四八ショックとは?伝説のクソゲーがネット文化を変えた日

ゲーム

「クソゲー界のレジェンド」——そんな異名を持つゲームを知っていますか?

2007年、たった一本のゲームがネット上を大混乱に陥れました。その名は『四八(仮)』。発売直後からネット掲示板は炎上状態となり、その騒動は「四八ショック」と呼ばれるようになります。

ただのクソゲー騒ぎじゃないんです。このゲームの登場によって、「クソゲーとは何か」という定義すら変わってしまった。今回は、そんな四八ショックの真相に迫ります。

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四八ショックとは

四八ショックとは、2007年に発売されたPS2用ゲーム『四八(仮)』の衝撃的な出来の悪さが引き起こした騒動のことです。

このゲームは2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の「クソゲーオブザイヤー(KOTY)」で2007年度の大賞に選ばれました。しかし問題だったのは、あまりにも圧倒的すぎたこと。単に「つまらない」というレベルを超え、ゲームとしての根幹が崩壊していたんです。

結果として、KOTYの運営方針からクソゲーの定義まで、ネット上のゲーム批評文化そのものを一変させてしまいました。

『四八(仮)』ってどんなゲーム?

まずは問題のゲームについて説明しましょう。

『四八(仮)』は2007年11月22日にバンプレストから発売されたホラーアドベンチャーゲームです。47都道府県それぞれにまつわる怪談や都市伝説を読み進めていくというコンセプトで、タイトルの「四八」は47都道府県+ラストシナリオで48本という意味。「(仮)」はゲーム内でサンプルソフトをプレイするという設定から来ています。

発売前の期待値は高かったんですよ。開発には名作『学校であった怖い話』を手がけた飯島多紀哉氏が参加。著名な作家陣も加わり、全国ロケを敢行して作られた地域色豊かな怪談が楽しめる——そんな触れ込みでした。

ところが、蓋を開けてみたら地獄が待っていたわけです。

なぜ伝説になったのか

『四八(仮)』が伝説的クソゲーとなった理由は、問題点があらゆる方向に及んでいたからです。

シナリオの極端な格差

47都道府県のシナリオと聞くと壮大に思えますが、実態は違いました。

広島県の「ヒバゴン」シナリオはわずか数分で終了。

その県と全く関係ない話も多く、宮城県シナリオでは謎のダンボールが出てくるだけで中身すら明かされない。
一方で良質なシナリオも存在したため、余計にクオリティの差が目立ったんです。

シナリオライターの飯島氏は後のインタビューで、用意したテキストの約3分の2がカットされたと語っています。

ゲームを盛り上げるはずだった隠しシナリオ10本も削除されたとか。志半ばで発売せざるを得なかった事情が透けて見えます。

ゲーム進行を妨げる致命的バグ

フリーズ、セーブデータ破損、謎の白い枠が画面に出現……。

プレイヤーからは「本当にデバッグしたのか」と疑われるレベルでした。

極めつけは東京都シナリオ。

どんな条件を満たしてもクリアフラグが立たないんです。攻略本の説明によると、これは「バグではなく仕様」。

全クリが物理的に不可能という前代未聞の状況でした。

お詫びにハンカチ

バグ報告が殺到したバンプレストの対応も話題になりました。

修正版ディスクへの交換には電話でメーカーに連絡する必要があり、その際に同封されていたのがハンカチ。

実はバンダイナムコグループでは共通してお詫びの品にハンカチを使用していたそうなんですが、ネットでは「涙を拭くためのハンカチ」として完全にネタ化。

怒りのクレームに対してハンカチを送る構図が、火に油を注ぐ結果となりました。

KOTYはどう変わったか

四八ショックの影響は、KOTY自体のあり方を根本から変えました。

投票制から選評制へ

2007年以前のKOTYは、基本的に「話題になった大作のガッカリ具合」が評価基準でした。

プレイ人口が多いほど票が集まりやすく、大賞はメジャーなRPGタイトルが常連。

2004年は『ゼノサーガ エピソードII』、2005年は『ローグギャラクシー』、2006年は『ファンタシースターユニバース』という具合です。

ところが『四八(仮)』の登場で状況が一変します。

圧倒的な破壊力の前に「期待外れの大作」程度では相手にならなくなったんです。

以降は具体的な問題点を記述した「選評」と、それをまとめた「総評」に基づく客観的な審査へと移行していきました。

「四八と争えるか」が基準に

2008年以降、KOTYでは暗黙の了解が生まれます。

「シナリオがひどい」「演出が微妙」程度では候補にすらならない。
バグなどでゲームとして成立していないレベルでなければ土俵に上がれなくなったんです。

ノミネート作品を評価する際も「四八と比べてどうか」が議論されるようになりました。

皮肉なことに、この基準の厳格化によって「ガッカリゲーへのネガティブキャンペーン」が通用しなくなるという副作用も生まれています。

動画文化との融合

四八ショックと同時期、2007年頃からYouTubeやニコニコ動画でKOTY動画が投稿されるようになりました。

総評を動画形式で紹介するこのコンテンツは再生回数100万回を超える人気となり、KOTYの知名度を2ちゃんねるの外へと一気に広げます。

ゲームのクソさを「見て確認できる」環境が整ったことで、主観的な批判から客観的な検証へとコミュニティの性質が変化していったんですね。

その後の『四八(仮)』

騒動から年月が経った現在、『四八(仮)』は独特のポジションを獲得しています。

中古価格は一時期100〜300円程度まで下落しましたが、2015年頃から500円台へ上昇。

お笑い芸人の陣内智則がゲーム実況でプレイし、『四八(陣)』というパロディコントを披露するなど、一種のカルト的人気を得ています。陣内は「お笑い養成所でツッコミの練習教材になる」とまで評しました。

また、2012年には山形大学の吉永大祐氏が日本デジタルゲーム学会で「四八ショックとは何だったのか」という研究発表を行い、学術的な分析対象にもなっています。

クソゲーが学問のテーマになるなんて、それ自体が伝説的ですよね。

削られたシナリオを復活させた「完全版」の発売を望む声も根強く存在します。

志半ばで世に出てしまった作品だけに、本来の姿を見てみたいというファンの気持ちはわかる気がします。

まとめ

四八ショックのポイントをおさらいしましょう。

  • 四八ショックは2007年発売の『四八(仮)』が引き起こしたネット上の大騒動
  • シナリオの極端な格差、致命的バグ、メーカー対応などあらゆる面で問題があった
  • KOTYの運営方針を投票制から選評制へと変化させた
  • クソゲーの定義自体を「ガッカリゲー」から「ゲームとして破綻」へと引き上げた
  • 動画文化の台頭と重なり、ゲーム批評のあり方に大きな影響を与えた

たった一本のゲームが、ネット上のゲーム文化を根本から変えてしまった——四八ショックは、そんな稀有な事例として今も語り継がれています。

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