金烏(きんう)とは?太陽に住む三本足のカラス|中国神話の神獣を徹底解説

神話・歴史・伝承

太陽の中に、黄金色に輝くカラスが住んでいる——そんな不思議な話を聞いたことはありますか?

古代中国の人々は、空に輝く太陽を見上げながら、その中にカラスがいると信じていました。しかもそのカラスは、足が三本あるという奇妙な姿をしていたんです。

「なぜカラスなの?」「どうして三本足なの?」

そんな疑問を持つ方も多いでしょう。実はこの神話には、古代中国人の宇宙観や時間の概念が深く関わっています。

この記事では、中国神話に登場する太陽の霊鳥「金烏(きんう)」について、その正体や神話、そして現代まで続く影響を詳しくご紹介します。


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金烏ってどんな存在?

基本情報

金烏(きんう)は、中国神話において太陽の中に住むとされる想像上のカラスです。

中国語では「ジンウー(jīnwū)」と発音され、太陽そのものの異名としても使われてきました。「金」という字は太陽の光り輝く様子を表し、「烏」はカラスを意味しています。

金烏には複数の別名があります。

名称読み方意味
金烏きんう黄金のカラス
三足烏さんそくう三本足のカラス
陽烏ようう太陽のカラス
日烏にちう日のカラス
赤烏せきう赤いカラス
火烏かう火のカラス

どの名前も、太陽との深い結びつきを示しているんですね。

対となる存在

金烏には、月に住むとされる「対」となる存在がいます。

それが玉兎(ぎょくと)蟾蜍(せんじょ)です。玉兎は月でを搗いているとされるウサギ、蟾蜍は三本足のヒキガエルのこと。

古代中国では「太陽に金烏、月に玉兎」という対比で、日と月を表現していました。この組み合わせは絵画や工芸品に頻繁に描かれ、宇宙の陰陽のバランスを象徴していたのです。


金烏の姿と特徴

三本足のカラス

金烏の最大の特徴は、なんといっても足が三本あるということでしょう。

通常のカラスは二本足ですが、金烏は三本の足を持つ姿で描かれます。この奇妙な姿には、古代中国の思想が深く関わっているんです。

なぜ三本足なのか?

三本足である理由については、陰陽五行説に基づいた説明が一般的です。

古代アジアの思想では、偶数は「陰」、奇数は「陽」を表すとされていました。太陽は「陽」の象徴そのものですから、陽を示す奇数の「三」を足の数としたわけですね。

『春秋元命苞』という古い文献には「陽数は一に起こり、三に成る。日の中に踆烏(そんう=カラス)あり」と記されています。

ただし、実は初期の金烏は二本足だったという説もあります。1972年に発掘された馬王堆(まおうたい)漢墓から出土した帛画(はくが)に描かれた金烏は、まだ二本足でした。三本足という設定は、漢代中期以降に広まったと考えられています。

色と姿

「金烏」という名前から、黄金色に輝くカラスを想像するかもしれません。

しかし実際の絵画や工芸品では、カラスは通常通り黒く描かれることがほとんどです。背景に描かれる太陽や円が朱色や金色で彩色され、その中に黒いカラスがいるという構図が一般的なんです。

「金」という字は、カラス自体の色ではなく、太陽の光輝を表していると解釈されています。


金烏はなぜカラスなのか?

太陽黒点説

太陽の中にカラスがいるという発想は、どこから生まれたのでしょうか?

