崑崙山──中国神話最大の聖地と不老不死の仙境

神話・歴史・伝承

映画やゲーム、小説で「崑崙山(こんろんさん)」という名前を聞いたことはありませんか?

中国神話において、崑崙山は「天帝の下都」と呼ばれる最も神聖な山であり、不老不死の秘薬や仙人たちが住む仙境として語り継がれてきました。
日本でも『封神演義』や『西遊記』を通じて知られるこの伝説の山は、古代中国人にとって「この世の果てにある楽園」そのものだったんです。

「名前は聞いたことあるけど、どんな場所なの?」「西王母って誰?」という方も多いのではないでしょうか。

この記事では、中国神話における崑崙山の全貌を、古典文献から現代の創作作品まで網羅的に解説していきます。

スポンサーリンク

崑崙山ってどんな場所?

神話上の崑崙山

崑崙山は、中国古代の伝説上の山岳です。

単なる「高い山」ではありません。
神話上の崑崙山は、天と地を結ぶ「世界の中心軸(Axis Mundi)」として位置づけられていました。

『山海経』や『淮南子』などの古典文献によると、その高さは「万仞(まんじん)」、つまり約1万4000メートルから2万3000メートルにも及ぶとされています。
現代のエベレスト(約8848メートル)をはるかに超える、文字通り天に届く山だったわけです。

崑崙山の基本構造

古代文献に記された崑崙山の構造をまとめると、以下のようになります。

階層名称特徴
最上層天庭天帝の居所、神々の住まう場所
上層懸圃(けんぽ)空中に浮かぶ庭園、神・陸吾が守護
中層瑶池(ようち)西王母の宮殿、蟠桃園がある
下層弱水・炎火山侵入者を阻む防衛帯
入口九門開明獣が守る九つの門

このように、崑崙山は単なる山ではなく、複数の階層を持つ「天界への階段」として描かれていたんです。

「崑崙」という名前の意味

「崑崙」という言葉の語源については、複数の説が存在します。

主な説としては、以下の4つが挙げられます。

  • 「混沌・渾沌」説: 宇宙の始まりである混沌を意味するという解釈。多くの学者がこの説を支持しています
  • 「天柱」説: 天を支える柱という意味。崑崙山が世界の中心軸であることと関連しています
  • 「黒」説: アルタイ語系の「カラ(黒)」の転音とする説。崑崙奴(南方から来た黒い肌の人々)との関連も指摘されています
  • 「高大」説: 単純に「巨大で高い」を意味するという説

いずれにしても、崑崙という名前には「世界の根源」「壮大さ」というニュアンスが込められていたようです。

古典文献に描かれた崑崙山

『山海経』に記された崑崙

中国最古の地理書『山海経(せんがいきょう)』は、崑崙山について最も詳しく記述した文献の一つです。

『山海経』の「海内西経」には、崑崙山についてこう記されています。

崑崙の虚は西北に在り、帝の下都なり。
崑崙の虚は方八百里、高さ万仞。
上に木禾あり、長さ五尋、大きさ五囲。
面に九井あり、玉を以て檻と為す。
面に九門あり、門に開明獣ありてこれを守る。

つまり、崑崙山は以下のような場所として描かれています。

  • 西北の方角に位置する
  • 天帝の地上における都
  • 周囲800里(約320キロメートル)の広さ
  • 高さ1万仞(推定14,000~23,000メートル)
  • 9つの玉で縁取られた井戸がある
  • 9つの門があり、それぞれを開明獣が守っている

崑崙山の守護者たち

崑崙山には、数多くの神獣や守護者が存在するとされています。

開明獣(かいめいじゅう)

崑崙山の九つの門を守る神獣です。
『山海経』によれば、「虎の体に九つの人面を持ち、東を向いて崑崙の上に立つ」と記されています。

虎の体は西方の守護を象徴し、九つの頭は全方位を監視する能力を表していると解釈されています。
この存在は、崑崙山がいかに厳重に守られた聖域であったかを物語っています。

陸吾(りくご)

