「ラプラス作用素」や「ラプラシアン」という言葉を聞いたことはありますか?
数学や物理学の授業で出てきて、「何だか難しそう…」と感じた方も多いかもしれません。でも実は、この演算子は私たちの身の回りにある様々な現象を説明するのに役立っているんです。
熱がどのように伝わるか、音や光の波がどう広がるか、さらには量子力学における粒子の振る舞いまで──ラプラス作用素は、これらすべてに関わっています。
この記事では、ラプラス作用素の基本から、その物理的な意味、様々な応用まで、わかりやすく解説していきます。数式が少し登場しますが、できるだけイメージしやすいように説明しますので、安心して読み進めてください。
ラプラス作用素の基本的な定義

そもそも作用素って何?
まず「作用素」という言葉について説明しましょう。
作用素とは、関数に何か特別な操作を施して、新しい関数を作り出す「演算のルール」のことです。たとえば微分も作用素の一種で、関数を微分すると別の関数が得られますよね。
ラプラス作用素も同じように、ある関数に特定の計算を施す演算子なんです。
ラプラス作用素の数学的定義
ラプラス作用素は「勾配の発散」として定義されます。
記号では Δ、∇²、または ∇·∇ と表されることが多いです。
具体的には、関数 f に対して、各座標方向の2階偏微分を合計したものになります。
2次元の場合:
Δf = ∂²f/∂x² + ∂²f/∂y²
3次元の場合:
Δf = ∂²f/∂x² + ∂²f/∂y² + ∂²f/∂z²
つまり、x方向、y方向、z方向それぞれについて2回微分した結果を足し合わせたものが、ラプラス作用素の結果となります。
名前の由来
この作用素は、フランスの数学者・天文学者であるピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon de Laplace、1749-1827)にちなんで名付けられました。
ラプラスは天体力学の研究において、重力ポテンシャルを記述する際にこの演算子を初めて応用したことで知られています。
ラプラス作用素の物理的な意味
関数の「平らさ」を測る指標
ラプラス作用素は、簡単に言えば「ある点での関数の値が、その周囲の平均値とどれだけ違うか」を教えてくれます。
たとえば温度分布を考えてみましょう。
- ある地点の温度が周囲より高ければ、その地点から熱が流れ出していきます
- 逆に周囲より低ければ、熱が流れ込んできます
ラプラシアンは、まさにこの「周囲との違い」を数値化したものなんです。
Δf = 0 となる点では、その点の値が周囲の平均とちょうど釣り合っている状態を意味します。
拡散や流れを表現する
物理学では、熱の伝導、物質の拡散、電気や重力のポテンシャルなど、様々な現象をラプラス作用素を使って表現できます。
たとえば熱伝導方程式は次のように書けます:
∂T/∂t = α ΔT
これは「温度の時間変化は、その点のラプラシアン(周囲との温度差)に比例する」という意味です。温度が周囲より高い場所では熱が逃げていき、温度が下がっていく様子が表現されています。
ラプラス方程式と調和関数