天文学者の山本一清は、古代中国人が観察した太陽黒点がカラスの正体ではないかと指摘しています。

太陽に見える黒い点を「黒いもの」として捉え、黒い鳥であるカラスに見立てたのではないかという説です。江戸時代の日本の書物『永暦雑書天文大成』(1809年)にも「日の中に三足の烏、実にあるにあらず。大陽の火にして中くろく、烏の形の如く黒気あるのみなり」と記されており、古くからこの解釈があったことがわかります。

日の出・日の入りとカラス

別の説では、夕暮れや明け方に飛ぶカラスの姿が太陽との結びつきを生んだとも言われています。

日の出や日の入りの時間帯、太陽が地平線近くにあるとき、シルエットとなって飛ぶカラスの姿が、まるで太陽を運んでいるように見えたのかもしれません。


10の太陽と金烏の神話

太陽は10個あった

金烏にまつわる最も有名な神話が、「十日神話」です。

古代中国では、太陽は1つではなく10個存在すると考えられていました。この10個の太陽は、天帝・帝俊(ていしゅん)と太陽の女神・羲和(ぎわ)の間に生まれた子供たちだったのです。

『山海経』や『淮南子』といった古典文献によると、10の太陽はそれぞれ金烏の姿をしており、東海の果てにある神木「扶桑(ふそう)」に住んでいました。

扶桑の神木

扶桑は、中国神話に登場する伝説の巨木です。

東の海の果て、「湯谷(ようこく)」と呼ばれる場所に生えているとされ、その高さは300里(約130km以上!)にも及ぶとされました。

10羽の金烏は毎日、この扶桑の枝から交代で1羽ずつ空に昇り、天を横切って西へと移動していきました。夕方になると西の「蒙谷(もうこく)」に沈み、また扶桑の下に戻って湯谷で水浴びをし、翌日に備えるのです。

興味深いのは、この「10日で一巡」という考え方が、中国の暦の単位「旬」の起源になっているということ。現代でも「上旬・中旬・下旬」という言葉が使われていますが、これは10日を1単位とする古代の暦制度の名残なんです。

后羿射日——英雄が太陽を射落とす

10の太陽には、有名な神話が伝わっています。

それが「后羿射日(こうげいしゃじつ)」——弓の名手・羿(げい)が太陽を射落とす物語です。

『淮南子』にはこう記されています。

堯の時代になって、十個の太陽が並び出て、穀物を焼き、草木を枯らせ、そのために民は食べ物がなくなった。

普段は1羽ずつ交代で空に昇るはずの金烏たちが、堯帝の時代にある日突然、10羽全員が同時に空に現れてしまったのです。

10個の太陽が一度に輝けば、地上は灼熱地獄と化します。草木は枯れ、川は干上がり、人々は苦しみました。これに困った堯帝は、天界から派遣された弓の名人・羿に命じて、太陽を射落とさせることにしました。

羿は神弓を構え、次々と太陽を射抜いていきます。『楚辞章句』の注釈によれば「堯、羿に命じて十日を仰ぎ射させ、その九日に中(あた)る。日中の九烏みな死に、その羽翼を墮とす。故に一日を留む」——つまり、羿は9つの太陽を射落とし、最後の1つだけを残したのです。

こうして地上には、ちょうど良い1つの太陽だけが残りました。羿が最後の1つを射落とさなかったのは、太陽がなければ地上も滅んでしまうことを知っていたからでしょう。

羿と嫦娥の悲劇

后羿射日の神話には、悲しい続きがあります。

太陽(=天帝の息子たち)を射殺してしまった羿は、天帝の怒りを買い、妻の嫦娥(じょうが)とともに天界から追放されてしまいます。不死の身でなくなった羿は、西王母から不老不死の薬を手に入れますが、嫦娥がそれを一人で飲んでしまい、月へと飛び去ってしまうのです。

こうして、太陽を守った英雄・羿は地上で孤独に生き、月には嫦娥が永遠に住むことになりました。「太陽に金烏、月に嫦娥」という対比は、この神話から生まれたとも言われています。


考古学的発見

三星堆遺跡の青銅神樹

金烏の信仰が実際に存在したことを示す考古学的証拠も発見されています。

1986年、中国四川省の三星堆(さんせいたい)遺跡から、驚くべき青銅器が出土しました。「青銅神樹」と呼ばれるこの遺物は、高さ約4メートルにも及ぶ巨大な青銅製の木で、その枝には太陽を表すとみられるが止まっているのです。

