「群(ぐん)」という数学用語を聞いたことはありますか?
群は、現代数学において最も基本的で重要な概念の一つです。対称性や変換を抽象化した概念で、数学だけでなく、物理学、化学、暗号理論、さらにはルービックキューブの解法まで、幅広い分野で応用されています。
高校数学では登場しませんが、大学の理系学部では「群論(Group Theory)」として必ず学ぶ内容です。一見難しそうに見えますが、基本的なアイデアは意外とシンプルです。
この記事では、群とは何か、どんな性質を持つのか、どこで使われているのかを、数学が苦手な人にもわかりやすく解説していきます。
群とは何か
群の直感的イメージ
群(group、グループ)とは、簡単に言うと「何かの要素の集まり」と「それらを組み合わせるルール(演算)」の組で、特定の性質を満たすものです。
もう少し具体的に言うと:
- いくつかの「もの」がある
- それらを「組み合わせる方法」がある
- その組み合わせ方が特定のルール(公理)に従っている
このとき、その「ものの集まり」と「組み合わせ方」をセットにしたものを「群」と呼びます。
身近な例:時計の数字
12時間制の時計を思い浮かべてください。
時計には 0, 1, 2, 3, …, 11 の数字があります(0時を含めて考えます)。
いま「3時間後」と「5時間後」を考えます:
- 3時間後 + 5時間後 = 8時間後
- でも、「10時間後」+「5時間後」= 15時間後?
- いいえ、時計では15は3です(15 ÷ 12 の余り)
このように、時計の数字と「時間を足す」という操作は、群の一例なのです。
群の定義(4つの公理)

群を正式に定義するには、4つの条件(公理)を満たす必要があります。
集合Gと、その上の演算 * があるとき、以下の4つが成り立てば「Gは * に関して群をなす」といいます。
公理1:閉性(へいせい、Closure)
定義:
Gの任意の要素a, bに対して、a * b もGの要素である。
わかりやすく言うと:
「集まりの中の2つのものを組み合わせた結果も、その集まりの中にある」
例:
整数全体の集合で足し算を考える
- 3と5は整数 → 3 + 5 = 8 も整数 ✓
- -2と7は整数 → -2 + 7 = 5 も整数 ✓
整数どうしを足すと必ず整数になるので、閉性を満たします。
公理2:結合法則(けつごうほうそく、Associativity)
定義:
Gの任意の要素a, b, cに対して、(a * b) * c = a * (b * c)
わかりやすく言うと:
「3つ以上の要素を組み合わせるとき、どの順番で計算しても結果は同じ」
例:
普通の足し算
- (2 + 3) + 5 = 5 + 5 = 10
- 2 + (3 + 5) = 2 + 8 = 10
- 同じ! ✓
普通の引き算は?
