖
1980年、UNIX上で動作するゲームとして『Rogue』が誕生しました。開発者はマイケル・トイとグレン・ウィッチマンです。
Rogueの画面はアスキー文字(記号や文字)だけで構成されており、「@」がプレイヤー、「D」がドラゴン、「:」が食べ物といった具合でした。グラフィックスは原始的でしたが、毎回異なるダンジョンが生成されるという革新的な仕組みが、多くのプログラマーを魅了したのです。
Rogueの特徴
- ランダム生成されるダンジョン
- 死んだら最初からやり直し
- ターン制の戦闘
- アイテムの識別システム
日本でのローグライク普及──トルネコの大冒険
Rogueは1986年に日本でも発売されましたが、当時はあまり普及しませんでした。
日本でローグライクが広く知られるようになったのは、1993年にチュンソフトから発売された『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』からです。
ドラゴンクエストIVの人気キャラクター「トルネコ」を主人公に据え、ローグライクの面白さをわかりやすく伝えることに成功したこの作品は、日本におけるローグライクの金字塔となりました。
1995年には『不思議のダンジョン2 風来のシレン』が登場し、シレンシリーズは現在まで続く人気シリーズとなっています。
ローグライトの登場
2010年代に入ると、「ローグライト」と呼ばれる新しいサブジャンルが登場しました。
ローグライトは、ローグライクの「ランダム生成」「死んだらやり直し」という要素を持ちながらも、死亡後も一部の成長要素が引き継がれるという特徴があります。
代表的なローグライト作品
- 『FTL: Faster Than Light』(2012年)
- 『The Binding of Isaac』(2011年)
- 『Hades』(2020年)
- 『Vampire Survivors』(2022年)
- 『Slay the Spire』(2019年、デッキ構築型ローグライク)
特に『Hades』は、ストーリーとローグライト要素を見事に融合させた作品として高い評価を受け、多くのゲームアワードを受賞しました。
ジャンルの進化と融合
ジャンル名の変遷
ゲームジャンルの名前は、時代とともに変化してきました。
ジャンル名の変遷例
- 「クライミングゲーム」→「プラットフォーマー」
- 「DOOMクローン」→「FPS」
- 「〇〇ライク」→独立したジャンル名へ
新しいジャンルが誕生する際、最初は既存の人気作品にちなんだ名前(〇〇ライク、〇〇クローン)で呼ばれることが多く、やがて独自のジャンル名が定着していくというパターンが見られます。
東洋と西洋の違い
ゲームジャンルの発展は、日本(東洋)と欧米(西洋)で異なる道筋を辿ってきました。
日本では1980年代からコンソール(家庭用ゲーム機)が主流となり、RPG、アクション、格闘ゲームなどが人気を集めました。一方、欧米ではPCゲームが中心で、FPS、RTS(リアルタイムストラテジー)、シミュレーションゲームが発展しました。
2000年代以降、オンラインゲームの普及やグローバル化により、東西の差は縮まりつつあります。しかし、JRPGと洋RPGの違いなど、地域による嗜好の違いは今でも見られます。
現代のハイブリッドジャンル
現代のゲームは、複数のジャンル要素を組み合わせた「ハイブリッド」が主流です。
ハイブリッドジャンルの例
- アクションRPG:『ダークソウル』『モンスターハンター』
- ローグライクアクション:『Hades』『Dead Cells』
- バトルロイヤルシューター:『Apex Legends』『Fortnite』
- デッキ構築ローグライク:『Slay the Spire』
- メトロイドヴァニア:『Hollow Knight』『オリとくらやみの森』
純粋に一つのジャンルだけに分類できるゲームは少なくなり、「〇〇×△△」という組み合わせで説明されることが増えています。
ゲームジャンル年表
主要なゲームジャンルの誕生と発展を年表形式でまとめました。
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1962年 | 『Spacewar!』──最初のシューティングゲーム |
| 1972年 | 『Pong』──ビデオゲームの商業化 |
| 1974年 | 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』──TRPGの誕生 |
| 1978年 | 『スペースインベーダー』──STGの確立 |
| 1980年 | 『パックマン』『Rogue』 |
| 1981年 | 『ドンキーコング』『ウィザードリィ』 |
| 1983年 | アメリカでビデオゲーム市場崩壊(アタリショック) |
| 1985年 | 『スーパーマリオブラザーズ』 |
| 1986年 | 『ドラゴンクエスト』『ゼルダの伝説』 |
| 1991年 | 『ストリートファイターII』──格ゲーブーム、『プリンセスメーカー』 |
| 1992年 | 『弟切草』──サウンドノベルの誕生、『同級生』 |
| 1993年 | 『DOOM』──FPSの普及、『トルネコの大冒険』 |
| 1994年 | 『ときめきメモリアル』──恋愛シミュレーションの確立、『かまいたちの夜』 |
| 1996年 | 『スーパーマリオ64』──3Dアクションの確立、『雫』──ビジュアルノベルの誕生 |
| 2017年 | 『PUBG』『Fortnite』──バトロワの爆発 |
| 2020年 | 『Hades』──ローグライトの評価確立 |
まとめ
ゲームジャンルの歴史は、技術の進化とクリエイターの創意工夫の歴史でもあります。
重要なポイント
- 1960年代〜1970年代:ビデオゲームの誕生と商業化
- 1978年のスペースインベーダーがシューティングを確立
- 1980年代:RPG、アクションなど主要ジャンルの形成期
- 1991年のストIIが対戦格闘ゲームブームを牽引
- 1992〜1994年:サウンドノベル、恋愛シミュレーションの誕生
- 1990年代:2Dから3Dへの移行、FPSの台頭
- 2017年以降:バトルロイヤルの爆発的人気
- 現代:ジャンルの融合とハイブリッド化が進行
60年ほどの歴史の中で、ゲームジャンルは驚くほど多様化し、そして融合してきました。かつては明確に分かれていたジャンルの境界は、今ではかなり曖昧になっています。
しかし、それぞれのジャンルが持つ核心的な面白さ──シューティングの爽快感、RPGの成長の喜び、格闘ゲームの駆け引き、恋愛シミュレーションのときめき、ローグライクの緊張感──は、今も変わらず多くのプレイヤーを魅了し続けています。
次にゲームを遊ぶとき、「このジャンルはどうやって生まれたんだろう」と思いを馳せてみると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。
ゲームの歴史を知ることは、ゲームをより深く楽しむための第一歩なのです。


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