この神樹は、『山海経』や『淮南子』に登場する扶桑の木を表現したものと考えられています。紀元前1200年頃のものとされ、金烏信仰の古さを物語る貴重な発見となりました。

馬王堆漢墓の帛画

1972年に発掘された馬王堆漢墓(紀元前2世紀頃)からは、絹に描かれた帛画が出土しています。

この帛画には、太陽の中に描かれたカラスの姿がはっきりと残されていました。ただし、この時代のカラスはまだ二本足で描かれており、三本足という設定が後の時代に加わったことを示唆しています。

河姆渡文化の遺物

さらに古い時代にも、太陽と鳥を結びつけた痕跡があります。

紀元前5000年頃の河姆渡(かぼと)文化からは、太陽を背負った鳥の姿を描いた象牙製品が出土しています。これは「金烏負日(きんうふじつ)」——カラスが太陽を背負って運ぶという思想の最古の表現かもしれません。

7000年前の人々が、すでに太陽と鳥を結びつけて考えていたなんて、驚きですよね。


日本と韓国への影響

八咫烏との関係

金烏の伝説は、日本にも大きな影響を与えました。

日本神話に登場する八咫烏(やたがらす)をご存知でしょうか?神武天皇の東征の際、熊野から大和への道案内をしたとされる神聖なカラスです。

興味深いのは、八咫烏も三本足で描かれることが多いという点。しかし、古事記や日本書紀には八咫烏の足が三本だという記述はありません。平安時代以降になって、中国の金烏の影響を受けて三本足として説明されるようになったと考えられています。

現在、八咫烏はサッカー日本代表のエンブレムとしても有名ですね。あの三本足のカラスは、中国の金烏神話とつながっているんです。

天皇の儀式に使われた金烏

日本では、金烏の象徴が皇室の儀式にも使われてきました。

江戸時代まで、天皇即位の際に用いられていた冕冠(べんかん)袞衣(こんえ)には、太陽を表す金烏の文様が施されていました。また、「日像幢(にちぞうとう)」と呼ばれる儀式用の旗にも金烏が描かれています。

韓国の三足烏

朝鮮半島にも、三本足のカラスの伝説が伝わっています。

韓国では三足烏(サムジョゴ)と呼ばれ、特に高句麗(紀元前5世紀〜7世紀)において重要な象徴でした。高句麗の古墳壁画には、三足烏が頻繁に描かれており、太陽と王権を象徴する存在として崇められていたことがわかります。

高句麗では、三足烏は竜や鳳凰よりも格上の存在とされ、王の権威を示すシンボルとして用いられました。この信仰は新羅、高麗、朝鮮王朝へと受け継がれ、現代韓国でもスポーツチームのエンブレムなどに使われています。


文献に見る金烏

金烏に関する記述は、複数の古典文献に見られます。

主要な出典

文献名成立時期内容
山海経戦国時代〜漢代扶桑の木と10の太陽、カラスが太陽を載せて運ぶ記述
楚辞戦国時代太陽の中にカラスがいるという記述、后羿射日の物語
淮南子前漢(前2世紀)10の太陽と三足烏、后羿が9つの太陽を射落とす神話
春秋元命苞漢代「陽数は一に起こり三に成る。日中に踆烏あり」

『山海経』大荒東経には、「一つの太陽が来ると一つの太陽が出て行き、太陽はみな烏を載せている」と記されています。

また、『淮南子』精神訓には「日中に踆烏あり、月中に蟾蜍あり」という有名な一節があり、太陽に金烏、月にヒキガエルという対比が明確に示されています。


金烏にまつわる神々と存在

金烏の神話に関連する主要な神々や存在をまとめました。

太陽に関わる神々

名前読み方役割・説明
帝俊ていしゅん天帝。羲和の夫で、10の太陽の父
羲和ぎわ太陽の女神。10の太陽を生み、世話をする母神
羿(后羿)げい(こうげい)弓の名手。9つの太陽を射落とした英雄
嫦娥じょうが羿の妻。不死の薬を飲んで月に昇った