- (10 – 3) – 2 = 7 – 2 = 5
- 10 – (3 – 2) = 10 – 1 = 9
- 違う! ✗
引き算は結合法則を満たさないので、群になりません。
公理3:単位元の存在(たんいげん、Identity Element)
定義:
Gの中に、任意の要素aに対して a * e = e * a = a となる要素eが存在する。
わかりやすく言うと:
「何かと組み合わせても、元のまま変わらないような特別な要素がある」
例:
足し算の場合:
- 単位元は 0
- 5 + 0 = 0 + 5 = 5
- どんな数に0を足しても変わらない
掛け算の場合:
- 単位元は 1
- 7 × 1 = 1 × 7 = 7
- どんな数に1を掛けても変わらない
公理4:逆元の存在(ぎゃくげん、Inverse Element)
定義:
Gの各要素aに対して、a * b = b * a = e(単位元)となる要素bが存在する。
わかりやすく言うと:
「各要素には、それと組み合わせると単位元に戻るような相棒がいる」
例:
足し算の場合:
- 5の逆元は -5
- 5 + (-5) = 0(単位元)
- -3の逆元は 3
- -3 + 3 = 0(単位元)
掛け算の場合:
- 2の逆元は 1/2
- 2 × 1/2 = 1(単位元)
- 5の逆元は 1/5
- 5 × 1/5 = 1(単位元)
4つの公理のまとめ
群の4つの公理:
1. 閉性:組み合わせた結果も集合の中にある
2. 結合法則:計算の順序を変えても結果は同じ
3. 単位元:何と組み合わせても変わらない要素がある
4. 逆元:各要素には「元に戻す相棒」がいる
この4つすべてを満たすとき、その集合と演算は「群」です。
群の具体例
抽象的な定義だけではイメージしにくいので、具体例を見てみましょう。
例1:整数の加法群(最も基本的な例)
集合:整数全体 {…, -2, -1, 0, 1, 2, …}
演算:足し算(+)
確認:
- 閉性:整数 + 整数 = 整数 ✓
- 結合法則:(a + b) + c = a + (b + c) ✓
- 単位元:0(どんな整数に0を足しても変わらない)✓
- 逆元:aの逆元は-a(a + (-a) = 0)✓
→ 整数は足し算に関して群をなす
例2:0でない実数の乗法群
集合:0以外の実数全体
演算:掛け算(×)
確認:
- 閉性:実数 × 実数 = 実数(0を除く)✓
- 結合法則:(a × b) × c = a × (b × c) ✓
- 単位元:1(どんな実数に1を掛けても変わらない)✓
- 逆元:aの逆元は1/a(a × 1/a = 1)✓
→ 0でない実数は掛け算に関して群をなす
注意:0を含めると群になりません。なぜなら、0には逆元(0 × ? = 1 となる数)が存在しないからです。
例3:時計の算術(剰余群)
集合:{0, 1, 2, 3, …, 11}(12時間制の時計)
演算:「12で割った余り」の足し算
確認:
- 閉性:(8 + 7) mod 12 = 15 mod 12 = 3 ✓
- 結合法則:成り立つ ✓
- 単位元:0 ✓
- 逆元:5の逆元は7(5 + 7 = 12 ≡ 0)✓
→ これは「12を法とする加法群」または「巡回群C₁₂」と呼ばれます
例4:正方形の回転(対称群の一種)
集合:正方形を元の位置に重ねる回転
- 0°回転(何もしない)
- 90°回転
- 180°回転
- 270°回転
演算:回転を続けて行う(合成)
確認:
- 閉性:回転 + 回転 = 回転 ✓
- 結合法則:成り立つ ✓
- 単位元:0°回転(何もしない)✓
- 逆元:90°の逆は270°、180°の逆は180°自身 ✓
→ これは「位数4の巡回群」です
例5:置換群(対称群)
集合:{1, 2, 3}の並べ替え(置換)全体
- (1,2,3), (1,3,2), (2,1,3), (2,3,1), (3,1,2), (3,2,1)
演算:置換の合成
6個の置換があるので、これは「3次対称群S₃」と呼ばれます。
対称群は群論において非常に重要で、実はどんな群も対称群の一部と同じ構造を持つことが証明されています(ケーリーの定理)。
群でないものの例
理解を深めるために、群でない例も見てみましょう。
例1:自然数の加法
集合:自然数 {0, 1, 2, 3, …}
演算:足し算
なぜ群でないか:
逆元が存在しない。例えば、5の逆元は-5だが、-5は自然数ではない。
例2:整数の乗法
集合:整数全体
演算:掛け算
なぜ群でないか:
ほとんどの整数に逆元がない。例えば、2の逆元は1/2だが、1/2は整数ではない。
例3:実数の引き算
集合:実数全体
演算:引き算
なぜ群でないか:
結合法則が成り立たない。
- (10 – 5) – 2 = 3
- 10 – (5 – 2) = 7
- 異なる!
群の種類

群にはいくつかの重要な分類があります。
1. 可換群(アーベル群)
定義:
任意の要素a, bに対して、a * b = b * a が成り立つ群
わかりやすく言うと:
「順序を入れ替えても結果が同じ」
例:
- 整数の加法群(3 + 5 = 5 + 3)
- 実数の乗法群(2 × 7 = 7 × 2)
名前の由来:
19世紀のノルウェーの数学者ニールス・アーベル(Abel)にちなんで「アーベル群(Abelian group)」と呼ばれます。
2. 非可換群
定義:
a * b ≠ b * a となる要素が存在する群
例:
- 行列の乗法群(行列の掛け算は順序で結果が変わる)
- 対称群(置換の合成)
- ルービックキューブの操作
3. 有限群と無限群
有限群:
要素の個数が有限の群
例:時計の群(12個)、正方形の回転群(4個)
無限群:
要素の個数が無限の群
例:整数の加法群、実数の乗法群
4. 巡回群
定義:
1つの要素を繰り返し演算することで、群のすべての要素が作れる群
例:
時計の群は巡回群。「1時間進める」を12回繰り返すと、すべての時刻が表現できる。
群論の歴史
群論はどのように生まれたのでしょうか?
起源:方程式の解法
群論は、「なぜ5次以上の方程式には解の公式がないのか?」という問題から生まれました。
歴史の流れ:
1次方程式:ax + b = 0 → 簡単に解ける
2次方程式:ax² + bx + c = 0 → 解の公式あり(紀元前から知られていた)
3次・4次方程式:16世紀に解の公式が発見された
5次以上:???
ガロアの革命的発見
エヴァリスト・ガロア(Évariste Galois, 1811-1832)
フランスの天才数学者ガロアは、わずか20歳で決闘により亡くなりましたが、彼が残した理論は数学を革命的に変えました。
ガロアの発見:
- 方程式の解の対称性を「群」という概念で表現
- 5次以上の方程式が解けない理由を、群の構造から説明
- これが「ガロア理論」として知られる
ガロアが「群(groupe)」という言葉を初めて数学的に使いました。
群論の発展
19世紀後半:
- ケーリー、ジョルダンらが群論を体系化
- 置換群の理論が発展
20世紀:
- 抽象的な群の理論が確立
- リー群(連続的な群)の理論
- 有限単純群の分類(1960-2004年、1万ページ以上の論文)
現代:
- 物理学(素粒子物理、相対性理論)
- 暗号理論
- 量子コンピューティング
など、様々な分野で応用されています。
群論の応用
群論は抽象的ですが、驚くほど多くの分野で応用されています。
1. 物理学
対称性と保存則
物理法則の多くは、ある種の対称性を持っています。そして、その対称性は群で表現できます。
- 時間並進対称性 → エネルギー保存則
- 空間並進対称性 → 運動量保存則
- 回転対称性 → 角運動量保存則
素粒子物理学
素粒子を分類するとき、群論が不可欠です。クォークやレプトンの分類は、「SU(3)群」などの特殊な群で説明されます。
相対性理論
特殊相対性理論は「ローレンツ群」、一般相対性理論は「微分同相群」という群の理論です。
2. 化学
分子の対称性
分子の構造や性質を調べるとき、その分子が持つ対称性(回転、鏡映など)を群で表現します。
- 水分子(H₂O):C₂ᵥ群
- ベンゼン:D₆ₕ群
- メタン(CH₄):Tₐ群
結晶構造
結晶の対称性は「空間群」という特殊な群で分類されます。230種類の空間群があり、すべての結晶はこのいずれかに属します。
3. 暗号理論
公開鍵暗号
インターネットで使われるRSA暗号などは、群論(特に有限群の理論)に基づいています。
楕円曲線暗号
楕円曲線上の点の集合が群をなすことを利用した暗号方式。現代の暗号通信で広く使われています。
4. ルービックキューブ
ルービックキューブの全操作は群をなします!
- 要素:すべての可能な操作(面を回すこと)
- 演算:操作を続けて行うこと
- この群の要素数:約4.3 × 10¹⁹ 個
ルービックキューブを解くアルゴリズムは、この群の構造を利用しています。
5. 音楽理論
意外かもしれませんが、音楽理論にも群論が応用されています。
- 12音階は巡回群C₁₂と対応
- 転調や和音の構造を群論で分析
大学での群論
どの学部で学ぶか
必ず学ぶ:
- 数学科
- 物理学科
- 化学科(物理化学)
- 情報科学科(一部)
学ぶことがある:
- 工学部(制御工学、信号処理など)
- 暗号・セキュリティ関連の学科
学ばないことが多い:
- 文系学部全般
- 生物学科、医学科
大学で学ぶ内容
基礎:
- 群の定義と基本性質
- 部分群
- 正規部分群
- 剰余群
- 準同型写像
発展:
- 群の作用
- シローの定理
- 有限群の表現論
- リー群(連続群)
- ガロア理論
群論を学ぶコツ
群論は抽象的で難しく感じるかもしれません。学習のコツを紹介します。
コツ1:具体例から入る
抽象的な定義の前に、具体例をたくさん見ましょう。
- 整数の足し算
- 時計の算術
- 図形の回転
具体例で「群とはこういうもの」というイメージを持つことが大切です。
コツ2:4つの公理を常に確認
新しい例に出会ったら、必ず4つの公理を確認する習慣をつけましょう。
- 閉性
- 結合法則
- 単位元
- 逆元
これを繰り返すことで、群の本質が理解できます。
コツ3:視覚化する
- 図形の対称性
- 回転や反射
- 置換の図
など、可能な限り視覚的に理解しましょう。
コツ4:なぜ重要かを知る
「何の役に立つの?」と思うと、勉強のモチベーションが下がります。
物理学、化学、暗号理論など、応用例を知ることで、学習意欲が湧いてきます。
コツ5:焦らない
群論は一朝一夕には理解できません。
最初は抽象的で難しく感じても、具体例を積み重ねることで、徐々に理解が深まります。
まとめ
数学の「群」について、重要なポイントをまとめます。
群とは:
- 集合と演算の組で、4つの公理を満たすもの
- 対称性や変換を抽象化した概念
- 現代数学の最も基本的な構造の一つ
4つの公理:
- 閉性:組み合わせた結果も集合の中
- 結合法則:計算順序を変えても同じ
- 単位元:何と組み合わせても変わらない要素
- 逆元:元に戻す相棒がいる
群の具体例:
- 整数の加法群
- 実数の乗法群
- 時計の算術(巡回群)
- 図形の回転群
- 置換群(対称群)
群の種類:
- 可換群(アーベル群):順序を入れ替えても同じ
- 非可換群:順序で結果が変わる
- 有限群・無限群
- 巡回群
歴史:
- ガロアが方程式の研究から発見
- 5次以上の方程式が解けない理由を説明
- 19世紀に体系化、20世紀に大発展
応用分野:
- 物理学(素粒子物理、相対性理論)
- 化学(分子の対称性、結晶構造)
- 暗号理論
- ルービックキューブ
- 音楽理論
学習のコツ:
- 具体例から入る
- 4つの公理を常に確認
- 視覚化する
- 応用例を知る
- 焦らずに学ぶ
群論は、最初は難しく感じるかもしれません。でも、「対称性」や「変換」という身近な概念を数学的に厳密にしたものだと思えば、少しハードルが下がりませんか?
ルービックキューブを回す、時計の針を進める、図形を回転させる…これらはすべて群の例なのです。
大学で理系の道に進む人は、群論を避けて通れません。でも、群論をマスターすれば、物理学、化学、暗号理論など、様々な分野の深い理解への扉が開きます。
抽象的で難しい分野ですが、具体例を積み重ねながら、少しずつ理解を深めていってください。群論の美しさと威力に、きっと驚かされるはずですよ!

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