「偏導関数って何?」
「普通の導関数と何が違うの?」
大学の数学や物理学で突然登場する「偏導関数」という言葉に、戸惑う方も多いのではないでしょうか。
この記事では、偏導関数について、中学生にもイメージできるように基礎から丁寧に解説します。
偏導関数が必要になる理由

1変数関数の限界
高校数学では、1変数関数の微分を学びます。
y = f(x) = x^2
この関数の導関数は、
dy/dx = f'(x) = 2x
これは、xが変化したときにyがどのくらい変化するかを表しています。
2変数以上の関数
しかし、現実の現象は、1つの変数だけで決まることは稀です。
例1:物体の温度
部屋の温度は、位置(x, y)によって変わります。
T = f(x, y)
例2:企業の利益
企業の利益は、製品Aの生産量xと製品Bの生産量yに依存します。
π = f(x, y)
例3:理想気体の圧力
理想気体の圧力Pは、体積V、温度T、物質量nに依存します。
P = f(V, T, n)
このような多変数関数を微分するために、偏導関数が必要になります。
偏導関数の定義
基本的な考え方
偏導関数の核心は、
「他の変数を定数とみなして、1つの変数だけで微分する」
ということです。
2変数関数の場合
関数z = f(x, y)について考えます。
xについての偏導関数
yを定数とみなして、xだけで微分します。
∂f/∂x = lim[h→0] (f(x+h, y) - f(x, y)) / h
yについての偏導関数
xを定数とみなして、yだけで微分します。
∂f/∂y = lim[k→0] (f(x, y+k) - f(x, y)) / k
記号と読み方
偏導関数は、いくつかの記号で表されます。
xについての偏導関数
- ∂f/∂x(ラウンドディー エフ ラウンドディー エックス)
- ∂z/∂x(ラウンドディー ゼット ラウンドディー エックス)
- f_x(x, y)(エフ エックス)
- ∂/∂x f(x, y)
yについての偏導関数
- ∂f/∂y(ラウンドディー エフ ラウンドディー ワイ)
- ∂z/∂y(ラウンドディー ゼット ラウンドディー ワイ)
- f_y(x, y)(エフ ワイ)
- ∂/∂y f(x, y)
重要な注意
普通の微分記号「d」ではなく、「∂」(ラウンドディー、デル、partial)を使います。
これは、「一部だけを見ている」という意味を込めています。
偏導関数の計算方法

基本ルール
偏導関数の計算は、実は簡単です。
ステップ1:微分する変数を決める
xで微分するのか、yで微分するのかを決めます。
ステップ2:他の変数を定数とみなす
微分しない変数は、すべて定数として扱います。
ステップ3:普通の微分と同じように計算
あとは、1変数関数の微分と全く同じように計算します。
例1:基本的な計算
f(x, y) = x^2 + xy + y^2
xについての偏導関数
yを定数とみなします。
- x^2の微分:2x
- xyの微分:y(yは定数なので)
- y^2の微分:0(yは定数なので、定数の微分は0)
したがって、
∂f/∂x = 2x + y
yについての偏導関数
xを定数とみなします。
- x^2の微分:0(xは定数なので)
- xyの微分:x(xは定数なので)
- y^2の微分:2y
したがって、
∂f/∂y = x + 2y
例2:三角関数を含む場合
f(x, y) = x sin(y)
xについての偏導関数
yを定数とみなすので、sin(y)も定数です。
∂f/∂x = sin(y)
yについての偏導関数
xを定数とみなします。
∂f/∂y = x cos(y)
例3:分数関数
f(x, y) = 1/(x^2 + y^2 + 1)
xについての偏導関数
商の微分法を使います。
分子を微分:0
分母を微分(yは定数):2x
∂f/∂x = -2x / (x^2 + y^2 + 1)^2
yについての偏導関数
同様に、
∂f/∂y = -2y / (x^2 + y^2 + 1)^2
例4:指数関数
f(x, y) = e^(xy)
xについての偏導関数
合成関数の微分(連鎖律)を使います。
∂f/∂x = e^(xy) · y = y e^(xy)
yについての偏導関数
∂f/∂y = e^(xy) · x = x e^(xy)
偏導関数の幾何学的意味
グラフで理解する
2変数関数z = f(x, y)のグラフは、3次元空間の曲面です。
xについての偏導関数の意味
特定の点(x_0, y_0)における∂f/∂xは、
- y = y_0で固定したときの
- x方向の接線の傾き
を表しています。
つまり、「x軸方向に歩いたときの、高さ(z)の変化率」です。
yについての偏導関数の意味
特定の点(x_0, y_0)における∂f/∂yは、
- x = x_0で固定したときの
- y方向の接線の傾き
を表しています。
つまり、「y軸方向に歩いたときの、高さ(z)の変化率」です。
具体例:山の傾斜
山の標高をz = f(x, y)とします。
- ∂f/∂x:東西方向の傾斜
- ∂f/∂y:南北方向の傾斜
この2つの情報があれば、その地点での傾斜の方向と急さがわかります。
高階偏導関数