月に関わる存在

名前読み方役割・説明
常羲じょうぎ帝俊の妻。12の月を生んだ月の母神
玉兎ぎょくと月に住むウサギ。を搗いているとされる
蟾蜍せんじょ月に住む三本足のヒキガエル。嫦娥の変身姿とも

その他の関連する存在

名前読み方役割・説明
西王母せいおうぼ崑崙山に住む女仙。三本足の青い鳥(青鳥)を使者とする
太陽星君たいようせいくん道教における太陽神

金烏の象徴的意味

陽のエネルギーの象徴

金烏は、中国思想における「陽」のエネルギーの象徴です。

太陽、火、光、生命力、活動——これらすべてを金烏は体現しています。三本足という特徴も、陽の数である奇数「三」を表すものでした。

時間と暦の象徴

10羽の金烏が交代で空を渡るという神話は、時間の流れを象徴しています。

10日で一巡するこのサイクルは、中国の暦の単位「旬」の起源となりました。「金烏」という言葉が「太陽」の意味で使われるようになったのも、この時間との結びつきがあったからでしょう。

「金烏玉兎(きんうぎょくと)」という四字熟語は、太陽と月、すなわち日と月の移り変わりを意味し、転じて「歳月」「時の流れ」を表す言葉として使われています。

王権の象徴

古代中国や高句麗では、金烏は王権や統治権の象徴でもありました。

太陽は天の支配者であり、その中に住む金烏は天命を受けた王の権威を象徴したのです。日本で天皇の儀式に金烏が用いられたのも、この思想の影響と考えられています。


現代文化への影響

ゲーム・アニメ・漫画

金烏は現代のポップカルチャーにも登場しています。

中国や日本のゲーム、アニメ、漫画には、金烏をモチーフにしたキャラクターや設定がしばしば見られます。「三本足のカラス」「太陽の鳥」というビジュアルはインパクトがあり、ファンタジー作品で重要なモチーフとなっているんです。

スポーツのシンボル

前述の通り、日本サッカー協会のシンボルマークである八咫烏は、金烏と深い関係があります。三本足のカラスという独特のデザインは、日本代表のユニフォームやエンブレムとして広く知られるようになりました。

韓国でも、サッカークラブ「全北現代モータース」などが三足烏をエンブレムに使用しています。

宇宙開発

2021年、中国は初の太陽観測衛星を打ち上げました。この衛星は、金烏の母である太陽の女神にちなんで「羲和号」と名付けられています。

古代神話が、現代の宇宙開発にも生き続けているんですね。


まとめ

金烏は、中国神話において太陽の本質を象徴する神聖な存在です。

重要なポイント

  • 太陽の中に住む三本足のカラスで、太陽そのものの異名としても使われる
  • 陰陽五行説に基づき、陽を表す奇数「三」が足の数となった
  • 神話では10羽の金烏が10の太陽として、扶桑の木に住んでいた
  • 后羿射日——英雄・羿が9つの太陽を射落とし、世界を救った
  • 馬王堆遺跡三星堆遺跡から、金烏信仰の考古学的証拠が出土
  • 日本の八咫烏、韓国の三足烏に影響を与えた
  • 金烏玉兎という言葉は、太陽と月、歳月の流れを意味する
  • 現代でもスポーツのエンブレムや創作作品に登場している

7000年前の河姆渡文化から現代の宇宙開発まで、金烏の伝説は脈々と受け継がれてきました。

太陽を見上げたとき、そこに黄金のカラスがいる——古代中国人のそんな想像力が、今なお私たちの文化に生き続けているのです。

次に太陽を見上げるとき、そこに三本足のカラスの姿を想像してみてください。古代の人々と同じ空を見上げていることを、きっと実感できるはずです。

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