懸圃(空中庭園)を守護する神です。
『山海経』の「西山経」には、「虎の体に九つの尾を持ち、人面にして虎の爪」と記されています。

天帝の下都を守護する重要な役割を担っていました。

三足烏(さんそくう)

西王母に仕える神鳥です。
太陽の中に住むとされる三本足のカラスで、西王母のもとへ食事を運ぶ役割を持っていました。
後に「八咫烏(やたがらす)」として日本神話にも取り入れられています。

弱水と炎火山──近づけない理由

崑崙山は、ただ高いだけでなく、近づくこと自体が極めて困難な場所でした。

弱水(じゃくすい)

崑崙山の周囲を巡る川です。
「羽毛すら浮かばない」ほど軽い水とされ、船はおろか、どんなものも沈んでしまいます。
仙術を使える者以外は、この川を渡ることができませんでした。

炎火山(えんかざん)

弱水の外側に位置する、永遠に燃え続ける山です。
投げ込まれたものは瞬時に燃え尽きてしまうため、通常の方法では突破できません。

流沙(りゅうさ)

さらに外側には「流沙」と呼ばれる砂漠が広がっています。
この砂は常に流動し、まるで川のように移動するため、旅人を迷わせます。

これらの障害は、崑崙山が「選ばれた者」だけが到達できる神聖な場所であることを象徴しています。
純粋な心を持ち、修行を積んだ仙人のみが、これらの試練を乗り越えて崑崙山に至ることができたのです。

西王母──崑崙山の女神

西王母とは何者か

崑崙山の神話を語る上で、西王母(せいおうぼ)の存在は欠かせません。

西王母は、崑崙山の瑶池(ようち)に住む女神であり、「不老不死」を司る存在として中国神話で最も重要な女神の一人です。

西王母の主な別名

  • 瑶池金母(ようちきんぼ)
  • 王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)
  • 金母元君(きんぼげんくん)
  • 九霊太妙龜山金母(きゅうれいたいみょうきさんきんぼ)

道教においては、宇宙の陰の気を体現する存在とされ、陽の気を体現する東王公(とうおうこう)と対をなします。

西王母の姿の変遷

興味深いことに、西王母の姿は時代とともに大きく変化しています。

古代の西王母(『山海経』)

『山海経』の「西山経」には、西王母についてこう記されています。

西王母はその状(かたち)人の如く、豹の尾、虎の歯にして善く嘯(うそぶ)く。
蓬髪(ほうはつ)にして勝(かんむり)を戴く。

つまり、最初期の西王母は「豹の尾と虎の歯を持ち、乱れた髪で吠える」という、かなり恐ろしい姿で描かれていたんです。
災厄や刑罰を司る厳格な神格として信仰されていました。

漢代以降の西王母

漢代(紀元前206年~紀元220年)になると、西王母の姿は大きく変化します。

威厳ある女帝の姿となり、豹の尾や虎の歯は消えました。
代わりに、美しい衣装を身にまとい、玉座に座る優美な女神として描かれるようになります。

この変化は、道教の発展と神仙思想の普及によるものです。
「恐ろしい半獣の神」から「慈悲深い仙女」への変貌は、中国人の死生観の変化を反映していると言えるでしょう。

蟠桃園と不老不死の桃

西王母が管理する「蟠桃園(ばんとうえん)」は、崑崙山の中でも特に重要な場所です。

蟠桃園の伝説

伝説によれば、蟠桃園には3600本の桃の木があり、それぞれ異なる効力を持っています。

位置本数結実周期効能
手前1200本3000年に一度食べると仙人になれる
中央1200本6000年に一度不老長生を得られる
1200本9000年に一度天地が続く限り生き永らえる

これらの桃は「蟠桃(ばんとう)」と呼ばれ、単なる果物ではなく、宇宙の精気を凝縮した不老不死の霊薬とされています。

蟠桃会(ばんとうえ)

毎年旧暦3月3日は西王母の誕生日とされ、この日に「蟠桃会」という大宴会が開かれます。
天界の神々や仙人たちが瑶池に集まり、蟠桃を味わいながら西王母の長寿を祝うのです。