ラプラス方程式とは
Δf = 0 という形の方程式をラプラス方程式と呼びます。
この方程式を満たす関数のことを調和関数(harmonic function)といいます。
調和関数の性質と例
調和関数には面白い性質があります。
調和関数の値は、その点の周囲の値の平均に等しくなるんです。つまり、極端に高い値や低い値を持たず、常に周囲と「調和」している状態です。
物理的な例:
- 静電場における電位:電荷がない空間では、電位はラプラス方程式を満たします
- 定常状態の温度分布:熱源も冷却源もない領域での温度分布
- 流体の速度ポテンシャル:非圧縮性・非回転の流れ
これらはすべて調和関数になっています。
様々な座標系でのラプラス作用素
直交座標系(デカルト座標)
最もシンプルな形が、これまで紹介してきた直交座標系での表現です。
3次元の場合:
Δf = ∂²f/∂x² + ∂²f/∂y² + ∂²f/∂z²
円筒座標系
円筒座標系(r, φ, z)では、ラプラス作用素は少し複雑になります:
Δf = (1/r) ∂/∂r (r ∂f/∂r) + (1/r²) ∂²f/∂φ² + ∂²f/∂z²
円筒形の物体や、軸対称な問題を扱う際に便利な表現です。
球座標系
球座標系(r, θ, φ)では、さらに複雑な形になります:
Δf = (1/r²) ∂/∂r (r² ∂f/∂r) + (1/(r²sinθ)) ∂/∂θ (sinθ ∂f/∂θ) + (1/(r²sin²θ)) ∂²f/∂φ²
原子や惑星など、球対称な問題を扱う時に使われます。
どの座標系を使うべき?
問題の対称性に合わせて座標系を選ぶと、計算が格段に楽になります。
- 四角い箱の中の問題 → 直交座標系
- パイプや円柱 → 円筒座標系
- 球や原子 → 球座標系
ラプラス作用素が登場する重要な方程式
1. ラプラス方程式(Δu = 0)
電荷や熱源がない領域でのポテンシャル分布を表します。
応用例:
- 静電気学における電位
- 定常状態の熱分布
- 重力ポテンシャル
2. ポアソン方程式(Δu = f)
ラプラス方程式の一般化で、右辺にソース項(電荷密度や熱源など)が入ります。
応用例:
- 電荷分布がある空間での電位
- 熱源がある場合の温度分布
- 質量分布による重力ポテンシャル
3. 熱伝導方程式(拡散方程式)
∂u/∂t = α Δu
時間とともに熱や物質がどう拡散していくかを記述します。
4. 波動方程式
∂²u/∂t² = c² Δu
音波、光波、水面の波など、波の伝播を表現する方程式です。
5. シュレーディンガー方程式
量子力学の基礎方程式にもラプラシアンが登場します:
iℏ ∂ψ/∂t = -(ℏ²/2m) Δψ + Vψ
粒子の波動関数の時間発展を記述しています。
ラプラス作用素の現代的な応用
画像処理とコンピュータビジョン
ラプラス作用素は画像処理の分野でも重要な役割を果たしています。
エッジ検出:
画像にラプラシアンフィルタを適用すると、明るさが急激に変化する部分(物体の輪郭など)を検出できます。
ノイズ除去:
画像のノイズを滑らかにする処理にも使われます。
機械学習とグラフ理論
スペクトラルクラスタリング:
データ点をグラフとして表現し、そのグラフのラプラシアン行列を使ってクラスタリング(グループ分け)を行う手法です。
グラフラプラシアン:
ネットワーク構造を持つデータの解析に活用されています。SNSの友人関係や、Webページのリンク構造などを分析する際に使われます。
3Dモデリングとアニメーション
コンピュータグラフィックスでは、3D形状の滑らかな変形や、メッシュの最適化にラプラス作用素が利用されています。
ラプラス作用素の一般化

ラプラス=ベルトラミ作用素
平らなユークリッド空間だけでなく、曲がった空間(リーマン多様体)でもラプラス作用素を定義できます。
これをラプラス=ベルトラミ作用素と呼びます。
一般相対性理論など、曲がった時空を扱う理論で重要な役割を果たしています。
ダランベール作用素(ダランベルシアン)
時空の4次元(空間3次元+時間1次元)でのラプラス作用素の類似物をダランベール作用素といいます。
記号は □ (ボックス演算子) で表され、相対論的な波動方程式などで使われます。
まとめ
ラプラス作用素は、数学と物理学の様々な分野で中心的な役割を果たす重要な微分演算子です。
この記事のポイント:
- ラプラス作用素は、関数の各座標方向での2階微分の和として定義されます
- 物理的には「ある点の値が周囲の平均とどれだけ違うか」を表します
- 熱伝導、波動、電磁気学、量子力学など、幅広い分野で登場します
- ラプラス方程式を満たす関数は調和関数と呼ばれ、特別な性質を持ちます
- 直交座標だけでなく、円筒座標、球座標でも表現できます
- 画像処理や機械学習など、現代的な応用も広がっています
数式だけ見ると難しそうに感じるかもしれませんが、「周囲との違いを測る」という直感的なイメージを持つことで、理解がぐっと深まります。
ラプラス作用素は、私たちの世界で起きている様々な現象を統一的に記述する、まさに自然界の「共通言語」なんです。物理学や工学を学ぶ上で避けては通れない、非常に重要な概念といえるでしょう。

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