偏導関数も、また偏微分できます。
2階偏導関数
関数f(x, y)について、以下の4つの2階偏導関数があります。
1. xで2回微分
∂^2f/∂x^2 = ∂/∂x (∂f/∂x) = f_xx
2. yで2回微分
∂^2f/∂y^2 = ∂/∂y (∂f/∂y) = f_yy
3. xで微分してからyで微分
∂^2f/∂y∂x = ∂/∂y (∂f/∂x) = f_xy
4. yで微分してからxで微分
∂^2f/∂x∂y = ∂/∂x (∂f/∂y) = f_yx
注意:記号の読み方
∂^2f/∂y∂xは、「分子から読む」ので、
- まずxで偏微分
- 次にyで偏微分
という順序になります。
計算例
f(x, y) = x^3 y^2 + 2x^2 y - xy^4
1階偏導関数
∂f/∂x = 3x^2 y^2 + 4xy - y^4
∂f/∂y = 2x^3 y + 2x^2 - 4xy^3
2階偏導関数
∂^2f/∂x^2 = 6xy^2 + 4y
∂^2f/∂y^2 = 2x^3 - 12xy^2
∂^2f/∂x∂y = 6x^2 y + 4x - 4y^3
∂^2f/∂y∂x = 6x^2 y + 4x - 4y^3
最後の2つが一致していることに注意してください。
シュワルツの定理(偏微分の順序交換)
定理の内容
関数f(x, y)がC^2級(2階偏導関数が連続)ならば、
∂^2f/∂x∂y = ∂^2f/∂y∂x
つまり、偏微分の順序を交換できます。
実用上の意味
ほとんどの「普通の関数」(多項式、指数関数、三角関数、対数関数、それらの四則演算と合成関数)では、この定理が成り立ちます。
したがって、実際の計算では、偏微分の順序を気にする必要はほとんどありません。
高階の場合
3階以上でも同様です。
f(x, y)がC^3級ならば、
∂^3f/∂x∂y∂x = ∂^3f/∂x^2∂y = ∂^3f/∂y∂x^2
つまり、「xで何回、yで何回微分したか」だけが重要で、順序は関係ありません。
偏微分係数

偏導関数 vs 偏微分係数
偏導関数:関数(変数xとyの関数)
∂f/∂x = 2x + y
偏微分係数:特定の点での値(数値)
∂f/∂x (1, 2) = 2(1) + 2 = 4
表記
点(a, b)における偏微分係数は、
∂f/∂x (a, b)
f_x(a, b)
と表します。
計算例
f(x, y) = x^3 + 4x^2 y - 5y^2
偏導関数
∂f/∂x = 3x^2 + 8xy
∂f/∂y = 4x^2 - 10y
点(1, 2)における偏微分係数
∂f/∂x (1, 2) = 3(1)^2 + 8(1)(2) = 3 + 16 = 19
∂f/∂y (1, 2) = 4(1)^2 - 10(2) = 4 - 20 = -16
3変数以上の関数
偏導関数の概念は、3変数以上にも拡張できます。
3変数関数の例
f(x, y, z) = x^2 y + yz^2 + xz
各変数についての偏導関数
∂f/∂x = 2xy + z(yとzは定数)
∂f/∂y = x^2 + z^2(xとzは定数)
∂f/∂z = 2yz + x(xとyは定数)
n変数関数
一般に、n変数関数f(x_1, x_2, …, x_n)について、
x_iについての偏導関数は、
∂f/∂x_i
と表され、x_i以外のすべての変数を定数とみなして微分します。
偏導関数の応用
偏導関数は、さまざまな分野で重要な役割を果たします。
1. 物理学
熱伝導方程式
温度分布u(x, y, z, t)の時間変化は、
∂u/∂t = k(∂^2u/∂x^2 + ∂^2u/∂y^2 + ∂^2u/∂z^2)
(kは熱拡散率)
波動方程式
波の伝播は、
∂^2u/∂t^2 = c^2(∂^2u/∂x^2 + ∂^2u/∂y^2 + ∂^2u/∂z^2)
(cは波の速度)
マクスウェル方程式
電磁気学の基本法則は、偏導関数で記述されます。
シュレーディンガー方程式
量子力学の基本方程式も、偏導関数を使います。
2. 経済学
限界効用
効用関数u(x, y)について、
- ∂u/∂x:財xの限界効用(xを1単位増やしたときの効用の増加)
- ∂u/∂y:財yの限界効用
限界生産性
生産関数Q = f(K, L)について、
- ∂Q/∂K:資本の限界生産性
- ∂Q/∂L:労働の限界生産性
限界代替率
無差別曲線の傾きは、
MRS = -(∂u/∂x) / (∂u/∂y)
技術的限界代替率
等量曲線の傾きは、
MRTS = -(∂Q/∂L) / (∂Q/∂K)
3. 工学
熱伝達
材料中の温度分布の変化を解析
流体力学
流体の速度場、圧力分布を解析
構造解析
材料に加わる応力、歪みを解析
画像処理
エッジ検出アルゴリズム(画像の輝度勾配を計算)
4. 機械学習
勾配降下法
損失関数L(w_1, w_2, …, w_n)を最小化するために、
w_i ← w_i - α (∂L/∂w_i)
(αは学習率)
このアルゴリズムは、各パラメータについての偏導関数を計算します。
5. 最適化問題
条件
関数f(x, y)の極値を求めるには、
∂f/∂x = 0
∂f/∂y = 0
を同時に満たす点を探します。
例:企業の利益最大化
利益関数π(x, y)について、
∂π/∂x = 0
∂π/∂y = 0
を解いて、最適な生産量xとyを求めます。
全微分との関係
全微分とは
すべての変数が変化したときの、関数の変化量です。
df = (∂f/∂x)dx + (∂f/∂y)dy
偏微分との違い
偏微分:1つの変数だけ変化
全微分:すべての変数が変化
応用:誤差の伝播
測定値x, yに誤差Δx, Δyがあるとき、計算結果f(x, y)の誤差Δfは、
Δf ≈ (∂f/∂x)Δx + (∂f/∂y)Δy
で近似できます。
よくある質問
Q1:偏導関数と普通の導関数の違いは?
A:変数の数が違います。
- 普通の導関数:1変数関数の微分
- 偏導関数:多変数関数の微分(他の変数を固定)
Q2:なぜ記号が「d」ではなく「∂」なのですか?
A:「一部だけを見ている」ことを示すためです。
「d」は「total(全体)」、「∂」は「partial(部分)」を意味します。
Q3:偏導関数の計算は難しいですか?
A:いいえ、他の変数を定数とみなせば、普通の微分と同じです。
1変数の微分ができれば、偏導関数も計算できます。
Q4:偏微分の順序は常に交換できますか?
A:ほとんどの場合、交換できます。
厳密には、2階偏導関数が連続である必要があります(シュワルツの定理)。
普通の関数(多項式、指数関数、三角関数など)では、心配する必要はありません。
Q5:偏導関数が存在しても、全微分可能とは限らないのはなぜですか?
A:偏導関数は「各方向だけ」を見ていますが、全微分可能性は「すべての方向」を考慮するからです。
特殊な例では、∂f/∂xと∂f/∂yが存在しても、全微分可能でない場合があります。
(これは大学の解析学で詳しく学びます)
Q6:3変数以上の偏導関数も同じように計算できますか?
A:はい、全く同じ方法です。
微分する変数以外をすべて定数とみなして計算します。
Q7:偏導関数を使わないで、多変数関数を扱えませんか?
A:実用上、不可能です。
物理学、工学、経済学、機械学習など、現代科学のほとんどすべての分野で偏導関数が必須です。
まとめ:偏導関数の重要性
偏導関数について解説しました。
重要なポイント
- 定義:多変数関数を、1つの変数だけで微分する
- 計算方法:他の変数を定数とみなす
- 記号:∂f/∂x(ラウンドディー)
- 幾何学的意味:特定方向の接線の傾き
2変数関数の偏導関数
f(x, y)について
∂f/∂x:yを定数とみなしてxで微分
∂f/∂y:xを定数とみなしてyで微分
高階偏導関数
∂^2f/∂x^2, ∂^2f/∂y^2, ∂^2f/∂x∂y, ∂^2f/∂y∂x
シュワルツの定理
C^2級関数では、偏微分の順序を交換できる
∂^2f/∂x∂y = ∂^2f/∂y∂x
応用分野
- 物理学:熱伝導、波動、電磁気、量子力学
- 経済学:限界効用、限界生産性、最適化
- 工学:熱伝達、流体力学、構造解析、画像処理
- 機械学習:勾配降下法、パラメータ最適化
計算のコツ
- 微分する変数を決める
- 他の変数を定数とみなす
- 普通の微分と同じように計算
偏導関数は、一見難しそうに見えますが、「他の変数を定数とみなす」という核心を理解すれば、実は簡単です。
現代科学のほとんどすべての分野で使われる基本的な道具なので、しっかり習得しましょう。
多変数の世界では、1つの変数だけに注目する「偏った見方」が、かえって全体を理解する鍵となります。
これが「偏導関数」の名前の由来であり、その本質なのです。

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