この蟠桃会は、『西遊記』において孫悟空が大暴れする有名なエピソードの舞台にもなっています。

羿と嫦娥の神話

西王母が持つ不老不死の薬にまつわる有名な神話があります。

羿(げい)と不死の薬

古代、天に10個の太陽が同時に昇り、大地を焼き尽くしていた時代がありました。
弓の名手・羿は、9つの太陽を射落として世界を救いました。

その功績を認められ、羿は西王母から不死の薬を授かります。
しかし、その薬は二人で分けて飲めば不老長生、一人で飲めば天に昇って仙人になるというものでした。

嫦娥(じょうが)の月への逃亡

羿は妻の嫦娥と共に薬を飲むつもりでしたが、嫦娥は夫が留守の間に薬を全て飲んでしまいます。
すると嫦娥の体は軽くなり、そのまま月へと飛んでいきました。

以来、嫦娥は月に住む「月の女神」となり、中秋節(中秋の名月)の信仰の起源となっています。
この神話は、西王母の薬の力がいかに強大であったかを示すと同時に、不老不死への欲望がもたらす悲劇も描いています。

崑崙山と中国の帝王たち

黄帝と崑崙山

中国の伝説的な帝王・黄帝(こうてい)は、崑崙山と深い関わりを持つとされています。

伝説によれば、黄帝は東方で「河図(かと)」を手に入れた後、西の崑崙山に登りました。
そこで天の道を悟り、中国に帰還して天下を平定したとされています。

黄帝は崑崙山に「玉殿」を建てたとも言われ、崑崙山は「天帝の下都」つまり天帝が地上で過ごす際の都とされるようになりました。
これは崑崙山が単なる仙人の住処ではなく、天界と人間界を結ぶ政治的・宗教的な中心地でもあったことを示しています。

周の穆王と西王母の出会い

『穆天子伝(ぼくてんしでん)』という古代の文献には、周の穆王(ぼくおう)が崑崙山を訪れ、西王母と会見したという記録があります。

紀元前10世紀頃、穆王は八頭の駿馬に引かせた馬車で西方への大遠征を行いました。
数々の困難を乗り越えた末、ついに崑崙山に到達し、瑶池で西王母と対面します。

二人は瑶池のほとりで宴を催し、詩を交わしたとされています。
穆王が帰国の途についた時、西王母は「いつかまた来てください」と告げましたが、穆王が再び崑崙山を訪れることはありませんでした。

この伝説は唐代の詩人・李商隠の詩にも詠まれています。
「八駿日に三万里を行く、穆王何事ぞ重ねて来らざる」という詩句は、西王母の寂しさと人の世の儚さを表現したものです。

崑崙山の宇宙観的な意味

世界の中心軸としての崑崙

中国古代の宇宙観において、崑崙山は「天地の中心」として位置づけられていました。

これは「Axis Mundi(世界軸)」という概念と同じです。
北欧神話の世界樹ユグドラシル、インド神話の須弥山(しゅみせん)と同様に、崑崙山は天と地をつなぐ柱として機能していたのです。

崑崙山の宇宙的位置づけ

  • 垂直的構造: 地下世界から天界まで貫く「宇宙の柱」
  • 水平的構造: 四方に流れ出る河川の源流
  • 時間的構造: 不老不死の象徴として「永遠」を体現

古代中国人にとって、崑崙山に登ることは単なる物理的な登山ではなく、「天への階段を昇る」という宗教的・精神的な意味を持っていたのです。

四つの河川の源流

『山海経』によれば、崑崙山からは四つの河川が四方に流れ出ているとされています。

  • 東南: 赤水(せきすい)
  • 東北: 河水(かすい)──黄河の源流
  • 西北: 洋水(ようすい)・黒水(こくすい)
  • 西南: 弱水(じゃくすい)・青水(せいすい)

特に黄河は中華文明の母なる川であり、その源流が崑崙山にあるという信仰は、崑崙山が中国文明の起源であることを象徴しています。

実際、清代の地理学者たちは神話の崑崙山と実在の崑崙山脈を結びつけようと試み、黄河の源流を探る調査を行いました。
神話と地理学が交差する、興味深い歴史の一幕です。

道教における崑崙山の位置づけ

道教が発展するにつれて、崑崙山の宇宙観的な意味はさらに深化しました。

道教の宇宙観では、天界は複数の層に分かれており、その頂点に「大羅天(だいらてん)」があります。
大羅天の中心には「玉京山(ぎょくけいざん)」があり、崑崙山はそれに次ぐ重要な山とされました。

道教における崑崙山の役割

  • 十洲三島(じゅっしゅうさんとう)の中心
  • 海中五岳諸山の統括
  • 太上老君(たいじょうろうくん)の治所
  • 女仙の総本山(西王母が全ての女仙を統括)

道教の修行者にとって、崑崙山は究極の修行場であり、そこに至ることは「仙人になる」ことと同義でした。

創作作品における崑崙山

『封神演義』の崑崙山

明代の神怪小説『封神演義』では、崑崙山は仙人界の二大勢力の一つとして描かれています。

闘教(せんきょう)の本拠地

『封神演義』において、崑崙山は「闘教(せんきょう)」の本拠地です。
闘教は人間が修行して仙人となった者たちの集まりで、教主は道教の最高神・元始天尊(げんしてんそん)。

対する「截教(せっきょう)」は動物や植物、森羅万象から仙人となった者たちの集まりで、金鰲島(きんごうとう)を本拠地としています。

崑崙十二仙

元始天尊の直弟子である「崑崙十二仙(崑崙十二大仙)」は、物語の重要な登場人物です。

  1. 広成子(こうせいし)
  2. 赤精子(せきせいし)
  3. 玉鼎真人(ぎょくていしんじん)
  4. 太乙真人(たいいつしんじん)
  5. 黄竜真人(こうりゅうしんじん)
  6. 文殊広法天尊(もんじゅこうほうてんそん)
  7. 普賢真人(ふげんしんじん)
  8. 慈航道人(じこうどうじん)
  9. 霊宝大法師(れいほうだいほうし)
  10. 懼留孫(くるそん)
  11. 道行天尊(どうぎょうてんそん)
  12. 清虚道徳真君(せいきょどうとくしんくん)

これらの仙人たちは、主人公・太公望(たいこうぼう)とともに殷周革命に介入し、封神計画を遂行していきます。

興味深いことに、文殊広法天尊は後の文殊菩薩、普賢真人は後の普賢菩薩、慈航道人は後の観音菩薩になるという設定があり、道教と仏教の習合が見られます。

『西遊記』の崑崙山

明代の小説『西遊記』でも、崑崙山と西王母は重要な役割を果たしています。

蟠桃会の大騒動

孫悟空が天界で暴れる有名なエピソードの舞台が、西王母の蟠桃園です。

天界で「斉天大聖(せいてんたいせい)」の称号を得た孫悟空は、蟠桃園の管理を任されます。
しかし、悟空は蟠桃を食べ放題に食い尽くし、さらに蟠桃会に招待されなかったことに怒り、宴会用の仙酒や仙丹まで食べてしまいます。

この「大閙天宮(だいどうてんきゅう)」のエピソードは、蟠桃の不老不死の力と崑崙山の神聖さを印象づける名場面となっています。

日本の創作作品における崑崙山

日本では、藤崎竜の漫画『封神演義』(1996年~2000年連載)を通じて、崑崙山の知名度が大きく向上しました。

漫画『封神演義』の崑崙山

藤崎版『封神演義』では、崑崙山は「空に浮かぶ卵型の巨大な島」として描かれています。
周囲には同様の小さな浮遊島が点在し、SF的な仙人界として再解釈されました。

この作品はテレビアニメ化もされ、日本における崑崙山のイメージ形成に大きな影響を与えました。

その他の作品

  • 『十二国記』(小野不由美): 崑崙は「中国」そのものを指す言葉として使用
  • 『創竜伝』(田中芳樹): 西王母が統治する仙人たちの住む山として登場
  • 各種ゲーム: 『女神転生』シリーズ、『パズル&ドラゴンズ』など多くのゲームで西王母や崑崙関連のキャラクターが登場

神話の崑崙山と実在の崑崙山脈

実在する崑崙山脈

神話の崑崙山とは別に、実在の「崑崙山脈(こんろんさんみゃく)」が存在します。

崑崙山脈の地理

崑崙山脈はアジア最長級の山脈の一つで、以下のような特徴があります。

  • 全長: 約3000キロメートル
  • 位置: チベット高原の北縁、タリム盆地の南
  • 最高峰: 崑崙女神峰(リウシータグ)、標高7167メートル
  • 通過地域: 新疆ウイグル自治区、チベット自治区、青海省

現在でも「世界の屋根」と呼ばれるこの山脈は、その雄大さから神話の崑崙山のモデルになったと考えられています。

神話と地理の融合

漢代以降、人々は神話上の崑崙山と実在の山脈を結びつけようと試みてきました。

漢の武帝の命名

漢の武帝は、西域遠征の際に発見した山脈を「崑崙山」と命名しました。
これは神話の崑崙山をこの山脈と同一視しようとする試みでした。

清代の地理学的調査

清代になると、地理学者たちは神話の崑崙山と黄河の源流を探求しました。
「崑崙」という名称は、パミール高原からヒマラヤ山脈、崑崙山脈、青海省の山々を含む広大な山系全体に拡大解釈されるようになります。

19世紀にはロシアの探検家プルジェワリスキーが地図上にこの山系の範囲を描き、「崑崙山脈」として国際的に認知されるようになりました。

現代の崑崙山信仰

現在でも、崑崙山脈は道教信者にとって聖地であり続けています。

主な聖地

  • 玉虚峰(ぎょきょほう): 道教の聖地とされる山頂
  • 瑶池(黒海): 海抜4300メートルに位置する湖、西王母の瑶池とされる
  • 崑崙神泉: 不老不死の泉と信じられている清泉

毎年多くの巡礼者がこれらの聖地を訪れ、西王母への信仰を捧げています。

崑崙山と類似する世界の聖山

インド神話の須弥山

崑崙山と最もよく比較されるのが、インド・ヒンドゥー教・仏教の「須弥山(しゅみせん、メール山)」です。

共通点

  • 世界の中心に位置する
  • 天界と地上を結ぶ柱
  • 神々の住処
  • 四方に河川が流れ出る

仏教が中国に伝わった後、「崑崙山=須弥山」という同一視も生まれました。
両者は別個の神話から生まれましたが、「世界軸」という普遍的な概念を共有しています。

北欧神話のユグドラシル

北欧神話の世界樹ユグドラシルも、崑崙山と類似した宇宙観を持っています。

共通点

  • 天・地・冥界をつなぐ
  • 神々の住まう場所がある
  • 世界の運命と結びついている

山と樹という違いはありますが、「世界の中心軸」という本質的な役割は共通しています。

日本神話の高天原

日本神話の「高天原(たかまがはら)」も、崑崙山と類似した「天界」の概念です。

共通点

  • 神々の住まう聖域
  • 最高神が統治(天照大神 / 天帝)
  • 地上世界の上に位置する

ただし、高天原は特定の山ではなく「天上の世界」として描かれる点が異なります。

まとめ

崑崙山は、中国神話における最も重要な聖山です。

崑崙山が象徴するもの

  • 不老不死への憧れ: 蟠桃や仙薬など、人類の永遠の夢を体現
  • 天と地の架け橋: 世界軸として宇宙の秩序を象徴
  • 究極の楽園: 苦しみのない仙境として、理想郷のモデルに
  • 修行の最終目標: 仙人になるという道教的理想の到達点

『山海経』から『封神演義』『西遊記』、そして現代のゲームや漫画まで、崑崙山は3000年以上にわたって中国文化の中核的なシンボルであり続けています。

西王母と蟠桃、開明獣と九つの門、弱水と炎火山。
これらの要素は単なる空想ではなく、古代中国人の世界観、死生観、そして「人はどこから来て、どこへ行くのか」という根源的な問いへの答えでした。

興味を持った方は、ぜひ『山海経』や『封神演義』の原典にも触れてみてください。
神話の奥深さと、古代人の想像力の豊かさに、きっと驚かされることでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました